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エスメラルダ  作者: 古都里
第1章 王はただ一人を追い求める
30/93

30 血族の予言

 神殿の中では常に見張られているような気がして、レイリエは落ち着かない気持ちを全力で噛み殺す。


 与えられた部屋は神殿の内部。

 『かつての王族』でしかないレイリエは城の中に部屋を与えられる事は無かった。

 神殿内での接待は賓客に与えるものとしては最高のものであるので文句も言えない。


『生まれ育ったお城にお部屋を頂けないかしら?』


 そう、レイリエは勿論言ったのだが。


 それにして清浄な空気とやらはレイリエと相性が悪い。魔法に満ちた清らかさ。

 肌がぴしぴしとするのだ、静電気に触れているような気分だ。


 嫌な気分。


 折角メルローアにとどまること叶ったというのに、レイリエは此処でも籠の鳥だった。

 いや、まるで囚人と言い換えた方が良いかももしれぬ。


 部屋から一歩出る時も誰かが付き従った。

 部屋の中には巫女がいた。


 時間がなさ過ぎた。

 あの忌々しい女の華燭の典は五月十日、今日は四月十五日、まだまだ時間がある? まさかとんでもない。


 夫と離れて神殿にこの身を預けてひと月以上たっているというのに、まだ何も為せていない己にレイリエは苛立つ。


 あの二人の華燭の典まで一月もなく、しかし一月近くあるところからいつ夫がファトナムールに帰国せよと言い出すか解ったものでもなく。


 頭が爆発しそうだわ、そう思ってレイリエは二十分、まるで関係のない事に夢中になることにした。


「お前、爪を磨きたいの。道具を持ってきて頂戴」


 レイリエは巫女に用を言いつける。

 巫女は隣の部屋からすぐにオレンジウッドのスティックやらやすりやらが入った小さな籐の箱を持ってきた。


「有難う」


「いえ、ファトナムール王太子妃殿下」


 巫女は深々と腰を折るが、レイリエはその巫女を見やりもしない。名前を尋ねようともしない。


 ただ、籐の箱の中から爪やすりを取り出して無心に磨く。


 頭の中は忙しく、状況を見ていた。

 空間転移を使って此方に使わされてきた第二の使者が告げるには───ハイダーシュ出立後に到着したのだが───ファトナムールを襲ったのは自然の嵐だったらしい。


 政争でもなんでもない事に、レイリエは正直がっかりした。

 国の中で足の引っ張り合いでもしていてくれたなら良かったのに。


 そう考えるレイリエの脳裏には家を流されたり蓄えを台無しにされた民草の事はちらりとかする事もしなかった。


 レイリエにとって民草とは、彼女のポートレイトを買い、彼女をあがめ、彼女の為に働いてくれるものであり、それ以上では決してないのである。


 だから、思考には浮かばない。


 戦争をとめる事は不可能なのかしら?


 レイリエはそう思って絶望的な気分になった。


 彼女の脳裏には民草の被害が甚大だったから戦争が取りやめられるという発想はない。

 その考え方ははレイリエがさして賢くない女であるというだけでなく、当時のスゥ大陸における一般市民の地位の低さにも起因する事であろう。


 ふぅ、と、レイリエは爪に息を吹きかけた。


 メルローアで暮らしていた頃は自分で爪を磨いた事など無かった。侍女の仕事だった。ファトナムールの野暮ったさについてレイリエは真剣に考える。


 まぁ、此処でわたくしが自分で爪を磨くのは神殿という場所柄を考えたらそうおかしくないわ。

 どんな身分であっても、神殿では自分で爪を磨くものだからだ。


 戦争の事について考えていたかと思うと爪の事に思考が飛ぶ。レイリエは落ち着かない。


 その時、巫女が悲鳴を上げた。


「きゃあああああ!!」


 魂消るような悲鳴に、人ならば「何があった?」「大丈夫か、しっかりしろ」という言葉が心に浮かぶだろう。

 しかしレイリエはただ五月蠅いとしか思えなくて。


「五月蝿いわね!! どうしたっていうの!?」


 言いながら、レイリエはやすりを取り落とした。肌に感じていた静電気のようなものが、不意に消えたのを感じる。


 神殿中がすさまじい騒ぎに包まれていた。


 何があったのだろうとレイリエは思う。

 まさかもうファトナムールが攻め込んできたのだろうか?


 恐怖は無かった。ただ何が起きているのだろうかと思うのみである。


「お前、魔法が使えるのでしょう? 落ち着きなさい! 落ち着いて、何があったかいいなさい!! 解らなかったら魔法で調べるのよ!!」


 レイリエの言葉に巫女は震えるのみだったので、レイリエは立ち上がると踵を鳴らして巫女に近づき、平手打ちした。


 ぱしん! と乾いた音。


 その時、扉が開いた。


 顔を覗かせたのはブランシールだった。


「ブランシール……」


 咄嗟の事に、レイリエは言葉が出なかった。


 何を言って良いのか解らなくなってしまったのだ。


 だって今の自分の格好は部屋着だ。

 予定では艶やかに着飾り化粧を施し、そして香水の香りを身にまとって、そしてブランシールと対峙するはずだった。

 勿論二人っきりで。


 叩かれた衝撃も忘れた巫女が、ブランシールを見詰めている。


「カリカ、神殿の奥の間に。大祭司様がお呼びだ。急いで」


 カリカという名の巫女は名前を呼ばれた途端、身体に電流が走ったように姿勢を正した。


「わ、わたくしが?」


「僕はただの使いだからよく解らないが、お前の力が必要なようだよ。お客人のお話し相手は僕が務める。急いで」


「はい!!」


 返事をし、腰を屈めてお辞儀をすると、カリカは白い巫女装束に風を孕ませ、開いたままの扉をくぐり、駆け足で大理石の床に足音を刻んだ。


 その様子を見届けると、ブランシールは扉を閉めた。


 ぎぃ……だん。


 その音が響いた瞬間、条件反射的にレイリエは笑っていた。


 戦争を、とめるには?



 内乱なら、どうかしら?



 エリファスは、辺境の土地だ。

 内乱なら、エリファスは守られるのではなかろうか? 否、きっと守られる!!

 

 メルローアの他の国土がどうなろうとレイリエには知った事ではなかった。

 大事なのは兄と暮らしたエリファスだけ。

 

 大事なのはそれだけ、だ。


 それなら?



 争わせればいい。



 誰と誰を?



「ブランシール……逢いたかった」


 レイリエはそっとブランシールの髪に触れた。さらさらと右の手からこぼれ落ちる銀糸の感触を楽しむ。


 ブランシールは動けない。

 青い瞳は見開かれたまま。


 ブランシールは氷の彫像のように凍り付いてしまっていた。大祭司が倒れたという、レイリエには隠し通さねばならぬ出来事の為では決してなく。


 嗚呼、必死でこの女と二人きりになるのを避けていたはずだったのに。

 今日、たまたま神殿での打ち合わせがあり、どうしてもそれに出なくてはならなくなった時に、籠の鳥と接触する必要がないと何度確かめただろう。


 ――まさか大祭司が倒れるなどというシチュエーション、想像もつかなかった。


 凍り付いた顔をしているブランシールをみて、レイリエは笑い出したくなった。

 

 大丈夫。

 最悪、あの女だけでも。

 復讐だけでも、果たせる。


 レイリエの手が髪の毛を掻き分け首筋に触れる。右手に左手を重ねて見かけより逞しい首を抱く。

 そしてレイリエは背伸びした。

 銀の睫毛をはたはたとそよがせ、そして伏せる。頬に扇の陰が落ちる。

 桃色の舌で唇を舐め、濡れたそれをすぼめて口づけを誘う。


 ブランシールはがたがたと震えだした。


 一見奇異な状況。だけれども、レイリエは見慣れている。

 レイリエに溺れた男達は、皆、禁断症状のようなものに取り付かれるのだ。


 とりこにならなかったのは、兄、アシュレだけ。


 戦く唇がレイリエの柔らかい唇に押し当てられた。

 レイリエは首を抱く腕に力を込める。

 そして、ブランシールの唇を舌で割り、押し入る。 歯茎をなぞり、噛み締められた歯をこじ開け、甘い舌を味わう。


 一方的だった口づけに、ついにブランシールが応えた。


 絡ませた舌を吸い、貪りながらレイリエの細い肩を抱く。レイリエを壊してしまいそうな位に、荒々しく。

 頭の芯がとろけそうだと思う心と、自分に夢中になってしまった男を冷静に見る心と、二つの心を抱えたまま、レイリエは身を引いた。唇と唇の間を糸が引く。


「……ねぇ、ブランシール。今、何が起こっているかなんて訊く気はないけれども……」


 吐息と共に、レイリエは囁く。

 他国の王太子妃であるレイリエにメルローアの大事が訊ける筈が無いし、レイリエはそれにはさして興味が無い。ファトナムールが動いたとなれば話は別だが、その場合は人質としてブランシールではなく王の近衛にこの身を抑えられていたはずだ。


 だから、レイリエが興味があるのはただ一つだ。


「……隣の寝室で私達が睦みあうだけの時間はあるかしら?」




◆◆◆

 エスメラルダの衣装室にはソファベッドが運び込まれていた。

 そのソファベッドにレーシアーナが身体を預けている。

 クッションを幾つも背中にあてがい、何とか半身を起している状態だ。

 その隣に揺籃。ルジュアインは眠っている。

 かなり神経の太い子供で、眠りたい時は周りがどんなに賑やかでも眠る赤ん坊だったが、反対に人の気配がなくなるとけたたましく泣く。


 衣装室には四人の女がひしめきあっていた。

 エスメラルダ、レーシアーナ、アユリカナ、そして衣装デザイナーのフォビアナである。


 次期王妃の衣装室は決して狭くない。

 だが溢れんばかりのドレスと……生きている間にこのドレス全てに袖を通すのは無理なのではないだろうかとエスメラルダは思っている……ソファベッドと揺籃とその人数で、定員一杯一杯といったところだ。


 今日は衣装の最終的な合わせの日だった。

 

 修正があるのなら今のうちに言わなくてはならない。

 しかし、エスメラルダは婚礼衣装の全てに目を通したわけではないのだ。


 パレードの時のドレスは薄く萌える緑の紗を幾つも重ねた妖精が着るようなドレスだった。バルコニーから国民に声をかける時のドレスは鮮やかな赤ワインのドレスに真っ白なレースが恐ろしく贅沢に使われている。披露宴時のドレスは契りを交わす婚姻の誓いのドレスとはまた違う形の純白のドレスで、とても愛らしいデザインだった。


 その後の夜会で着る赤いドレスも翡翠色のドレスも見た。


 ドレスの類はフォビアナとは何度となく喧嘩をしたり一緒に考え込んだりしたお陰で満足の行くものに仕上がっている。


 が、一番大事な神殿での儀式の時に着るドレスをエスメラルダは見ていないのだ。

 周囲曰く、

『エスメラルダを吃驚させたいから』

との事。


 一生のことである。

 ちゃんと自分で見たいと思ったが、フランヴェルジュの意見をメインに細かい修正をレーシアーナとアユリカナが、そしてフォビアナが仕上げをしたドレスが一寸楽しみでない事もない。


 でもやはり見てみたいとは思うもの。

 わたくしって贅沢なのかしら?


 エスメラルダは少し悩む。


 ちなみに今着ているのはパレードで無蓋馬車に乗って手を振るイヴェントのドレスだ。

 人差し指の長さ程の布地を引き摺る、今回の衣装の中では割と短めの裾のドレス。

 胸元が大きく開いていて、左肩にドレスの布地と同じ生地で作った大きな薔薇のコサージュを飾る。薔薇の朝露は小さなダイヤモンドで表現されているが、エスメラルダにはこんなところ見る人間はいないのに無駄な事に思えてしまう。


 だが、そんな時、エスメラルダはアシュレの言葉を思い出す。


『無駄を贅肉に変えるのもとびきりの芸術に変えるのも、それを纏う人間の心の在り様だ』


「なんだか不満そうでいらっしゃいますわね? エスメラルダ様」


 フォビアナの言葉に、エスメラルダは笑った。


「不満ならあるわよ。わたくしの可哀想な小さな小さな胸をこんなに露出させるなんて、各国貴賓の方々の笑いものになってしまうわ」


「エスメラルダ様のお胸はいいお胸です。大きすぎず小さすぎず、垂れてもなく張りがあり、御椀を逆さにしたような綺麗なお胸です。陛下だけでなくそのお姿をご覧になった全ての人間を魅了する事間違いなしです。ええ、あたくし断言致しましてよ」


「……フォビアナが正しいと思うわ」


 くすりとレーシアーナが笑った。

 アユリカナも笑う。


「わたくしのような年になって御覧なさい、可愛い娘。胸なんて出せなくなってしまってよ?」


 エスメラルダは頬を膨らませて見せるが、すぐに笑い出してしまう。


 ウエストの右の方にもコサージュが大きいのが一つ、小さいのが二つついているのだが、そこからレースが霞のように展開している。何段にもなったレースは朝霧を模してあるのだそうだ。スカート周りを一周しているわけではなく右下腹部から背後を飾る。

 スカート自体はマーメイドラインになっていて、ところどころに、とても小さな薔薇があしらわれているが、裾に行くほど少しずつそれは大きくなる。


「わたくし、変ではありませんか? アユリカナ様」


「とっても可愛くてよ」


 アユリカナがそう言って、腰を屈めた未来の娘に接吻した時、異変は起きた。



 ぱしぃぃぃいん!!



 亀裂が入るような音。

 一瞬、だけど確かに耳を打った、聞いた事の無い名状し難い音。


 何事かとアユリカナ以外の全員が音のした方を見ようとした。

 だが、何処であの音は鳴ったのだろう?

 右からも左からも上からも下からも聞こえた気がする。


「……フォビアナ、外に出なさい」


 アユリカナが押し殺した声で命じた。


 フォビアナは黙って一礼すると扉へ向かう。

 フォビアナは馬鹿ではない。騒ぎ立てる事も、何か余計な事を喋る事もない筈だ。だからこその王室付きデザイナーの頂点に彼女は君臨しているのだ。


 ぱたむという扉の音が、まるで外界との遮断音だった。

 アユリカナはそこから更に心の中でかっきり百秒数える。


「な、んですの?」


 不安げに口にするレーシアーナの隣に、アユリカナとエスメラルダは何も言わず寄り添った。アユリカナは、半身を起しているレーシアーナの肩に右手を置いて、左手であたまを抱き、髪に口づけながらいう。


「怖かったですね。大事な姉妹の衣装合わせに立ち会っただけなのに、怖い思いをしましたね。でも大丈夫です」


 レーシアーナを慰めるアユリカナの横で立ち尽くしたエスメラルダは影を見詰めた。


 此処で呼んでもいいだろうか?


 レーシアーナとアユリカナにカスラの事を隠してはいないのだし。

 ただ目の前で呼んだ事は無かったし、カスラ達が仕える主人意外の前に現れる事を決して快く思わないのは知っていたけれども。


「エスメラルダ、カスラを呼ぶのはお止めなさい」


 心のうちを見透かしたようにアユリカナが言った。


「な、何故です!?」


 狼狽したエスメラルダに、アユリカナは首を振る。そしてレーシアーナを抱いていた腕を解いた。


「女達に代々継がれていたメルローア王家の機構の一部を、今日、貴女達に伝えます。本当は婚姻一年後にちゃんと神殿で儀式を行ってから大祭司から伝承を行うものなのだけれども。だからわたくしが今教えるのはごく一部だという事を理解して頂戴ね」


 少女達は唾を飲み込んだ。


 それは凄まじい大事ではないか!!


「バジリル、出てきなさい」


 ふわり、と、何もない空間から現れたのは少年。


 柔らかい栗色の髪。前髪が少し長く目に入りそうだ。さらさらとした感じで、触ると柔らかい事を連想させられる。


 瞳の色は新緑。鮮やかだがエスメラルダの瞳とはまた趣が違う。


「バジリル・スナルプ?」


 エスメラルダはそっと口に出した。

 いつか、マーデュリシィの元まで案内してくれた七、八十はありそうな好々爺。喋るだけ喋って消えた老人。

 だけれども目の前にいるのは十二かそこらにしか見えない少年。


「エスメラルダ様はやはりすごいですね。私が姿を変えて、惑わされなかったのは貴女様が二人目です」


「え?」


 レーシアーナは目を見開いた。

 レーシアーナの知識のバジリルとこの少年とは、彼女の頭の中では結びつかないのだ。


「カスラの一族の中にも、骨格や姿を変えて活動するものがいるのよ、レーシアーナ。多分それと同じようなものだと……」


「その通り。私達はメルローア国祖の諜報部員の血族です。私達はメルローアの繁栄を祈っていた。だから国が成り立ち、軌道に乗った時に、更なる栄華を求めて血族の娘を巫女として差し出し、男達は諜報活動を続けました。そしてもう一つ。ずっとずっと、口伝にてメルローアの真実の歴史を伝えてきました。歴史書に載らない暗黒面も全て。我らの血族が果てても、その口伝が残るよう子を成す女性に口伝を伝え、王の血脈が正しく歴史から教訓を得、あやまつことなくこの国を守っていけるように」


「彼らは表舞台には出ないわ。例外は大祭司という存在だけれども、彼女らだとてこの血族の出である事は公表されない。でもそんな事よりバジリル、警報を鳴らしたわね? 何があったの? フォビアナがいる前で警報を鳴らさなくちゃならないだなんて余程の事の筈。大事なこととはいえ血族の血の講義をしている場合ではないのではなくて?」


 アユリカナの言葉にバジリルは頷いた。


「マーデュリシィは何か恐ろしい予言を得たようです。だけれども、予言を読み解く前にマーデュリシィは心を一時的に閉ざし、それを拒絶しました。正視に耐えるものではなかったのです。アユリカナ様、申し訳ありません。我が血族の使命を知りながら、マーデュリシィは拒絶した。すぐに次の大祭司を立てまする。その大祭司が予言を読み解くでしょう。それまでの間、おお、僅かな間ですがこの国に……」


「待って!!」

 思わず、エスメラルダは声を上げた。

 |すぐに次の大祭司を立てる?《・・・・・・・・・・・・・》


 バジリル・スナルプという存在は大祭司に愛と忠誠で仕えているものだとエスメラルダは思いこんでいた。けれど、頭の中が警鐘を鳴らす。


「……話の途中です。何ですか? エスメラルダ様」


「マーデュリシィ様はどうなるのです?」


「贄に。それ以上は貴女が知る必要のないことです」


 エスメラルダの問いに、バジリルは氷のように冷たい声音で答えを返した。

 エスメラルダの背中を冷たいものが這う。


「予言を読み解くまでの間は何も対策が立てられません。アユリカナ様、その間、どうぞ、この国を守るため王をお導き下さい……」


 再び、バジリルはアユリカナのほうを向くと一気にまくしたてた。


 レーシアーナは頭がくらくらしてついていけない。

 エスメラルダは拳を握った。


「お願いです。贄の、贄の意味を!!」


「そんなに知りたいのですか?」


 バジリルの声はとても冷たい。

 だが、エスメラルダも引き下がれなかった。


「知りたいです! 知らずにいる事は、なんだか許されない事のような気がするから!!」


 すると、不意に。


 

 バジリルは笑った。



 三人の女達は吃驚する。

 バジリルの笑みの余りの優しさに。


「貴女が次の王妃でよかったですよ。エスメラルダ様。自分がしたい事、しなくてはならない事をご存知だ」


 その声は何処までも優しい。

 だからこそ、次の言葉に皆、己の言葉も顔色も無くした。


「次の大祭司を立てます。血族の娘でマーデュリシィに次ぐ魔力の持ち主を立てるのです。だけれども、予言とはデリケートなもの。一度拒絶した予言を他の誰かが読むなどというのは本来なら不可能なのですよ。予言に近しい者なら例外もありますが。ですが、どんな予言かも解らないのに例外を待っていられません。よって、マーデュリシィの血肉を、心臓を、脳を、次期大祭司に食させます」


 沈黙の帳が下りた。

 誰も何も言えない。

 いえようか?

 人が人を食べるだなどと……!!



「くっだらないわ!」



 エスメラルダは叫んだ。

 バジリルは眉をしかめる。


「くだらない?」


「予言って全てが見えるわけじゃないんでしょう!? 先王陛下の死は謎だらけで、毒殺の疑いすらあった。予言があったんだったら毒殺されたかそうでないかだって解った筈よね!? 生きて災いをふりまいている人間だっているけれども予言があるならその人が生まれた時点で解っているのではない!? 悪い事に全部予言なんてあったら、この世の災い、全部摘み取られているんじゃないの!? そうじゃないけれども皆足掻きながら生きている。予言なんていらない!! そんな事で人を殺すなんて、どんな恐ろしい予言より恐ろしいじゃない!!」


 エスメラルダは一息で言い切ると肩で息をした。そう、わたくしは間違っていない。


「エスメラルダ様……貴女は未だ王妃ではない。決められるのは……」


「わたくしよね? わたくし、ヒトデナシにはなりたくないわ」


 アユリカナの言葉にバジリルは苦笑する。しかし、何処か嬉しそうに。


 レーシアーナは何が起こっているのか必死で頭の中で構築しようとするがうまくいかない。考えようとしても頭は鉛のように重い。


 熱の所為なのだろうか? 今日は体調が良かったのだけれども。

 だけれども、ああ、駄目。目の前が霞んできた。


「レーシアーナ!?」


 エスメラルダの悲鳴が聞こえる。


 わたくしは大丈夫よ。


 そう答えたい。切実にレーシアーナは思う。

 しかし、次の刹那、レーシアーナの意識は飛んでいた。


 そしてレーシアーナはマーデュリシィが拒絶した予言を紐解く事になる。


 レーシアーナは血族ではなかった。

 ただ、予言の当事者であったから主はレーシアーナにこの先の未来を知る事を許されただけだ。




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