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悠遠物語  作者: オワタ
第一話 港町ポルトフィーナ
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第一話 1ページ目


「あいたっ!」


 のどかな一軒家に鈍い音が響く。

 どうやらこの部屋の主がベッドから落ちたらしい。


「うう、変な夢見た……」


 背中を強く打ち付けたはずの女の子はまだ寝ぼけていた。

 チャームポイントの大きな黒いリボンは半分崩れて、髪も乱れている。


 寝ぼけた眼で部屋を見渡すと、途中で投げ出された引っ越し用のカバンが目についた。

 ふんわりと荷造りの途中で眠気に負けてしまったことを思い出す。


「名残惜しくてずっと先送りにしてたけど、そろそろこの村ともお別れしなきゃいけないんだよね……」


 そういうと少女は、足りずにいた勇気を奮い立たせるように立ち上がった。


「よしっ、私、旅立つ!」


 彼女はさっと荷物をまとめて階段を駆け下りた。



「なんだ起きたのか、ピア。暇なら薬草を摘んできておくれよ。傷薬の材料が足りないんだ」


 ピアの母親は手元から目もそらさずに声をかける。

 いつもの日常の1ページ。

 ただ今回はどうやら違うらしい。


「そんなことしてる暇ないよ! 私、今日からポルトフィーナでお店開くんだから!」


「……はぁ!?」


 さすがに顔を上げるも、目に映ったのは荷物片手に勢いよく玄関を飛び出す娘の後ろ姿だけだった。


「……あの子もとうとう独り立ちかい。準備ばかりで何か月もグズグズしてたのに、急にどうしたのかねえ」






「おーいっ!」


 馬車に乗ろうとするピアを、後ろから誰かが呼び止める。


「あ……」


「はぁはぁ…… よかった、間に合って」


 追ってきたのはピアの友人だった。


「ねえ、いきなりすぎるよ。本当に行っちゃうの?」

「うん、急にごめんね。私、行くことにしたの」


「…………」


 会話が途切れる。

 やがてためらっていた台詞がダムが決壊したように口を衝く。


「やめようよ! ポルトフィーナに行くなんて! 向こうで蔓延してるのは治療法のない病気だよ!? ここに来た人たちが言ってたじゃない! 何もこんな時期に行かなくても……

 もしピアがその病気になっちゃったりしたら、私……」


 悲痛な声。

 そこにあるのはただ心配であるということ。


「あはは、ありがと」

「笑い事じゃないよっ! 怖くないの?」

「薬屋が病気を怖がってちゃ仕事になんないでしょ」


 しかし、ピアは揺るがなかった。


「心配してくれるのはうれしいよ。けどやっと私の役立てる場所を見つけた気がして……」


「…………」


 気まずい沈黙が流れる。


「お~い、乗らんのか?」


 気を使った御者のおじさんが声をかける。

 きっといつものように絆されて、やっぱりやめたとなったとでも思ったのだろう。


「あ、ごめんなさい すぐ乗ります!」


 しかしピアはおじさんの予想を裏切った。


「それじゃ、そろそろ行くね」

「……うん」


 馬車に向かって歩き出すピアに向かって手を振る。


「手紙、書くからね!」

「私も!」


「……もういいのかい?」

「うん、あんまり長くいても名残惜しくなるだけだから」

「ふむ…… それじゃ、出発するよ」


 馬車に乗り込み、荷物を置く。

 やがて馬車はゆっくりと動き出した。


 見慣れた風景が馬車の窓の外を流れていく。


 故郷のメモリルを離れ、新天地へ向かう。

 向かう先は、港街ポルトフィーナ。

 そこでは『みなと病』と呼ばれる病気が流行っている。

 突然高熱に襲われ、死に至るという病気。

 治療法はいまだ見つかっていない。

 だからそれを治す薬を作るのが当面の目標。


 ……

 薬屋を始めたばっかりの私にそんなことできるのかな……


 いつの間にか見える風景があまり馴染みのないところまで来ていた。

 不安のせいか、それとも馬車の揺れのせいか、なんだか気持ち悪くなってきた……


「少し休憩しよう」


 心配してくれた御者のおじさんが馬車を止める。


「さっきから顔色が悪いよ。大丈夫かい?」

「う、うん…… 大丈夫……」

「まあ、無理もないよ。一時間近く道の悪い山を下りてきたからねえ。かなり揺れたろう」

「ええっ、もう一時間もたってたんだ!」

「ああ、もうちょっとでポルトフィーナに到着するよ。それまで辛抱してくれ」


 どうやら考え事に集中しすぎてしまっていたらしい。

 気分転換をしようとピアは大きく伸びをした。


「あれ? あそこに何か浮いてる」


 ふと視界に入ったのは空に浮かぶ何か塊のようなもの。

 流れる雲から取り残されて、空で存在感を放っている。


「ああ、あれは悠遠大陸だよ。今日は空気が澄んでいるからよく見えるねえ」

「悠遠大陸?」


 普段聞きなれない言葉に首を傾げる。

 確かによく見ると島のように見えなくもない。


「って、あれは大陸なの? 大陸が浮いてるの?」

「はっはっは、そうだよ。すごいだろう? ピアちゃんはずっとメモリル育ちだったね。別の場所から来た人は決まって珍しがるよ」


 おじさんは楽しそうに笑う。


 悠遠大陸。

 ピアにも聞いたことがあった。

 ポルトフィーナの知らに浮かぶ島。

 とても大きく凛々しい、人々の憧れの地。

 あの地には何があるのだろう。

 どうすればあの地に行けるのだろう。

 誰もがそう思い夢見る。

 目には見えるけど決して届かない地。

 だから人々はあの大陸を「悠遠大陸」と呼んだ。


「うわあああ!」


 おじさんの悲鳴が意識を目の前に戻した。


「モ、モンスターだ! 何とかしてくれピアちゃん!」


 小さな青いプルプルした生き物。

 このあたりにもよくいるスライムの一種だ。


「む、むむむむ、無理ですよ! スライムなんか勝てっこないですよ!」


 しかし、ピアは戦いが大の苦手で、スライムにすら勝てない。


「で、でもピアちゃんは魔法が使えるんだろ?」

「攻撃できる魔法なんて使えないよ~!」

「ええっ、そうだったのかい!?」


 二人してあたふたしているうちにスライムはすぐそこまで迫っていた。


「せめて追い払ってくれ! 荷物が食べられちまう!」

「う、ううっ、頑張ってみる……覚悟!」


 慌てふためく二人を横目にスライムはマイペースにあるく。

 ピアはそんなスライムに持ってきた杖を全力で振り下ろした。

 へっぴり腰なピアの一撃は確かにスライムにダメージを与えた。

 さらにピアは追撃する。

 ほとんど動いていないはずのスライムにさえ何発か攻撃を外す場面もあったが、激闘の末、スライムは動かなくなった。


「やった……」

「ふう、よかった ありがとうピアちゃん。じゃあ気を取り直して街に向かおうかねえ」


 緊張が解けると同時に力が抜ける。


「はぁ…… いきなり波乱万丈だよぉ」


 そうしてまた馬車は動き出す。

 目的地のポルトフィーナはすぐそこまで来ていた。

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