表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

バッドエンド

口の悪いひと

作者: 佐田くじら


「おやおや、かわいそうな子だ。どうだい、家に来ないか」



……ハッ、かわいそう?

……随分とまぁ、上から見下されているようで。


優しそうに笑う仕立ての良い服を着た男に、心の中でそう吐き捨てた。可愛げの無いガキだった。

思えば、あの頃から何も変わっちゃいない。


金持ちと嘘つきが人間よりも嫌いな()は、何の皮肉か、気まぐれで公爵に拾われた。


あれからもう、十年は経つ。


……叶うなら、昔に戻りたい。

……全てを忘れて、死んでしまいたい。


今の世界は、そんな逃げさえ許されないほど辛くて、ほんのり甘く、それ以上に苦い。






✡✡






「今日も、良かった。………愛してる、愛してるよ」


「………ありがとう、ございます」



まず服を着ろよ。

内心で悪態をつきながら、はにかんだように笑う。

いつものことだ。

面倒にならないよう、さっさと服を着るに限る。

手伝えよとは思うけど、このボンボンにクソ重いドレスの着付けは不可能だ。



「……なぁ君も。君も僕を、愛しているだろう?」



クソくらえ。

私はあんたみたいなのが、努力よりも嫌いだよ。



「僕と結婚、してくれよ」


「………あなた様は、婚約者様がいらっしゃるでしょう」


「そんなの良い。じゃあ、妾でも良い。僕の傍にどうか……」



くどい。ウザい。

私に縋ってどうする。あんた偉いんだろ。

クジャクみたいに羽でも広げてさ、金でも巻き上げてれば良いじゃないか。

なんで私みたいな底辺に、頭なんか下げんの?



「そんなわけにはいきません。私が向こうの人間だと、忘れないで下さいませ」


「…………ッ!!」


「ではまた。ごきげんよう」



ああ愉快、痛快。

貴族の涙ほど、それも本気の涙ほど、見てて気持ちの良いものはない。


無駄に重いドレスから扇子を取り出し、口元を隠す。

護衛騎士のロバートの顔が、歪んだように感じた。


……なんだよ、嫉妬か? 羨望か?


それとも…………同情か? うっとおしい。






✡✡






「戻ったのね、貴方。じゃあ、さっさとわたくしのお茶を用意なさい」


「かしこまりました、お嬢様」



馬車で邪魔なドレスを脱ぎ去り、今は堅苦しい燕尾服に身を包み、今度はお嬢様に媚を売る。


“女”であることは色仕掛けには都合が良い。

私みたいに中性的な場合は特に。


若い少女は大抵顔やら性格やらで愉しむから、魅了するのに完全に身体が男である必要はない。

逆に青い男の場合は大抵飢えてるから、身体で魅了すればイチコロだ。性格で駄目押しすれば完璧。


だから私は、二人を婚約者に繋ぎ止めるにはうってつけなのだ。勿論この図太い性格も込みで。


私の仕事は二つ。


王子の夜伽をすること。

公爵令嬢の機嫌をとること。


やぁ簡単だ。これで三食昼寝付き。こんなに良い仕事は無い。






✡✡






「なぁお前、もう止めろよ」


「は? 何が?」



とうとうロバートが、口に出した。

前々から、そう言いたげなのは分かってた。


奴は同じ地域の同じ孤児で、物心つく前からの腐れ縁だ。


でも、知らないふりをしてとぼけた。



「死んだ目ぇしてやってる仕事だよ。お前最近、少しも生きた感情感じねぇんだけど」


「そうかもね」


「道端でゴミ漁ってたころのがまだ楽しかった。これって、何でだよ」


「さぁ? 何で?」


「お前もう、未来を見て無いんだよ。過去に取り残されてる。みてろ、そのうち貴族みたいに薄ら笑い浮かべて、似合わねぇ宝石でも集め出すぞ」


「そりゃ良い。現実を忘れるには、没頭するのが一番だ」


「ふざけてんじゃねぇよ。目ぇ瞑ってないで、前を見ろ。せめて昔みたいに、国家征服でも夢見とけ」


「ははっ、懐かしい。どっちがふざけてんだか」


「うるせぇ……………せめてあの二人への気持ちくらい、整理つけとけ」


「そりゃ無理な話だ」


「何でだよ」


「そこをはっきりさせた日にゃ、私は狂って廃人になるよ? あの人の駒で居続けるには、諦めて流されるのが一番だ」


「何でそこまでして…………」


「公爵に付くかって? 簡単だ」



ここまで、命を削るような真似をする理由なんて、一つしかない。



「楽しいからだよ」



ほら、私はもう狂っている。

ロバートはやはり、顔を歪めていて、……私はそれが、堪らなく愛しく感じるのだから。


確かに辛いよ。苦しいし、逃げたい。


でも、この上なく甘美なご褒美もあるんだよ。

何も考えなければ、楽しい人間の泥沼が見られる。

その中に私がいることが、ああ、可笑しくて堪らない。


ほら、私みたいな人種に限っては、刹那的なのも悪くない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ