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歌物語の歌忘れ

 広い部屋だった。畳が敷き詰められ、障子の襖で隔たれただけの殺風景な部屋だ。

 ただ部屋の奥には玉座のように一段上がった空間がある。天蓋からかかった布で全ては見えないが美しく立派な着物を幾重も重ねて着ている人物がふわふわとした毛皮に埋もれるように一人座っている。

 顔は見えないが着物の柄から女性だということはわかる。それに天蓋の薄い布越しからでも紅く色づいている唇だけはわかった。


『かーごめ、かごめ』



 歌が聞こえる。女性の透き通るような歌声だ。けれども歌がどこから聞こえるのかはよくわからなかった。部屋全体から聞こえるようにも感じ、耳元で囁かれているようにも感じる。

 ただ、玉座の上に座っている人物の唇は弧をえがいたままだった。


『籠の中のとりぃは』


 今度は子ども特有の舌っ足らずな声だ。

 この雰囲気を怖いとは感じない。けれども身体は動かす事もできず視線は玉座の人物に固定されていた。



「人では持てぬほどの強い妖力を持って生まれた子がいる。有り余る程の力を持った者は崇め奉れられると同時に誰からも疎まれ、恐怖を抱かれる。人の世であれば尚のこと」


 ようやく動いた唇から紡ぐがれる声はあの日、闇にのまれた時に聞こえた声と同じだと気づく。あまり性と歳を感じさせないものだ。




『いついつ出やる』

『夜明けの晩に』

『鶴と亀が滑った』


 男性、老婆に老爺と変わるがわる歌がまるで降り注ぐように今も聞こえる。けれども話す声はちゃん耳に届いた。ただ内容はなんのことかあまりわからなかった。


「哀れだろ」


 問いかけられているように感じ声を出そうとするが、喉がつっかえたように話すことが出来ない。

 相手の表情は布で隠れていてわからない。けれど赤い唇が弧をえがいたまま紡がれた言葉は何だかとても冷たく響いた。


「うしろの正面だあれ」


 歌が聞こえる。どこから聞こえているのかは相変わらずわからない。けれど、もうどんな声なのかも認識できなかった。引き離されていくように薄れゆく意識の中、相手の者の周りに敷き詰められ置かれていた毛皮が生き物のように動いたのが見えた。





 目を開けると暗闇の中だった。どうやらまだ夜は明けていないらしい。

 少し激しい鼓動を抑えながらゆっくりと楓は起き上がる。ひどく喉が乾いていた。

 隣で寝ている初花を起こさないようにそっと布団から出ると水を飲みに台所へ向かった。


 水を飲み終え何気なく楓が出入口を見れば施錠の為に立てかけている板が外されているのが目に入った。寝る前にはきちんと立てかけていたのを覚えている。

楓はそっと出入口のドアを開け外を見れば縁台に腰掛けている千さんの姿が目に入る。


 空を見上げ、満月の明かりで照らされた横顔は何故か鬼気迫るようなものを感じる。そんな千さんの姿に楓は一瞬息をするのも忘れるほどの恐怖を確かに感じた。

 踏み込んではいけないと感じ強ばった体を無理やり動かすと楓はその場から離れる。

 もう一度水を飲むとふらつきながらもなんとか寝床にたどり着く。部屋で変わらず寝ている初花の姿にほっと息を整えると布団を深くかぶる。

 赤い唇、月明かりの横顔、今も耳に残る歌、それらがどうにも消えてくれなくてなかなか寝付くことができなかった。



 団子屋の朝は早い。朝日が登らないうちから店の準備を行う。

 楓が行うのはみたらし団子用の甘味作りだ。

 朝起きて店が開くまで甘味を作り、店が開けば店番をするのが楓の一日の流れだ。

 結局あれから夜眠ることはできず、初花が起きてしばらく経った後に楓も布団から出た。その頃には千さんも起きていたが夜中の事を聞こうとはどうしても思えなかった。



 そんなことがあったからか店番中楓が欠伸をしてしまったのは寝不足が大半の理由かもしれないが、午後からぱったり客足が途絶えたのも理由のひとつだ。こんなに暇なのは最初の頃に店を手伝った時以来だなとぼんやり思う。

 あまりに暇なので千さんは裏で薪を割っているし、初花は明日の準備を店の奥でしていて店番は自分一人だ。


『通りゃんせ、通りゃんせ』


 二度目の欠伸をした時頭の中で歌が響く。夢の内容が頭に残っているのだろう。やはり寝不足は良くないとぼんやり思った時足音が耳に入った。慌てて視線を向け滲み出る涙を瞬きで誤魔化し楓は挨拶をする。


「いらっしゃいませ」


 入って来たお客さんは子どもだ。十……一、二歳くらいだろうか。背につくほどの長い髪を後ろで束ねているが服装から男の子だとわかる。見たところ一人のようだ。近くの村で見かけたことない顔なので都から来たのだろうが子供一人でよく来れたものだ。ただ着ている着物を見る限り地味なものだが生地に艶があり随分といいものだとわかる。それに検分でもするように周りを見渡す目付きに子供特有の無垢さはない。

 まぁ、堅気ではないだろうと思いながら好きなところへ座ってもらうよう声をかける。たとえ訳ありのお客さんが来ても気付かないふりをするようにと初花から言われている。

 少年は視線をさ迷わせた後、外の縁台に腰掛けた。すぐに白湯を持って行き、ついでに注文も聞く。


「甘いものがあるだろう、それを一つ」


 顔を上げず目線のみ動かし随分と傲然な口調で話す。ただ湯のみが熱くてうまく持てず座敷に置く姿は子どもらしかった。


『かぁごめ、かごめ』


 まだ歌が頭の中で響いていた。それに意識を取られないようにしながら楓は笑みを作る。


「みたらし団子がひとつですね」


 応えたあと、直ぐに焼き場に戻り団子を焼いていく。開いたままの出入口からちょうど少年の姿が見える。焼き加減を見ながら少年に視線を向ければ熱そうに湯呑みを両手で持ち息を吹きかけながら白湯を飲んでいた。



 程よく焼き目がついた団子にみたらしのタレをくぐらせれば完成だ。たった一本の団子でも店の中に甘い醤油の匂いが溢れる。


「お持たせしました」


 皿に乗ったみたらし団子を少年が座っている側に置く。



『ちぃっと通してくだしゃんせ』

『かぁごのなかのとりぃは』


 頭の中をかき乱すように流れる歌が何かもうわからない。

 一瞬交わった少年の視線はどこか探るようなものだったが直ぐに団子へと視線が移る。それを機に少年の側を離れる。


『この子の七つのお祝いに』


 少年が団子を食べるのを店の中から見る。冷めた表情が団子を口に含んだ瞬間驚き目を見開き、薄ら笑みを浮かべる。その姿を見れたなら、この寝不足で痛む頭も、聞こえる幻聴もどうでもいいかと思えた。



 しばらくすると白湯のお代わりに呼ばれる。湯の入ったやかんを持って行き、縁台に置かれた湯呑みに湯を注ぐ。


「この甘いものは何だ甘葛か?」


「アマズラ……あぁ、植物か。いや、この甘さは麦と米を原料にしてる」


「麦と米?」


『いついつ、であう』

『こわいながらも』


 信じらてないように皿に残ったタレを指で掬い舐めては首を傾げる。


「そう、その甘味と醤油を合わせてできたのがこのみたらし。……ちょっと手間はかかるけれど麦と米でも甘味は作れるんだよ」


甘味で米を使うのは贅沢かと思ったがこの世界では大量生産により米は想像よりも随分と手に入りやすいようだ。


「そうか、ところで」


「通りゃんせ、通りゃんせ」


 さっきみたらしを舐めた少年の指がゆっくりとこちらを指さす。少年の黒い瞳の中に紅い虹彩が煌めく様をぼんやりと眺めた。

 歌が聞こえる。ずっと誰かが歌っている。


「どこでそんなもん連れてきた」


ガチャン、と大きな音が鳴る。自分の手からやかんが滑り落ちた音だというのは辛うじてわかった。



「うしろの正面だあれ」


けれどもさっきから誰が歌っているのか……もう、わからなかった。

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