鬼島
───歩くこと20分───
3人はたわいもない話をし、ああだこうだと歩いてるうちに自然と足を止めたどり着いたのは、町を下ってすぐ、湖畔ぶちにある船乗り場。
使っていたのかも分からないようなボロボロの桟橋の近くにある木製のベンチに腰をかけた。
そこから見える景色。
スー、ハー、と深呼吸をするように波が押し寄せ、引く。
昼の晴天の空を鏡の如く湖が映し出し、観る者の心を落ちかせる。
だがその絶景の中、湖の中心部を陣取るように在る鬼島の山頂には濃い霧がかかっているのであった。
いつもここに来る度に何かを感じる。
いや、感じざるを得ないようなほどに‘‘それ”は怪しいオーラを放っているのだ。
「鬼島って、誰か行った事ある人いないのかなぁ…?」琉結
「居ないでしょ。まず泳いで行ける距離でも無ければ、この桟橋に船が置いてあった試しもないでしょ」悠那
斗志也は2人の会話を聞き、模索した。
あそこに何かがあるのは間違いないはず。
ここら辺に船も何も無いのは、鬼島に行ったっきりで帰って来てないってことか?
帰って来れない何かがあるのか?
それとも何かで命を落としたとか?
「お兄ちゃんはどう思う?」悠那
悠那は斗志也の顔を覗くようにして尋ねたが
斗志也は鬼島の方から視線を向けたまま答えた。
「さぁーなぁー…」斗志也
両手を頭の後ろに移動させ、片足をもう片足の上に組み、素っ気なく答えた。
「鬼島っていうくらいだもん。本当に鬼が居るのかもよ!」琉結
「そうだなぁー。昔、この町に勇者でも居てあの湖のど真ん中にある島に悪い鬼をぶち込んだとかかなぁー」斗志也
ククッと自分で言っていることが少し可笑しくて笑みをこぼした。
まぁ何にせよ、行こうとする者もいなければ、行ってみないことには分からない。
ましてや自分が行こうなど危険極まりない。
力無き自分があの妖しいオーラを放つ鬼島になど行く理由もないと思ったのだった。
「そんな事よりもさぁ!お兄ちゃんとお姉ちゃんは将来何になりたいのー?」琉結
んーーーーー……っと2人。
「うちは、大きくなったら院長の下で一緒に、孤児院の子達の世話したいなぁーー」悠那
「へぇー!意外だなー悠那!いつも勉強しろって言われて院長から逃げてるお前が、その院長と一緒に仕事がしたいなんて」斗志也
「うっさいわ!いつもじゃないし!最終的にはちゃんとやってるんだし!」悠那
それに………と
「好きなの………櫛灘院長のこと。血も繋がってないうち達の事こんなにしっかり見てくれるし、いつも厳しくて、優しくて、ほんと…母親ってこんな感じなんだろうなって思う……。だから、恩返ししたいなぁっ」悠那
斗志也は正直ビックリした。
11歳の悠那がここまで考えられるようになっていたことに。
自分なりに恩返しがしたいと、そして自分と同じような境遇の子達に対して、櫛灘院長がやってくれたように、自分もそうしたいのだとハッキリ言われ、返す言葉もなかったのである。
「すごいね!お姉は凄いよ!大人だね!」
「私は、お姉とお兄と、ずっといっしょに居れればいいなぁって!戦争のせいでみんなバラバラとか嫌だし…」琉結
末っ子らしいなぁと2人は笑う。
小さいときから、どこにいくにも、いつも2人の後を追っかけてくる琉結が斗志也と悠那にとっては可愛い存在であり、ほっとけない。
くっつき虫、泣き虫。姉と兄が大好き。
これはもう末っ子のスキル。というより性分である。
「お兄ちゃんはどおなのさ?」悠那
俺かぁーーーー。
「何になりたいというか…………んー………」
「離れたい」斗志也
「えーーっ!?離れたいって?どおいうこと?」琉結
「や、お前達からとかじゃなくてさーー。なんつーか。格好付ける訳でもないけど」
……
「今の自分から離れたいんだよな」
明確には何がしたいかは自分でも分かってない。
ただ、いつも院長の困る顔を見たり、妹達の痩せ我慢する姿は、今日まで2人の傍に居て面倒を見てきた斗志也としては見たくはない。
だからといって何かを変えることが出来る訳でもなく。ただただ、院長の世話になるしか生きる道がない自分から離れたかった。
「変わりたいってことね…」
「お兄ちゃんはいつもそう。うち達のこと考え過ぎだよ?」悠那
「そうそう!ご飯の時、お兄が嫌いだからって嘘ついて、私達にオカズくれてるの知ってるんだから!」
「言ってるじゃん!私達の傍に居てくれるだけでいいって!」琉結
斗志也は久しぶりにじっくりと真面目な話をして、2人がこんなにも自分の行動を見ていてくれたことに気付き、嬉しくてたまらなかった。
2人のためだと思い、やったことが、誰にも気付かれないのが少し寂しいのもあったから尚更だった。
「へぇーー。なら今度からお前らのオカズ全部俺のもんだからなっ」斗志也
照れ隠し一杯の言葉だったのだが。
「それは無理」琉結
「湖に沈められてぇのか?」悠那
2人は同時に、そして笑顔で斗志也の心に本気の突っ込みと言葉をぶっ刺したのであった。