母よなぜ止めない
キーン!カーン!
バチチチ!
ここは魔王城。
この世界を支配する魔王に立ち向かうは、
若き一人の冒険者。
それがこの俺、冒険者キトーだ。
これまで長い旅路だった。
幾多の試練を仲間たちと乗り越え、
やっとここに辿り着いたのだ。
その仲間たちは激しい戦闘の末消耗しきり、
今は動けないが、俺の闘いを見守ってくれている。
一人は美人なエルフの魔法使いだ。
一人は賢者で真面目系、眼鏡美少女。
一人は猫耳のロリっ子弓使いで。
一人は格闘家の巨乳アマゾネス。
みんな俺のことを慕ってくれている。
というかぶっちゃけ俺のことが好きだ。
いつも四人で俺の取り合いをしている。
そんな彼女たちのためにも俺は勝たなければならない。
「長かった冒険もこれで終わりだ!くらえ!!閃光裂覇斬!!」
俺は聖剣エクスキャリバーンを振りかざし、
魔王に最後の一撃をあびせる。
魔王はもう堪らんと思いながらも、
必死に最後の言葉を捻りだす。
「ぐぬぬ…光ある限り闇は潰えぬ(涙)」
魔王は死に、世界は救われた。
俺は世界を救った英雄として、崇められ、
残りの人生はパーティーの仲間たちと幸せに生きるのだった。
幸せにというのはそりゃ、あんなことやこんなことをしてデュフフ富富富な毎日を…
「キトー!キトーー!何ぼーっとしてんの。手が止まってるじゃない。」
喉をヤスリで削られたかのような、ギザギザとしたとても醜悪な声が耳元から聞こえた。魔王がまだ生きていたのだろうか?いや、それよりももっと邪悪な気配を俺は感じとった。
「キトー!ねぇ、聞こえてるの?キトーーー!!!」
「るっせーな!クソばばぁ!人がいい気分で妄想に浸ってるときに話かけやがって!」
俺は閉ざしていた瞼と心を開き、目の前にいる魔王よりも恐ろしい敵と向き合った。面倒臭いので単刀直入に言うと母だ。
「現実を受け入れなさい。あんたは28にもなって実家から出たこともない、冴えない童貞なんだから。」
そう、ここは辺りを山に囲まれた、小さな田舎町の無駄に大きな畑。俺はここで家業を継ぎ、母とともに農家をしていた。
俺はよく仕事中に妄想をする。最強の冒険者になり、モテモテになるという妄想だ。そしてよく母に叱られ現実を突きつけられ、半泣きになる。それが今だった。
「るっせーよ!!かんけーねーだろ!!だいたいあんたが継げって言ったから仕方なく継いでやったんじゃねーか!」
「それはあんたが28にもなって、仕事にも就かずにプラプラしてたからでしょうが!!」
へへっ、ぐうの音もでねぇや。
しかし悪いとわかっていても、引き下がれない時が男にはあるのだ。
俺は持っていた鍬を地面に叩きつけ、ペッと唾を吐いて、
行き先も決めずに歩きだす。
「あんたは俺を怒らせた。もう知らねーぜ。」
そんな捨て台詞を吐きながら後ろに手を振る。
「あぁ好きにしな。もう帰って来るんじゃあないよ。」
俺は内心思った。
(いや、止めろよ。)
いつもここで止めてくれるじゃん。
俺どこ行くんだよ。てかこのまま進んだら山なんですけど。魔物とか出て危ないんですけど。
でも今後ろを振り返るのはダサすぎる。ダメだ、俺の無駄に肥大化したプライドが後押しして、引き返せない。
そして気付いたら山の中にいた。
いやいや大丈夫だ。直ぐに引き返せば畑に戻れる。
でも戻ってどうするんだ?また家業の手伝いをして、毎日畑に水をやり、童貞のまま生きていくのか?
嫌だ!そんな人生を歩むくらいならば、ここで魔物に食われて死んだ方がましだ!
グオォーン!!ブヒブヒ
そんなことを思いながら立ち止まっていると、山の奥から豚のような鳴き声が聞こえてきた。しかしこの鳴き声は多分豚ではない。これはオークの鳴き声だ。
俺はさっきまでの戯言を前言撤回し、畑の方向へと駆け出した。
この山にオークが住んでいるのは知っていた。昔から母に言い聞かせられていたからだ。この山にはオークが出るから危ないと。
オークは二足歩行の猪の顔をした魔物で、そこそこ知能が高く凶暴な性格をしている。この辺では割と上位に位置する魔物だ。とても俺みたいな村人が勝てる相手ではない。
しかしオークは普段もっと山奥にあるはず。こんな麓まで来るなんて、よっぽど良い餌でも見つけたのだろうか。
ザッザッザッ
後ろから何かが近づく音がする。何だろう?お母さん?
俺は既に出きっている答えを否定しつつ、走りながらチラッと後ろを振り返った。
オークだった。
「ピャーーー!!!!」
自分でもどこから出たのかわからないような声を上げ、全速力で木と木の間を駆け抜けるが、明らかにあちらの方が速い。近づいて来ているのが音でわかる。ようやく畑に出るが、オークは足を止めてはくれない。
緊張で足がすくみ、俺はとうとう転んでしまった。
地面に尻をついたまま振り返ると、2メートルは優に超える化け物が涎を垂らしながら近づいて来る。
なんか全体的に汚い〜。生理的に無理〜。
と、女子のようなことを思いつつ、ここで愚かな俺はようやく気付いた。こいつが麓まで降りてくる要因となった餌の正体が自分だったことに。
「たずげでーーー!!おがーーざーーん!!!」
俺は涙を出す余裕もなく、しかし泣いたような声で、世界で五本の指に入るのではないかという、とてつもなくダサい言葉を大声で叫んだ。
もう少しこのオークに知能があれば、今の俺の惨状に腹を抱えて笑っていただろう。そうすればその隙に逃げられていたかも知れない。
しかしそんな妄想を他所ににオークは俺に近づき、目の前で立ち止まった。そして手に持った木の槍を頭の上へ振りかぶる。
あぁ、短い人生だった。
俺の頭にはまだ死んでもいないのに、走馬灯が駆け巡っていた。
今は丁度俺が村の学校に通っていた頃だ。あの頃は毎日みんなと馬鹿みたいに遊んで楽しかった。しかし皆は馬鹿みたいではあったが、馬鹿ではなかった。馬鹿は俺だけだ。
皆学校を卒業する少し前から、将来に向けてしっかりと考え始めていた。俺はそれに気づかなかった。要するに空気が読めなかったのだ。
大きな街へ出て商人になるもの、冒険者になるために訓練学校に進学したもの、皆それぞれの人生を歩んでいく中、俺は最近になるまで親の脛と親が作った野菜をかじりながら生きてきた。
受け入れよう。全て俺が悪いのだ。こうなってしまったのは今まで人生を怠けて生きてきたことへの天罰だ。こんなことならもっと親孝行しておけば良かった。
そんな諦めの境地に達しながらも、しかし俺の体は諦めてはいなかった。正確に言うと、俺は地面に背中をくっつけた体制で、足をジタバタさせていた。
今まで無駄な人生を歩んできた馬鹿な俺でもわかる、到底意味のない行為だ。
グチュ、
足に何が当たる感触がした。しかし怖くて目を閉じているので、今どうなっているのかは全くわからない。
もう数秒後に俺は確実に死ぬ。まだか。まだなのか。何だオークの癖に焦らして楽しんでいるのか?あるいはもう死んでいるのかも。いや流石にそれはわかるだろぅ。じゃあ何で俺は生きているんだ?
ジタバタしていた足を止め、閉じていた目をそっと開けると、さっきまで槍を構えていたオークが股間を抑えうずくまっている。
何だこれ。
一瞬意味がわからなかったが、数秒考えた後俺のトロい脳味噌はようやく理解した。
俺の足がオークの股間に直撃したことを。
オークの足が体長の割に短いことが幸いだった。
しかしこの状態も長くは続かないだろう。急いで立ち上がりここから逃げ出したい。のはやまやまなのだが、腰が抜けきって動かなかった。
どうしよう。どうしよう。どうしよう。
テンパりながらも俺は取り敢えずオークの落とした槍を、地を這いながら奪い取った。確実に今がチャンスなのだが、武器なんて初めて持ったのでどう使うのかいまいちわからない。
何となくここかな?というところを刺してみるも、硬い毛に覆われ、皮膚にさえ届かない。
そうこうしているうちに、とうとうオークが半復活を遂げてしまう。片手で股間を抑え、もう片方の腕で殴りかかってきた。
俺は直感的に身を後ろへと仰け反らせた。
ブンッ
大きな拳が目の前で空を切る。その一撃は間一髪でかわすことが出来た。だが、間近で通り過ぎるその拳の風圧を肌で感じ、次はないと悟った。
そしてオークは完全復活した。
股間を抑えていたもう片方の手で俺を掴もうとしてくる。
しかし、俺はテンパりながらも密かに狙っていたのだ。オークの手が股間を離れるその時を。
俺は両手で強く握り締めた槍を、思い切りオークの股間に突き刺した。
ブヒャヒャヒャヒャイーン
オークは相当股間が弱いらしい。声を上げると同時に、地面に膝を着き、とうとう動かなった。
直ぐにでも逃げなければならない状況なのだが、ハイになった俺はようやく立ち上がり、頭上から蹲るオークを刺しまくる。
殆どの攻撃は硬い毛により阻まれるのだが、たまたま刺した槍がオークの目を直撃した。さずがにそこまではカバーしきれなかったのか、槍はオークの目を貫通し、結構深くまで入っていった。
オェッ
かなりグロかったがそんなことは言っていられない。俺はオークの目から槍を引き抜いた。
片手で目を覆い、もう片方の手で股間を抑えるオーク。
「まだだぜ!!!」
俺はついでにもう片方の目も槍で貫く。当たりどころが良かったのか悪かったのか、さっきよりも深く槍が突き刺さる。深くまで行き過ぎたせいか、俺の力では抜けなくなってしまった。
ここでようやく頭が正気に戻り、思考が逃げる方へとシフトチェンジした。流石のオークも両目が潰れた状態では、追っては来れないだろう。
そう思いながらも安心しきれない臆病な俺はその場から猛ダッシュでにげたのだった。