善なる神3
「……」
記憶を消したというのは、本当の事だろう。魔法の欠片には、普通の人間には防げない力があった。
『…憎いか?もう、貴様を知る者は居ない』
「……」
急に訪れた孤独。
積み上げて来た物が崩れた様な、心にポッカリと穴が開いた様な、哀しい感情。
『…信じられぬなら…確認してきても良いぞ?』
「しねえよ。この魔法の効果は解ってる…威力もな。それに、確認したら泣いちまう」
記憶から消えているのなら、トトに敵意を向ける事は解っている。未練を無くす…確かに誰も覚えていないなら、もう未練は無いと言いたいが…割り切れる物では無い。
『どの道…死ぬのだ。今の内に聞いてやるぞ。私に対する怒りや呪詛を…』
「……優しいんだな」
『……何を言っている』
「流石は善神と言われるだけある…記憶を消せば、俺が居なくなっても、俺が死んでも、誰も悲しまない。誰も辛くない…
…一つ…聞いて良いか?」
『……ああ』
「…五百年くらい前、この大陸で似たような魔法は使ったか?記憶を操作する様な…」
『…私は使っていない』
私は…という事はルナライトでは無い誰かが記憶の魔法を使った。それなら、五百年前に不壊の勇者が裏切られ処刑された原因は、その誰かという事。
それだけ聞ければ充分だった。
「タケル、良かったな。みんなに裏切られた訳じゃねえってさ」
『……そっか……なんか複雑だけど…ありがとう』
「…さて、ルナライト。八つ当たりさせてくれ…封印解除・参式」
『私も…少し本気を出そう』
トトの破壊神剣から、狂気が溢れ出す。
ルナライトからは、光と闇の波動が溢れ、増大していく。
ゴゴゴゴ_ゴゴゴゴ_
明らかに、ルナライトの力が強い。次第にトトの顔が引きつって来た。
「…前言撤回。やっぱりルナライトの方が強いわ」
『激しく…同意だね』
『転移で逃げても無駄だぞ。瞬時に思考を読み取り、場所を特定する』
「それ、戦闘中も出来るのか?」
ルナライトがニヤリと笑い、フッと消える。
後ろに現れ、トトが後ろに剣を振るが空を斬り、
ザシュッ_
頭上からの攻撃。
寸前で躱すがおでこを掠り、血が吹き出す。
「_くそっ、破壊衝撃」
_ドンッ!
周囲に衝撃を放つが、ルナライトは既に離れてこちらに手を向けていた。
『その身に刻め…禁術…』
__周囲の音が消える。
天空から現れた光の魔方陣。
直径50メートルはありそうな魔方陣が、光を溜めながらトトの真上で待機している。
「…まじか」
左手だけでは壊しきれない大きさ。浄化兵器を向けられたらこんな感覚なんだろうな…と無駄な思考が過る。
直撃したら超高熱の光を浴びて命はまず無い。
『…ギガ・ホーリーレイ』
__キュィィィイイ!
巨大な光が降り注ぐ。
「あーくそ!武装!アヴァロン!破壊大砲撃!」
白い光の鎧に武装しながら、破壊の斬撃を真上に飛ばす。
斬撃を飛ばしたトトの背後…ルナライトがトトの背中に手を当てていた。
『レベルダウン』
ガクン_
「…は?」
武装アヴァロンの機能が低下、鎧が重くなりトトが膝を付く。
ルナライトは素早く退避。
腕を組み、トトを見据えていた。
_ゴオォォォ!
トトを中心にして、巨大な光のレーザーが大地を貫く。天災の光。
熔けていく地面。
下へ下へと光が進む。
やがて光が晴れ、後に残るのは大きな穴。そこから出る大量の煙。
まだ魔法の余波で土が熔け、ブクブクと沸騰する音が聞こえる。
『……力を込めすぎたか。それに…』
「はぁ…はぁ…はぁ…」
『逃げられてしまっては、ただの自然破壊か…』
武装が解け、ボロボロの状態で座り込むトト。ディスクが持っていた円盤を手に持ち、ルナライトを睨み付けている。
≪旅する円盤、ランクS、攻撃1000、空間転移≫
「…流石は女神様…星を壊さない様に闘うんだな…なぁ、女神達の中で…ルナライトが一番強いのか?」
『ああ…そうだな』
「そうか…封印禁術・千手の鎖」
ジャラジャラ!_
ゆっくりと立ち上がったトトが封印禁術を発動。
ルナライトの足に白黒の斑模様の鎖が絡み付く。
同時にトトの足にも鎖が巻き付き、動きが制限された。
『…拘束した所で、貴様の攻撃は効かぬぞ』
「そうだな。でも、女神様は回復を待っちゃくれねえからな…」
拘束をしたは良いが、策は無い。トトの攻撃は破壊の攻撃以外は余り効果が無いのは実証済み。
とりあえず回復を施しているが、これからどうしたら良いか解らない状況。
ルナライトは腕を組み、トトを見据えている。
「…回復は終わったけど…どうするかなぁ…ん?どうした呪怨砲…自分を使えって?
_っ!破られる!」
バキンッ!バキンッ!_
『難儀な物だな…』
ルナライトの力が上昇…どんどん鎖が千切れていく。
「あぁくそ!仕方ねえ!呪怨砲!頑張れ!」
呪怨砲を取り出し、ルナライト目掛けて引き金を引く。
ドオオォォ!_オオォォォ!_イヤァァァ!_タスケテェェェ!_ハァハァオジョウチャンアイタカッタヨ!_ヨオォォォ!_イタイヨォォ!_ダメェェェェ!_オジサントイッショニイコ…テンゴク…イコ_ゴオォォォ!_ニクイニクイニクイ!_イヤァァァ!
『_なんだと!これは!ぐあぁぁぁぁ!』
「おー?効いてる?」
どす黒い砲撃を受け、ルナライトが苦しんでいる。
バキンッ!_
最後の鎖を千切り、息切れしながら膝を付いて、胸を抑えていた。
『あぐ!うあ…混沌の…力だと…』
「え?呪怨砲、お前混沌の力持ってるの?死属性だったよな?何?我輩の真の力を解放する時が来た様だ?そのキャラ恥ずかしいからやめて」
『はぁ、はぁ、だが…何故、奴の気を感じない…』
「これは俺が作ったからな。なんだよ、今までずっと監視してた訳じゃねえのか?」
『_っ!作っただと!……貴様の能力か』
破壊の力を感じ、顕現したルナライトは、今までのトトを見てこなかったのだろう。
驚きに銀色の瞳が開かれ、キッとトトを睨む。
「秘密…って言っても駄目か。素材さえあれば、どんな武器でも作れる能力だよ」
『それは…人が持って良い力では無い…』
「そんな事言われても持ってんだから良いだろ。っともう1発行くかー…と言いたい所だけど…」
_ガガガガ!
トト目掛けて氷の塊が飛んできた。難なく躱し、飛んできた方向を見る。
想像通りの人物に、胸が締め付けられた。
「ルナライト様、余計な手出しをお許し下さい。無礼を承知で…私にも、神敵を倒す手伝いをさせて下さい」
「…アイリスさん…みんな…」
アイリスが白い杖をトトに向けている。その目は冷えきった氷の眼差し。
見たくなかった光景だった。
アイリスの後ろには、ニグレット、ミランダ、リンダ、ホークアイの姿。
「神敵を我らが滅します」
「神敵…斬る」
「女神様!こいつは私が…」
「私が勇者として、神敵を討伐してみせます」
視界に、涙があふれてくるのが解る。トリスは居なかった事だけが、救いだった。
『いや、助けはいらない。私が仕留める。下がってくれ』
「…承知致しました」
『…すまぬな』
まだ満足に回復していないルナライトだが、アイリス達を下がらせ槍をトトに向ける。
『…終わらそう』
「…みんな、敵か…タケル、お前の気持ちがよく解るよ」
この世界は、俺達に厳しいな…空を見上げるトトの目から涙がこぼれた。