帝都の魔導具店
トトは買い物をしに東区へ。食材等は王都で買っているので、魔導具くらいしか買う物は無い。
「本店はクルミナさんのお兄さんが居るんだっけ?お姉さんだっけ?その前に武器屋でも見てこっと」
クルミナの姉なら美人かなと少しワクワクしながら商店街を歩く。王都と比べて道往く人に変わりは無い。
「人種も色々だなぁ。武器屋もまぁ王都よりは性能は良いか」
特に惹かれる物も無く、武器屋を後にする。歩いていると、サムスン魔導具店までたどり着いた。
ガラス張りの清潔感のある店。王都と同じく、向かいの店には金ぴかの高級そうな店もある。
「ジガ魔導具店はサムスン魔導具店と張り合っているのかな?」
ジガ魔導具店は店の前で、道往くお金を持っていそうな人に声を掛けている。勿論手ぶらで地味な格好のトトには声を掛けない。
試しに前を通ってみるが、チラ見をされて終わったのでサムスン魔導具店に入った。
「…いらっしゃいませ」
「(まぁマブギジ072とか、どう見ても不審者…だけど、色気のあるお姉さんだなぁ)どうも、見ても良いですか?」
「ええ、案内しますわ」
オレンジ色の髪が綺麗なお姉さんに案内される。側に立っているので監視するのだろう。
「…このキッチンは幾らです?」
「こちらは黒金貨1枚です」
「へぇー、じゃあ買います」
システムキッチンの様なオシャレな物があったので、お姉さんに黒金貨1枚を渡して収納。
(そろそろ料理したいなぁ。料理本と包丁合成したら作れる様になるかな?)
「…ありがとうございます」
「珍しい魔導具とかありますかね?」
「はい、ご案内致します」
丁寧になったお姉さんに案内されて、ショーケースに入れられた魔導具コーナーへ。
「へぇー、通信石ですか…二つで一組なんですね」
「はい、帝都程の広さなら何処でも通信可能です」
通信可能な距離は短いが、同じ街に居るなら必要かと思う。値段は黒金貨10枚。
「強化すれば良いか…買いますね」
「ありがとうございます…失礼ですがどういった職業の方なのですか?マブギジなんて見たのは初めてで…」
「あー…ごくごく普通の職業ですよ。たまたまダンジョンで成功しましてね…あの、ノール王都でクルミナさんにお世話になったんですけど、お姉さんですか?」
色気のあるお姉さんなので、決してお近づきになりたいという訳では無いが、一応クルミナとは知り合いなので聞いてみる。
「ふふっ、よく間違えられるのですが妹ですよ。姉がお世話になっております」
「えっ?あっ、失礼しました。妹さんでしたか…」
イザベラ・サムスン18歳。スタイル抜群の美人さんだが、クルミナの姉にしか見えない。
「姉は元気でしたか?まぁ姉から元気を取ったら取り柄が無いので、元気じゃないと困りますが」
「元気そうでしたよ_(妹に取り柄が無いとか言われてるぞ…頑張れクルミナさん…)_少しおっちょこちょいですが、そこがまた可愛いのでつい許してしまいますね」
「へぇ…週2で寝坊したり、何も無い所で転ぶ様な姉を可愛いと言って許すトハーシさんは、姉の恋人か何かですか?」
「…いえ、恋人ではありませんよ。ただの取引相手ですね」
妹からの評価が低い事をスルーしながら「取引相手?」イザベラの興味が取引の方に傾く。もうクルミナの事は頭に無い様子で聞いてきた。
取引している物を見せて欲しいと言うので、個室へ向かう。対面の長いソファーがあるので、ドラマで見る様な社長室に見えた。
「何にしようかな…大した物じゃないですが、こんな感じです」
魔金結晶と魔銀結晶で作った金色と銀色に光る剣。
≪宝剣・ゴールドシルバー、ランクA、成金剣士レベル52、攻撃710、金運上昇≫
「…攻撃力が並では無いですね。貴族が欲しがりそうな剣ですが…ダンジョンで手に入れたのですか?」
「まぁ、そんなもんですねぇ」
「あの…売って頂く事は出来ますか?」
「すみませんが、まだ出来ません。俺はクルミナさんの取引相手ですから」
黙って本店と取引するのは気が引ける。手間だが王都から取り寄せて欲しい。イザベラは色気を出しながら残念そうにトトを見ているので、心が揺れそうだが。
「誠実な方なのですね」
「いやいや違います。好きな相手も決められない軟弱者ですよ」
イザベラがソファーから立ち上がり、トトの隣に座る。
「私も候補に入れて貰えませんか?」
「…それは困るのですみません」
近い。ニグレットのお蔭で耐性は付いているので、あたふたする事は無いが、先程会ったばかりなので何が狙いだと邪推してしまう。
「ブレないんですね。クル姉には勿体無い…また来てくれますか?」
「まぁそれは良いんですが、ちょっと近すぎですね。もう鼻が付いてますよ」
0距離なので息が唇に当たる。色気のある匂いが鼻腔を刺激し、顔を少し前にやればキスをしてしまう距離。しかしトトは欲求よりも怖いが勝っているので、少しずつ後退。
イザベラも負けじとトトに近付く。イザベラの鼻が当たるくらいの距離を保ち、自分から行かずトトが釣れるのを待つという匠の技が光る。
「トハーシさん。良いんですよ」
「何がですかねぇ…イザベラさん仕事中ですよ」
「ええ、承知しています。だからと言ってチャンスを逃しません。安心して下さい、個室に鍵は掛けました。ここ、触ってみて下さい…ドキドキしていますよ」
「触りませんよ…あの、どいて欲しいんですが…」
「してくれたらどきますよ?」
もうソファーに仰向けの状態。イザベラの指がつーっとトトの首、胸、腹と伝い…「そこまでです」トトがイザベラの手を取り、そっと身体を放す。
「私じゃ、駄目ですか?」
「すみませんが、今日会ったばかりなので流石に困ります。それに俺は火傷が酷くて人に見せられる身体ではありません」
このままでは食べられるのでソファーから立ち距離を取る。トトは引いているが、この世界の女性は強さと財力がある者には積極的になる。積極的の度合いは違うが、この世界では当たり前の行動だ。
これ以上この場所は危険と判断したので、個室を出て店内へ戻る。
「では、時間があればまた来ます」
「残念でしたが、お待ちしていますわ」
帰り際に何か紙を渡され、魔導具店を後にする。背を向けた時に、ボソッとクル姉には負けないと聞こえた気がした。
「…ふぅ。危なかった…。ニグさんに同じ事されたら間違いなく陥落するな…ん?」
カンカンカン!鐘の鳴る音が響き、周りの人々がざわざわしている。
「警報!何かしら!」「魔物が出たらしいぞ!高クラスらしい!」「避難しなきゃ!」
「魔物?クラスが高いって言ってたなぁ…アホーク居るかな?見学しに行こう。それにしても帝都に襲撃する魔物なんて居るんだなぁ」
索敵を広げて魔物の気配を調べる。東区から塀を越えれば近そうなので、気配を消して飛び越える。
「おっ、あれは帝国の軍かな?アホークは見えない」
帝都に向かって進む魔物の集団。200は超えている。軍に比べて数は少ないが、地竜やキマイラなど見るからに強そうだ。
「なんで襲撃するんだろ?危険なのは解っているのに…お腹空いてるのかな?」
少し強い風が吹いている。トトの背負う剣がカタカタ揺れているが、それに気付かず軍の様子を眺めた。
「まぁいいか、見学しよ」