トリスと食事
「トトさん、おはよー。…どうしたの?疲れてる?」
「おはようトリス、遅くなってごめんな。ちょっとヤンキーに絡まれてただけだから気にしなくて良いぞ」
「ヤンキー?…無理しちゃやだよ」
「大丈夫だよ。あれ?ニグさんは?」
トトは気持ちを落ち着かせた後、10時頃に黒ギルドへやって来た。出迎えたのはトリスだけ。ニグレットは居なかった。
「なんかお城の人が来て出ていったよー」
「ふーん…忙しいんだな。トリスは行きたい所あるか?」
「私、美味しいご飯が食べたい!」
「美味しいご飯かぁ…と言っても良い店知らないしなぁ…俺の知り合いって皆忙しいから聞けないし。とりあえず外に出るか」
「うん!」
トトはトリスと共に黒ギルドを出て、宿屋付近にある良さげな飲食店を目指す。トリスは久しぶりにトトと一緒なので、ニコニコしながら手を繋ぐ。
以前と同じく、すれ違う人は嬉しそうなトリスを見て顔が綻び、その後に荒んだ目をするトトを見てギョッとしていた。
「トリスと俺のギャップ凄くて誘拐犯に見えるんだけど…どうしたら良いと思う?」
「んー?良いんじゃない?他の人の評価なんて気にする必要無いでしょ?」
「(大人だ…)はははっ、ありがとな」
何故こんな天使の様な子が、記憶を封印されあんな場所に居たのか。ヴァイラ王国に行き、色々と確かめなければならない。
そして遠くの方で見覚えのある女性に引き摺られている赤茶髪の男を眺めながら、飲食店が多い場所にやって来た。
一般的な人が来ない様な高級店が建ち並ぶ。上流階級の者が入っていく店が多い。
「あっ、このお店はニグお姉ちゃんがお勧めしてたよ。個室があるから人の目を気にしなくて良いって。ニグお姉ちゃんの紹介状は貰ってるから安心して」
「おー、準備が良いな。じゃあここにするかぁ」
一般人は入れない高級ホテルの様な外観のお店。場違い感が凄いが、ニグレットの紹介状があればVIP待遇でサービスを受けられるとの事。
「いらっしゃいませ。…申し訳ありませんが紹介状等はお持ちですか?無ければ退店して頂く事になります」
「ありますよー。はい」
「確認させて頂きます…_っ!失礼致しました!こちらへどうぞ!」
「あっ、はい(紹介状の内容が気になる)」
店員に連れられ、トトとトリスは最上階に上がり、個室に入る。それを見ていたテーブル席の者達が首を傾げる。明らかに場違いなカップルがVIP待遇を受けている事に。
「あれ?もしかして…」
あの二人は何者だという話題が出るが、一人を除いて誰も解らなかった。
「では、直ぐに料理をお持ちします」
「えっ、まだ注文してませんけど」
「私共にお任せを」「あっ、はい。お願いします」
店員が去り、ダンスが踊れそうな広い個室にトトとトリスが向かい合いポツンと座る。
「広いねー」「ああ、広すぎだな。明らかにパーティー用の部屋だろ…いくらするんだ?」
「なんかニグお姉ちゃんが、これを見せればお店はタダになるって言ってたよ?」
「いやいや何それ?お店はタダとか怖いんだけど…」
「あと…身体で払ってだって」「罠だった!」
ニグレットのどや顔が目に浮かぶ。
それから少しして、料理が運ばれて来た。高級店の名前に恥じない料理の数々に顔が引きつりながらも、お腹一杯食べデザートも完食。
トリスも完食した所で店員がやって来た。
「お客様にお会いしたいという方が居ますが、如何致しましょうか?」
「ん?誰?」「サムスン魔導具店のクルミナ・サムスン様です」「あー…どうしよ。気不味いけど、一応会おうかな」「かしこまりました」
「トトさん、新しい女?」「ちげえよ。前にクルミナさんの所で魔導具を買ったんだけど。まぁ…それだけの仲だな」
「ふーん…それだけの仲なのに、私の目の前で会おうとするって事は…可愛い人なんだね!」「くっ…(鋭い)」
一度拒絶されているので本当は会いたくないが、暇だしまぁ良いかくらいの気持ちだ。決して可愛いからまた会いたいなんて事は無い。
コンコン。「どうぞー」「…失礼します。あの…トトさん、この間は本当にすみませんでした!」
「ん?話が見えないんですけど…」
「いや、あの、職業と見た目が変わっていたので…トトさんだと気付くのが遅れてしまいました…恩を仇で返す様な真似をしてしまい、申し訳ありません…」
「あ……いや、クルミナさんは謝る必要無いです。それ悪いのは俺ですね…すみません」
「いえ…あの後、ロミオさんに叱られました。鑑定に頼るな、勘を養え目を養えって…だから未熟者の私が悪いんです」
今回偶然トトを見つけ、どうしても謝りたかったと言われたら受け入れるしかないだろう。
謝り合うトトとクルミナを見かねて、「はじめまして、トリスです。クルミナさん、座って下さい」トリスがクルミナを座らせ、紅茶を渡す。
「はじめまして…クルミナ・サムスンです…ありがとうございます」
「はぁ…もう水に流して良いんじゃないですか?話を聞く限りじゃ誤解は解けた様ですし…でしょ?トトさん」
「そうだなー。じゃあそういう事で。あっ、そうだ。あの杖売れました?」
「ありがとうございます。あの杖は予想よりも高く売れました。差額をお支払いしたいと思いまして…」
以前トトがクルミナに売った魔水晶の杖。黒金貨15枚で売れたという。
「差額はいらないですよ。クルミナさんの営業努力の結果ですから。今度買い物させて貰えればそれで良いですよ」
「はい、心よりお待ちしてます。ですが…少し問題がありまして」
「問題?」「王宮があの杖の作製者を調べる為に、お店の出入りをチェックしているみたいです…勿論私はトトさんの事を話してはいませんが、いずれはバレるかもしれません」
「へぇー。そうなんですか…」
魔導具店を監視する者が居る様で、最近悩まされているらしい。また謝ろうとしていたクルミナを制するが、何か引っ掛かる。
「あの…クルミナさん?このお店には一人で来たんですか?」
「いえ、打ち合わせに何名かと来ました。丁度終わったので、解散してからここに来ましたけど…」
「そうですか…分かりました」「どっ、どうしたんですか?」
「トトさん…この際だから言ってあげなよ」
「えっ、いや、それは…」
「あの、聞かせて下さい!」
王宮がお店の出入りをチェックしているなら当然、他の事もチェックしている筈。
「いや、ほんとに気に病まないで欲しいんですけど…魔導具店の監視と平行して…クルミナさんの行動も、監視されていると思うんですよ…だから」
「……もしかして…私がこの最上階部屋に入った時点で、トトさんが監視対象になる…」
「次いでに私もー」
クルミナが会いに行った、怪しいVIPカップルが王宮の監視対象になるのは当然。いずれは権力者に目をつけられるとは思っていたので、特に気にしてはいない。
呆然とハニワの様な顔をしていたクルミナの目に涙が溜まってきた。
「ははは…そういう事です」
「…うぉふ…私のばかぁ…」