魔竜
聖剣が突き刺さった結界の中。
20メートルを超える魔竜が放ったブレスの余波が、周囲を黒く染めていた。
「この結界の中ならしばらく安心だから、ホークとミランダさんはここで待機。ホークは…気休めだけど、とりあえずこれ持っとけ」
≪暴風刀・大嵐、ランクA-、嵐武者レベル76、攻撃1004、風嵐刀技・獣特攻≫
「…ありがとう。ははっ、魔竜と漆黒の騎士が相手じゃ厳しいねぇ」
「トトさんは、何をするんですか?」
「俺はまぁ…頑張ってみるわ(ダンジョンじゃなかったら浄化兵器が使えるのになぁ…ここであれ使ったらダンジョン崩れて全員死ぬし…)…身代わりの指輪付けとけよ」
「危険…と言ってもこのままじゃ全員死ぬか…くそっ」
トボトボと結界から出るトト。五月雨が折れて成す術も無いホークアイとミランダはトトを見送るしか出来なかった。
『グルルル』
『……』
「こんなクソ男相手に唸るなよ(知能は低いのか?)…騎士さんは見学かい?(あれは…回復かよ…)」
先頭に魔竜が立ち、後方で槍を掲げている漆黒の騎士は徐々に鎧が再生している。
漆黒の騎士が参戦する前に勝負を決めないと危うい。そう思ったトトは爆炎の戦斧を取り出した。
ダンジョンで一際輝く深紅の斧。
「よっしゃ。行くぜ魔竜。武装!」
トトの全身を包む赤いオーラ。次第に形を作り、深紅のフルプレートメイルに変化した。
「あれは…なんだ…赤い…爆炎の戦士…やっぱり彼がそうなのか」
「凄い…力…ランク不明…」
武装したトトが魔竜に向かって駆ける。
「本気で闘うのは初めてだな!爆炎破斬!」
ボンッ!『グオオ!』魔竜の手前で爆発。
「爆走!」爆発で視界が遮られた隙に魔竜の横を走り抜ける。
『むっ』「まだ休んどけ!爆炎剛斬!」
ドゴオン!『ぐはっ!』爆発の中から飛び出たトトが回復中の漆黒の騎士を凪ぎ払う。
漆黒の鎧が半分削れる程の衝撃。
ドンッ!『ぐっ…』広大な部屋の壁までぶち飛ばされた。
「…こっちには時間がねえんだ!今の内に、仕留めさせて貰う!」
武装に時間制限は無いが、全力を出せば出す程に疲労が溜まる。
半ば焦る気持ちで魔竜に立ち向かった。
『グルルル!』再びスーッと魔竜が息を吸い込む。
「またブレスか?」
ドンッ!魔竜が足を踏み鳴らすと「うおっ!」トトの足元から氷が隆起。
お立ち台の様な円柱の氷がグングン伸びる。
『ガアァァ!』_ゴオオオ!
魔竜の青黒いブレス。
闇と氷が混ざり合い。
全てを暗く凍らせる無慈悲な力。
「ぬぉぉぉ!直撃は不味い!爆炎破斬!」ドゴオオン!
爆風が吹き荒れ。
「うぉぉぉ!…ん?そんなに痛くない?氷の御守りのお蔭?」
思ったよりもダメージが無い。吹き飛ばされる寸前で踏み留まり、魔竜に向かって爆走する。
「アイリスさんありがとぅぅ!食らえぇぇ!爆炎奥義!」
ボンッ。足元を爆発させて魔竜の上まで飛び上がる。
『グオオ!グオオ!』
魔竜はブレスを放った後に身体が硬直していた。
「爆炎絶王撃!」
ボゴオオオ!魔竜を巻き込み全力で爆発させる。
赤く燃え上がる空間。
目の前に太陽が出現した様に視界が赤く染められた。
ビリビリと爆発の振動が聖剣の結界を揺らす。
「ふふっ。トト、君ってヤツはいつも私を驚かせる」
「トトさん…私達を巻き込まない様にしてくれたんですね…」
「はぁ…はぁ…」
爆炎の戦斧を杖がわりにもたれ掛かるトト。
爆炎が晴れた先。
『グオオオオォォ!』
プスプスと焼け焦げた鱗を気にせずに、怒りの咆哮を上げる魔竜。
見るからに酷い火傷だが戦意は更に上昇。
怒り狂う瞳がトトを射貫く。
「まじかよ…奥義でも倒しきれねえか」
深紅に染められた兜の中で、トトの顔が歪む。
『グラァ!』
魔竜が両手をトトに向ける。
ピキピキ。無数の氷柱が出現。
「魔法!?手数で攻めるってか!マジックスレイヤー!」
バシュン。バシュン。向かって来る氷柱を撃ち抜き無効果させていくが、氷柱の数が圧倒的に多い。
走りながら考える。漆黒の騎士をチラリと見ると、半分程回復していた。
バシュン「あー…どうしよう…火力が足りねえ…ホーク!何かランクの高い火属性の物持って無い!?」
バシュン。バシュン「そんなの無いよ!…あっ!トトにあげたでしょ!赤竜の鱗!」
「あー!そうだった!ナイスだホーク!爆炎!」
ボンッ!トトが爆炎に包まれ火柱が上がる。
突き刺さる氷柱は全て溶けていった。
トトは爆炎の中で赤竜の鱗や火属性の素材を片っ端から取り出し。
「イメージしろ。魔竜を打ち砕く強さ…俺なら出来る!合成!」
ドクンッ!爆炎の中で響く力の鼓動。
「うぐ…ぐぁ…なん…だ…これ」
深紅のフルプレートメイルが変化していく。
更に赤く染まる様に炎を纏い。
流線形の鎧が刺々しく。
兜が竜の顎の様に変わり。
バサッとドラゴンの翼が生えた。
炎が晴れた後に立つトトの姿はまるで。
竜の戦士。
「はぁ…はぁ…爆竜の…戦士…こりゃ…キツイな…」
『グオオオオォォ!』
魔竜がブレスを放つ準備に入る。
「でも…これなら…行ける!」
爆炎の戦斧は、爆竜の戦斧へと進化。
爆竜の戦斧を上に掲げ、一気に振り下ろす。
ゴオオオ!『グギャァ!』灼熱の炎が魔竜を襲う。
魔竜が怯んだ隙に飛び上がり、爆風にて加速。
「あー…やべえ…魔竜倒すので精一杯かも…」
『グオオオオォォ!』
ゴオオオ!魔竜が青黒いブレスを放ち。
「爆竜奥義…」
トトは爆竜の戦斧を横に構えて迎え撃つ。
「紅の覇爆」
ザンッ!ブレスを絶ち斬る剛斬。
ドドドド!そして後から来る無数の爆発。
『グゴゴアア!』
ボボボボッ!魔竜がボコボコに殴られる様に爆発を受け宙を舞う。
「……」
爆発が収まり、ドサッと落ちる魔竜。
その姿は青黒い塊になっていた。
「勝った…けど…まだあんたが残っていたな。漆黒の騎士さん?」
『見事だ。強き者よ』
グサッ。勝利を喜ぶ暇も無く、トトは槍に貫かれていた。
パリン。身代わりの指輪が音を立てる。
それと同時にトトの武装が解除。
「ぐはっ!…くそ…もう力が…」
「トト!今行く!風嵐連斬!」
ガキンッ!ホークアイが結界から飛び出し、漆黒の騎士を斬り付けるが槍で受けられ。
『ふんっ、黒呀突』
バキンッ。暴風刀・大嵐が簡単に折られる。
「うぐっ…ここで負ける訳には!」
「ホーク!無理すんな!爆炎破斬!」
ボンッ!力を振り絞って漆黒の騎士を吹き飛ばし、距離を取る為結界内まで下がる。
トトは満身創痍で倒れ。ホークアイの武器は無く、ミランダも単体では戦力不足。
「回復をします!ヒール!」
淡い光が倒れたトトとホークアイを包む。
「ありがとう…トト、すまない…私の力不足で無理をさせてしまった」
「はははっ、今更何言ってんだ。魔竜は倒したから後はあの騎士だけだ…なんとかなるさ。_うぐっ!」
「トトさん!もう動いちゃ駄目です!ボロボロじゃないですか!」
爆竜の戦士がまだ身体に馴染んで無く、トトの身体は火傷まみれ。こんなになるまで闘っていたトトを見て、ミランダが涙を滲ませヒールを掛け続ける。
「んな事言ったって…この結界はいつまで持つか解らないし、また魔竜みたいのが出たら間違い無く死ぬ。あー…誰か助けてくれねえかな?」
「こんな下層で助けがあるとか、物語の勇者じゃあるまいし…そんなのある訳無いから考えよう」
「…ホーク、今なんて?」
「…そんなのある訳無いし「その前」物語の勇者じゃあるまいし…トト?」
「くくっ、そうか」
「トトさん?」
トトはゆっくりと立ち上がり、結界の中心に突き刺した聖剣を眺める。
「ホーク…この剣が何か解るか?」
「…聖剣」
「そう。ホーク、これを使ってくれ」
「いや、でも私は勇者じゃないから聖剣は使えない」
「ん?勇者じゃないと使えないのか?」
「そうだよ。勇者にならないと聖剣は振れない。簡単に振っているトトは勇者なのかと思ったよ」
ホークアイが聖剣を抜こうとするが、引き抜けない。どうやら勇者じゃないと振れないのは本当の様だ。
カシャン。カシャンと漆黒の騎士が近付く音が迫る。
「俺は勇者じゃねえ。クソ男だ。…そうか。なら…勇者になれば良い」
「は?勇者に?なれる訳無いよ。厳しい試練を超えた者しかなれない職業だよ?」
「ふーん。だけど、俺なら出来るぞ。もしかしたら職業変わっちまうかもしれないけどな」
「……ふふっ、どの道死ぬ運命だったんだ。トトに、全てを任せるよ」
諦めた様に、しかし希望を見る様にトトを見据えるホークアイ。トトはいつもの様に薄く笑いホークアイを見た後、聖剣を握る様に指示を出した。
「こう、かい?」
「そうそう。勇者の様に強くなるイメージは持ってくれ。…行くぞ。…強制武装!輝きの勇者!」
ピカッ!聖剣が輝き、ホークアイを中心に光の柱が出現。
純白の光がホークアイを包み。
白い鎧を纏い、白いマントが拡がる。
頭にサークレットを装備した姿。
絵本に描かれた物語の勇者がそのまま出てきた様な完成度。
「これ…は…凄い…何この力!」
「ホーク。後は頼んだ(似合い過ぎて引くわー)」_ドサッ
「トトさん!大丈夫ですか!?」
「ああ!トトはゆっくり休んでくれ!」
もう疲れて動きたくないトトは力を抜いて横になる。
漆黒の騎士と向き合うホークアイ。
『勇者…か。いざ、勝負』
「正直負ける気がしない。トトが託してくれたこの力!闘い方が解る!聖破斬!」
ザンッ!ガガッ!『黒嵐呀突』漆黒の騎士と撃ち合い。
『何?』ガキンッ!漆黒の騎士の槍が弾かれ宙を舞う。
「聖剣奥義!」
両手に持った聖剣を天に向け、力を込める。
「シャイニングエンド!」
ザンッ!純白の光を纏った剣で漆黒の騎士を両断。
『くくっ、見事…だ』
そう言い残し、ガラガラと鎧が散らばった。
「……やった」
フッと力が抜ける様に勇者の武装が解除され、その場にへたり込むホークアイ。
そして、ハッと気付きトトとミランダの場所まで駆けた。その顔にはやりきった笑顔に溢れている。
「おー、お疲れさん。生き延びれたなー」
「ああ!凄いよトト!こんなに凄かったんだね!心から尊敬するよ!」
「トトさん!格好良かったです!」
「おー、崇めろ崇めろ。とりあえず、色々回収するかー」
トトはフラフラと立ち上がり、ダンジョンに吸収される前にバラバラになった漆黒の騎士、魔槍、魔竜、折れた刀を回収。
取り残しが無い事を確認。ふぅーっと安心する様に息を吐き、キラキラとした目を向けるホークアイとミランダをチラ見して、階段まで行くぞと歩き出した。
「他の魔物が来る前に移動しようぜ。話はそこでな…とりあえず聖剣は持ってて。今日は闘えそうに無いから」
「ああ!分かった!私が勇者になれたなんて信じられないよ」
「職業は変わったのか?」
「青の勇者っていう職業に変わったよ!勇者になるの憧れだったんだ」
「私の鑑定じゃホークアイさんの職業が解りませんよ。伝説級職業だからですか?」
「ランクが高いと解らないらしいからね」
その後に出る魔物は、ホークアイとミランダが撃破。やがて階段まで到着した一同は、色々話をするよりも睡眠を選び眠りに入った。