ダンジョン研修2
ダンジョン内部は石のブロックで出来た壁が続く道。ある程度進んでも真っ暗では無く、薄暗い。
時折響いてくる冒険者と魔物の声や戦闘音。
出てくる魔物はクラスの低いゴブリンや虫系魔物がメイン。
魔物のいない広場に到着し、グループ毎に集合。ここから枝分かれしているのでそれぞれ違うルートを進む。
「おさらいですが、上層部は地下5階まであります。中層は地下20階までで、下層は40階まで確認されていますね。5階毎に入り口への転移魔方陣がありますので、帰りを気にしなくて良いという利点からこのダンジョンは幅広い層からの人気があります」
「ホークアイさんは終わったらダンジョンに潜るんですか?」
「ええ、その予定です」
「あの、是非連れていって貰えませんか?」
「すみません。一緒に行く者は決まっていまして、メンバーを増やす予定は無いんですよ」
他のグループの冒険者もホークアイの話を聞いて、残念そうにしている。パートナーと思われるトトに視線が行く。だが隅で体育座りをして荒んだ瞳を向けられ、それぞれ目を逸らすしかなかった。
(何か言いたいなら言えば良いのに。おっ、猫耳ピチピチお姉さんの冷えきった目も良いな…ゾクゾクする感じがたまらない)
「おいクソ男、陰湿な空気を出すんじゃないよ。居心地が悪い」
「……」
「ミニャ、もうやめてよ。トドさんが何をしたって言うの?せっかく来てくれたのに」
「ミランダは騙されてるんだよ。クソ男だぞ?ろくな人生送ってる訳無いだろ」
(今日はダンジョンだから太もも控えめだな。陰湿な空気になったのはあなたのせいですよ?それとミランダさん…トドになってんぞ)
「トードさんはそんなクソ男じゃないよ」
「ふんっ、あたいは信じないね」
(トドからカエルになった!ミランダさん?わざとなの?わざとだよね?…こらホーク笑うな。止めろよ引率者)
「ぷっ…くっ…ごほん!さぁ良いですか?輪を乱すのは終わってからにして下さいねぇ。」
「「……」」
ホークアイの一声で場が収まる。流石有名人は違うなと思いながら笑いを堪えていた引率者を睨み付ける。
広場から道が5つ放射状に枝分かれしているので、真ん中の道へ進む。ここはクラス3が出やすいかららしい。
冒険者達と一部のギルド員は上級職以上なので、クラス3が出ても問題は無い。
前方にホークアイ、真ん中辺りにミランダなどの女性ギルド員、後方は魔法を使える者という並び。
そして強さ1という、1人だけズバ抜けて弱い奴は襲撃に遭いやすい一番危険な最後尾に追いやられている。だが、それを指摘する者はいない。ミニャが隊列を決めたので、指摘したらうるさいからだ。
「あ、あのホークアイさん。彼は大丈夫なんですか?たぶん真っ先に死にますよ」
「あぁ、大丈夫ですよ。彼は悪運が強いので生き延びます」
「いや、まぁ…そう言うなら良いんですけど」
真ん中の道は罠が少なく、途中に出てくるゴブリンを順番に倒しながら進んでいると冒険者達は疑問に思い出す。後方の襲撃が無い事に。
(あっゴブリン。_タンッ_10匹目ー。…後ろって一番魔物出るじゃねえか…お姉さんは悪意を込めてこの並びにしたな)
タンッ。「ホークアイさん。今日は魔物が少ないですね」タンッ。
「そうですか?いつもより多く感じますよ?」タンッ。
タンッ。「時折聞こえるこの音はなんですかね?」
「何処かのクソ男が魔物を倒している音じゃないですか?」
タンッ。「えっ?でも彼は全く動いてませんよ。だらだら歩いているだけで…」
「あぁ、そう見えますか_タンッ_じゃあ何の音でしょうかねぇ?」
くくっと笑うホークアイに首をかしげる一同。トトはホークアイしか見えない程の早撃ちを繰り返していた。
ミランダは聞いた事のある音だったので、トトが魔物を倒しているのは分かるが見えない。動体視力の良い獣人のミニャも同様に見えない。
タンッ(ふっ、見えなければどうという事は無い。まぁ別に見えても良いんだけど、見えたら負けな気がする)
ダンジョン内の雑魚敵は、倒して放置したら数分で消えてしまう。解体中は消えないので、素材が欲しい場合は休まず解体する必要があるのが難点だ。
上層部の弱い魔物は放置で良いので、先頭は順番に討伐し、最後尾はトトが早撃ちヘッドショットで撃ち抜くという作業になっていた。
「この先に階段がありますので、そこの広場で休憩しましょう」
「はい、楽勝でしたね」タンッ。
「そうですね。こんなに楽なのは中々無いですから、1グループは幸運ですよ」
少し進むと階段が見えてきた。階段付近に魔物は不思議と寄り付かない。なので、冒険者達が休憩する場所として利用される。
しかし他の冒険者の姿は見えない。
「この道は何も素材が取れず、ほぼゴブリンなので人気がありません。なので他の冒険者が少なく、ゆっくり休憩が取れます」
「我々は目立つのでその方が助かります。泊まる時はここですか?」
「はい、地下2階をぐるりとしたらここに戻って来ます。そして1泊したら入り口まで戻り解散となりますので宜しくお願いします」
「「「了解しました!」」」
休憩を終え、階段を下りる。石の階段をカツカツと下りた先は同じ様な石の壁。
(コンパスと地図欲しいな…コンパスは作れるけど…地図か…ん?もしかして)
石の壁に触れ、イメージを練る。すると、ダンジョンの壁の一部を使えば地図を作れそうだ。
(…すげえな武器師…下層の地図売れば大儲けだけど…これがバレたら世界中から狙われるぞ)
遠い目をするトトは1グループに付いていく。
「おっ、ゴブリンリーダーが出ましたね。ミニャさん、お願いします」
「了解っ!強斬!」「グギャアア!」
「流石ランクB冒険者ですね。クラス3を簡単に倒すなんて」
「まぁ場数は踏んでいるからね。ホークアイさんには敵わないけど」タタンッ。
現れたゴブリンリーダーを簡単に倒して、トトにどや顔を向けるミニャ。しかしトトは見ていない。密かに作った地図を眺めていたからだ。
≪石の地図、ランクF、攻撃1≫
(石の地図とか違和感あるけど紙は勿体無いんだよなぁ…おっ、右に行ったら隠し部屋だ。1人の時に来よう。にしても後ろは魔物が多いな。何処から湧いてんだ?)
ダンジョンの魔物は魔力が溜まった場所から急に現れる事が多い。トトはダンジョンの事をよく知らないので疑問に思うが、まぁ良いやで済ませ、早撃ちを繰り返す。
ダンジョンを巡り、やがて時刻は夕方の5時。一階の階段まで戻った一同はテントを張り、円になって固まっていた。
「はい、それでは1泊しますが見張りはしますので…8人ですから3、3、2で夜の8時から3時間ずつ見張りをしましょう。私は最後の順番にドド君と組むので宜しくお願いします」
「「「了解しました」」」
魔物は来ないが冒険者や盗賊が襲って来る事もあるので見張りは必ずする。
「あぁそうだ。ミニャさんは研修が終わったら王都に帰る予定ですか?」
「そうだねぇ。ダンジョンに潜る準備はしていないから帰ろうかな」
「では帰りの引率をお願いします。私は終わったらダンジョンに潜りますので」
「ふーん。分かったよ。だけどクソ男の面倒は見ないからね」
「ええ、見なくて大丈夫ですよ。ありがとうございます」
(猫耳ピチピチお姉さんは帰るのか。良かったぁ)
夕食を食べ終えたので、それぞれテントに入り寝る者と見張りに分かれる。トトも早々に就寝した。
「…トト、時間だよ」
「…ん…了解」
深夜に見張りの順番が来たのでホークアイに起こされベッドから身体を起こして外に出る。しかしホークアイは呆れた表情でトトを見ていた。
「ん?どした?」
「トト…普通ダンジョンにベッドは持って来ないからね…しかもこれサムスン魔導具店の安眠ベッドじゃないか…なんて羨ましい」
「良いだろー。つい衝動買いしてな。最高だわ」
「今度私も買うから収納に入れてよ」
「いや、予備の収納やるから自分で持てよ」
「……収納くれるの?」
「使わないので良かったらな。ほれ」
無造作に取り出した収納リングをホークアイに渡す。
≪収納リング、ランクC≫
「……容量は?」
「これは確かワームだから…10メートル四方かな」
「…国宝級じゃないか…いくら払えば良いんだよ…」
「お金はいらん。下層の素材を貰えりゃそれで良い」
「いや、元々素材はあげるつもりだったよ。目的は別にあるし」
「目的?下層に行くだけじゃ無いのか?」
「それもあるけど、このダンジョンに所在不明の魔武器があるかもしれないんだ。それを確認するのが目的だね」
「所在不明?魔武器一覧にあったら所在不明のヤツか?」
「そうだね。下層に潜った冒険者の情報でね。クレイジー・グラビトンとトニトルス・ロペラのどちらかがあるかもしれないんだ」
「そうなんだ。でもなんで魔武器一覧に載っていたんだ?」
ダンジョンにあるのに魔武器一覧に載っていた事に疑問を持つ。
「それは前の持ち主が数十年前に行方不明になっているから。他の国にも行った記録が無い事から、国内にあるといわれているだけで何処にあるのか分からなくてね。もしダンジョンで亡くなっていたら、ここにある可能性がある」
「へぇー。ダンジョンに置きっぱなしの武器はダンジョンに吸収されて無くなるんじゃないの?」
「無くなる訳じゃないよ。吸収されたらダンジョンの魔物が身に付けているんだ。しかも武具のランクが高い程、下層の魔物の手に渡る」
「うわ…じゃあ魔武器を手にしたザコ敵は強くなるのか?」
「まぁ、そうなるね。数十年前だから、下手したら魔王級になっているかも…その場合は魔武器の確認だけして逃げる予定だから安心して」
「確認はするのね。逃げられなかったら?」
「まぁ、その時は…頑張ろう」
不吉な想像しか出来ない。逃げられなかったらイケメンの顔面を殴ろうと決意し、朝まで雑談していく。
やがて5時になり、皆を起こして準備を済ませた一同は入り口へ向かい解散となる。
「はい、皆さんお疲れ様でした。これにて研修は終わりです。帰られる方はあちらの3グループの方へ集まって下さい」
「「「ありがとうございました」」」
(やっと終わったー。別に依頼を受けなくても1人で来れば良かったな)
帰る組は続々と集まって雑談している。冒険者に混じり、ミニャもそちらに向かっていた。
(さようなら猫耳ピチピチお姉さん。もう会わない事を祈るよ。多分また会うけど…あれ?)
「……ミランダさん…馬車が行っちゃいますよ」
「…そうですね…行っちゃいますね」
隣に立つミランダに声を掛けるが同意されるのみ。ホークアイを見るとニヤニヤしている。
徐々にトトの心がざわつき始めた。
「……あの、帰らないんですか?」
「ええ、帰りませんよ」
トトはスススと気配を消して10歩後ろに下がる。「……」ミランダは辺りを見渡しトトを発見。無言で歩き隣に立った。
「…何故隣に立つんですか?帰りはあちらですよ?」
「帰りませんよ?私も行きますから。ホークアイさんと特別枠のトトさんの名前を使ったらダンジョン探索の申請が通ったんですよ」
「……」
「…くっ…ぷくっ…」
「…ホーク…てめぇ…知ってやがったな」
顔を隠して笑うホークアイを睨み付け、ミランダを見やるがふふっとしたり顔。トトはため息を付く前に、こちらに向かって来る影にげんなりした。
「ミランダ?帰らないのか?」
「ええ、私はダンジョン探索に行くから帰らないよ。ミニャは帰るんでしょ?またね」
「は?仕事は良いのか?」
「良いの。この二人と行くって申請したら直ぐに通ったから」
(ホークー、もう行こうよー。何?お昼何食べたいって?んー…ステーキが良いかな)
(ん?トトどうした?太ももと尻だったらどっちが良いって?まぁ尻だな)
「なんだって?聞いてないよ」
「言ってないもの」
こちらに戻ってきたミニャが帰り組に居なかったミランダを迎えに来たが、ダンジョン探索に行くという事に理解を示さない。
ピリピリとしたミランダに、トトとホークアイは無駄なアイコンタクトを交わす。
「ならあたいも行くよ。ホークアイさんはともかく、このクソ男が居るのにミランダは任せられない」
「ミニャにそんな事言われる筋合いは無いわ。帰るんでしょ?置いていかれるわよ?」
「帰らないぞ。クソ男が帰れば良い!」
(何故俺に矛先が行くんだ。まだ一言も喋ってないぞ)
「まぁまぁ、事前に決まっていた事ですから探索のメンバーを増やす事はしませんよ。それにミニャさんは帰りの引率をしてくれると約束をしてくれたではありませんか」
「くっ…しかしミランダが残ると知っていたら帰らなかった!」
冒険者にとって約束を破るという事は信用に関わる。それにホークアイとの約束を破ったとなると、これからの冒険者人生に多大な影響を与えるのは確かだ。
「しかし約束は約束です。引率、お願いしますね?」
「…仕方ない…約束したからな…だがお前の事は絶対に許さないぞクソ男!」
(なんでですか?)
「帰り組はそろそろ出発しますので帰り組の引率者は急いで下さーい!」
「…ちっ」
トトを睨み付け、怒りを表に出したミニャは帰り組の所へ向かっていった。トト、ホークアイ、ミランダから安堵のため息が漏れたのは言うまでもない。
「トトさん…すみませんでした。巻き込んだ形になっちゃって」
「いや、まぁ良いんですけどね…ホーク…俺は被害者だよな」
「まぁクソ男だから仕方ないよねぇ。ちょっと周りに人が多いから、1泊した場所まで行こうか」
「…そうだな」
騒ぎを聞いていた野次馬冒険者が周りにいたので、ダンジョンの中へ。
笑いをこらえ過ぎてお腹をさするホークアイと、遠い目のトト、ウキウキしているミランダのダンジョン探索が始まった。