少女
宿に到着したトトは、ホークアイが居たので一緒に夕食を食べていた。
「なぁホーク。来週ダンジョン研修の引率行くの?」
「ん?…あーそうだった。トトも誘おうと思って忘れてた。ミランダちゃんから聞いたの?」
「ああ、ホークに聞いてから考えようと思って」
「ギルド員の研修でね。ダンジョンで1泊するんだけど、1泊したら私達は自由でダンジョンに残って良いんだよ。だから終わったら一緒に下層に行かない?まだ中層しか行ってなくてさ」
「へぇー。結構ゆるいんだな。あっ身代わり人形は何層?」
「身代わり人形は中層だよ?あっ、あの素材ね」
「それなら行こうかな」「おっ、ありがとう!」
身代わり人形の素材は致死ダメージを一度だけ無効に出来る。トトは本来貧弱なので、これがあれば生存率が跳ね上がる。
「そういえば、アイリス・フォートってどんな人?」
「トトが人に興味を示すなんて珍しいねぇ。アイリス・フォートはフォート子爵家のご令嬢、そして魔法士団の団長さんだよ。しかも氷の魔杖ギアチャイオの持ち主。凄い美人なんだけど、無表情で何にも興味を示さないから氷の魔女なんて言われている」
「へぇー。魔武器の持ち主かぁー」
「そうそう。実力主義の世界で、若くして団長になった大天才だよ。どこかで見たの?」
「あぁ友達になったけど、何やってる人か知らなかったからホークなら知ってるかなって」
「……友達?…嘘だろ」
氷の魔女と言われれば納得出来る無表情と淡々とした声。トトがうんうんと頷いている間。ホークアイは難しい表情。
「どした?」
「いや、友達になったっていうのが信じられなくて…」
「本人も友達は初めてと言って嬉しそうにしてたぞ」
「嬉しそうに?ますます信じられない…本当にアイリス・フォート?」
「本人が言ってたからな。鑑定はしてないけど…あっ気になったんだけどさ」
「…何?」
「皆鑑定魔導具使ってないのに鑑定してるけど、どうやってるの?」
「それは、鑑定魔導具に使い慣れたら持っているだけで使えるんだよって…くくくっ、何そのクソな銃とへっぽこな剣って」
「あぁこれヤバいから隠蔽したんだ。クソ男にもなれるぞ…ほれ」
「ぶはっ!クソ男っ!くくくっ…駄目だ」
腹を抱えて笑うホークアイに、トトはどや顔。散々クソ男と言われていた男が本当にクソ男になった事が可笑しくて仕方ない様子。
雑談を終え、部屋に戻り就寝。
翌日は髪を切る為に王都を散策したが、床屋は見付からず。仕方無いのでハサミと手動のバリカンを作成して、自分で適当に切る事にした。
ジョキジョキ「まぁこんなもんか」
自分で髪を切るなど中学生以来なので違和感があるが、上出来かなと思う。少し目付きが悪く荒んだ印象だが、生まれつきなので仕方無い。
そしてミランダを待つ間、ギルドの資料室に籠っていた。
「…次は帝国に行こうかな。馬車で1ヶ月か…バイク辺り作ってみよう」
「お待たせしまし…た?あっ、髪切ったんですね!似合っていますよ!」
「あぁ…ありがとうございます。行きましょうか」
ミランダの仕事が終わり、2人でギルドを出て家を目指す。
「そういえばダンジョンの件は受けますよ」
「本当ですか!ありがとうございます!」
「1泊したら俺はホークとダンジョンに籠る予定なので、来週は送り迎え出来ないかも知れません」
「え?そうですか…」
残念そうにしているミランダに、実家に帰れなくなるのは悪いなと思いつつ、口には出さずに歩いた。
「では、ここで。おやすみなさい」
「はい!ありがとうございます!おやすみなさい!」
ミランダと別れ、トトは北区の丘へ行く。着くとアイリスは先に来ていた。反対側のベンチに座るがアイリスは反応せずに王都を眺めている。
「やぁアイリスさん先に来てたんだな。…どした?」
「……髪、切ったのだな」
「おう、視界が悪くてな。似合っているか?」
「……あぁ」
「ん?なんか嫌な事でもあったのか?」
「…トト、さっきの人は…彼女か?」
「彼女?…あぁ、ここから見えるもんな。あれは護衛依頼だよ。「護衛依頼?」そう、ギルドの受付嬢は送り迎えが無いと実家に帰れないから送ってきたんだ」
「…そうか。トトはあの人が好きなのか?」
「んな訳あるか。男として赤点だと分かっているのに好きになんてならねえぞ。仕事だ仕事」
「仕事…てっきりレベルが無くても守りたい程好きだから、護衛依頼を受けたものかと…赤点?」
「はははっ、想像力豊かだな。俺は男としては最高得点20点のクソ男。冒険者ギルド受付嬢達の評価だ」
偏った評価だが、胸を張るトトにとってはギルド員の総評だと思っている。受付嬢なぞ好きにはならんを掲げているのだ。
「見る目が無いな。受付嬢達は」
「ん?アイリスさんは俺に高得点をくれるのか?」
「ふんっ、もちろん満点に決まっている」
「……おい、満点だと惚れちまうからもっと下げてくれ」
「……」
「…恥ずかしいなら言うなよ」
耳が少し赤いアイリスに、トトは慣れないこと言いよって…と呆れていた。腕に嵌めたクリスタルの腕輪がキラキラ輝いている。
「それ…着け心地はどう?」
「…正直私には不釣り合いの物だと思っているが。凄く馴染む…まるで私の為に作った様に…ありがとう。似合って…いるかな?」
「喜んで貰えて良かった。もちろん似合っているよ。銀色の髪と一緒にキラキラ輝いて…まるで月の女神様だな」
「……」
うんうんと見ながら頷くトトに、アイリスは小さく首を振るだけだった。
「…あっ来週は西のダンジョンに行くから、ここには来れないや」
「ダンジョン…大丈夫なのか?弱いのに」
「大丈夫。弱いなりに工夫してるからな。それにホークアイも居るから死にはせんよ」
「ホークアイ…中立連合の奴か。好かん奴だが実力はある…私が付いていけたらな」
「アイリスさんは行けないだろ?」
「…私の事を聞いたのか?」
「あぁ、ホークからな。凄いよなー団長さんなんて。平凡な俺とは正反対だ」
トトと同じくらいの歳で魔法士団のトップに、この国の歴史上では初めての事。魔武器と相性が良いのも要因の1つだが、それでもトトは純粋に凄いと思っている。
「…トト。これ」
「ん?くれるのか?」
「お返しだ。すまんな、こんな物しか無くて」
≪氷の御守り、ランクB、氷属性防御≫
「いやいや凄いよ。ありがとう…大事にするよ」
御守りを懐にしまい、夕陽を眺めながら少し雑談。アイリスは青色属性特化の魔法系統だが、氷の魔女という二つ名は不本意らしい。
飾り気の無いアイリス。服装は訓練以外は自由らしいがいつも白系統の服。
「……」
「また、何か手に入れたらあげるな」
「これがあるから大丈夫」
「そっか。じゃあまたなー」
「…じゃあ」
トトは丘を下り、アイリスに手を振ると振り返してくれた事に顔が綻ぶ。
そのまま宿に戻り、ゆっくりと過ごした。
翌朝、ミランダの家まで向かう。
道中串焼きを買い、歩いていた。そこに迫る影。
「たぁ!」ヒョイ_「ん?」_「何!」ヒョイ_
「なんか前を通り過ぎたな」_ヒョイ「なんで避けるの!」
「なんでって、ぶつかりそうだから避けたんだよ」
むぅー、と頬を膨らませる当り屋の女の子。トトは世の中そんなに甘く無いぞとニヤニヤしている。
「食うか?」「食べる!…モグモグ…おいしー!」
(良い子だよなー)
以前会った孤児と思われる女の子。両手で串焼きを持ちハグハグと食べていた。それを眺めて顔が綻ぶ。
「なぁ名前は?」「トリス」
「トリスか、俺はトト。いつもこの時間に居るのか?」
「そうだよトトさん。お名前似てるね!もしかして、前のお兄ちゃん?髪切ったの?」
トリスと名乗った少女。何か違和感がある。少しボサボサだが金色の髪が綺麗。クリクリとした青い目が孤児にしては荒んでいない。
「鑑定してみて良いか?」
「ん?良いよ?」
≪クシャトリス・ヴァイラ・オーレン、ーーー、強さ8、封印≫
「うぉっふ…(…鑑定しなきゃ良かった…)…なぁトリス…いつからここに居るんだ?」
「んー…わかんない」
「どこに住んでいるんだ?」
「んー…倉庫かな?」
「……そうか」
串焼きを食べて満足したのか、ふふーと笑うトリス。その間、トトは頭を抱えていた。
「トリス、これからもずっとこの王都に居るのか?」
「…わかんない。明日にはジョシュみたいに死んじゃうかもしれないし…」
「……(どうしよう)トリス、あと一時間したらまたここで会えるか?」
「良いよ?」
トリスと別れ、ミランダの元へ。正直お迎えを休みたい気分だが依頼を受けてしまった以上仕方無い。
「おはようございますミランダさん」
「おはようございますトトさん!行きましょうか!」
赤ギルドに向かって2人で歩き、そわそわしているトトにミランダが首を傾げた。
「トトさんどうしました?」
「…あの、ヴァイラって国知ってますか?」
「ヴァイラ?帝国の隣にある国ですよ?馬車で半年は掛かりますね。そこがどうかしたんですか?」
「いえ、もしかしたら行くかも知れないので聞いてみたんですよ」
「……この国から出て行くんですか?」
「そりゃ流れ者ですから。その内出て行きますよ」
「そう…ですか」
考え事をする様に一点を見詰めて歩くトトに、ミランダも考える様に真っ直ぐ前を見詰めていた。
やがてギルドに到着。ミランダに挨拶をしたトトは、トリスに会った場所まで戻る。
「……」
「……(来ないな)…ん?」
「おら!ガキそれをよこせ!」「いや!やめてよ!」
「_っくそ!」
路地裏から怒鳴り声が聞こえてきた。トトは路地裏に急ぐ。
そこでは髭の生えた男が追い縋るトリスを引き摺っていた。
「返してよ!_「うるせえ!」ガンッ!_いぎゃ!」
「おい!何してんだ!」
「ああ?このガキが俺の物盗ったんだよ。この世の厳しさって奴を_ドゴンッ!_ぶべらっ!」
髭の生えた男の顔を殴ると、一撃で気を失った。
それが手に持っていた物を取り、トリスに駆け寄る。
「トリス、大丈夫か?
「う、うん。ありがとう…あっ!ペンダント!「これか?」…はぁ…良かった…良かった…」
銀色のペンダントをトリスに渡すと、安心した様にしゃがみ込み泣いていた。トトはトリスの殴られた所を治療し、隣に座る。
「……(どうするべきか…鑑定で見ちまった以上、知らん振りは出来ない…トリスを連れてヴァイラまで行くか?でも望まれていない子だったら殺されそうだし…とりあえずこの子の意志も大事か)トリス、俺と一緒に来るか?」
「…一緒に?トトさん私にエッチィ事するの?」
「しねえよ!なんでそうなる」
「ジョシュに色々教えて貰ったの」
「ジョシュ…(死んだっていう子か…)この前ぶつかって来たのもジョシュに教えて貰ったのか?」
「そうだよ。でもエッチィ事ってどんな事?」
「…大人になったらわかるぞ。それで、来るか?ご飯ならいくらでも食べさせてやる「行く!」…決断早いな」
トトは立ち上がり、トリスに手を差し伸べる。トリスはトトの手を取り立ち上がった。
「トトさん、私…超高級な串焼きが食べたい」
「超高級な串焼きなんて無いぞ。とりあえず…服買いに行くか」
2人は並んで歩き出す。トリスがトトの手を繋ぎ、エヘッと笑う。
目がキラキラとした少女と、荒んだ目の男。
もう誘拐犯にしか見えなかった。