野営
ガタゴトと馬車が進む。馬車の旅は三日目になった。街道には弱い魔物が寄り付かない処理が施されているので、まだ魔物には出会っていない。
楽な旅だなーと思うトト。退屈な旅だと思う受付嬢。周りを警戒しているツールとニグ。それぞれ意識の違いがはっきりしていた。
前日も途中の街に寄り夜を明かしたが、今日は野営をする予定。ジルとヤムからブーイングが飛んだが、次の街に着くには深夜になる事、夜に盗賊出現地帯を通らなければならない事を告げると渋々了解していた。
「ニグさん。女性とはよくもまぁ話が尽きませんね」
「はっはっは!いつの世も女性はお喋り好きなものです。私も家内の話しに付いていくので精一杯ですよ」
今日は後方の馬車。ニグの方に乗っている。前方の馬車でお喋りしている受付嬢達を眺めながら。時刻はもうすぐ野営の時間。
「盗賊って襲ってきたらどうするんですか?捕まえるんですか?」
「いえ、邪魔なので殺しますよ。時間があればアジトも潰しますね。実入りが良いですから」
「へぇー殺すんですか。盗賊のお宝ってどんなのがあるんですか?」
「商人から強奪した品が主ですね。宝石等は捌くルートがなければアジトにありますし、武器防具もありますよ」
「じゃあ楽しみですね。人を殺すのは少し嫌ですが」
「まぁ殺されるよりは殺すを選択しますよ」
おっさんも修羅場潜っているんだなぁという感想だが、自分も人を殺す事になるんだろうな…と深いため息を付いた。
やがて野営の場所に到着。野営場所として、焚き火をする場所や馬車を停めるスペースもある。聞くとこの野営場所の両端の街が管理しているらしい。
(なんかショボいキャンプ場みたいだな…)
「ほら、薬草。野営の準備しなさいよ。私達は長旅で疲れているのよ」
「いや、皆一緒でしょうに…「なによ」はいはい。夜の見張りは順番にやりますからね「えー!薬草がやってよ!」「クソ男の癖に偉そうね!」…(駄目だ、抑えろ。ただのクソビッチじゃないか。殴っては駄目だ!)」
「まぁまぁ、皆さんギルド員としてやるべき事はして下さいね。この旅は大目に見ようと思いましたが…王都の教育係にチクりますよ?」
「…ちっ」(うわ…舌打ちしやがった。やさぐれてんな)
「ジル、この旅を頑張ればクソ男なんかとは比べ物にならない良い男が王都で待っているわよ?だから頑張りましょう?」
「ヤム…」
ガシッと抱き締め合うジルとヤム。
(やっぱり殴りてえ…)
クソ男とは薬草男の略らしい。トトはこの旅で相当なストレスを抱えていた。受付嬢なぞ絶対に好きにはならないと心に決める。
「……(楽しい筈の食事が苦痛だ…)」
ささくれた心のまま野営の準備をして、夕食を食べる。トトとツールは食事中に余り話すタイプでは無く、ニグもそれに合わせている。受付嬢達はおっさん達との食事なので喋らない。咀嚼音と虫の声だけが響く無言の食事。
食事を終えて、片付けが終わった頃には太陽は沈み後は寝るだけの状況。夜の見張りをしたくないジル、ヤム対ツールの闘いはツールが勝利し、二人一組で3つの時間に分けて見張りをする。
ニグ、ジル組。トト、ミランダ組、ツール、ヤム組の順番で見張りをする。時刻は夜の8時。3組なので3時間で交代する。
「3時間か…ミランダさんはクソ二人よりは害は無いと思うから、喋らなければ大丈夫だ。うん、寝よう」
嫌な気持ちを抑えつつ、馬車の荷台で眠りに入る。ストレスを抱えて疲れていたのか直ぐに眠りに入った。
「…さん」
「トトさん。時間ですよ」
「ん…はぃ…時間ですか…」
ニグに起こされ、ボーッとした頭で起き上がる。
「まぁ慣れてないとこの時間は辛いですからね。一番争いの無さそうな組み合わせなので我慢して下さい」
「はぁ、そうですね。あの2人は絶対に嫌ですから」
うーんと伸びをして馬車から降り、普段着のまま見張りの位置へ行く。ぐるりと見渡せる位置で、魔物が来たら直ぐに分かる場所だ。馬車は近くにあるが、魔物が来たら報せる様に鐘が吊るしてあった。
少し遅れてからミランダがやって来た。剣と皮の防具を装備している。
「すみません、遅れました」
「…どうも。大丈夫ですよ」
「「……」」
パチパチという焚き火の音が響く。特に話題は無いので無言だ。ただジルとヤムに比べたらましなので、いくらか気が楽な状況。あくまで比べたらなので、受付嬢が嫌いな事には変わり無い。
「…あの、トトさん」
「…はい、何でしょうか」
「手ぶらで見張りをするつもりですか?」
「あぁ、武器ならありますよ」
「……」
旅の間に強化した鋼鉄の剣を出す。焚き火に照らされ鈍く光る刀身。
≪鋼鉄の剣、ランクD+、剣豪レベル50、攻撃200、伸縮≫
よく分からないがレベル50になった時に能力が付いた剣。10メートルくらい伸びる。
「…どこから出したんですか?」
「収納ですよ。リングタイプなので」
「そう…ですか…(リングタイプの収納?黒金貨何枚必要なのよ…)…その剣見せて貰っても?」
「え?いや…まぁ良いか(魔武器じゃ無いからセーフか?)」
「……っ!(鉄なのに攻撃力200!?何よそれ!聞いたこと無い!)あの、これは何処で手に入れたんですか?」
「…商売道具なので答える義理は無いですね」
「…そうですか。…すみません」
「「……」」
再び沈黙。トトは調子狂うなと思いながら、まだ時間はあるので興味は無いが話題を振る事にした。
「…ミランダさんはその武器防具は使い込まれている様ですが、冒険者活動をしていたんですか?」
「はい、一応Cランクでした。その時にスカウトを受けまして安定収入があるギルド員になりました」
「そうですか(スカウトねぇ…美人は得ですなぁ)…復帰はしないのですか?」
「…実は悩んでいます。受付の皆と話が合わないから、なんか居心地悪くて」
「女性社会は怖いですからねぇ(でも点数は付けるのな…20点か…)話が合わないのは他人だからですよ。話を聞いてやってるって上から目線で見てやりゃ良いですし、日常的に虐められていないだけマシじゃあないですか?」
姉の事を思い出す。下着メーカーという女性社会の会社に勤め、週末になると散々愚痴を聞かされた。お局様の話や後輩を虐める同僚など話題に事欠かない。
「ふふっ、そういう考えなら気が楽ですね。ありがとうございます。少し楽になりました」
「そりゃどうも。王都に行けば忙しくてそれどころじゃ無くなりそうですが、まぁ頑張って下さい」
「はい、不安ですが…トトさんは、冒険者活動をするんですか?」
「とりあえず様子を見ます。ツールさんみたいに良心的な人が居れば、冒険者活動をしたいとは考えていますよ」
「……(信用は無いか…)」
暗にツール以外は信用していない。そう言うトトにミランダの顔が固まるが、何も言い返せない。ツールから、自分が居なければトトは路頭に迷っていた可能性が高いという事を聞いていたからだ。
お互い目も合わせないまま時間が過ぎる。
「…時間ですね。ツールさんを起こして来ます」
「…はい」
その後は特に話す事無く見張りが終わる。ミランダは若い男なら二人きりの状況で、口説く素振りを見せる物だと思っていた。
しかしトトは一切自分を見ていない。優しさの中に拒絶が見え、寂しそうな人という印象だった。
「ツールさん。時間ですよー」
「はい、了解しました。少しは仲良くなれましたか?」
「いえ全く。俺は最高得点が20点の男ですからね。仲良くなるという考えには至りません」
「くくっ、そうですか。それは残念。では後程」
含みのある笑いを浮かべるツールに、トトはイケメン爆発しろと強く念じる。
「…寝よう」
気疲れしたなぁ…と横になりながら思う。
やがて微睡みの中で何か音が聞こえてきた。
まるで鐘の音…
カンカンカン!「_っ!魔物か!」
ガバッと起きて馬車から飛び出す。
辺りを見渡すと、皆が見張りの位置に集まっていた。
急いでそこに向かう。
「魔物ですか!?」「ええ、50メートル範囲で囲まれています。オークが20体は居るんじゃないですかね?統率されていますので上位種も居るかと」
「逃げられないの!?「迎え撃つしか無いですねぇ」クソ男!盾になりなさい!」
そこには、やけに落ち着いたツールとニグ、緊張しているミランダ、わめくジルとヤムの姿。トトは呆れながらも辺りを見渡した。
「で、どうします?因みに彼女達も護衛対象なんですか?」
「ええ、もちろん。トトさん、お願い出来ますか?」
「私達おじさんは闘えませんので」
「はぁ…(嘘つけ)仕方ないですねぇ…」
「早く逃げないと!オークに犯されるのは嫌!」「クソ男!早く生け贄になりなさい!」
「……(元気だなぁ)」
緊張感も無くニヤニヤするツールとニグに、自分達がやった方が早いんじゃないかなぁ?と視線を向けるが、自分達は闘えないアピールをするばかり。
トトはため息と共にデザートイーグルを取り出し、武技を発動した。
「ロックオン…オークは全部で21体ねぇ。黄色で良いか…ヘッドショット」
タタタタタン!デザートイーグルの引き金を引く。黄色い弾丸が次々とオークの眉間に吸い込まれて行く。
「ブモォ!」「ブヒィ!」「ブキャ!」
頭を貫かれ、バタバタと倒れるオーク。物の数秒でシューティングゲームの様に撃破していった。
「後は大きい奴ですけど、それも俺がやるんですか?」
「…え?」「…嘘」「…凄い」
「おー…ツールさんが見込むだけありますねぇ」
「くくっ、本当に面白い…(逸材だ)お願い出来ますか?報酬は上乗せしますよ?」
「まぁこの際良いですけど…(守るのがビッチとおっさんとか泣けてくる)あんまり言いふらさないで下さいね」
オーク達が全て倒れ、少しの静寂。そして「ブモォォォ!」3メートルの大きなオークがドスドスと現れる。クラス3、オークリーダーと呼ばれる上位種だ。
「ん?小さいな…あれが上位種って事はクラス3か?」
「ええ、オークリーダーですね。クラス3です。小さいって事はもっと大きなオークと闘った事があるみたいですねぇ」
「…はははっ、まさか。俺は数無しですよ?ある訳ないじゃないですか。では行ってきます」
レベルが無い職業を差別的に言う言葉が数無し。王都で馬鹿にされる未来を想像しながら、散歩に行く様な足取りで50メートル先のオークリーダーまで歩いていく。
「行ってらっしゃい(やはり彼がクラス4のオークを倒したのか)くくっ、お気をつけて」
「あ、あのツールさん?止めないんですか?クラス3ですよ?」
「ええ、大丈夫ですよ。トトさんは、そうですねぇ…ニーソの街の冒険者の中で一番強いと言えば信じますか?」
「いえ、と言いたい所ですが…先程の…あれを見せられると…」
「くくっ。まぁ彼の強さは、貴女も勉強になると思いますよ。ミランダ・サラスさん」
「……」
目の前には3メートル程のオーク。皮の鎧を身に纏い、大きな大剣を持っている。仲間を殺された怒りに震え、トトを睨み付けている。
「ブルルルル!」
「やっぱりあの赤いオークはクラス4かな?迫力が桁違いだな。我ながらよく生きていたと思うよ。鑑定」
≪オークリーダー、クラス3、強さ320≫
「俺の64倍強いな…だから何だって話なんだけど…」
デザートイーグルをしまい、妖刀毒沼を取り出す。どす黒い刀身が鈍く輝いている。
オークリーダーに向かって駆ける。
オークリーダーもトトに合わせて大剣を振り下ろした。
「なんだかなぁ…武技・剛断!」
斬!大剣と妖刀が競り合う事もなく、アッサリと大剣が真っ二つに斬られ。
「ブモ!?」
「武技・連武」斬斬斬!すれ違い様に連撃を叩き込む。
ドサドサドサ。10のパーツに分けられたオークが地面に落ちた。
「終わり、かな。収納」
オークリーダーと大剣を収納し、皆の元に戻る。ニヤニヤしているツールとニグ。信じられないと顔に書いてある受付嬢達。
「オークも貰って良いですか?(次は働いて貰いますよ。ホークアイ)」
「え、ええどうぞ(あの収納どれだけ入るんだ?国宝級だぞ?…ん?普通のチェーン?怪しい…)」
次々とオークを収納していくトトに皆驚愕している。国が欲しがるレベルの収納。トトの勿体無い精神と寝起きにより判断が鈍ったのが仇となり、容量が異常に多いのがバレた瞬間だった。
だが別にどうでも良いという程にトトはイライラしていた。
「ツールさん。さっさと王都に行きましょう」
「はい、そうしましょうか(あっ、怒ってる…次は私も闘わないと不味いかな)」
不機嫌なトトを乗せた馬車が王都を目指す。