天上。
「…ここが、天上?」
教室ほどの真っ白い部屋。テレビの様な魔導具や靴箱、ヤカンの乗ったストーブやらが置いてある。真ん中に六角形のこたつがあり、各辺にそれぞれ女神の名前が書いてある。
こたつの上の木皿には、赤いみかんが置いてあり、食べ掛けの赤みかんがルナライトの場所にあった。
「…なんだこの…田舎の町内会館みたいな部屋は…」
とりあえず腹いせに、ルナライトの食べ掛け赤みかんを食べてやる。そしてテラティエラの場所にロールケーキの入った箱を置いておく…もちろん盗難防止に加工した箱にして。
もうこの部屋に用は無いので、ラグナレヴィアの気配を探って再び転移した。
「…ここ、かな?」
白い廊下の突き当たりに豪華な金属の扉。扉を開こうとするが、鍵が掛かっている様で開かない。
「扉を作り変えるか…いや、そういえば秘密の鍵持ってたな」
混沌の穴で見付けた秘密の鍵を取り出し、扉の鍵穴に差し込もうとするが、明らかに大きさが違う。やっぱり作り変えるかと思っていると、秘密の鍵が形を変えていく。
「おっ?もしかして、どんな鍵も開けられるマスターキーなのか?」
ガチャリと鍵を回すと、開く感覚。
鍵を仕舞い、扉を開けると、円形ホールの中心に人影があった。
中心へと近付くと、赤、青、黄、緑、白、黒の鎖に繋がれた黒髪の女性が座っていた。真っ直ぐとトトを見詰め、微笑む顔はルナライトに似ている。
「…俺は戸橋泰人だ。あんたがラグナレヴィアさんかい?」
『ふふっ…おめでとう、ここがゴールだ。ラグナと呼んでくれ。ここまで来られたのは君が初めてだよ…泰人』
目を細めて笑うラグナは、悪神というイメージからかけ離れている。纏うオーラこそ破壊や混沌だが、善神よりも優しさを感じられた。
ジャラジャラと鎖の音を立てながら、ラグナがトトに黒いカードを差し出す。それを恐る恐る受け取った。
≪次元同盟パス、ーー、ーー≫
「…これがあれば地球に帰れるのか?」
『もちろん。使ってみるかい?』
「いや、解るから良いや。ラグナ、俺をこの世界に呼んだ理由を教えてくれ」
『ここまで来たのなら解ると思うけど?』
「…殺してくれってか?」
『ふふっ、正解。気が向いたらで良いよ』
黒いカードを仕舞い、微笑んでいるラグナを見据える。
「…女神達には頼まないのか?」
『ルナ達は弱いから、私を殺せない』
「あれで弱い…でも、この状態なら殺せるんじゃないか?」
封印されて力を感じない今なら、女神達でもラグナを殺せると思うが、ラグナは首を振る。
『それは無理。何度でも再生するからね。完全体の状態でなければ殺せないんだ』
「完全体…破壊、混沌、邪悪の力が要るのか?」
『少し前まではね…今は違う』
「違う?どういう事だ?」
『新しい力を手に入れてしまったんだよ』
ラグナの表情は優れず、自分の意志では無い様に感じる。そもそもトトは詳しい話を聞いていないので、少し前の事も今一解っていないのが現状だ。それに構わずラグナはため息を付きながら話し始める。
『今の私は邪気を吸収する前のラグナレヴィアだが…もう一つ性格があるんだ。そいつが具現体を使って力をかき集めている…殻兵獣もその一つだ』
「あいつは、悪神のカケラって言っていたな…ラグナ、今は大丈夫なのか?」
『この部屋には興味無いみたいだからね。今頃…具現体に意識を乗せて別の世界から力を奪っていると思う』
「…無茶苦茶だな…じゃあこの封印は不完全って事なのか?」
『そう捉えて貰えば良いよ。あっ、因みにもうすぐ封印が解けるから』
「…まじかよ…封印が解けたら?」
『ふふっ、第二次女神大戦』
天を仰ぐトトに、ラグナは帰るなら知らないよー、と言いながらニヤリと笑う。ラグナと闘う未来は避けられないのは解るが、女神達と共闘出来る気がしない。
それに女神達を弱いと言うのなら、まだまだ力が足りない事を示していた。
「…はぁ…そうかい…邪悪の力は何処にある?」
『ふふっ、流石は私が見込んだ男だ。その前に、武器師の力を強化してあげる。右手だけじゃ辛いでしょ?』
「あぁ…助かるよ。左腕犠牲にしちまって大変だったんだ」
『おいで』
ラグナが手招きをする。近付くトトの右手を握り、力を流し込んだ。トトの武器作成の力が戻る感覚と、更に強化された感覚。
そのままラグナが右手を引いてトトを引き寄せ、トトに口付けをした。そして、ラグナはトトを抱き締めて離さない。
「……何すんだ?」
『加護を与えたんだ。これで武神装のリスクが減るよ』
「そうか、ありがとう。離してくれ」
『もう少し、こうさせてよ。あっ、加護じゃなくて寵愛にしておくね』
「寵愛?それ良いの?」
『もちろん。最高ランクの人形を手に入れないと寵愛は貰えないからね。はい、これあげる』
≪ラグナレヴィアちゃん人形・ウエディングドレスバージョン、ランクGOD≫
「うわ…すげえ可愛い…ありがとうラグナ」
『ふふっ、本当に嬉しそうだね。自分の人形に嫉妬してしまいそうだよ。…泰人、もう少しお話しよ』
「あぁ、俺も聞きたい事が沢山あるからな」
______
______
トトはラグナとの話を切り上げ、地上へと戻る。喋り続けるラグナを振り切って戻ったは良いが、寵愛の効果のせいか離れても声が聞こえる。
後で話そうと呟き、閻魔の元へと戻ったトトが見たのは…体育座りで遠くを見ている女神達。先ほどまで居なかったテラティエラの姿も見える。
「閻魔、お疲れさん」
「きひっ、漆黒の堕天使よ、首尾は如何か?」
「お陰様で大成功。じゃあ帰るか」
「くひひっ、御意に」
閻魔がパチリと指を鳴らすと、自爆自縛呪縛が解け、女神達から安堵のため息が漏れた。その隙にトトは閻魔を連れてギアメルンに転移していった。
残された女神達はゆっくりと立ち上がり、無言で天上へと帰って行く。
______
女神達は天上の集合場所へと転移。おぼつかない足取りでこたつへ向かい、それぞれの場所へと入る。
ルナライトはそこで食べ掛けの赤みかんが無い事に気付き、新しい赤みかんを取ろうとした所で、テラティエラの場所に置いてある箱に気付いた。
「…テラ、それ何?」
「…なんやろな」
テラティエラが箱の中を覗き、ピクリと口角が上がる。そして、無言で箱を持ち立ち去ろうとしたが、アクアマリンに捕まった。
「…テラ…今ニヤけたわねぇ…」
「…そんな訳あらへん。疲れてるだけや」
「ちょっとそれ見せて…あれ?触れない…」
フラマフラムが箱を取ろうとするが、何故か触れられない。甘い匂いが漂い、不振に思った女神達がテラティエラを囲んで圧力を掛ける。
「…テラ、直ぐ助けに来なかったね」
「…テラ、遠くで笑っていたな」
「…テラ、また独り占め?」
「…今回はテラにも責任あるんだから、それは等分よぉ」
「くっ…あかん…ここまでか…」