ちゃ、ちゃうねん…
神獣ニャートラから逃げ出したトトは、ルナライトを抱えて秘境に転移してきた。
「いや、危なかったな…ニャートラってアレだよな」
『テラティエラちゃんの武器だね。って事は、テラティエラちゃんと闘っていたのか…』
状況を飲み込めぬままテントを出して、ルナライトをベッドに寝かせる。
「…さっきの嵐でビチャビチャだけど…どうしよ…」
『とりあえず…タオルで拭いてあげなよ』
その時トトはルナライトの額を確認したが、何も書いていない。しかし、よく見るとうっすら『るならいと』と書かれていたので、満足げな表情で文字を消した。
『あれ? 文字消しちゃうの?』
「あぁ、喧嘩したく無いし。どうせ消せって言われるからな」
『まぁそうだねー』
まだ起きる様子は無いので、テントから出て砂の上に寝転がり星を眺める。
竜の巣に居る竜達は寝ているのか解らないが、とても静か。
星が綺麗に見えるので、星座なんてあるのかなーと思いながら過ごしていた。
しばらく星を眺めていると、砂の上を歩く音が聞こえてきた。
「よう女神様。お目覚めかい?」
『…何故、お前が居る…』
「たまたまデカイネコに襲われている女神様を見付けてな。ここまで連れて来たんだ」
『……』
剣呑な雰囲気でトトを見据えるルナライトは、神槍を向けている。
トトはルナライトに目を向けず、星を眺める。
「なんだ。女神様は恩を仇で返すのか。まぁ良いけど…仲良くしようなんて思って無いし」
『何故…助けた』
「理由はねえよ。助けたかったから助けた…それだけ」
『…私は死なない。余計なお世話だ』
「…そっか」
ルナライトは神槍を向けるのを止めた様子だが、トトに対しての敵意は変わらない。
沈黙が続く。トトは話す事無いなら帰れば良いのにと思っているが、口に出すと面倒なので黙っていた。
『…私を、憎んでいるか?』
「…別に。憎んでもみんなの記憶が戻る訳じゃない」
『…戻る方法は…ある』
ピクリとトトが反応し、身体を起こしてルナライトを睨む。
「今更何言ってやがんだ?」
『…私は』
「戻してどうすんだ?今まで通りの関係なんて絶対無理だぞ…それに…」
皆…トトを神敵として憎んでいた。憎んでいた事実は変わる事は無い。もし、記憶が戻ったら罪悪感を持ちながらトトと接する事となる。
「俺を攻撃したアイリスさんは、姉を失って一度心を壊している。記憶が戻ったら…二度と笑う事なんて出来なくなるかもしれない。
だから、戻る方法があるなんて言うなよ。俺を期待させんな」
『…』
「みんなが辛い思いをするくらいだったら…今のままで良い」
トトはため息を付きながら、再び寝転がり星を眺める。
ルナライトの表情は解らないが、何か言いたげな雰囲気だけは伝わった。
「…」
『…』
「…帰らねえのか?」
『…』
「…そういや、なんでテラティエラちゃんと闘っていたんだ?」
『…喧嘩になった』
「原因は?」
『…私が…記憶の削除を使った事だ』
「そっか…独断専行の末に猛批判を浴びている上司と同じ顔してんな」
『…否定はしない』
チラリとルナライトの顔を見ると、疲れた表情をしていた。
嵐での戦闘のせいか、顔が少し赤い。
女神でも風邪引くのか?という疑問はあるが、近くで突っ立っていられると居心地が悪いのは確か。
「…はぁ…俺は朝までテントに入らないから、奥にある風呂に入れ。ベッドも貸してやるから寝とけ。酷い顔してんぞ」
『いや…そういう訳では…』
「良いから、今日は停戦。それで良いだろ?ほれ行け、今行け、直ぐ行け、早く行け」
トトはテントを指差しながら、ルナライトに早く行けと言い続ける。
最初は行かなかったが、やがてルナライトは顔を顰めながらテントに入って行った。
「はぁ…」
『泰人って、なんだかんだで優しいよねー』
「いや、だって帰らないんだぞ? ずぶ濡れで黙ってこっち見続けるとか耐えられないだろ」
『何か言おうとして止めてを繰り返していただけだよ。謝りたかったんじゃない?』
「殺し合う相手に謝るもくそも無いだろ。それに謝って来たら今度こそ怒るし」
いつ殺されるか解らない状況なので、徹夜で過ごす事に。
……
……
朝方、太陽が昇る頃にルナライトがやって来た。
トトは暇だったので水辺で釣りをしている。
「やぁ、お早いお目覚めで」
『…次に会った時は敵同士だ』
「敵…か。もし、俺が悪神の力を持っていなかったら、味方になってくれたか?」
『…あぁ、そうだな。味方になっていた』
「そうか。その言葉で充分だ」
『…また会おう…泰人』
お互いに顔を合わせず、ルナライトはフッと消えていった。
「…なんだろう。もう、闘いたくねえな」
『ルナライトちゃんもそんな感じだったね』
「ったく…礼くらい言えってんだ」
『言おうとしてたみたいだけどねー。誰かさんみたいに素直じゃないみたいだね』
「俺は素直な部類だ。あっ、なんでメイド服バージョンが無いか聞くの忘れたな…」
トトはテントを仕舞い、ギアメルンの王都に転移する。
アーラ家に到着し、中に入るとテラティエラが待っていた。
『やす兄ちゃん、どこ行ってたん?』
「転移石の調査をしていたんだよ」
『……ルナちんの匂いがする』
テラティエラはトトに抱き着き、クンクンと匂いを嗅ぐ。
訝しげな目でトトを見据えていた。
「…昨日たまたま浮遊城に転移して、ルナたんが飛んで来たんだよ」
『…ふーん…ん?』
ジーッと見据えるテラティエラが、ハッと何かに気付く。
『浮遊城って…ルナちんは逃げた訳や無かったんか…やす兄ちゃんがお持ち帰りしとったんか…くそっ…もっと早く浮遊城に行っとれば…』
ぶつぶつと思考の海に沈んでいくテラティエラをスルーして、トトはテントを出してベッドに入る。徹夜だったので直ぐに眠れそうなのだが…
『な…なんやて…お風呂やと…』
「…」
『_そのままベッドインとぁ!あかん!あかんでぇ!』
「…あの、寝かせて」
『あかん!しかも…くぁ!』
「ティラちゃんおいで…目を閉じて」
『ん?こか?』
テラティエラの背中をポンポンすると、直ぐにスヤーっと眠りに付いて行った。
トトもそのまま眠りに付く。
トトが眠りに入った頃、テラティエラの目がパチリと開いた。
『…ふっふっふ。狸寝入りはお手の物や。ルナちん、待っててや』
そろりそろりと抜け出し、テラティエラは天上へ向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
天上に戻ったルナライトは、集合場所で一人でボーッとしていた。
「…あの状況で…人形を譲れなんて言えないじゃん…いや、そうじゃなくて…はぁ…私は馬鹿か…自分の事ばかり…」
設置してあるこたつに入り、ぐでんとしていると…テラティエラがやって来て、無言でこたつに入る。
「…テラ」
「…ルナちん。昨日の事は水に流そうや」
「…あぁ」
「で?やす兄ちゃんとしたんか?」
「…は?何を?」
「ナニをや。やす兄ちゃんのベッドにルナちんの匂いがあったんや。で?したんか?」
「してない」
「ほんまか?」
「あぁ、してない」
「_かぁー!ヘタレやなぁ!なんでや?ウチより呪いが強いのにしてない?どんだけ我慢強いん?」
「…ちょっと待て…テラより呪いが強い?」
「そや、少なくともウチの3.5倍くらい強いで」
「…え…テラは…何体なんだ?」
「ウチは4体やから我慢出来るけどな…流石は真面目神やな。っていつもの感覚で解るやろ?」
「いや、初めて…なんだ…よ」
テラティエラは、そういえばそうだったと少し後悔していた。
最初が一番辛い事は、各女神共通している。
泣きそうになっているルナライトを、テラティエラは慰めようとするが…
「いや、まぁ、結構嫌われてるけど頑張りぃ」
「そんなの解ってるから言わないでよぉ…」
「あ、いや悪い。口が滑ったんや。大丈夫や!記憶の削除を使ったんも、自分だけ見て貰いたかったんやろ?知らんけど。
まぁ…悪い意味で見てくれてるやん!」
「大丈夫じゃないじゃん…うぅ…」
素になって泣き始めたルナライトに、テラティエラがオロオロして何か言うが、益々悪化していく。
こういう時に限って誰か来る訳で…
「やっほー。あら?あらあら?テラ…泣かしたの?」
「い、いや…違うねん」
「ねぇーみんなぁ聞いてぇー、って…テラ、ルナの事泣かしたのぉ?」
「ちゃ、ちゃうねん…」
「皆いるかぁ?…ん?テラ…ルナを泣かせたのか?」
「なんやの…みんなして…」
「だって、テラって慰めるの下手くそじゃないの」
「そうねぇー。ルナは多感な時期なのに…めっよ」
「よしよし…ルナ、大丈夫か?」
ヴェーチェルネード、アクアマリン、フラマフラムがやって来てテラティエラを口撃。
このままでは不味いと判断したテラティエラは、ダッと逃げ出そうとするが、ルナライトに捕まった。
「ル、ルナちん…離してえな」
「駄目…行く場所は…解ってる」
「え、ええやないの…堪忍して、な?」
「テラも…道連れ…」
「そうねぇー。ヴェーチェから聞いたわよ?良い思いしているんですって?」
「そうだな。詳しく聞こうか?」
「私の家を壊しておいて、逃げられるとでも?」
「あっ、ちょっ、勘弁してやぁー!」