オハイ山のダンジョン。
オハイ山に入って直ぐにあるダンジョン。
ダンジョンの前は緩やかな坂になっており、露店や宿屋など、小さな集落が出来ていた。
事前に食材などは買ってある。特に買う用事も無いので、そのままダンジョンへと向かう。
「おい待ちな!そんな軽装で行くのかよ。遊びに行くんじゃねえんだぞ__ぐぁ!」
「そこの姉ちゃんは俺達の相手してくれよ。ダンジョンより楽しいぜぇ__がはっ!」
冒険者が話し掛けて来たが、気付いたら倒れている。
トトが何かをしたというのは解ったが、ノーレンとノワールには見えなかった。
「に、兄ちゃん…何かしたのか?」
「ああ、邪魔だから寝て貰ったよ」
喋るのは面倒なので、早撃ちで意識を刈り取る。
ダンジョンの見た目は、前に来たダンジョンと大差は無い。
トト、ノーレン、ノワールの三人はダンジョンへと入った。
「……森だな」
「…森だね」
「上層部分は森林地帯になっているんですよ。中層が山岳地帯ですね」
ノワールは上層までなら来た事があるという。
「どれぐらい広いんだ?」
「迷わずに歩いて一週間で、次の階層に行けます。二階層も森で、三階層目から中層…山岳地帯ですね」
「二週間で中層かぁ…広いなぁ…」
「兄ちゃんはどれくらいで攻略したんだ?」
「全部で…三週間くらいかな。その内、二週間くらいは雪原を歩いたよ」
「雪原…」
一人になってからほとんど寝ずに攻略した事を思い出す。
良くやったなぁ…というのが感想。
冒険者が居ない場所まで森を進む事に。
植林された針葉樹の森の様に、上を見上げると葉っぱが生い茂り、人の高さの枝は少なく視界は悪くない。
地面には落ち葉が敷き詰められ、歩くとふんわりとした感触。
次の階層までの方向はノワールが知っているので、案内を任せた。
「ただの森ですけど…魔物は居ないんですか?」
「この周辺は少ないです。隠れられる場所が少ないですから。稀に上から降ってきますので、そこだけ気を付けて貰えれば良いですよ」
「そうですかぁ…」
魔物は、視界が開けている場所は少なく、視界が悪い場所は多い。
進んで行くと、徐々に枝が多くなってきた。
そろそろ魔物が出る。
このダンジョンの魔物は上層部がクラス1~3。
正直、魔物は弱いから余裕。
索敵で魔物の場所も解るから、来る前に撃ち抜ける。
木が多く姉弟を強くするには、森だと不便。
お宝も取り尽くされている様子。
(上層部って時間の無駄だよなぁ…)
上を見上げるトトの出した結論は、
「ノーレン、落ちるなよー」
「__ちょっ!兄ちゃん!速いぃ!」
「__うぅ…トハシさん…恥ずかしいです…」
ノーレンを背負い、ノワールを抱っこして木の上を走る…だった。
木の上は緑や黄色、赤、青と色取り取りの葉っぱが広がり、綺麗な絨毯の様に見える。
木の高さが均一なのは、ダンジョン特有な物なのだろうか。
一応ノーレンは紐で縛っているので、落ちはしない。次第に慣れて来たのか、葉っぱの絨毯に目を輝かせる様に喜んでいる。
ノワールはトトが抱っこしているので、顔が近いが早く上層部を出る為なので我慢して貰いたい。
最初は両手で顔を抑えていたが、慣れて来た様子。綺麗な絨毯をチラ見した後は、トトの顔を凝視している。吐息が掛かる至近距離から見ているので、ノワールの方を向いたら唇が重なってしまいそうだ。
「……トハシさん」
「…はい、何でしょう?」
「顔をこっちに向けて下さい」
「向けたら顔がぶつかってしまいます。危ないですよ」
「……」
(姉ちゃん頑張れー)
木の上を走ると言っても、空中を走っている状態。二時間も走れば二階層への階段に辿り着けそうだ。
という事は、二時間はこの状態。流石に同じ体勢は辛いので、一時間走った後に冒険者達が居ない場所で休憩する事にした。
「兄ちゃん、すげえな!木の上を走るなんて誰も思わないぞ!」
「上層部の魔物は弱いし、お宝も無いからね。早く抜けようと思って」
「トハシさん…凄いです」
「すみませんが、もう少し我慢して下さいね」
「は、はい!後で…してくるんですね!」
何を?という問いにノワールは笑顔で返し、答えてくれない。
ノーレンは幸せそうな姉を見て、気まずそうに目を逸らしている。
姉は両親が死んでから、自分を養う為に恋愛なんてする暇も無かった筈だから、幸せになって貰いたい。
(姉ちゃん…兄ちゃんは、何処かに行っちゃうんだよ……そんなに好きになって、どうすんだよ…)
未来を思うと、泣きそうになる。出来れば、姉を連れていって欲しいと思っているが、その為には自分が一人立ちしなければいけない。
「兄ちゃん、俺はこのダンジョンで、どこまで強くなれるのかな?」
「…望む強さにしてやるよ」
「…へへっ、頼むよ。じゃあドラゴンを倒せるくらいにしてくれ」
「そんなんで良いの?遠慮しなくて良いぞ」
ドラゴンと言えば強さの象徴。一人で倒せる人間なんて国に何人も居ない。
冗談で言ったのだが、それをそんなんで良いの? と軽く言うトトに、それが本当なら姉が惚れるのも仕方無いな…と乾いた笑いを浮かべた。
______
休憩が終わり、一時間後。
下に続く階段を発見。冒険者達が居るが、構わず降り立ちそのまま階段を駆け降りる。
冒険者達は突然上から降ってきた人影に度肝を抜かれ、一瞬の内に階段へと消えて行ったトト達に呆然としていた。
階段を駆け降りた先は、再び森。
今度は木の数が多く、大森林の様に薄暗い。
冒険者達が居るので、そのまま上へと跳び上がった。
次の階層への方向に進む。
「兄ちゃんって冒険者達嫌いなの?」
「そういう訳じゃ無いけど、職業とレベルでしか判断しない人が多かったからね。自然と関わらない様になったんだよ」
「誰か、不遇な方が居たんですか?」
「あぁ、俺です」
「えっ…」
数無しと呼ばれる人は、このアヴァロ大陸にも居る。なぜレベルの無い者が生まれるのかは解らないが、ほとんどの者は不遇な扱いを受けている。
トトは不遇な目に合う事は少なかったが、未来に絶望した者は自ら命を断つ事は珍しくなかった。大陸が違っても職業とレベルを大事にするのは一緒だ。
休憩を取りながら、森の上を走って行く。
「不遇って、兄ちゃんの何処が不遇なんだ?」
「数無しなんだよ。特殊な偽装の魔導具で誤魔化しているだけだ」
「レベルが無くても…こんな事が…出来るんですか?」
「普通は出来ませんよ。方法はありますが難しいです」
職業を変えるアイテムは存在する。希少価値が高いので、手に入る事はまず無いが。
一応偽装を解いて確認させる。やはりというか驚くが…
「兄ちゃんみたいな人が居るなんて知らなかった…あっ、違う大陸から来たんだっけ」
「そうそう、最近までミリアン大陸に居たんだよ」
「…いずれは…ミリアン大陸に帰るんですか?」
「そうですね。やり残した事があるんで」
やり残した事なんて、数え切れない程にある。
一つでも減らして日本に帰りたい。
やがて、森林地帯の終わりが見えて来た。大きな壁が見える。
山岳地帯は、その壁の下にあるトンネルから行く。緩やかな下り坂になっており、降り立ってからトンネルへと入る。
周囲に冒険者達は居なかったので、三人で歩きながらトンネルを抜けた。
トンネルを抜けた先。
荒野が広がり、その先に標高千メートル級の山脈が見える。完全に大自然だった。
「ノワールさん。歩いてどれくらいで四階層に行けますか?」
「三週間…ですかね」
「…そうですか。未踏達な理由が解った気がします」
物資が持たない。
普通の冒険者では、難しいダンジョンだった。