姉弟。
ノーレンの案内で、宿屋から歩いて30分の所にある家に到着した。近道で路地裏を進んでいったので、もう帰り道は解らない。
「ここだよ…ただいまー」
「ほいほい。お邪魔します」
小さな一軒家。青レンガで建てられた家で、他の家と大差無い。極貧という事では無さそうだ。正直、極貧だったら心が痛いから良かったと思っている。
「ノーレン?誰か来ているの?」
「あっ、うん」
奥の部屋から女性の声。ノーレンが奥の部屋へ行き、説明している。少し揉めている様だ。
トトは近くの椅子に座る。
「本当にその人大丈夫なの?騙されているんじゃない?」
「見た目は胡散臭いけど、大丈夫だと思うから。一回見て貰って!お願い!」
全部聞こえているが、気にせず待つ。
ノーレンが出てきた。証明出来る物が無いと駄目、無ければ帰ってとの事。
「まぁ、駄目ならこれやるから」
トトは白金貨5枚を取り出し、ノーレンに見せる。再びノーレンが奥に行った。
「姉ちゃん。駄目なら薬代出してくれるって!」
「その見返りに何を要求されるか解ったものじゃ無いわ」
「そう…だけど…悪い人じゃないよ…多分。一回会ってみて」
警戒心が強い。自分が親代わりだから当然か…と思いながら待つ。
ノーレンは罠に嵌めた手前、トトには逆らえないので食い下がる。
待っていると、ガタゴトと音を立てながら、奥の部屋からノーレンの姉が顔を出した。位置が低い、椅子に座っている事から足が動かないのだろう。
「どうも。トハシです」
「…ノワールです」
少し見詰め合う。赤毛の髪に、少したれ目の人懐っこい表情をした女性。18歳くらいに見える。
「治すとおっしゃいますが、何が目的ですか?」
「ただの気まぐれですよ。ノワールに観光案内をして貰いまして、少し話を聞いただけの仲です。
まぁ、何を言っても信用が得られないのは解っていますよ」
「…何か企んでいたら、絶対に許しません」
「ええ、見たら帰りますよ」
少し睨み付ける表情で、ノワールが了解を出す。トトは立ちあがり、ノワールの元へ。鑑定しながら、足を観察。
石になっているかと思ったが、見た目に変化は見られない。
≪ノワール・アーラ、火剣士レベル46、強さ1245、石化病≫
確かに石化病に掛かっている。こっそり、収納から状態異常を回復させる短剣…カラドリオスの短剣を出し、足に当てて治療してみる。
≪ノワール・アーラ、火剣士レベル46、強さ1245≫
簡単に治った。最近カラドリオスの短剣は眠気飛ばしに使う程度だったので、まともな使い道だなと苦笑する。
「…じゃあ帰ります」
「えっ?帰るって…」
ただの気まぐれなので、困惑する声を無視して家から出る。帰り道が解らない…少し飛び上がって上から行く事に。
『泰人、帰って良いの?お礼にチューくらいして貰ったら良いじゃん。美人だったでしょ?』
「ああ…でも俺はまだ傷心中だ…」
『もったいないなー…でも言い寄られたら弱いでしょ?』
「まぁ…今、俺の心は段ボールアーマーくらいの防御力だからな…」
みんなの顔が浮かぶ。寂しさがこみ上げてきた。
独りは辛い。喋る剣と大砲が居るから、精神は保っているが、本当の孤独だったらどうなっていたか…
時刻は夕方。少し落ち込んだので、宿屋に戻り無心で武器を作る。
『一人なんだし、娼館でも言ったら?』
「そういう所は、行かないという約束をしているから行かない」
『ふーん、誰と?』
「…別に誰でも良いだろ」
武器を色々試作してみるが、上手くいかない。イメージが湧かない。
「あー…駄目だ。珍しいアイテムでもあればなー」
コンコン_
「ん?はーい」
「あの、お客様に会いたいという方が居るんですが…お通ししても宜しいでしょうか?」
「誰です?」
「ノーレン様と、ノワール様です」
「帰って貰って下さい」
「いえ…ですが…」
「俺は居ないって言って、帰って貰って下さい」
「はい…かしこまりました」
宿屋の従業員には悪いが、会う気は無い。今のトトは、一人なのに一人になりたいという、面倒な感情。
『お礼くらい言わせてあげなよ』
「…良いんだよ。見たら帰るって言ったし」
『仲良くなるのが怖いだけでしょ。また記憶を消されたらって』
「……そうだよ…悪いか。…また消されたら俺の心がもたない」
『なら、記憶を戻す方法でも探す?』
「……未練が残っちまう。それに、あったとしても…アイリスさんは、戻せないんだ」
『……ごめん』
______
翌朝、トトが宿屋から出ると、ノーレンとノワールが待っていた。ノーレンはキラキラとした表情て見詰め、ノワールは申し訳なさそうにトトを見ている。
「あの…昨日はありがとうございました…」
「ええ、良かったですね」
「兄ちゃん!ありがとう!」
「…良かったな。独りにならずに済むぞ」
ノーレンの頭にポンッと手を置き、地図を買う為に商業ギルドへ向かう。
「あ、あの!お礼をさせて下さい!…本当に帰るとは思わなくて…あの…すみませんでした」
「あぁ、良いんですよ。信用を貰えないのは慣れてますから。お礼は要りません。その約束ですからね」
「でも…じゃ、じゃあ案内させて下さい!まだ王都には名所があるんですよ!」
『泰人、断っても無駄じゃない?』
「…わかりました。お願いします」
姉弟の笑顔を見て、少しの苦笑。
(俺に向けるこの笑顔も、その内…消えちまうのかな…)