ここは何処ですか?
よろしくお願いします。
アスターという世界がある。
そこで古の時代、天上で善神と悪神が争いが起きた。
天は割れ、海は荒れ、大地は荒廃していく。
悪神の力は強大だ。
不利を悟った善神は、大地に住む人間に助力を願う。
善神は人々に力を与え、職業やレベルを授かり、闘う力を身に付けた。
そして善神と人々は長い時間を掛けて悪神の力を削り。
やがて、悪神の力を3つに分けて封印する事に成功する。
混沌の力はアヴァロという大陸に。
破壊の力はミリアンという大陸に。
邪悪の力はハールゲンという大陸に。
そして、3つの力を封印された悪神の本体は天上に封印。
力を封印した大陸に人々は住み移り、国を形成。
国は繁栄を極め、平和な世界が訪れる。
こうして女神大戦と呼ばれた闘いは、3つの大陸に語り継がれていった。
そして、そんな世界に迷いこんだ1人の男の物語。
________
「へ?」
見渡す限りの草原。太陽が真上に昇った晴れ渡った空には、薄く月が2つ見える。
地面に目をやると、見知らぬ草花。鮮やかな虫が飛び交い、カサカサと草花が揺れていた。
「夢…か?」
呆然と立ち尽くす二十代の黒髪の男。前髪で目は隠れているが驚愕しているのは分かる。手には本屋で買った本が入ったビニール袋がぶら下がっており、地味な黒の長袖のシャツに茶色のカーゴパンツを履いている。
「確か家に帰るのに近道をしようとして…変な路地裏に入ったんだっけ?その後に誰かに何かを貰った様な…」
夢か現実か。混乱の境地にいる男。戸橋泰人は頬をつねってみるが痛いだけ。さんさんと輝く太陽が笑う様にジリジリと泰人の肌を照らしていた。
「夢にしてはハッキリと色々感じるし…え?ここ…何処ですか?」
泰人の声が虚しく響く。バッと後ろを振り向くが、期待した路地裏の風景では無く草原が広がっていた。
そして暫しの熟考。そして悟る。
「異世界転移って奴ですか?」
答えにたどり着いたが、正解と言ってくれる人も居る訳も無く。独り天を仰いだ。
____
「このままじゃ夜になる…移動しよう」
暫く天を仰いでいたがここままじゃ駄目だと、割り切れない心を奮い起たせ、近くにあった木の棒を垂直に立たせ手を離す。
パタン。左の方向に棒が倒れ、念のため棒を持ち左の方向へ歩き出した。
「まっなるようになるだろ…いや…なって下さいお願いします神様」
こういう時だけ神頼みをするのは調子が良いかな?と思いつつ、膝の高さまで伸びている草花を掻き分けながら進んで行く。
少しの暑さを感じながら、草花や虫に毒があったら嫌だなーと呟いていた。やがて木が多くなり、森に入っていった。
「段々森になってるんですけど…道間違えたっぽい。普通の物語だと街道に出るよな…人が居ない地域だったら詰みだぞ…」
最悪を想定しながら進むがふと違和感を覚える。空気が変わる様な雰囲気。泰人はさっと背丈程もある草むらに隠れ、気配を消す様に辺りの様子を伺った。
「これは…何か…いる…?」
少し待つとガサガサと音が鳴る。その瞬間、背中を舐められる様なゾワゾワとした悪寒に支配された。
「……(来るな来るな来るな!)」
ガタガタと震える歯を必死に抑え、息を止める。その時のっそりと、泰人の身長を優に越えるオレンジ色をした二足歩行の豚の姿が現れた。泰人の目が目一杯開かれ、豚の歩く姿を目で追っていく。
「フゴッフゴッフゴッ」
カサカサ。(やばい!)
緊張から少し動いてしまい、手に持っていたビニール袋が音を立ててしまった。
「フゴッ?」
グルン。過ぎ去ろうとしていた豚が振り返り、泰人の方角を眺める。
首を傾げ、泰人の方へ一歩踏み出した。
(あっ…オワタ)
死の恐怖に支配されそうになった時。
「ゲコッゲコッ」
拳大の蛙が飛び出し、豚の前を通り過ぎる。
「フゴッ」
豚は蛙を眺めた後、振り返った身体を元に戻し泰人とは反対の方角へ進んで行った。
(助かった…)
ゆっくりと息を吸い込み酸素を取り入れ。額の脂汗を指で拭い、目を見開き乾いた目を擦る。
ふぅっと側にあった木に身体を預け、上を見上げる。すると木に赤い実が成っているのが見えた。
「どっと疲れた…あれは、果物か何かかな?喉も乾いたし…登るか」
1メートルを超える太さの幹。枝に手を掛けて登っていく。出来るだけ音を立てない様にゆっくりと。
泰人は子供の頃、木登りをよくしていた。それが項をそうしたのかわからないが、危なげ無く赤い実の所にたどり着いた。
「…んー…リンゴじゃないな。みかんの赤いヤツみたいだ」
1つもぎ取って観察してみる。手の平にすっぽり収まる大きさの赤いみかん。皮は柔らかく、剥いてみるとみかんソックリの赤い実が出てきた。柑橘系の良い匂いが溢れ、1つ食べてみる事に。
「あっ美味しい。酸味の強めなみかんだ…とりあえずビニール袋一杯に採っていこう。これで餓死は免れそうかな?」
ビニール袋に入っていた本はカーゴパンツの側面ポケットに入れる。少し重たいが捨てる訳にはいかないので、我慢する。
本の種類は、料理本、料理雑誌。他は5冊組のノート2セットと10本入りのボールペンが3セット。ノートはポケットに入らなかったので袋に入れ、ボールペンと料理本は小さいサイズなのですっぽり入り、雑誌は大きいので丸めてねじ込んだ。
「頑丈で大きな袋で助かった。20個くらい入ったからなんとかなりそう…そういや変なカードがポケットに入っていたけどなんだろう?」
ポケットから出てきた白いカード。じーっと眺めていると、見慣れない文字が浮かび上がってきた。不思議と読める。
「ようこそアスターへ…か。アスターはこの世界の名前?誰かが俺をここに招いたのかな?…ん?また文字が浮かんできた…名前、トト。トトって俺の名前か?」
トトと書かれたカード。トトは小学校からのあだ名なので素直に受け入れる。不思議だなーとカードをポケットにしまい一息付いた。
少しして辺りを見渡し、何も居ない事を確認。ゆっくりと木を降りて、来た道を戻り森から出る。
「森は危険だと思うから別の道だな。森沿いは危険かな?反対方向が正解な気がするから真っ直ぐ行こう」
赤いみかんをぶら下げて草原を歩いていく。割りと視界は開けているので、下に気を付ければ危険は無さそうだ。
草花を掻き分けながら来た道を戻る様に進む。上を見ると太陽はまだ上の方。まだ夕方にはならないと判断してペースを上げる。
「ビニールが食い込んで手が痛い…みかん重いな」
重たいビニール袋を持ち替えること一時間程。少し開けた道らしき場所に出た。地面を見ると轍と足跡が多数見える。どうやら街道にたどり着いた様だ。
「あー、良かった。人が居る地域だ…少し安心。だけど街に行かなきゃな。野宿は嫌だ…でもお金って無いよな…」
不安を残しつつ、左右に伸びる街道を見詰める。例のごとく棒を垂直に立てて手を離す。
パタン。また左の方向に倒れ、左に行こうと思ったが思いとどまり右を選択。
「左は死にかけたから右にしよう」
余程先程の豚が怖かった様子でぶるっと震える。少し気が楽になったトトは少し早歩きで街道を進んだ。
食い込む手を持ち替えながら歩く事数時間。日が傾いてきた。足が限界を迎えようとする時に、何か壁の様な物を発見。
「あれは…街かな?…よしよしよし!なんとか着きそう!」
街を発見し、生気が戻った様に元気を取り戻す。袋を抱えて足取り軽く進んで行った。
そしてたどり着いた門がある城壁の様な壁。高さは5メートルはありそうで、高台から衛兵が見下ろしていた。
「止まれ。身分証の提示を。無ければ銀貨3枚が通行料だ」
「うわ…身分証いるの?(言葉が通じる!助かった!)…どうしよ…あっこれかな?」
ポケットに入っていた白いカードを取り出して衛兵に渡してみる。衛兵はカードを受け取り、何か水晶の様な物に当てる。頷いた後にカードを返された。
「犯罪歴無し、よし通って良いぞ。ようこそ、ニーソの街へ」
「あっどうも(良かったー!誰か知らないけどカードありがとう!)」
一先ず街に入れた事で安心したトト。日本とは違い、街並みは古め。なんか中世の映画のセットみたいだなと感動していた。
そこで気付く。先立つ物が無い。どうしようと途方にくれている所にふと目につく武器を持った人々。
「冒険者?かな。そうか、そこで仕事をして稼げばお金が手に入る」
よし!と武器を持った人々に付いていく事に。
大通りを歩く。少しすると剣が交差した看板の建物が見え、そこに入っていく武器を持った人々。
「ここが冒険者ギルド?で良いのかな?」
3階建ての木造建築。スイングになっている扉を開け、中に入ってみた。中は受付が4つ並び、冒険者が並んでいる。トトは登録出来るかな?と一番少ない並びの列に並んでみた。
「おー。雰囲気出てるな……女性も意外と多い。……やっぱり受付は美人だな」
並びが多い受付は飛びきり美人。男が集中しているのを見て大変そうな仕事だなーと思っていたら順番が来た。ハゲのおっさんが受付なので、少し切なくなりながら頭頂部をチラ見。
「いらっしゃいませ。御用件は、「登録したいんですけど…」冒険者登録ですね。身分証はお持ちでしょうか?」
白いカードを渡して少し待つ。カードリーダーの様な物に白いカードを通し、ハゲのおっさんがカードリーダーを操作すると下の方から茶色のカードが出てきた。
「はい、こちらのカードを右手にある部屋にお持ち下さい。そこで検査がありますので」
「あっどうも」
茶色のカードを受け取り、検査室と書かれた右手の部屋に行く。
ガチャ。扉を開けると受付があり、何人かの男女が並んでいる。年齢は中学生くらいなので、登録開始の年齢なのだろう。
「おっさんが来たぞ。今さら冒険者ってウケる」
「きっと仕事でもクビになったのよ。言ったら可哀想よ?」
「「クスクス」」
「……」
バカにされたが気にせず並ぶ。生きる為なので気にしてられないからだ。反応の無いトトに飽きたのか、若造は話題を変えて雑談している。
「俺は剣士だから将来安泰だなー」
「へぇー。私は魔法使い。良いでしょー」
「良いなー。俺なんて魔物使いだぜ?」
(職業があるのか?俺はなんだろう?)
気になって茶色のカードを眺めるが、名前以外書かれて居ない。白いカードを確認してみる。これも名前以外書かれていなかった。
(検査で分かるのかな?)
トトの順番がやって来た。茶色のカードを渡す。
「はい、ではこちらに手を乗せて下さい」
水晶に手を乗せる。すると何かが流れ込んで来る感覚。不思議と頭の中に文字が浮かんできた。職業の名前が複数出てくる。
(何?職業選択か?剣士、村人、武器師、ニート…ニートは駄目な気がする…剣士は安泰って言ってたな。村人は無し。武器師ってなんだろう?色々な武器が使えるのかな?剣士よりかは良さそうだ)
武器師、武器師と念じる。すると頭の中の文字が武器師のみになったと同時に検査が終了した様だ。職員はこんな職業あったっけ?と首を傾げ、まぁ良いかと茶色のカードをトトに返した。
「はい、では講習会がありますので奥の部屋にどうぞ」
「あっはい」
奥の部屋に行き、講習会を受ける。
講習会は基本的な規約やマナー。常識等を学んだ。茶色のカードは初心者の証。SS、S、A、B、C、D、E、Fの順番でSが最高ランク。Fが初心者という具合だ。昇格はDランクから試験があり、合格してDランクに上がれば一人前となる。
講習会が終わり、さっさと部屋を出て依頼ボードを眺める。Fランクのトトは1つ上のEランクまでしか受けられない。他のランクを受けても良いが、自己責任という形でギルドの保証が受けられなくなる。
「討伐依頼は一応あるけど、低ランクは素材と引き換えか、ゴブリンは魔石、角ウサギは肉、穴ネズミはしっぽ。採取は薬草類、毒消し草、各種果物、…赤みかんも対象かな?聞いてみよう」
「やめなよ。オークはランクDだよ」
「俺は剣士だから余裕だよ。まぁ見てなって」
毎年無茶な依頼を受けて死んでいくバカな若者が多いが、バカは一定数居るのでこのギルドでも多くの若者が死んでいる。先程一緒に講習会に参加した若者はオークを討伐する様だ。
(オークってあの豚か?…あれは怖かったな…)
赤みかんを聞く為に、空いているハゲのおっさんが居る受付に並ぶ。直ぐに順番がやって来た。
「いらっしゃいませ。御用件は、採取ですね。オーレンは1つ銅貨3枚です。…20個ありますので銀貨6枚になりますが宜しいですか?」
「お願いします(やった。お金は10進法かな。多分6000円くらい?)…あっ、安い宿ってあります?」
「隣にありますよ」「ありがとうございます」
銀貨6枚を受け取り、冒険者ギルドを後にする。初めてのお金を受け取り、ホクホク顔で隣にある宿へ向かった。
中に入り、受付のおばちゃんに泊まる旨を伝える。銀貨3枚ということで泊まる事に決め、鍵を受け取り部屋に入る。
部屋はベッドと机があるだけの簡易的な部屋。魔物が居ないなら充分だとばかりに横になる。
「疲れたー…とりあえず寝よう…」
右も左も分からないままの異世界生活一日目が終了した。