俺のベットは猫に占領された。
自分自身が嫌いだ。
上手く自分の感情を表にだせない性格が昔から抜けてないんだ。
常に周りの人間に合わせて生きることが当たり前になってくる。
外と内の世界を完全に分けて生きているのは別に普通のことかもしれないが
自分の存在をアピールできる空間は現実世界にはほとんどない。
ネットゲームの中だけが俺が唯一感情をさらけ出せる場所なのかもしれない。
この世界は、自分を必要としてくれる。俺がヒーローになれる空間なんだ。
ゲームに熱中して1人称視点のリアルFPSに浸る、この戦場が俺の生きている感覚!
ん?何か背後から声が聞こえる。敵か?それにしても集中力の切れる不愉快な音だ。
どうもゲーム音ではなさそうだな。その予感は当たった。
ヘッドホンを外すと、その音の正体が分かった。妹が誰かと電話していた。
俺が眉間に皺を寄せて妹に部屋の外で電話しろというテレパシーを送る。
こっちに気づいて一瞬目を合わせるが、小ばかにしたようにウインクをして
スルーしやがる始末だ。
同級生の男どもだったらこの妹の渾身のウインクで落ちてもおかしくないのだが
あいにく俺の心中は憤りしか感じてないのだった。
電話が終わったのか、妹がベッドに広げたポテチの袋から一つまみして口に頬張る。
俺「おい、電話するときは外でしろって何度も言ったろ」
妹「何度も言ったけど、治らないんだから仕方ないでしょ?」
呆れたもんだ。この妹の性分は腐っていやがる。
兄としてここは叱らないといけない。
俺「わかった。今度この部屋で電話したら出禁にするからな」
妹はホッペを膨らませて可愛い顔つきになって反撃する。
妹「なんでそんないきなり酷いこと言うの?ただの電話じゃん」
俺「その電話のせいでゲームに集中できなくなるんだよ」
妹「えーでも私の可愛い声を聴きたいっていうネットの向こう側の人たちも思ってる
と思うよ?」
俺「そうかもしれないけど、中にはお前の声を聴いて俺のアカウントに粘着してくる
奴もいたりするから止めろって言っているんだ」
本当は、妹の声がプレイに支障をもたらすからなのだが上手く言えたと我ながら思う。
妹「お兄ちゃん私のこと心配してくれてるの?そういうところ可愛い」
俺「」
話が通じない。妹はまたポテチを食べる作業に戻る。
兄としての威厳はもはや無いに等しいのかもしれない。
そうお菓子食べながら漫画を読んでいる妹を見て思うわけだ。
俺がいつも寝ているベッドの上は妹がこぼしたジュースの染み、
妹の髪の毛、妹が脱ぎ捨てた黒のソックス、何を拭いたのかもわからないティッシュが
散乱していた。
俺「お前な、そんなダラシナイと彼氏も出来ないぞ」
気づいたらそんなフレーズが出てしまった。
怒るのかと思ったが、妹は毅然とした態度で返事する。
妹「お兄ちゃんだって彼女いたことないのによく言えたね」
俺「おっ俺は彼女とか興味ないんだよ!」
妹は返事をせず、鼻で笑っている様子だ。
確かに俺には彼女ができたことがない。
そして女の子に興味がないわけがない。
恋愛という作法をしらないんだ。
相手の感情を読み取り、コミュニケーションを図り、関係性を築くことが
俺にとってはとても難しい。
過去には好意を持った女の子に想いを告げたこともあったのだが、
その娘と目が合っただけでコミュニケーションが出来て、相手も自分のことが
好きなんじゃないのかという錯覚に陥っていた。今思えば只の変人だ。
それで、相手と何の関係性も無いまま、学校帰りに告白したわけだ。
結果は予想通り振られただけ。
俺がその子に告白した事実がクラスの人間に広まってしまい現在では
恋愛恐怖症を患っているのだ。
そんな俺とは違い、妹はモテル。
顔が小さくて、造形が綺麗に整っている。
ときたまわがままするときに見せる小動物のような上目遣いをされたら
兄とは言えども生唾を飲む程の殺傷能力を持っている。
こんなことを思っているとか妹には死んでも言えないな。
俺のオタク友達が家に遊びに来て部屋に呼んだときに妹が部屋でいつも通り
ベッドでダラシナイ状態で寝転がっていたわけだが、その光景を見た友達が
いつもの様子とは一転して何かオドオドし始めたのは俺の妹がこんなにも
可愛いとは思いも知らずのことだったからだろう。
俺がこいつの立場であっても同様の反応を示すだろうなと納得してしまう。
まあその後、勝手に部屋に友達を呼んだことで怒られたんだが、自分勝手な妹だ。
こんなわがままで性格的問題のある妹なんだが、異性とコミュニケーションが
出来ない俺が唯一感情をさらけ出せる存在なのかもしれない。
妹を見ていると、妹が漫画を読みながら言う。
妹「さっきからジロジロ私の足見てるでしょ?キモいから止めてね」
俺「失敬な。そんなんじゃない、最近太ったと思ってな。気になっただけだ」
その直後、俺の視界に移ったのはピントがズレたジュースの空き缶。 痛い。