愚王子は婚約破棄に未来を託す
学園の卒業式、私は一人緊張に包まれていた。
今日まで準備に準備を重ね、周到を積み上げてきた。
決して失敗は許されない。
式はクライマックス、私は壇上に上がり、卒業生代表の挨拶を行い、そして終えようとしていた。
学園での日々が走馬燈のように流れる。いかん、まだ感傷に浸る時ではない。
私は深く、静かに息を吐き出し、愛しの人を見つめた。
「では最後に、この場を借りて一言。私、カイン・ウル・ローランドはエミリア・フォン・ラウラシアンに婚約破棄を申し付ける!」
式場が一斉にざわめく。
呆然とこちらを見つめる私の婚約者は、目を瞑り、一呼吸明けてから言葉を紡いだ。
「・・理由を尋ねても?」
シャラン、と楽器を奏でたように。その声は鳴り響いた。
「ふん、何を惚けるか!貴様がサヨコ・ユリネを集団で虐め抜き、剰え階段から突き落とし大怪我を負わせたのは周知の事実。大人しく罪を認めたらどうだ」
「そのような噂があるのは確かですが、しかし私は本当に何もしておりません。調べて頂けば分かる筈です!」
「残念だが、此方には証人もいるのだよ。バッカス!」
「はっ、殿下の仰る通り、証人は二桁にのぼります。証言は此処に」
紙の束を受け取る。バッカスは自らに利があれば、どんな事も厭わない優秀な人間だ。そう、虚実を入れ替え、事実を作り上げていく事さえも。
「そんな、、」
詳しく調べれば真実に辿り着く事も可能だろう、しかし今は圧倒的に時間が足りまい。
アメジストの瞳が揺れる。もはや流れは決まった。私の口が嘲るように歪むのを自覚する。
「見苦しい!既に婚約破棄は為された。此処にいる皆が婚約破棄の証人となろう。今後の沙汰は追って下す。暫くは謹慎でもしているんだな!!」
私は壇上を降り、颯爽と立ち去る。
いかん、もう少しの辛抱だ。口元を抑え、声が漏れるのを抑える。
これから始まる明るい未来を想い、式場を後にした私は揺れる空を見上げた。
「おいアホ王子、お疲れさん」
馴れ馴れしく声を掛けられる。せっかく浸っていたのに台無しだ
「なんだよサヨコ。邪魔すんなボケ」
痛々しく包帯が巻かれた両足で仁王立ちし、松葉杖で此方を指す少女。
「しかし、本当にこれでよかったの?私は嬉しいけど」
「当たり前だろ、ほら、こっちへ来い、約束だろ」
サヨコの左手に指輪をつける。
「フヒ!これで私も未来の王妃サマ!ってね」
「言ってろ」
馬鹿な話をしていると、達成感がゆっくりやってきた
「あぁしかし、本当に長かった。」
用意は実に周到だった。あらゆる伝手を使い、汚い金で動く貴族を囲い込み、完璧な砂上の楼閣を作り上げた。
これで予定通り、婚約破棄は行われ、明日には私が廃嫡されるだろう。
最早憂いはない。あとは弟のラファエロに全てを託せば全てお仕舞いだ。
この国も、王の座も、私の最愛の人も。
最愛の人も。
そう、誰よりも彼女を愛し、一挙一動すべて心に刻み込んできた私は、結構早い段階でその気持ちが明らかにイケメンで優秀な弟に向いていた事に気づいていた。
もしかしたらワンチャンあるかもと思って結構頑張ったけど、如何せん生まれもったモノが違いすぎて話にならない。
このままだとみんな不幸になる未来しか見えないから、どうせなんで周りを巻き込んで自爆することにしたのだ。
たまやー、かぎやー
はぁ。それにしても、エミリア、、まだちょっと、いやかなり未練はあるけれど。
「・・・お幸せに」
私はそっと声を絞り出した。
あっヤバいまじで泣きそう。
「しっかし、難儀な性格だねー。まぁ私は嫌いじゃないけど?報酬も貰ったことだし、もう少し、付き合ってやりますか」
カインとその取り巻きを一掃したその国は、偉大な賢王と美しき王妃によって改革が推し進められ、より一層発展することとなった。
その歴史の影に埋もれた男のその後は、どの歴史書にも書かれることは無く、ただ愚かな王子として名を刻まれるのみであった。