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第弐話 「鼠魔人ムスクルスが黒き死を呼ぶ!」


a.


わたし鷹椙 百合子はいま、倒れてしまった幼なじみの水崎 茉莉の為に、氷を入れた冷たい枕を作りながら友人が水を持って来るのを待っていた。



「ふう....ひとまず氷枕は出来たわ。冷却シートと、熱も計りたいから体温計も持っていきましょう」



氷枕を脇に挟み、冷却シートと体温計を左手に、薬を右手に持って茉莉の寝ている寝室へ....!!



お粥は水が到着してから作ろうかな、食べ物もあるなら飲み物もあった方が良いだろうし。



「氷枕を持って来たわよ。これで少しは楽になる筈!ついでに熱も計って....」



色々なもので手が塞がっていたので脚を使って寝室のドアを蹴り開けると、茉莉が苦痛に悶えていた。




「うぅ....あああ....!!気持ち悪いよぉ....お腹も痛いよぉ!!さっきから何回もトイレに行ってるのにぃ!」



今まで茉莉が風邪を引いたり、インフルエンザに感染したことはあるが、ここまで苦しんだことはなかった。



「汗まみれじゃない!取り敢えず体を拭いてあげなくては....!!」



できればもっと違う状況で脱がしたいなぁ....と鼻の下を伸ばしながら汗でびっしょりの体を拭くために上着を脱がす。そこには綺麗な白い肌が....



「なっ、何よこれは」



なかった、かわりにあったのは黒く変色した肌だったのだ。そして手足も黒ずんでいる....



「救急車を呼ばなくてはならないわ....!」



私が救急車を呼ぶためにスマホを取り出したその時だった、天井裏からやけに甲高い声が!



「それはどうかなああああ!?呼べるもんなら呼んでみろよぉ!!罪のない病院の奴等が死ぬだけだからよぉ!」




第弐話 「鼠魔人ムスクルスが黒き死を呼ぶ!」



b.


天井を突き破って怪物が現れた。つぶらな瞳と引き換えに薄汚れた体に尖った鼻に丸い耳、その容姿は鼠のようだった。



「まずいわ....よりによって真理がこんな状態の時に現れるなんて!!」



何て頻度で現れるのよ、今日だけで四匹の化け物をみた....それに普通新しく現れるなら責めて次の日でしょうが!



「よりによってか、違うな。こんな時に現れるよう俺が計算したのだ!!」



「どういうこと....」



「俺がその女に注いだのだ、ペスト菌をな!!」



ペストですって....確か、黒死病とも言われるかつて中世ヨーロッパなどで大流行し全国で約八千人の命を奪ったと聞いたことがある恐ろしい病だ....


日本でも何十人かの命を奪ったことがあるらしい。それを発症させるペスト菌をこいつは真理に注入したと言うのか!?



「くそ、いつの間に....!!」



「てめえらが無防備に寝ている間に注入してやったんだよ。天井裏から見てたからなあ、ひひひ」



ということは真理が寝ている時にこっそりキスをしようとして、でもやっぱり卑怯だよね....でもやっぱりしたい〜〜〜と頭を抱えていたところも見られていたの!?



かなり恥ずかしい....茉莉にバラされたらヤバい....彼女は優しいのであからさまにではないにしろ、距離を取られるかもしれない。



「私にも入れたの?菌を....」



「そうだ。発症したのは真理が先だったようだが....くくく、直に貴様も発症する。それまであと三時間と言ったところか」



「でも今は抗体があるはず....病院まで行けば....!」



「行かせるとでも?」


それもそうだ....だが向こうから来て貰えればと手にしたスマホを見て考えるが、それはすぐに撤回した。



さっきこの怪物が言った通り、呼ばれた病院の人達は殺される、私のミスで罪のない人が死んだと知れば心優しい茉莉は心底傷付くだろう....



「行って見せるわよ....茉莉を連れて病院まで!」



「その必死さ、やはりな。監視していて気付いたが、てめえ真理のことが好きだな!?女同士なのによ〜〜〜〜何故好きなんだ〜〜〜」



やはりバレていた....! 思わず冷や汗が零れ落ちる。



「アンタに教えてやる理由なんて無いわよ!」



こいつには教えないけど、言われてみて自分でも考えてみると思い付くのは....


優しいから、可愛いから、料理が美味しいから、あんなに酷いことをした私を許してくれたから、理由なんて数えだしたらキリがなかった




「まあいい、てめえらが衰弱死していく姿をたっぷりと堪能させてもらうぜ。美少女が苦しむ姿は最高だからな」



このゲス野郎め....いや、野郎かはまだ分からないか、男性とも女性とも取れるような甲高い声だから判断し辛い。




「一か八かだ....!」


私はまず病院に....いや、太刀華先輩に連絡すればあるいは!!そう考えて、ここでは連絡もさせて貰えそうにない。


故に一先ず外へ出るために、ドアから出る!茉莉が心配だが、放っておけばどのみち死ぬ....!!



だったら成功率が低くても薬を取りに行こう!



「馬鹿め、人間のスピードでは俺から逃れられんぞ!!」



「なんて速さっ!?」



私はあっという間に、薄汚れた臭い腕で押さえつけられてしまった。


私とドアの距離は三センチ、奴とドアの距離は三メートルあった、それなのに私は取り押さえられたのだ。



「文理はからっきしだが体育は得意な方だろ?それもこのザマか!」



こいつ、ニメートルはあるのにかなり素早いぞ....!! それにそんな情報まで....



「さて、これでてめえらは俺から逃れられないことを理解したな?諦めて苦しんでしね」



「私はそれでもいいわ....けどお願い、茉莉だけは助けてあげて!!」




「駄目だな、真理ちゃんは君と同じくらい俺好みなんだよ。美しい水色の髪ッ!くりんとしたあどけない目ッ!それに抱き締めたらすぐへし折れてしまいそうなほどに華奢な体、そして女の子らしい性格ッ!苦しむ姿が似合う....」



確かにこいつの言う通り、茉莉の髪は綺麗だし目も可愛いし女の子らしい性格だ....そこには同意できる。


だけど苦しんでいる姿なんて断じて似合わないわ!あの子に似合うのは幸せそうに微笑んでる姿なんだから!!



「ふざけないて....あんたみたいな奴に茉莉の笑顔を奪われてたまるかああああッ!!」



私は怪物から解放されていたので、怒りを込めた拳を放つ、運が良ければさっき鋏磨にダメージを与えられたようにこいつにも!まず当たればの話だが....幸運に幸運が重なってくれないものか!!



「チュチュチュ、さっき鋏磨にはなぜか少しばかり通用したようだが....あんな奇跡は二度と起こらん!人間を超越した我々に平凡な人間の攻撃が通るなんて奇跡は!」



やはり現実はそう甘くはなかった、私の拳は簡単にかわされてしまった。



「さっきのアレも見てたのね....」



「ああ、五日前からずっと監視していたからな。学校から自宅まで朝から夜明けまでな〜〜〜」



「やっぱり、鋏磨の言っていたストーカーと言うのはアンタね!」



「ストーカーか、まあ厳密には違うがな。あいつ言葉を選べよ、正しくは監視者だぜ、格好いいだろ?ひひひ」



「どうやって気付かれずに私達を監視していたの?そしてアンタにも人間の姿、正体がある筈....」




「鋏磨ほどではないが、てめえの身近な人間だ。まあ俺の正体は天国から見て確かめな」




鋏磨....クラスメイトの一人。


そんな彼ほどではないが、身近な人間....よく行くアイスクリーム屋の店員さんに学校の教師、親戚、それくらいしか思い浮かばない。



少なくともこんな声の知り合いはいないはず。いや、鋏磨達は変身後も声は変わらなかったが....こいつもそうとは限らないな。




「死ぬ気はないわよ....茉莉を死なせはしないし、私も死ぬ気はない」



「じゃあどうする?」



「こうすんのよ!!」



押さえつけられた時に手から落ちた温度計を拾って、怪物の赤い目にめがけて投げつける!



いくら怪物だろうが生物である以上、目に当たれば怯むくらいはするだろうし、その隙を突くことができれば....!



また避けられるか、いやその可能性の高さは青天井だろう。しかし、やれるだけやるしかない!



「学習能力ないのかてめえは....!!」



やっぱり当たらない、怪物はそれも目にも止まらぬ速さで避けて私の背後へ移動して拳を振り下ろした。



「がはっ....」


背骨が粉々になったのではないかとも思えるほどの激痛が走る、だが幸い気絶まではせず、多少視界が歪んだ程度ですんだ。



「飽くまでてめえらは俺のペスト菌で死ぬんだよ!それで苦しんで死んでくれた方が見応えがあるからな」



手加減してあの威力だと、こいつはそう言っているのだろう、本気を出せば私達など簡単に倒せると....



「鋏磨といい、アンタといい、私達は変態サディストにモテるみたいね」



「可愛い娘はいたぶられてる姿が似合うからな。誰だって苦しむ女の子の姿を見れば口先では可哀想だなんだと言っても、心の中では興奮するだろうぜ」




「そんなわけないでしょ、体はデカくても頭は鼠並みに小さいワケ?」



「その気の強いとこが堪らないぜ....」





気が短いの間違いよ。強がりなだけなんだから、きっと....



「うぅ....気持ち悪いよ....トイレ行かなきゃ....うぷ....吐きそうだよぉ」



茉莉がふらふらと立ち上がり、おぼつかない足取りでトイレへ向かおうとするが、怪物に腕を押さえつけられてしまった。



「きゃっ!?」



「なっ、良いでしょ別にトイレくらい行かせてあげたって!」



「駄目だ、逃げやがりかねん」



「こんなふらふらな状態で逃げられるわけないでしょ!?なんなら私もアンタも逃げれないようについていけば良いじゃない!」




「俺はさっき言ったよな?苦しむ姿が見たいと!それは肉体的なものだけでなく精神的な苦しみも含むんだぜ」




「そんな....早くトイレ行かせて....ううっ!」




「このっ!早く茉莉を離しなさいッ!」



茉莉を捕らえる怪物の腕に噛みつく、薄汚れていて汚いけど、真理を助けるためならば気にはならない!



しかし私は茉莉を助けるどころか、もう片方の腕で弾き飛ばされ、さっきまで真理がいたベッドの上に倒れた。



「百合子ちゃんっ!!酷いよ....ああっ、もう....限界....だっ、よおお、え、ええおうええええおええあえええ!!」




遂に耐えきれず、茉莉は嘔吐してしまった....彼女の目は涙で潤んでいる



「ひゅー!きったねえなあ!?」



「うぅ、ぐすっ」



涙をこぼす茉莉を嘲笑う怪物、それを見て私の中にドス黒い感情が蠢き始める。憎い....この醜悪な怪物が憎い....!!




「汚いのはアンタの心の方だろうがああああああああああああああ!!」



赦せない、私の大切な....茉莉をこんな目に遭わせて....!!私は再三かわされると分かっていながら、拳を放たずにはいられなかった。




「だからよ、何度やっても無駄だぜ....!」




三度目の正直という訳にも行かず、私は攻撃をかわされた上に長く細い、薄いピンク色の長い尻尾を巻き付けられ拘束されてしまった。



「うぐっ!!」



「これでもう余計なことはできねぇな。そこで見てろ....てめえの愛する茉莉ちゃんがぁ、いじめられる様をよう!」



そんな....絶対に嫌....絶対にダメ!!



「お願い、やめて!!」




「ほら....自分で汚したものは自分で綺麗にしろや!!」



怪物は乱暴に茉莉の頭を掴んで、床に広がる彼女の嘔吐物に顔面を押し付けた。



あんなに弱っている茉莉に何て仕打ちをするんだ....見た目だけでなく心までドブネズミのように薄汚れてやがるわ....!!



「うっ....ひっく....うええ」



「やはり良い泣き顔だぜ〜〜〜〜!!」



くっ....目の前で茉莉が苦しんでるというのに何もできない自分の無力さが悔しい、今まで不良やいじめっ子や変質者から彼女を守り抜いてきた。



けどこの怪物から守ることなんてできない....さっきの鋏磨を筆頭とした怪物からも茉莉を守るどころか逆に助けられたではないか



「う....ゆ....ゆ....」



「あ?何だ?」




「百合子ちゃんを....うう、ぐすっ。治させて....お願い、百合子ちゃんを治させて、発症する前に....こんな苦しみを味合わせたくないよ....」



「....」



「さてはその涙、恥ずかしさとか苦しみによるものじゃねえな」



「だって早く治してあげないとこんな苦しみを、百合子ちゃんも味わうのかと思ったら....悲しくて」



「ほんと馬鹿なんだから....私なんかのことをそこまで....」



気がつくと私も涙を流していた。何でこんなに優しい子がここまで酷い目に遭わなくてはならないんだ....!



「お願い、辞めて....ぐすっ、何だってするからもうこれ以上真理をいじめないで!!」



「鬼の目にも涙ってか、こりゃあ良いものが見れたぜ。いいぜ、そのかわりに抱かせてくれ、てめえをよ〜〜〜!そうしたら二人とも助けてやる」




「なっ....嫌よ、そんなの!」



こいつはストーカーなんだから、私達を苦しめたいって以外の下衆な欲求を持っていてもおかしくはないんだ....ぞっとする




「嫌だっていうなら、こいつをもっといじめてやるだけだぜ」



「うぅ、分かったわ....好きにしなさい。そうだ、真理....私がこいつに、その....色々されているうちに逃げなさい!その状態だと辛いでしょうけど、太刀華先輩を呼んでくるのよ」




「無駄だぜ....」



「嫌だよ!私が絶対助けるから....!!ああっ」



ふらつきながらも、私を助けようと近寄ろうとする茉莉だったが、脚に力が入らないのか転倒してしまう。




「馬鹿が動くな。てめえ逃げたり余計なことしたら助かる筈のこいつもお前も助からなくなるぜ」


「そんな....」



嫌だけど....本当に、本当に嫌だけど。こいつが約束を守らない可能性も高いけど、茉莉を助けられる可能性が少しでもあるならそれに縋るしかない。



「ひひひ、さあ遂に念願の鷹椙 百合子との....」



私が観念して目を瞑った時、ピンポーンと玄関のチャイムが鳴る音が聞こえてきた。しまった....こんなタイミングで!



「到着したか。ひひ.. . . あらかじめ水を捨てておいたら予想通り貴様は友人を呼んで、そいつは今ノコノコとやってきやがった。奴を殺して、てめえをたっぷり堪能してやるからな....貧乳最高だぜ〜〜〜〜〜!!」



友人まで犠牲になってしまうのか、私が水を持ってこいと頼んだばかりに....最低だ私は、昔から....



「百合子、持って来たよ、みず」


ふわふわした癖っ毛に、染めたのではなく元から茶色い髪、朝昼晩を問わずいつものように眠たそうな目。



間違いなく電話で水を頼んだ友人、犬居 希里子がやって来てしまった....私のせいで....



「来たな....死んで貰うぜ、てめえは俺好みじゃあないが可愛いんでな!!」



「そう」


希里子の予想外の冷静ぶりに私は驚いた、それよりも驚いたのは次の光景だ。



「死ねえええっ!!」



「遅い、ね」



目にも止まらぬ早さで突き出される怪物の拳を、希里子は余裕でかわし、逆に自分の拳を叩きこんだのだ



「なっ....」



「なにいいい!!いてえ....」



「まさか私の友達、が、アークの犠牲になりかけている、なんて、運が良かったね、百合子」




希里子も怪物のことを知っているの?それにまさか彼女も....



「くそっ、ただの人間が俺にダメージを与えられる訳がない。てめえ、まさか....」



「ご察しの通り、彼女は異能力者ですよ」



「まさかその声は....」



やっぱりそうか!ってこの声は....希里子に続いて、私の部屋に太刀華先輩が入ってきた。



「太刀華先輩!!」



太刀華先輩もやってきた今、希望が見えた。それに希里子も真理や太刀華先輩のように能力が使えるらしい、この溝鼠野郎は窮鼠になったわけだ。



「馬鹿な、何故いるんだ....街中の奴らをペストに感染させたからお人好しで放っておけないてめえはその対処で二日はここまで来ないと思っていたのに!」



そんな大規模なことをしていたのかこいつ!


「殺菌しました、私の焔で。あと鋏磨くんも始末しておきましたからね」



太刀華先輩の用事は逃げた鋏磨を倒すことだったのか....正体が極悪非道の怪物だったとはいえ同じ学校に通っていた生徒を、淡々と始末したと言ってのける先輩こわい。



それよりも、そんなことが出来るのか、だったら....



「太刀華先輩!真理を助けて下さい、彼女もこいつのペスト菌を....私もですが、先に彼女を!」



「分かりました。お任せください




頼れる生徒会長は力強く頷いた、これで一先ず安心だ。




「希里子さん、そのアークは頼みます」



「任せて、私に真理と百合子、二人の、護衛が務まるってところ、見せる」



「お手並み拝見ですね」



なんだか試験のような会話を終えると、希里子はダガーナイフをスカートから取りだして私を拘束する尻尾を一瞬で切り裂いた。




「なっ、くそっ....!!」




「あ、ありがとう希里子」



けどアンタのスカート、どうなってんのよ?と野暮なツッコミを心の中で入れながら横たわる真理に駆け寄る。



その際に彼女の嘔吐物を踏んでしまったが、不快感はない....むしろ....いやいや、危うくアブノーマルな世界へ行くところだった。



「真理しっかりして!太刀華先輩が治してくれるわよ!」



「そう、良かっ....た。これで二人とも助かる....ね」



「茉莉!!」



真理が目を閉じて動かない、まさか手遅れだったの!?いや、良く耳を澄ますと、すやすやと寝息が聞こえる。




太刀華先輩が来たと聞いたので安心して眠ってしまったのだろう。先輩信頼されてんな、jealousy!!



「では茉莉さんを治し....ひゃっ!?」



気付くと太刀華先輩の脚に鼠がまとわりついていた、だから悲鳴をあげたのか。


誰だって自分の体に鼠がいたらそうなるわよね、でもいつも冷静な人がこんな反応をするとは....。



「たくさんいるので辛抱してしましたがもう限界です。駄目です、わたし鼠が大の苦手なんです〜〜〜〜!てか大嫌いです絶滅してくださ〜い」



どこぞの猫型ロボット並の嫌いようだ、やっぱり誰にだって弱点はあるんだなあ



「くそっ....鋏磨とペストの二段構え....二日はてめえを足止めできると思ったのに!!鋏磨はともかく、患者の殺菌には二日はかかるはずなのに!」



怪物は希里子の素早いナイフ捌きをギリギリで避けながら叫ぶ。確かにこいつの言うとおり、太刀華先輩は一体どうやって対処したのだろうか。



「答えは私の能力を太刀華さん、に使った、から。それで殺菌作業スピード百倍」



「ふふ、私は器用ですから。焔を発症者の体内に傷ひとつ付けずに菌だけを殺したのです、百倍速でもね」



「くっ....百合子の友人と太刀華を甘く見ていたかっ!」



凄い!体がブルブルと激しく震えていなければ尚更そう思えたが。



「えいっ」



「チュウ!!」



見かねた私は涙目で震える太刀華先輩の脚に、まだまとわりついている鼠を手で追い払う。


これでは茉莉のペスト菌を殺す作業でミスを犯し、彼女の体内まで焼いてしまいかねなかったのとちょっと可哀想だったからが理由である。




「これでもう大丈夫ですか?」



「はい....ありがとうございます、ぽっ」



顔が赤いわよ先輩....あなたから見た私は余程可愛いのであろうか?



「そろそろ....」



希里子がスカートから....ではなく、ポケットからガムを取りだして口の中へ放り込む。何でこんな状況でガムなんか噛み始めるのよ....!!




「てめえ....俺なんざガムを噛みながらでも倒せるって言いてえのか!?」



「うん、確かに、噛みながら倒せる、ね。クチャクチャ」



「てめえええええ!!」


キレた怪物は希里子の背後に移動し回し蹴りを放つが、彼女は既にそこにはいない。




「ここだよ....ノロマさん」




「なにっ!?」



希里子のダガーナイフが怪物の赤い目に刺さる、これは痛い!!




「ぐあああああ!!馬鹿な、俺のスピードを上回るとはっ!」



この怪物は巨体の割にかなり素早い、私はそれを身をもって味あわせれた。だがそれを上回る希里子のスピードは異常だ....!



「こうなれば、現れよ我が配下の鼠達よ!!」



怪物の一声で天井から、十....二十....いや、余裕で百を超える.

...とにかく足場が殆どなくなるほどの数の鼠が現れ、部屋を埋め尽くした。



一匹一匹は可愛いけど、ここまでいると気持ち悪いとしか言い様がない。



「げえ....こんなに鼠が潜伏していたの!?」


「あ〜〜〜〜〜」



「ちょっ、先輩!」



普通の人間でもこれは恐怖を覚えずにはいられないレベルなのに、鼠が苦手な太刀華先輩からしたらこれは地獄!


気絶するのも無理のないことかもしれない。しかしこれでは茉莉を治す作業が行えない。



「くくく、我が目が見えずともこいつらの目はちゃんと見える。だから俺にも見えるぞ、ちゃんとてめえの姿が!」


そうか鼠がこいつの目のかわりになっていたのか、まるで監視カメラの役割だ....これで分かったわ。


鼠が私達をつけてきても気付きにくいし、誰かが気づいてもただの鼠としか思わない!!


配下のネズミを使って私達を監視していたのだっ!こいつは....!!




「かかれ野郎ども!」




「来い....薄汚い、溝鼠、ども」





鼠の軍勢が希里子に目掛けて一斉に飛びかかる、さすがにこの数を捌ききるなんて不可能だ!!



「はあっ!!」



それが起こるまで一秒もかならなかった、百匹以上いた鼠が零匹になった、いや....一匹残らず真っ二つになって消滅したのだ。



「じゃあ、トドめ、だよ」



希里子は呆気に取られている怪物の....人間でいう心臓部に刃先を突き立て、不適な笑みを浮かべた。



「冥土の土産に教えてあげる、私の能力はあらゆるものを加速させる能力....対象は一度に一個体が限界だけどね」



「てめえ....まさか、やめろ!」



「あなた個人の時間を加速させる....すぐに心臓は止まる」




「ぐあああああああ....あ....」



なんて恐ろしく強力な能力なんだ....だがそんな能力を持つ希里子が味方である、ということは心強かった。



「みて、こいつ、姿が戻っていく」



希里子が倒した怪物を指さす、私達を散々苦しめた憎むべき敵の正体は?



「あっ、こいつは....担任の嶺澄!!」




なんと正体は私のクラスの担任、嶺澄先生であった。彼は今年で四十五歳になるおっさんだ、それが自分の生徒である私達を監視し、苦しめ、剰え強姦しようとするとは....教師にロリータコンプレックスの人間が多いと言われることがあるのはこういう輩のせいだろう。




などと考えながら、私は気絶している太刀華先輩を揺さぶる。



「さっさと起きて真理を治してください!!」



「う、うーん....あら、私まさか気絶を....!?」




「はい。さっさと茉莉を治してください、眠っていますが尚苦しそうで見てられないので」



「は、はい分かりました!」



太刀華先輩はそう言って眠る真理の口に、自分の腕を突っ込む。そして目を閉じて念じると....茉莉の体内からボン!!と爆発音に似た音が聞こえた。




「ま、茉莉いいいいいいい!!」



「落ち着いてください、ちゃんと菌だけを殺しました。他の臓器や白血球は傷付いてませんから」



本当ですか....と疑いの目をつい向けてしまったが、それを反省することになる。



「う、うーん....あれ?私、凄く体が楽になってる」



茉莉はちゃんと目を覚ましたのだ、本当に成功したらしい。




「良かった、治りました」




「あ....先輩が助けてくれたんですね。ありがとうございます」




「いえいえ、辛いのを良く耐えましたね。えらいですよ」



「あ....えへへ」



顔を赤らめながら撫でられてとても嬉しそうな茉莉。体が良くなったのは良いけど....くそぉ!!



嫉妬は今は置いといて、疑ってしまったことと茉莉を助けてくれたお礼を兼ねて太刀華先輩に頭を下げる。



「や、辞めてください!それよりも百合子さんも....」



「え?」



「じっとしてて下さいね」



茉莉が治って一安心していたが、私もあの怪物....嶺澄先生にペスト菌を注入されていたことをすっかり忘れていた。



「あ....ちょっ」



太刀華先輩は、私でなければ鼻血を出して卒倒してしまいそうなほど色気のある恍惚な表情を浮かべて、強引に私の口へ腕を突っ込んだ。


「むぐぐぐ〜〜〜〜!」



は、吐きそう....!!



「百合子さんの唾液が私の腕にべっとりと....ふふふ」



小さな声で呟いたけど、私にはちゃんと聞こえてしまった。変態だ....皆の人気者、太刀華生徒会長は実は変態だった!!



「あ....体が熱くなってますね。私に腕を突っ込まれて火照るなんて、もう....百合子さんえっちなんですから」




「ぐがぶ!ぞれはあんだがわだじのがらだを〜〜〜」




確かに私の体は熱くなっているがそれは、太刀華先輩が体内のペスト菌を焼き殺す為に焔を....!!



「良いなぁ百合子ちゃん。私も起きてるうちに....」



ちょっと茉莉....まさか先輩の変態が移っちゃったんじゃないでしょうね!?



「はい、終わりです....ごめんなさい、ちょっと調子に乗っちゃいました」



やっと終わったか....怒ろうと思ったけど太刀華先輩は寂しげな表情を浮かべていて、とても怒るに怒れなかった。



「本当ですよ!もう....まあ、茉莉も私も治してくれたし、多目に見てあげます」



「ありがとうございます、これで暫くお別れだと思うと寂しくてつい....」




え....今なんて?



「太刀華先輩、お別れってどういうことですか!?」



茉莉が今にも泣きそうな声で問いただす、私もこの先輩のことは決して嫌いではないから少し嫌な予感がする。



「あ、それは....」



「太刀華先輩、その話の前に嶺澄先生の処理を」



「あ、そうですね。警察の方に見つかると厄介です」




まるで犯罪者みたいな会話をして、太刀華先輩は嶺澄の死体に火をつけた。



「まるで悪人ですね....てか火事になりません?」



「大丈夫、この火は対象を燃やし尽くすと勝手に消えますから」




流石は万能の生徒会長だ、勉強や運動も完璧、そのうえ強力な異能力も自在に使いこなすとは....変態だけど。



「あう....」



ふらりと、希里子がよろける。



「ちょっとアンタ大丈夫....!?」




「心配ありませんよ、能力の代償です。彼女の場合は能力を使ってから一時間は体に力が入らなくなる....ですね」



やはり、ただであんな強大な力を使える筈がない....か。




「それじゃあ、あの。太刀華先輩も代償が?」




茉莉が心配そうに尋ねると、先輩はええ、と笑顔で頷いた。



「私の場合は....百合子さん、おでこ触ってみてください」



そこは尋ねた茉莉に触らせるのではないだろうか....とはいえ断るのもなんだしな。



「はいはい、分かりました....っあっつい!!」



なにこの熱さ、茉莉もかなりの高熱だった....しかし、太刀華先輩の熱は茉莉の熱を遥かに上回っている!!



この状態で笑顔....しかも汗ひとつ流さない、失礼だがもはや人間ではなくロボットなのでは?と疑いたくなる。



鼠も苦手らしいし余計に。





「茉莉、もう駄目よ能力を使っちゃ。代償があるみたいだから」




「そうなの?」




「百合子さんの仰る通り極力、能力は使わない方が良いです。私や希里子さんは大した代償ではないので良いですが。まあ既にさっき使ってしまったので、どう足掻いても何か異変は起こっちゃいますね」




大した代償じゃない?あれを大したことないだなんて良く言えるものだ。




「あれ....ちょっと茉莉、その傷どうしたの....?」



ふと気がつくと、茉莉の手の甲に傷がついていた。さっき嶺澄に押さえつけられたり顔面を押し付けられたりしたが、それでこんな傷がつくはずはない。



「本当だ、いつの間に」




「恐らく、それが代償でしょう。人の傷や病などを治すかわりに自分の体に傷がつく....」



冗談じゃない....そんな代償が必要な能力を茉莉に使わせるわけにはいかないっ!!



「これからは絶対に....」




「うん、できるだけ使わないようにするよ」



と茉莉は言うものの、心優しい彼女のことだ、私や知り合いが傷付いているのを見れば自分がどうなるか分かっていても迷いなくその治癒能力を使ってしまうだろう。



優しさ故の危うさが感じられる性格なのだ、彼女は....だから、上から目線になってしまうが、私が守ってあげなくてはならない!



「分かった、極力使わないようにするね」



「私だって使わせないようにするから」



「じゃあさっきみたいな無茶はしないでね」



うっ....笑顔が怖い....!とはいえ、私の身を案じて言ってくれているのだろうし感謝しよう



「分かったわよ」



私にも能力があれば守れるのに....私が茉莉を守ってあげなくちゃいけないのに....




「さて、もうそろそろ話します。私はさっきの作業中に能力を人前で使ってしまいました、だからたくさんの人が私を異物と扱うでしょう....」




「私は、太刀華さんに、隠れて力を、使ったからセーフ、だよ」




そんな、太刀華先輩はただ人の為に力を使っただけじゃないのよ....!




「太刀華先輩、そんな....私と茉莉があなたの悪口を言う奴はなんとか」




「ありがとうございます。気持ちだけで十分です、でも私だけでなく、私と関わっているあなた達にも迷惑が....」




「そんなこと気にしません!!」




「そうです!!てか先輩人気あるから、それくらいじゃ....」



「ごめんなさい、私はもう決めたから....それに....いえ何でもありません」




後日、私と茉莉の説得も虚しく、太刀華先輩はこの街から去るという選択を変えずに私と真理のことを希里子に託し、引っ越していった....何処に行くかも、教えてはくれはしなかった。




つづく

ペストとかヤバい病気としか知りませんでしたが、調べてみたら予想以上でした。

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