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第壱話「海から迫る赭い鋏!」


a


四月十五日、午後十一時三十分。


海岸沿いの白い砂浜の上を一組の男女が肩を並べて素足で歩いている。


二人は恋人同士で、デート帰りに運命的な出会いを果たした思い出の場所へと赴いたのだ。



「ここで君に出会えて、僕は本当に良かったと思ってるよ」



「私も貴方に出会えて....とても幸せよ」



二人は肩を並べて歩きながら、出会ってから今までのことを振り返りながら談笑していた。


しばはくすると男は歩みを止め、見せたいものがあるんだと上着のポケットから小さな箱を取りだして女に見せる



「これって、もしかして....!!」



「良かったら受け取って欲しい....」



美しい宝石が目立つそれは指輪であった。



女は目を輝かせ満面の笑みを浮かべた、綺麗な宝石を貰えたこともだが、それ以上に愛しい彼からプロポーズしてもらえたことが嬉しかった。



「ありがとう、受けとります」



女が愛する彼を抱擁したその時、鋏が開閉するような音が海の中から聞こえてきた。



「な、なんなのこの音!?」



「不気味だな、取り敢えず車に戻ろう」



「え、ええ....!」



気味が悪くなった二人は、停めていた車に戻ろうと走り出すがそれは叶わなかった



「逃がさないよ」



海面がぶくぶくと泡立ったかと思うと、そこから勢い良く二人の目の前に飛び出してきたそれが立ちはだかったからだ



「な、なんだ!?」



「きゃあああ!!」



海から現れたそれは、頭部から飛び出した触覚のような目に全身を覆う赭く刺々しい甲殻に両手は巨大な鋏....まるで蟹の化け物のような姿をしていた。


しかし体を支えているのは節足ではなく人間のものに近い二本の脚であり、節足のようなものは脇腹から生えている



「ふふふ、君たちには死んで貰うよ!」



「うわあああああ!!」



化け物は突然、顎を開き白い泡を吐いて男に浴びせる、すると泡に包まれた男はみるみるうちに溶けてしまった。



「い....いや、いやあああああああ!!」



愛するものを目の前で失った悲しみと絶望、恐怖の感情が入り交じった悲鳴をあげる女性を化け物は嘲笑した。



「ははは!その絶望の表情が見たかった、その悲鳴が聞きたかったんだよ」



踞って震える女の頭部に、無慈悲にも巨大な鋏が振りかざされ、白い砂浜は赤い血に染められたのだった。





第1話 「海から迫る赭い鋏!!」



b


「茉莉!用意はできてるわね?」



「うん、ばっちりだよ!」



私の名前は鷹椙たかすぎ 百合子りりこ、赤い髪と蒼い瞳、それといま喜びの感情を現すかの如く回転している黒いリボンでくくったサイドテールが特徴の女子高生だ。



最近、女子生徒が行方不明になる事件が多発しており、その影響で私と私の同居人である水崎みさき 茉莉まりの通う璃莉尉リリィ学園は休校を余儀なくされていた。



私達は今日それを利用してデートに行く!



「でも本当に良かったの? 鋏磨くんの誘い断って」



無用な心配だわ、茉莉。



「別に良いのよ、アンタがそんな事気にしないでも」



鋏磨とは私と真理のクラスメイトで、顔立ちは整っており温厚な性格で成績はオール5の完璧な男子生徒....鋏磨はざま 割雄わりおのことだ。


そんな彼が何故か私に好意を向けているらしく、昨日も十回目くらいのデートの誘いを受けたが、「しつこいわね、何回言っても嫌なものは嫌だから」と強く断った。


別に彼が嫌いなわけではないけど....私は一時たりとも真理の側を離れたくない、つまり彼のため等に使う時間は無い!



私の時間は私と茉莉との時間に極力割く....なんてことは恥ずかしいのでとても口には出来ないが。



「でもぉ....」



「ほら怖いじゃない。女子の嫉妬は」



我ながらなんて適当な建前だ....まあ実際、嫉妬は怖いけど。



「百合子ちゃんなら、嫉妬されたりいじめられても、返り討ちにできそうだけど」



「ちょっと! 私だってか弱くて可憐な女の子なんだからね!」



朝から会話が弾むな、真理と一緒にいると凄く楽しくて幸せな気分になれる....。



それにしても....さっきから妙に静かだ。



いつもなら休日と言えど、この時間には近所の人や通行人の声が聞こえてくるのに....首を傾げならがら玄関を出るとそこには人影があった。



「鋏磨くん!?」



その人影の正体は噂をすればなんとやら、鋏磨 割雄だった。しかし何故、彼が我が家の庭にいるのだろうか?


彼は私の住所を知らない筈なのだが。



「ちょっと!不法侵入よ」



「不法侵入? 今からもっと深い罪を犯すんだし気にならないね」



何を言ってんのよこいつ、毒キノコでもつまみ食いして頭いかれたの?



「鋏磨くんどうしちゃったの?変だよ?」



茉莉の言うとおり様子が変だ、いつもは爽やかな雰囲気なのだが、目の前にいる彼は爽やかさとかけ離れたジメジメとしたオーラを放っている。


そう、まるでキノコのように....やっぱり毒キノコ食べたのではないだろうか?



「てかアンタそんなキャラだったっけ。それより何の用よ、デートの誘いなら、お断りだからね!」



きっぱり断ってやると鋏磨は微笑を浮かべて私の耳元で囁いた、「そういう態度が堪らない、殺したくなる」と。



「なっ!!」



ゾッとした。やはり今日のこいつは変だ....まるで別人、いや....本性を現したという表現の方が適切かもしれない。




「良い加減にしないと警察呼ぶわよ、私は早く茉莉とデートに....じゃなかった。遊びに行きたいのよ私達の時間を邪魔しないで!」



思わず声を荒げてしまった....茉莉は喧嘩は駄目だよぉ!とあたふたしているが、気の短い性分なので私には無理な話だ。



「いやはや、君たちの時間に僕も混ぜて貰おうかと思ってね」



何ですって....こいつ私と茉莉の時間を邪魔するつもりなの?あったま来たわ....!




「御免よ!絶対に....私達の邪魔なんてさせない」




「そんなこと言えるのは今のうちだよ....ふふ」




鋏磨は気持ちの悪い笑みを浮かべたかと思うと、ポケットから血塗れの鋏を取りだして私達に刃を向ける。



「何するつもり....あんたまさか私達を!」



それを見て茉莉が悲鳴をあげ私に抱きつく、彼女の小さな肩は小刻みに震えていた。



「茉莉に手は出さないわよ!」



「なっ....!」



私が咄嗟に放ったキックは鋏を持った鋏磨の右手に直撃し、彼は鋏を落とした。



思い切り蹴っちゃったけど、これは正当防衛だから大丈夫よね?



「仕方がないな....!」



そう言うと鋏磨の口から泡が溢れて全身を覆う。すぐに泡は消滅したがそこにいたのは突き出た眼、両手の巨大な鋏、甲羅....上半身はまるで蟹だが、下半身は人間に似た奇怪な化け物だった。



「嘘っ....!」



目の前で起こった出来事に愕然とした、まるでヒーロー番組に出てくる怪物に身近な人物....クラスメイトである鋏磨が変身したのだ!




「きゃああ!!化け物!!」



茉莉が悲鳴をあげる無理もない。大丈夫、私が守るからと茉莉の肩を抱き寄せる私の脚もガクガクと震えている、こんな時こそ冷静に....冷静に....!



「取り敢えず警察を呼びましょう....きゃっ!?」



「百合子ちゃん大丈夫!?」



怪物の鋏が、私の手からスマートフォンを叩き落とす。恐らくこいつは軽く叩いたつもりだろうが私の手の甲は赤く腫れ上がった。



怪物は地面に落ちたスマートフォンを踏み潰し破壊する、これで連絡手段が途絶えた....それに私と茉莉の思い出の写真が入っていたのに....だけど今は絶望している場合じゃない!



私は真理の手を引っ張って逃げようとする、しかし門を出た瞬間に今度は横腹に痛みが走る。



「きゃあああ!!」



「百合子ちゃん!」



血がドクドクと流れてくる横腹を押さえながら、よろよろと立ち上がると、そこにいたのは目立たない地味なクラスメイトの満戸さんが鋏を握っていた。



これで私の横腹を刺したようだ、何でこんなことを....茉莉がハンカチを持って私にかけより、冷や汗を流しながらも冷静に応急手当てしてくれたおかげで苦痛は半減した。



「満戸さん....まさか貴女も化け物なの!?」




「御明察、ふふ。鋏磨くんの邪魔はさせないわ」




そう言うと満戸さんも、鋏磨と同じように、化け物へと変貌した。



「ふふふは!鋏磨さんからは逃げられんぞ。貴様らは間も無く真っ二つだ」




こいつも蟹のような姿だが鋏磨が変貌したのと比べたらふっくらした感じ、一度間違えて食べてしまい病院に送られた過去があるので分かる。



鋏磨の変身した怪物がズワイガニ型の怪物だとしたら、こっちはスベスベマンジュウガニ型の怪物だ。



しかしこれは夢ではないのか....?自分の頬をつねってみるが、無駄な痛みを味わっただけで目の前の景色も状況も変わらなかった。




「さぁこれで逃げられないよ。アテルガティス....ふたりを捕らえてくれ」




「ははっ....!」



じわじわと、満戸さん....いや、アテルガティスと呼ばれた怪物が口から涎のように泡を垂らしながら近寄ってくる。




「プクスプクス」



守らなきゃ、茉莉だけは....!



「どきなさい!!」



私はアテルガティスに渾身のキックを放つが硬く巨大な鋏で受け止められてしまった。



「しまった!」



「ふひひひ」



「があっ....あうっ!」



脚に鋏が食い込んで血がいっぱい出てくる....。



放り投げられたことにより鋏の拘束からは解放されるが、思い切り地面に叩きつけられた痛みと脚の痛みでもはや立ち上がることはできない。



「あとはどうぞ鋏磨さん。たっぷり楽しんでください!」



「ありがとう、後でたっぷり褒美をやろう」



化け物と化した鋏磨が地面に横たわり動けない私を鋏で胴体を挟んで持ち上げる、またしても私は拘束されてしまった。




「百合子ちゃんを離して!!」



私を助けようと茉莉がぽかぽか鋏磨を叩くが駄目だ、全く通用していない....



「鋏磨さんは我々の中でも上位の存在。ただの人間ザコの貴様には無理だ」



我々....こんな化け物がこいつら以外にも居るというのか。



「茉莉!とっと逃げなさい!」



「百合子ちゃんは大事な友達なんだ!だから....見捨てるなんて嫌だよ!!」



「馬鹿....私を見捨てたって罰は当たらないんだから....逃げなさい....よ....ぐあっ....はっ....」




駄目だ、もう痛みすら感じなくなってきた。意識が段々と....ごめんなさい....真理、私はあんたに罪滅ぼしできないまま....死ぬの....?




「冥土の土産に教えてやる。君をしつこくデートに誘っていたのは人気のない邪魔の入らない場所でゆっくりと真っ二つにしてやりたかったからさ」




鋏磨が何か言ってるけど意識が朦朧として上手く聞き取れない。



お願い百合子ちゃんを離してという真理の必死の叫びは辛うじて聞こえるのだが



きっとこいつは私を殺したあと真理も殺す。守れないのか、私は....真理を....この世で一番大切な存在を....。




「しかし君は一向に振り向かなかった。他の女の子なら簡単に誘いに乗るのにねぇ!」



「離して!百合子ちゃんを離せ化け物!!」



「だから、痺れを切らして僕自らが直接殺しに来たわけさ。住所は君のストーカーから聞いたんだよ?」



「この!このっ、私の大切な友達を....!殺さないでよ!お願いだからっ!!」



「ああ、そろそろ。君の胴体は真っ二つになるぜ!」



私の意識が遂に途切れようとした、その時だった。突如鳴り響いた銃声とともに、私の体が鋏磨の鋏から解放されたのだ



「ぐあああああ!なんだと!!」



「鋏磨さん!!」



「そこまでですよ鋏磨割雄、いえカンケルアーク!」



この清く透き通った、清楚さの中に力強さを感じる頼もしい声は間違いない。



「君は!」



「太刀華先輩!」



美しくきらびやかな長く伸びた金髪に大人びた顔立ちとモデル顔負けのスタイル、視界がぼやけていても分かった。



やっぱり私の通う璃莉蔚学園の生徒会長....太刀華 麻美先輩だ!



「太刀華先輩!?何でここに!」



「鷹椙さん、話は後です」



至って冷静な態度で太刀華先輩がハンドガンの引き金を引くと銃弾がアテルガティスの左手、いや左の巨大な鋏を木っ端微塵に吹き飛ばした。



ハンドガンの中にもライフルより威力が高いものもあると聞いたことあるが....これもそうなのか?私は銃には詳しくないから良く分からないけれど。



「ぐっ」




「今です....!」



怯んでいるアテルガティスの眼前に立ち腹部に、いつの間持ち替えたのかサブマシンガンを零距離で連射。



アテルガティスは前のめりに倒れたかと思うと小規模な爆発を起こし、爆風で私の家の窓ガラスを吹き飛ばした。



「流石は太刀華会長か」



仲間が倒されたと言うのに鋏磨は至って冷静だ



「次は貴方ですよ」




立花先輩は銃を太腿のホルダーにしまい、拳を構えた次の瞬間だった



「あっ...!?」



私は自分の目を疑った。太刀華先輩が拳に赭い焔を纏い目にも止まらぬ早さで鋏磨に放ったのだ....!!



「たあああああ!」



「僕が貴様ごときにやられるものか!!」



「なっ!」



鋏磨も瞬時に甲羅のある背中を太刀華先輩に向けた、先輩の拳を甲羅で防御するつもりだろう。




「っ!」




「ぐぅ、あああ!?」



焔の拳は見事、鋏磨の甲羅を木っ端微塵に砕いた。



「ミサイルすら防ぐ僕の甲羅を破壊するなんて....化け物か貴様はっ!」



「お互い様ですよ」




「凄いっ....!!流石勉強も運動もトップの太刀華先輩だよ!」



太刀華先輩は学園の生徒達の憧れの存在、そして茉莉も彼女に憧れる一人、私も先輩は嫌いじゃないし好きな方ではあるけど、嫉妬してしまうのも事実。




優秀だから人気だからという理由ではなくて、茉莉はいつも立花太刀華輩を嬉しそうに見るんだもの....




「やはり太刀華さん、君は強いな。だが」




「くっ...」



突如太刀華先輩が膝を落とす、よくみると凄い汗だ。



「どうしたんですか先輩!?」



「腕に激痛が....まるで鋭利な刃物で肉を削がれるかのような痛みが走って....!!」



太刀華先輩は右腕を抑えて、のたうち回っている。




「太刀華先輩!!しっかりして下さい、今救急車を呼びます!」



「ダメ!病院の人まで殺されてしまいかねませんから!」



そうは言うものの太刀華先輩は凄くつらそうな顔をしている、見ているこちらまで辛くなってくるほどに。



「そんな、どうしたら....あっ!あれは」



茉莉が太刀華先輩の膝裏から何かを引き抜いた、それは小さな針だった。



「まさか毒針!」



「親切な僕が答えてあげるよ。その毒針はね....出て来てストーンフィッシュアーク」



鋏磨が名前を呼ぶと、またしても怪物が現れた。今度は蟹ではなく、虎魚のような醜い怪物....!!



「参上致しました」



「こいつがアテルガティスと戦っている隙に背鰭から放つ毒針で刺したのさ。こいつの毒は人間に激痛を与える、その痛みは計り知れないんだ」




「満戸さん以外にも仲間がいたの!?」



「君も知ってるだろ?僕は女の子にモテるんだよ」



じゃあこいつの人間態も女子か、こんな化け物にモテても嬉しいのかな?



「ご命令通り毒を与えましたが、後は」




「そうだな....逃げないように見ていてくれ、僕は脚には自信がなくてね」




怪物達は太刀華先輩から、私達へ視線を移す....。



「さあ、今度こそ君を真っ二つにしてやる」




「な、なんで私をそんな....何か悪いことした!?」




「趣味だから、君にも趣味があるだろう?少女漫画を読むだとか、女の子を苛めるだとかさ。漫画を読みたいから漫画を読むように女の子を真っ二つにしたいから真っ二つにするんだ、そして泡で溶かす」




「これで行方不明事件の発生って訳だ。警察も名探偵でも分かるまいて」




今までの行方不明事件の犯人はこいつか。大方誰にも見つからないよう甘いマスクでデートに誘った女子を手にかけていたのだろう。




意識はしっかりとしてきたが恐怖の感情と痛みは薄れて怒りが湧いてきた


行方不明になった....こいつに殺された中には私の友達も含まれていたんだから。




「この外道が....許さない!」



「無茶です!貴女にはこの怪物には勝てない!」



「その通りだ、僕にはただの人間の君では勝てない..」



そんなの言われる間でもなく分かってよるわよ。


私は怪物の頭部に全身全霊を込めたキックを放つ、効くとは思ってないけど...責めて怯んでくれれば....その隙に、茉莉と太刀華さんが逃げてくれれば!



だが予想以上に私のキックは鋏磨に....



「がはっ....」



効いた....効いたの!? ただの人間の私の攻撃が、鋏磨....化け物に!!



「調子乗んなよこのアマァ!!」



「本性を現したわね外道!」



今度は回し蹴りを腹部に放つ。



「がはぁっ....!」



やっぱり通用する、何故かは分からないけど私の攻撃が通用する....!!



「思った以上にダメージを受けたぜ。後は任せるぞ....彼女らは僕の正体を知った....なんとしても殺せ、逃がすなよストーンフィッシュアーク」




「はは、了解しました」



カンケルアークの....化け物の姿から鋏磨は人間の、いつもの美男子姿に戻り、おぼつかない足取りで私の庭から出ていった。



「うっ....」



な、やっぱり体に限界が....!!もう少しこいつを....倒せばなんとかなるのに。


「ほっ、じゃあ私の毒で死んで貰うかね。太刀華さんは激痛ですんでいるが君は無理だろうからな!」



「まちなさーい!」



ま、茉莉!?



「私が相手だよ、百合子ちゃんも太刀華先輩も私が守るんだ!!」



茉莉....無理よ....!!



「弱ってる太刀華と百合子はいつでも殺せる。よろしい、君から始末しよう!」



「行くよ!」



「辞めなさい茉莉、あんたはたいした怪我してないんだから逃げれるでしょう!」



「百合子ちゃん私ね、何故か分かるの。今私はこの化け物に勝てるって!!」



「茉莉!」



そんな何の根拠もないのに立ち向かうだなんて無謀だ!



「くそっ、甘く見やがって!!」



ストーンフィッシュアークの背鰭から毒針が連続で発射される。



小さな針だが、いつもは冷静な太刀華先輩を絶叫させ、のたうち回せるほどの激痛を味合わせる程の強力な毒が含まれている。


恐らく一般人ならショック死は免れない、見た目とは裏腹に強力な武器だ。



だが真理は、それを当たらなければ問題無いとでも言うように、のらりくらりとかわす。



正直言って真理はどんくさい、体育のリレーでもいつもビリだし何もない場所でこける。



そんな彼女がこんな俊敏な動きを見せるなんて。




「当たらない!何故だ、何故だ....む、しまった毒針のストックが!」




「てぇやああああ!」



「がはっ!」




茉莉の手刀がストーンフィッシュアークの顔面に直撃した。




「ひぃいいい!勝てないっ!!」




「逃がさないよ!」




私の家の屋根に跳躍して逃げたストーンフィッシュアークに、茉莉も同じ要領で追い付く。いつもの鈍臭い、ふんわりしている茉莉ではない!




「な、なに!?」



「赦さないよストーンフィッシュアーク!!」



「何をする辞めろ!」



茉莉はストーンフィッシュアークの腕のヒレを掴み、屋根から放り投げた!



「ぽーい!」



「ああああああ!!」



ストーンフィッシュアークは運悪く岩めがけて落下。


頭蓋骨が砕ける音がして、猛毒の怪物は動かなくなりやがて水滴になって消えて行った。



「ふぅ、終わったよ....」



「あ、あんたいつの間にこんなに強く....」



「百合子ちゃん、ちょっとごめんね」



「え?え?ちょちょちょっと!」




茉莉は私の手の甲に口づけをした、柔らかい....じゃないわよ私!




「何してんのよ!って....あれ?」




気がつくと傷口が塞がっている、これは一体....?




「その子は治癒の能力に目覚めたようですね〜。あ、すみません茉莉さん。私にもお願いします」



治癒の能力....優しい彼女の性格に合った能力だ



「は、はい!喜んで」



「....」



喜んで....か。



「どうしたの百合子ちゃん、そんな怖い顔して」



「何でもないわよ....」



「本当かなぁ。それより太刀華先輩の毒を消さなきゃ、口出してください」



「え、水崎さん?」




「毒を浄化するには唇と唇を....」




「口っ....!?ちょ、あんた何をしようとしてんのよー!!」




「仕方ないよ、毒は口移しにしないと消せないんだから!」




「それなら、ちょっと待ちなさい!」



茉莉の初めてのキスを他の奴に奪われてたまるか....!



「えっ」




「まあ」




気付くと私は、茉莉の柔らかい唇に自分の唇を重ねていた。やってしまった....混乱してしまったとはいえ。


愛する人とキスができたのだ、嬉しい....もういっそ舌を入れてやろうかと思ったが顔を真っ赤にした茉莉に軽く突き飛ばされて果たせなかった。



「んん」



「ぷはっ、酷いよファーストキスだったのに!」



やっぱりね、私もファーストキスよ!!と言いたいところだが、茉莉が寝ている隙に毎晩してるから言えない



「だからこそよ、ふん、なんていうかその。これはなんか、気の迷いよ!」



我ながら苦しい言い訳だ




「....」




「何よその目は....」




無言でジト目を私に向ける茉莉、無理矢理キスしたことを怒って睨んでいるつもりなんだろうが可愛いだけで怖くない。



「悪かったわよ、もう」



とんでもない一日になっちゃったわね、せっかくの茉莉とのデートが台無しだわ。



「じゃあ、えと....先輩。行きますよ」



うぅ、真理が私以外の奴と私の目の前で嬉しそうにキスを....寝取られだわ悔しい!



「んん....」



....長くない?ねぇ長くない?ちょっともう十秒もしてるじゃない!しかも私の時とは比べ物にならないくらい嬉しそうな表情で!!



「痛みが無くなりました!ありがとう、茉莉さん....それに」



太刀華先輩が私の側に立ち、小さな声で「鷹椙さんと間接キス....嬉しいです」と呟いた。




「わわ!そんな私、あっ....」



もしかして先輩は私のことを? だとしたら不味い、茉莉に恋のライバル視なんてされたら私の心は砕け散るじゃない!



と先輩が女神のごとき微笑を浮かべて、茉莉の頭を撫でるのを指をくわえて見ながら考える。



ええい気のせいだ、何かの間違いない! 教師生徒に大人気の彼女が私のことをだなんて自惚れるな私!



「それより太刀華先輩、説明してください。あと真理も、あの力使いこなしてたし」



「もうあの怪物を見てしまいましたし、仕方ないですね。どのみちこれから何度も命を狙われるでしょうし」




「はぁ!?命を狙われる?冗談じゃないわよ!」




「大丈夫だよ、私が守るから」




「生意気言って....あんたは、私に守られてば....いいのに」



私が茉莉を守るって決めたし、約束したんだ。



だから今まで不良やいじめっ子に詐欺師、セクハラしてくる奴ら、色々なものから茉莉を守ってきたのに、私が茉莉に守られるだなんて....それじゃあ意味がない、償いにならない!



「もう百合子ちゃん!そんなこと言ってる場合じゃないよ。命に関わることなんだから!」



怒られた....しゅん



その後太刀華先輩は用事があるとかで去って行った、部活の助っ人やら生徒会活動やらで忙しいから仕方ないけど。



「結局、太刀華先輩何も教えてくれずに行っちゃったわね。ねぇ、真理....」



「な、なに?」



「さっきの....」



「ごめんなさい、正直わたしにも良く分からないんだ。気付いたらあんな能力が使えて肉体的にもパワーアップしてるって脳内に入ってたんだよ、不思議だね」



「確かに不思議ね、でも言いたいのはそんなことじゃなくてさ」



「?」



「さっきのか....かっこよかったわよ、よく頑張ったわね!って....ことが言いたく、て」




やば、今滅茶苦茶恥ずかしい。




「えへへ、ありがと百合子ちゃん....あっ」



笑顔を浮かべると、ふらっと真理が前のめりに倒れる。しかし私がとっさに抱き止めたことで地面に顔面を直撃する事態は免れた。



「ちょっと大丈夫!?」



顔が少し赤い、もしかして....私は真理の小さなおでこに掌を軽くあててみる。



「凄い熱じゃないのよ!」



「へーき、だよ」



平気な訳がない、多分三十八度以上はあるもの



「何処がよ!!とにかく黙ってなさい、辛いでしょ」



とりあえず安静にさせないと、私は真理を抱き抱えて寝室へと向かう。



「ほら、安静にしてるのよ。無理に動いたりしたら怒るからね」



寝室にたどり着いた私は真理をベッドに寝かせた、これで一先ず安心。




「ごめんね....迷惑かけて」



「気にしないの、それより何時から熱あったのよ」



「えと、さっき。怪物を倒した直後くらいから」




「そっか....水を持ってくるから大人しくしてなさいよ」




「うん、ありがとう」




冷蔵庫を開ける。あ、あれ?水が....飲み物が無くなってる!あんなに買ってあったのに。



「困ったわね、あんなことがあったばかりだから真理を置いて買いに行くのは不安だし....」



一番近くの自動販売機はここから十五分もある。



行き帰りで三十分、その間に真理に何かあったら....もしかしたら鋏磨が戻ってくるかもしれない。



今の状態の彼女ではあんな化け物と戦えはしない、もし襲われたら....考えたくもない!



「そうだわ!」



私はスマートフォンである友人に水を買ってきてほしいと伝えた。



人に頼むのってあんまり好きじゃないけど、今はそんなこと言ってる場合じゃないわよね。



「さて、と」



お粥や氷枕を作りながら、友人を待つことにしよう。



私は早く元気になりなさいよねと、心の中で呟き台所へと向かった。




C


「太刀華、まさか生きてるとはね。あいつ....あの状況でしくじるなんて」



いま私、太刀華 麻美はとある用事をすませに少年のもとに訪れています。



「やりましょう、鋏磨くん。私があなたに引導を渡します」



「覚悟は出来てるんだろうな?」



「覚悟は出来てますよ。皆さんにどんな目で見られても、私は皆を見殺しになんてできませんから」



そう、今居るのは噴水広場前。かなりの人間がいます、ここであの力を使えば間違いなく孤独な未来が訪れるでしょう。



それでも自他ともに認める強い正義感を持つ私は、目の前の悪魔を逃がす訳にはいかないのです。



また逃がせば新たな被害者が出てしまいすから、自分がどんな目で見られたとしても今ここでこの悪魔を討つ。その覚悟はできています。



「馬鹿が、僕が言ってるのは死ぬ覚悟が出来たのかってことだよ!!」



鋏磨はアークの姿に変貌し口から泡を吐き出します、それを私はかわしますが、私の代わりに泡に包まれたベンチは一瞬で溶解してしまいました。




恐ろしい威力ですね....




「なんなのあの化け物!!」



「すごい....撮影しておかないと」



「そんな場合じゃないじゃんよ。逃げっぞ!」



私の予想通り、周辺はパニックに陥ってしまいました。警察やマスコミの方が来てしまうのも時間の問題ですね、早急に倒さなくてはなりません。



「ぐぐっそ避けたかに!したらば、これでどうだ」



「ああっ!」



カメラを手に私と怪物と化した鋏磨くんを見ていた一人の女の子に鋏磨が泡を吐きつけました。



「わ....」



「そんな手通用しません!」



私は女の子の前に立ち、回し蹴りによる風圧で泡を吹き飛ばします。



「馬鹿な、こんなにも強いなんて!糞があ!真っ二つにしてやる!苦しみながら死ねええ!!真っ二つ!真っ二つになれえ!」



巨大な両鋏を振り回す鋏磨くんでしたが、私はそれも回避して背後に回り込み、拳を構えます。



「馬鹿め、この甲羅にはそんなもの効かんわ!」



昨日破壊した筈の甲羅が再び備えられていますね。



「もう治癒してるんですね、でも....また同じように破壊してやります!」



「ふふ、無駄だ!昨日の十倍は硬いぞ、僕の甲羅は破壊され修復される度に十倍は硬くなるんだ!」



「十倍....」



「絶望してものも言えないか!」




「ええ....それだけ?って笑いを堪えるのに精一杯で、ぷっ」



私は笑いを堪えられませんでした、熱く自身の長所を語る方を笑うのは失礼だとは思ったのですが....反省です。



「なんだと貴様!?」



「いえね私の焔も、日毎に熱くなるんですよ。多分百度ずつ、最初は百度ぽっちだったのがやがて一千度にも達し....そして遂に今日、一万度の域に達したのです....!」



私の燃える拳は昨日よりもあんなものが十倍くらい硬くなった所で砕けない訳はありません。



「がはっ、熱い....!!痛いっ!熱いいい!!」



「地獄の業火です。この灼熱の中で罪を悔いなさい」



少々残酷ですが....いえ、焼死というのは最も苦しい死にかたと聞きます、少々どころではないですね。


それは人間を超えた怪物にしても同じ事でしょうが、それ相応の罪を犯したのです、可哀想とは思えません。



「うわああああああ!!」



しばらくするとこの世のものとは思えないような悲鳴をあげながら怪物だったそれは灰になって風に散っていきました。



これで今回の事件は一件落着です。



ほっと胸を撫で下ろすと、シャッターを切る音が聞こえてきました、さっき助けたカメラ少女がひょこっと木陰から顔を出しています。



「貴女!まだ逃げてなかったんですか?」



「いい写真が撮れたよ。才色兼備の太刀華生徒会長があんな化け物じみた力を持っていた。これを知った人達はどんな反応をするかな」



まあ、カメラを見た瞬間嫌な予感はしていましたが。だからと言って大切な物らしいので取り上げる訳にも行きませんし。



「....」



「じゃあね」



そう言うと満面の笑みで少女は去っていきました。



「はぁ、やはり私は、この町にはもういられませんかね。引っ越しは慣れていますが....彼女....」




私は他の方みたいに場所を選ばず、アークを倒せるときには倒すというやり方ばかりしてきました。


そこで倒していれば出なかった犠牲者が、場所を選んで倒さなかったせいで出てしまうなんて耐えられないからです。



ある程度なら繋がっている組織が情報隠蔽してくれるのですが限度があります、私はさすがにやりすぎらし他県へ異動となりました。



百合子さんと毎日学校で会えなくなるのは辛いですね....私はため息をつきながら帰ることにしました。



「おや?」


何かに躓き下を見てみると、そこにあった、いえ....いたものに驚愕しました。



「なっ、どうなっているんですか?これは!」



黒く薄汚れた大きな鼠が、耳を押さえて呻き声をあげながら横たわる成人男性の横にいたのです。



「大丈夫ですか!耳をどうしたのですか!?」



「耳を....耳を囓られたんだよ、この鼠に!」



「鼠にですか!?」



私は鼠に目線を移すと、赤く不気味に光る目が私を睨み付けていました。


この鼠はただの鼠ではありませんね....こんな白昼堂々に現れて、人間がいるのに逃げようともしない。



この男性の方が言ったことは間違いではなさそうですね



「えいっ」




グシャリ。私は鼠を思い切り踏みつけて殺しました、人間に危害を加えるような有害生物は生かしてはおけませんからね。



さて、この男性の手当てをしなくては....



「少し耳を見せてください、手当てしますから」



「ああ....ありがとうお嬢ちゃん....」



「こ、これはっ!?」



男性の耳は囓られて血が出ていましたが、それより気になったことが別にありました。



「異常に黒い....それに熱い....熱があるみたいですね、すみません、少し脱がせて貰えますか」



「なっ、なんで....いいけど」



「失礼します....やっぱり」




彼の体の皮膚は、真っ黒に変色していたのです。これは間違いありませんね....黒く変色する皮膚に高熱に鼠....



“黒死病”ですか....



つづく








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