チューブ
初投稿となります
これは、半年前あるコンクールへ出品し落選した作品を少し改変したものです
へたくそですが、楽しんでいただけたら幸いです
午前七時。僕は母親に無理やり起こされた。
僕はとても寝起きが悪い。だから何度起こされてもそのまま寝てしまうのだ。
あきれた母から蹴りを入れられ、やっと起きられた。起きたと言ってもさっぱり目が覚めているわけではない。起きているのか寝ているのかよくわからない次元をさまよっているのだ。
朝ごはんを食べる前に五分はぼーっとしている。それも無意識のうちに。これもいつものことだ。
そして、トースト一枚を十五分かけて食べた。寝起きが悪いせいか、昼、夜ととてつもない量を食べるのに、朝ごはんはこれだけしか食べられない。
これでもかなりがんばっているほうなのだ。むしろ、朝ごはんなんか食べなくてもいいんじゃないと思う。だけどそれはそれで気持ちが悪い。
トースト一枚だと目が覚めてきた三時間目あたりには空腹を感じる。本当は、今よりも多く朝ごはんを食べる必要があると思っている。
僕は朝ごはんを食べ終え、トーストとバターのせいで油まみれになりパンかすがついている歯を磨くために洗面所へ向かった。歯ブラシを水で軽く濡らし、つぶれた歯磨き粉のチューブから歯磨き粉を出そうとして自分が出せる最大の握力を発揮したのだが、どうにも出なかった。
空気を入れて振ってみても出ない。もう終わりだよな、しょうがない、物にはどれにも寿命があると思い、そのチューブを洗面大の隣のごみ箱に捨て、洗面台の中にしまってある新しい歯磨き粉を出した。
先ほどのつぶれたチューブとは違いスルスルと出てきた。とても気持ちがいい、さっきの苦労はなんだったのか。こんなことならさっさと新しいのを出せばよかった。きっと僕より一回前に使った人物はかなり苦労したんだろうな。
ほとんど残っていないけど出せないわけではなかったから、新しいのを出すのにはもったいないと思ったのだろう。
そして制服へ着替え、寝癖を直し学校の方向へ歩き始めた。学校へ近づいてきた。
彼女がいるからその彼女を迎えに行くためにわざわざ学校を通り過ぎた。そう、俗に言うリア充ってやつだ。お相手は、一つ年下の高校一年生、高畑彩香。
出会ったのは四月、桜吹雪が舞う頃だった。桜は散ってもすぐに若葉が生えてくる。一年後には桜はまた咲く。誰かが『桜の花が散るように髪の毛も散るんだなー』と言っていて、それを聞いたみんなで笑ったりしていた頃だった。
僕は演劇部に所属しているのだが、その部活見学に彩香が来たのが最初の出会いだった。それから自然と引き合うように仲良くなり、一ヶ月後には付き合うことになった。
そして現在、七月、付き合って二ヶ月目だった。一ヶ月前から僕は彩香と一緒に登校したいがために、愛の力(笑)で寝起きが悪い僕が少し早く起きて頑張っていたのだ。
学校を通り過ぎて五分、彩香との待ち合わせの場所へ着いた。
「おはよー健人。今日は私の方が先に着いたね!」
「あーそーだな、たまたま早く着いたんだよね、たまたま」
「なにそのたまたまって!」
「As it happens」
「英語で言わないでよ!」
そんな会話を交わしながら、学校へ向かったのだ。通学路に生えている桜の木の花はとっくに散り、青々とした葉がまぶしい太陽によって制服をまだら模様にしていた。
放課後、ホームルームが終わるのと同時に部室へ向かった。ここ最近、部活には頑張って行っているのだ。
十月に演劇部の公演がある。その公演へ向けて配役のオーディションがあるのだが、そのオーディションで絶対勝ち残るために。
僕はとりあえず主役希望だった。主役の希望をしたのは、僕を含め五人だった。
その中の一人に演劇部の中で一番演技に定評がある山田が立候補していたのだ。いつもその山田に負けているから、今回は絶対勝つと気合を入れて毎日部活へ行っいる。
山田には「桜井の演技力ってさ、俺の次にすごいと思うよ」と言われ悔しかった。それに、中学から演劇部に所属してきたのだが、活動できるのは残すところあと一年だけだった。絶対に悔いを残したくなかった。
いつも開いている部室の扉が開いていなかった。その代わりに、
「腰を痛めたので今日の部活はなしです 松村」
と書かれた紙がドアに貼ってあった。なんだよ、休みかよ。
松村先生は、演劇部のためにがんばっているのだ。演劇なんて経験したこともなかった人だ。自分なりに色々と調べてできる限りのことは尽くしてくれた。
だけど、そのがんばりが空回りしていて部員たちにはよく思われていなかった。去年の顧問は、一ヶ月に一度くらいのペースでしか来なかった。だからほとんだの部員たちは大会がない時期はお菓子を食べて愚痴ったり、恋バナで盛り上がったりと暇つぶしのために行くような部活だった。
しかし、松村先生が顧問になってからは、大会がないときでも練習があった。そして毎日来た。みんな面倒だと思ってあまり部活に来なくなったのだ。それでも僕は毎日来ているのだが。
今日も部活に行く気分だったのに、このまま帰るのもあれだし、学校裏の河原で発声でもするか、と引き返そうとしたときちょうど彩香に会った。
「あ、健人!」
「部活やる気満々で来た?残念ながら今日は松村先生が腰を痛めて部活はありませーん」
「えー、先生来なくても部室は開けてほしかったなー、別に先生いなくてもいいのに」
「だよな。松村先生がんばってると思うけど、生徒を信用しなさすぎ。今から発声しに河原行くつもりなんだけど一緒に行く?」
「行く!せっかく来たのにこのまま帰るのももったいないし」
学校を出て徒歩五分。学校裏の河原へ到着した。
「ここ、誰も来ないしいい感じに自然に囲まれるから発声にはピッタリだろ?」
「うん、そうだね」
いつも部活でやっている発声を一通り。そしてオーディションのセリフも練習した。気が付いたら、小一時間が経過していた。
「結構練習したねー、休みなしで」
「そうだね」
夢中になっていて気が付かなかったが、体は疲れていた。少し休むか、と思い河原にしゃがみこんだ。
「前から気になってたんだけどさ、なんで彩香って演劇部に入ったの?中学の時は美術部だったのに」
「中三の受験時期のとき、なんか演劇部に入ってみたくなったんだよね。特に理由はないんだけど」
「え、理由ないんだ。深い事情があって演劇部入ったのかと思ったよ」
「ほんとに理由がないんだよ、校長と面接の練習のとき『なんで演劇部に入ろうと思ったの?』って聞かれて、『特に理由はありません』って答えたら『君はなんなんだ』って言われたんだよね」
「そりゃ言われるよ」
他愛もない会話を三十分くらいしていただろうか。気が付いたら五時半になっていた。初夏なので周りはまだ明るく、夕方という感覚なんて全くなかった。
「じゃあもう帰ろうか」
「そうだね」
いつもの部活もこれくらいの時間で終わっていた。そのあとは主に自主練なのだが、今日は先生もいなくてずっと自主練だったし、ここ最近いつも遅くまで残っていたからたまには早く切り上げてもいいだろう。
「たまには一緒に夕飯でも食べるか」
「奢ってくれるの?」
「もちろん」
「どうせラーメンでしょ」
「違うよ、今日はたこ焼き」
「えー、ラーメンより安いよ」
「好きなだけ奢ってあげるから」
彩香は少し不満そうだったが、いつものことだから無視して歩き続けた。そして駅前のたこ焼き屋さんに向かった。
「なにがいい?」
「全種類食べたい」
「わかった、全種類一つずつ買う」
「え、そんなお金あるの?」
「今ちょうどいいことに期間限定のやつが出てないんだよ。だから三種類しかない」
「あ、だから今日を狙ってきたのね」
「そういうこと」
バイトもしてない高校生の身分にとって、毎週のようにファミレスに行くのは辛い。だからケチかもしれないがこうやって彩香に奢るものは大体こういったファストフードだ。
「ほら、買ってきたよ」
「ありがと」
二十四個のたこ焼きを二人で分けて食べた。たこ焼きひとつひとつが大きかったが、部活後で空腹感があってあっという間に食べ終わったのだ。
「まだ六時半か。今日見たいテレビあるからもう帰るわ」
「あ、私も」
「送ってくよ」
「うんわかった」
彩香を家まで送り、自分の帰途についた。家に着いて、見たいテレビを見て、もう一回夕飯を食べた。そして、風呂に入り、歯磨きをしようとした。
すると、今朝捨てたはずの歯磨き粉のチューブがあったのだ。しかもチューブの下部近くまで切れていた。なぜ、ここまでして歯磨き粉を使い切ろうとしているのか意味がわからなかった。
使えたとしても使いやすいほうを使えばいいのに。確かに切れば歯磨き粉のチューブの中のものはすべて使える。
しかし、ここまでして使うべきなのだろうか。使えないものは使わなければいいじゃないか。使えないものを使おうとするととても疲れる。
思い出せば、小学校のときもそうだった。五年生のとき、班で農作について調べたときのことだ。同じ班だった堀口という女子は、正直言って何もできない子だった。
個別に作業を進める中、堀口はなにもしていなかった。「どうしてなにもやらないの?」と声をかけると「なにをやっていいのかわからない」と答えられた。
それにみんなイライラしていた。そして班のリーダーが堀口にはなにもやらせないようにしようと言い、みんながそれに賛成した。
しかし、それを聞いた堀口は泣き目になってしまった。たまたま通りかかった先生に事情を聞かれて話すと「できないなんてことはないんだから。みんな平等にやらなきゃだめ」と僕らが怒られたのだった。
平等なんて言葉、この世の中にはないのに。使えないものを使うほうが余計無駄なのに。そう、思ってた。
それからというもの、僕は使えないものを使うのが嫌になっているのだ。だからなるべく使いやすいものを使っている。今日みたいに中身がほとんどない歯磨き粉のチューブを使うのはとても嫌なことだった。使わなきゃいいや、僕は新しいほうの歯磨き粉のチューブを使ったのだ。
ちょっと機嫌が悪いが、いつものように自分の部屋に行き、ベッドに寝ころび、スマホで時間を潰していたらいつの間にか寝る時間になっていた。眠りについた。
朝、今日もいつものように朝を過ごした。中身がほとんどないチューブは使い終わったのか捨てられていた。やっと捨てたなと思い、せいせいした。そして、彩香を迎えに行き、いつも通りの学校生活を送っていたつもりだった。放課後、担任の牧原先生に呼び出されたのだ。
「桜井、話がある」
そう言われ、空き教室に連れていかれた。
「お前な、昨日の放課後何してた」
先生の口調は少し荒かった。
「部活がなかったので河原で自主練をしていました」
「誰といた?」
「部活の後輩の高畑彩香です」
「俺は知ってるからな」
「なにをですか?」
「お前と高畑が付き合ってることを」
なぜか勝ち誇ったような表情で言われた。なぜそのような表情をしたのかわけがわからなかった。
「そうです、付き合ってますよ」
「で、その彼女と河原に二人きりで」
「はいそうです」
「で、そこで何してたんだ」
「自主練です。あと少し話してました」
「なるほどなー」
「これだけですか?部活行きたいんですけど」
「何言ってるんだよ、これから説教だ」
なんで説教されるんだよ。とりあえず説教されるようなことなんてしていないのに。
「今の時期に付き合ってなんの意味があるんだよ?結婚するわけでもないのに」
今時、小学生でも付き合ったりするのにな。この人、頭が固すぎるな。
「結婚を前提じゃないと付き合ってはいけないんですか?」
「まだ高校生だろ。恋愛なんてこの先いくらでもできる」
高校生にしかできない恋愛だったあるのに。やっぱりこの人考え方が古い。
「恋愛をするタイミングなって人によって違うと思います。それを言われる筋合いなんてありません。一緒に登校したから遅刻したなんてことも一回もありませんし公共の場でいちゃついたりなどしてません、
誰にも迷惑をかけていません」
「そういう問題じゃないんだよ、お前にはわかるだろ?」
「なにがですか」
「言わなくてもわかるだろ、不純異性交遊だよ」
どうして、教師はなにもかもをこういったことに結びつけるのか。というより、付き合っていることを怒るときはすべてにおいてこれを使うのだろうか。
「そんなことしていません。清廉潔白なお付き合いをしています。いかがわしい行為など今まで一度もしたことありません」
「これからも問題だよ」
「これからもするつもりなど全くありません」
「相手が妊娠したらどうするんだよ」
今時の高校生、まともに学校へ通っている限りそのところはかなり考慮している。そのようなことが多かったのは昔の話だ。
あきれた僕はこう言った。
「河原に行ったら妊娠するんですか?」
「お、お前…!」
声を荒げ、近くにあった机を蹴り飛ばした。一つ蹴り飛ばしたのだが、積み重なった机と椅子の山に当たり、それが崩れてものすごい音がした。
「さっきから口答えばかりしやがって!相手が誰だかわかってるのか!」
「口答え云々より、先生は僕の話を理解しようとしてくれませんでした。そうやって人の話を聞かないのはどうかと思いますが」
「ふざけんなっ!」
そう言って胸倉を掴んできた。
そのときだった。教室のドアが開いた。
「何してるんですか…!」
松村先生だった。
「生徒指導です」
そう牧原先生は答えた。
「胸倉を掴むことが生徒指導なのでしょうか。私にはそう見えませんが。少々、お話しを伺ってよろしいでしょうか」
そして、松村先生は事情を把握すると、こう言った。
「そういうことですね。とりあえず、このことは学校へ報告しますよ」
「松村先生、あなたは私より十年近く後輩ですよね?」
「ええそうですよ。だからってこのやり方の生徒指導の先生を見過ごすわけにはいきませんよ」
「なにっ…!」
そう言って松村先生は僕を連れて空き教室から出て行った。
「先生、ありがとうございます」
「何言ってるんだよ、当然のことだ」
「牧原先生なんて話を全く聞いてくれませんでした。でも、松村先生は話を聞いてくれてわかってくれた」
こうしていつもより少し時間は遅れたが無事に部活に参加した。
そしてこのことは瞬く間に全校生徒に広まったのであった。
八月になった。とうとうオーディションが行われた。数ヶ月の練習の成果のおかげか、いつも以上に手ごたえがあった。もしかしたら主役になれるかもしれない。そして今日は配役発表の日だった。
だが、その前に松村先生に呼び出されたのだ。
「桜井、残念なことがある」
「なんですか」
オーディションに受からなかったんだな、ここ数ヶ月必死になって練習してきたのに報われなかったから慰めるんだろうなと思っていた。
「ほんとなら、お前が主役だった。山田に一票差をつけてお前が一位だった。だけど、先月あんなことがあっただろ?あの件が学校中に広まっている。お前は悪くないことは確かなんだが、学校的にイメージがよくないんだ。本当に申し訳ないんだが今回は役を降りてもらう」
教頭先生とも相談を重ねた結果だったそうだ。三月の公演は優先的に希望のものをやらせるから、そう言われた。
当然のことながら僕は落ち込んだ。
ほんとは主役になれたのに。なにが原因だったのか。
あのとき、松村先生が机が崩れる音に気付かなければ・・・
あんなことで牧原先生に怒られなければ・・・
彩香と河原に行ったことがバレなかったら・・・
部室が開いていれば・・・
そんなことを一人で黙々とずっと考えていた。
そして、数ヶ月が過ぎ、公演が行われた。
出演しない代わりに大道具を担当した。
講演会が終わってからもずっと一人で悩んでいた。
もう十月、葉は茶色に色を変え、段々と散り、しばらく制服をまだら模様にすることはなくなるんだろうなと感じた。不意にあることを思い出した。
家に帰り、夕飯を食べ終え、歯を磨こうとした。しかし、チューブが潰れ歯磨き粉がうまく出てこなかった。
あの日、中身がなかった歯磨き粉のチューブを見て「使いやすい方を使えばいい」そう思っていたことを思い出した。
つまり僕は中身がほとんどない歯磨き粉のチューブだった
そうだ、松村先生がやったことは妥当なことだったのだ。使いやすいほうを優先的に使う。僕がやっていることと同じじゃないか。
使えるものを使っただけだ。誰でも使いやすい方を優先して使う。だから松村先生がやったことは悪いことじゃない。
むしろ次の公演は希望を優先的に聞いてくれるからまだましなほうじゃないか。
これから僕はどうするべきか。答えは一つだけ。中身のある歯磨き粉のチューブになるべきだ。
誰よりも役者として使える人間、使いやすい人間になってやろう。これからはしばらく行ってなかった部活にも数ヶ月前みたいにきちんと行こう。なにかと事件起こしてもそれ以上に他の誰よりも使える人間になってやる。
そう心に決めると、なんだか三月の講演会が楽しみになってきた。
ここまでお付き合いありがとうございました
初投稿で右も左もわからなかったのですが、いかかでしたでしょうか
この話は、あるカップルのエピソードを元にしたフィクションです
河原に行ったら「妊娠したらどうするんだ」と怒られた話は本当です
さすがに胸倉は掴まれてないですよ(笑)