第2話 事件解決は煙にまかれる【後編】
朝日が昇る前、僕はうつろな目を何とか開けて普段着に着替える。起きる合図は婆ちゃんが作る味噌汁の匂いだ。
布団を畳んで押入れに仕舞い込み、階段を下りる。
「婆ちゃんおはよ。」
「おはよう、ご飯出来てるよ。」
婆ちゃんに促され、僕は食卓の席についた。
「へぇ、こいつは旨そうだ。」
「そうだろうそうだろう!お兄ちゃん、たんとおあがりよ。」
婆ちゃんはニコニコしながら、食卓に座る男性にごはんてんこ盛りの茶碗を渡した。
「…。」
流れるような銀の髪、穏やかな眼差し、緩やかな笑顔。
「お?どうしたどうした?俺の顔何かついてるか?」
こちらを不思議そうに見つめながら、お兄さんは尋ねてきた。
「秋葉、お前昨日火災に巻き込まれたところ、このお兄さんが助けてくれたんだって。」
「やっば…全然覚えてないや…。」
「まあ、記憶の混迷はありうるって、救急隊の兄さん行ってたから。」
「それで、このお兄さんの家も無くなっちまったから、しばらく家で面倒見ることになったんだよ。」
「いや、本当申し訳が立たないです。」
「気にしないで!住人が増えて、あたしも嬉しいんだから。」
婆ちゃんは久しぶりに満面の笑みで、本当に嬉しそうに答えた。
食事を食べ終えて、いつものように神社の掃き掃除をした。
「何も、変わらないと思ってたのに…。」
境内をみつめながら、ぽつりとつぶやく。
「あーきはっ!」
咄嗟に頭の上に圧し掛かった重さに驚いた。
「び、びっくりした…。えっと…?」
「流雲だよ、よろしくな。」
「流雲さん…?」
「呼び捨てでいいよ。」
彼は軽く頭に手を置いて、寂しそうにつぶやいた。
「平気…、婆ちゃんもいるし、流雲もいるから…。」
少しだけ笑うと、境内の後ろから
『我ノ存在ヲ忘レラレテモ困ルゾ』と
天火のお爺ちゃんが人のなりで顔を出した。
「やれやれ、これじゃあ御頭見習いのプライドが木端微塵になっちまうな。」
流雲と天火の爺ちゃんは、顔を見合わせて笑っていた。
「それじゃあ、二人は僕の友達?」
「何言ってるんだ、二人どころじゃないぜ?」
『少々喧シイクライニ仲間ガコレカラデキルノデハナイカ?』
「どういうこと?」
次の瞬間だった。
『煙々羅ー!!!!!!!』
けたたましい風と共に、1羽の雀が凄まじい剣幕で迫ってきた。
「あ、雀さんだ。」
「よ、昨日ぶりだな。」
『お前!!何で御頭様と一緒に行動しないんだ!!」
文字通りぷんすこという音を立てそうになりながら、入内雀は怒っていた。
「やはり煙の妖怪は、一筋縄ではいかんな。」
呆れた顔で、昨日の黒い服のお兄さんが神社にやってきた。
「昨日のお兄さん!」
少し苦い顔をしながらも、彼は僕をまっすぐ見据えた。
「玄だ。」
「え?」
「お前に、折り入って頼みたいことがある。」
真面目な顔をしながら、玄と名乗ったお兄さんは僕に告げた。
「今後、お前の元に数多のアヤカシが集まる事だろう。」
それも、色々なトラブルとやらを引き連れてな、と薄ら笑いを浮かべながら玄さんは言った。
「あの…玄さん…?」
そう呼ぶと、非常に不本意な顔を浮かべて彼は告げた。
「呼び捨てで良い。俺は、まだ酒の呑めない歳だ。」
「え?」
遠まわしに自分よりも年下だったことを告げられ、動揺が表面に出てきたのは言うまでもなかった。
昨日の騒動から一夜明け、僕の周りはとても賑やかになった気がした。
これからもっと賑やかになりそうな気配も感じた。
通り抜けた秋風が、少し寂しそうな気もしたけれど、それが何だったのか、僕には最後まで思い出せなかった。