第1話 それはきっと運命の出会い【後編】
辺り一面が夕焼けに染まり終えた頃、僕は必死に優ちゃんの名残を追いかけた。
あの脳裏に浮かんだ光景を、眩暈に耐えながら必死で思い返していた。
「優ちゃん、優ちゃんどこ…。」
僕の足は優ちゃんのバイト先のカフェに向かっていた。
「どこだっけ…優ちゃんの、バイト先。」
眩暈に次いで吐き気も出てきた。何だろう、僕はどうして友達の事なのに、こんなにも知らなかったんだろう。
悔しくて、苦しくて、意識が飛びそうになった時
「危ない!」と声がして、倒れそうだった僕の体はそこで止まった。
「おい!大丈夫か?!顔色めっちゃ悪いぞ?!」
僕の体を支えた正体を見ようと、顔を上げたら流れるような長い髪と、不思議に澄んだ瞳が僕を見つめていた。
「あ…あの…人を、人を探してるの…。」
多分一生懸命絞り出した声だから、聴きづらかった筈だ。
「待て待て、とりあえずちょっと休もうや。歩けるか?」
お兄さんはそう言うと、僕を近くのお店に誘導した。
「マスター!悪い、ちょっとお冷出してくれないか?」
店に入ると、お兄さんは店主とおぼしき人に声をかけた。
「おう、どうした!」
「そこで倒れそうになってたんだよ、多分貧血かなんかだとは思うが、ちょっと深刻そうでな。」
「わかった、水飲めるか?」
マスターと呼ばれた人が、僕に水の入ったグラスを差し出した。
「ありがとう…ございます。」
僕はゆっくりと、水を飲みほした。
「そんで、血相変えて誰を探してたんだ?」
お兄さんに言われて僕は咄嗟に我に返った。
「あ!あの!!このあたりで働いてる、斉藤優花さんって人知りませんか?!」
僕は優ちゃんの本名を伝えて、反応を伺った。
「斉藤優花って、この店の子じゃないかマスター!」
「あ、ああ今日普通にバイト入ってて、1時間くらい前に上がったとこだぞ?」
ああ、ここが優ちゃんのバイト先だったんだ、とため息をついた。
「今日、ちょっと早めに上げてほしいって頼まれて、暗くなる前に家に帰らせたんだが…ちょっと待ってろ、さすがに家に帰ってるだろ。」
マスターは店の奥に行き、スマホを取り出して、電話をかけ始めた。
「もしもし、お世話になっております。私斉藤優花さんがアルバイトしている店の店長、飯塚と申しますが、優花さんは…?えっ・・・!?本当ですか??!」
その反応に、僕は震えが治まらなくなった。
(どうしよう、どうしよう…優ちゃんが、優ちゃんが危ないよ…!)
すると隣の席のお兄さんが「大丈夫だ」と優しく声をかけてくれた。
「ああ、くそ!!警察に連絡すべきか…親御さん今こっちに来るらしい。」
「とりあえず、俺ちょっとこのあたり話聴いてみるわ、だてに顔が利くしな。」
「悪い、頼むわ 坊主も頼めるか?」
マスターは、申し訳なさそうに、僕に言った。
「う、うん!大丈夫。」
今は情報の修正よりも、優ちゃんのことを考えた。
カランカランとカフェのドアを開けた後、お兄さんが口を開いた。
「さて、お嬢ちゃん 心当たりはどこにある?」
お兄さんの言葉に僕は思わず固まった。
「どうして…?」
「だてに人生経験は豊富じゃないんでね、この流れの兄さんは。」
ニッと笑いながら、お兄さんは僕に告げた。
その笑顔に、僕は気づかずに堪えていた涙をぼろぼろと流した。
「あー、泣くのは優ちゃんが見つかってからにしときな、そしたら嬉し涙だ。」
お兄さんは優しく頭を撫でてくれた。
「あ、ごめんなさい・・・僕、秋葉っていいます。神白秋葉。」
「あらまあ、名前教えてくれんの?お兄さん信頼されちゃったもんだな~。」
お兄さんは名前を教えてくれなかった。
「さて、優ちゃんが早上がりしたって話からして、何かあったには違いないんだろうが…心当たりあるか?」
お兄さんに問われて、僕は今朝の出来事を振り返る。
「今朝、久しぶりに優ちゃんが来たんだ。ちょっとだけしんどそうで、でも僕の顔見たら元気出たって…。」
優ちゃんの顔を思い出して、あの時、もっと何か聞けたら良かったと後悔した。
「そっか、で、優ちゃんが危ないってどうしてわかった?」
お兄さんはまっすぐ僕の目を見る。
どうしよう、信じてもらえるかわからない。僕は思わず俯いた。
「いや、悪い。聴き方が悪いな…。よし、いいか嬢ちゃん 目を閉じて自分が何を見たのか思い返してくれ。」
お兄さんはそういって、僕の目の前に手を翳した。
「僕が…、見たもの…。」
僕は目を閉じて、ゆっくり思い返してみた。不思議な感覚が、僕を包み込んでる気がした。
液晶画面、優ちゃんを追いかける影、優ちゃんの写真、気味の悪い文書、青ざめている優ちゃん。
もう少し、もう少し遠くから、遠くから見たい。
「優ちゃん…、優ちゃん…!」
ふっと目の前に翳されていたであろう手が、僕の頭を撫でた。
「ありがとよ、大体わかったぜ。」
お兄さんはそう言って、スマホを取り出し何かを調べ始めた。
「お兄さん?」
「あーまあなんだ、お兄さんって呼ばれ続けるのも紛らわしいな、俺はここらへんじゃ
【流れ】って呼ばれてるよ。」
「ナガレさん?」
そう言うと、お兄さんはぷっと吹き出した。
「まあとりあえず、そんな感じでいいよ。さて、このまま地続きに探してたんじゃ間に合うもんも間に合わないが…。」
ナガレさんは、突然声を上げた。
「おい、そこの物騒な兄ちゃん!隠れたつもりか?甘いぞ?」
するとナガレさんの後ろから、すっと黒い影が出てきた。
「怖いねぇ、俺の事ずっと付け狙ってただろ?」
「あー!!今朝の黒いお兄さんとすずめさん!」
『お!!御頭にむかってその口は!!!』
「いい、入内雀。さすがだな。現代に馴染む姿は違和感が無かったぞ。」
「そりゃどーも、だがアンタらの要望を聞く前に条件が一つだ。」
「条件だと?」
得体のしれない雰囲気と、刺々しい会話の真ん中で僕らは不思議な力が飛び交うのを感じていた。
「まあ、ここは運命共同体って感じでどうよ?百鬼夜行を目論む御頭見習いさんよ?」
ナガレさんの髪の毛がふよふよと、漂い浮き始めた。
「いいだろう、条件は?」
「この子の友人、斉藤優花の救出だ。」
運命共同体という言葉を、ナガレさんがつぶやいたとき、
僕は確信した。何故かはわからないけど。
ああ、これはきっと、運命の出会いだったのだと。