私は主人公の叔母である
あまりにスランプで、息抜きとして書きました。
短編なのでさらりと読んでいただけると有り難いです。
追記:すべてはこの短編から始まり……皆様の応援のおかげで連載版の書籍化が決まりました。
本当に、皆様のおかげです。ありがとうございます!!
エルレンテ王国第一王女ローゼリアことロゼは八歳の若さで叔母となった。
歳の離れた兄の妻であるミランダが身ごもり、一月ほど前に元気な女の子が産まれたからである。
出産の報告を受けてからずっと、会える日を心待ちにしていた。
穏やかに微笑む義理の姉は本当に幸せそうで、その手には先月生まれたばかりの姪が揺られている。兄のことを心から愛し、二人の間に生まれた子を慈しんでいると一目でわかった。つられるようにロゼの表情も綻んでしまう。
金色の髪、そして優し気な目元はミランダによく似ている。目の前にある小さな命に感動し、恐る恐る――その手に触れてみた。小さな手は柔らかく、潰してしまわないか心配すぎたので右手の指でちょんと触れるだけに留める。
あまりにも慎重に触れすぎて、ミランダからは「そんなに肩に力を入れなくても」と笑われるほどだ。
二人ではしゃいでいるうちに目が覚めてしまったのか赤子が身じろぐ。瞳は兄譲りなのだろう紫色の目をしていた。するとそばにあったロゼの手を掴んできたのだ。
突如、ロゼは涙した。
「ローゼリア様!? 何か無礼がございましたか!」
義姉が困惑している。いきなり目の前で泣きだされてはそれもそうだろう。早く違うと否定しなければ。
「大丈夫、です。本当に……ただ、嬉しくて……」
本当のことを話す勇気がなくて、嬉し涙ということにしておいた。
あと一応、決して八歳で叔母さんになったことが悲しかったわけではない。生まれてきた姪っ子は可愛くて、ロゼはとても幸せだったのだから。
けれど手を掴まれた瞬間、ある絵が頭の中を駆け巡ったのだ。
走馬灯のようにころころと場面が移り変わり、知らないはずなのに知っている顔が次々と浮かんでは消える。そして小さな女の子が泣いている――それはかつてプレイしていた乙女ゲームと呼ばれるものだった。
簡潔にまとめよう。ロゼは乙女ゲームの世界に転生していた。そして涙したのだ。
彼女の立ち位置は主人公でも悪役令嬢でもなく、ゲームの中には名前も出てこないような人物であったけれど、溢れる涙と止めるすべを知らなかった。
そのゲームの主人公をアイリスという。彼女の設定は、かつて一夜で亡びたとされる亡国の姫であった。
「まあ、アイリスったらローゼリア様に会えたのがよっぽど嬉しいのね」
盛大な勘違いをしているミランダは義理の妹と娘の邂逅を素直に喜んでいる。心なしか姪の表情も笑っているように思えた。
だからその時ロゼは誓った。何も知らない義姉と姪っ子を守らなければと。
なぜならこのゲーム『ローゼス・ブルー』のコンセプトは『すべてを失った貴女が掴み取る愛』なんて物騒なものである。
記憶を失った主人公が自らの記憶と真実の愛を求めるという、甘く切ない物語なわけで。しかも主人公の祖国エルレンテは一夜のうちに亡びたとしか伝えられていない。これは攻略対象によって真実が異なる設定のためである。
いい、いらない! そんなバラエティーに富んだ滅亡設定要らないから!
記憶に残っている限りの情報を思い返してみても、ただただ辛いだけだった。
この小さな手が喪失の悲しみに染まる?
いつか復讐に手を染めるかもしれない?
とても受け入れることは出来そうにない。だとしたら、たった一人未来を知る私が守らなければならない。
安心させるようにその小さな手を包み、祈るように告げた。
「わたくし、わたくしが貴女を守るから! だから、心配しないでね」
そうすることで自分が平静を取り戻したいだけなのかもしれないけれど。
驚いたのはミランダである。真剣に告白するロゼの迫力に驚かされるばかりだった。
「ローゼリア様……」
やがてミランダは我慢できずに我が子ともどもロゼを抱きしめる。
「お、お義姉さま?」
「男爵家出身の私を姉と認めてくださっただけでなく、娘のためにそこまで心を砕いてくださるなんて、ああ! なんてお優しいのでしょう」
間違ってはいないけれど間違っている。けれど正面から真実を告げられるはずもなく。
(私は主人公の叔母か……)
遠いどこかへ視線を投げる。
そう、主人公は生まれたばかり。ゲームの始まりはまだ先のこと。けれどこの子が十七歳になるまでエルレンテは存続できるのだろうか。
故に王女ローゼリアは独り歴史を変えることを誓った。
閲覧ありがとうございました。
短編なのでここで終りなのですが……この後ロゼは愛する姪っ子のため滅亡フラグを片っ端からへし折るため成長し、滅亡の原因かもしれない相手と恋愛したり、そんな多忙を極めながら最終的には幸せになります!