世紀の大発明
スミス博士は長年、科学者として幾つかのすばらしい発明をしてきた。そして、科学の発展に貢献してきたと言う自負があった。しかし、その反面、科学の発展が本当に人類の為になって来たのかと言う疑問が博士の頭の中から離れなかった。
そんな思いの中、スミス博士は誰もが喜び幸せになれる発明を探し求め苦悩する毎日を過ごしていた。そしてそのストレスのせいで、大好物のシナモンシュガーがたっぷりと乗っかたドーナッツを食べ過ぎ、腹回りがかなり大きくなっていた。
「ああ…… なんとしても科学者の集大成として誰もが喜び幸せになれる発明をしなければ」
「博士、調子はいかがですか? 新しい発明は思い浮かびましたか?」
博士のラボに訪れたのは博士の研究に資金を提供してくれている投資家のピーターだった。
「う~む、それがなかなか良いアイデアが浮かばんのだ。そのストレスでシナモンシュガードーナッツを食べ過ぎてお腹がこの通りじゃよ」
「まあ、そう焦らずじっくり考えて下さい。それにしてもそのお腹、ちょと出過ぎでは…… とても権威ある科学者には見えませんよ、スミス博士」
スミス博士は照れ笑いしながらその出過ぎたお腹を眺めポンポンと手のひらで叩いて見せた。すると急に博士の緩んだ表情が科学者らしい鋭い顔に戻った。
「そ、そうだ! 閃いたぞピーター君。世紀の大発明を!」
博士はすばらしい発明を思いついたのだ。誰もが喜び幸せになれる発明を。
それから数ヶ月の間、博士は科学者として培ってきたのすべての知識と技術をつぎ込み、その発明の開発に寝る間も惜しんで没頭した。
「スミス博士、おめでとうございます。とうとう発明の開発に成功したのですね」
「ああ、とうとう成功した。これも資金を提供してくれた君のお陰だよ、ピーター君」
「だけど、どんな発明なんですか?」
「うむ。それはどんなに食べても太らない食べ物を作り出すことのできる装置の開発だ」
「ど、どんなに食べてもですか?」
「そうだ。チーズたっぷりのピザだろうがシナモンシュガードーナッツだろうがビール1パックだろうが何をどんなに食べても太らないのだ」
「しかし、そんなことが可能なんですか?」
「うむ。それにはまず食べ物を原子レベルまで分解する、そして原子構造に特種な刺激を与え、カロリーがゼロになるように再結合化を図る。それを可能にするのがこの装置だ」
その「太らない食べ物を作り出す装置」は鈍いオレンジ色の光を放ち、ラボの奥に静かにたたずんでいた。
さて、今までこんな素晴らしい発明があったであろうか。「発明」というのは諸刃の剣で、生活を豊かにする反面、人類に弊害をもたらすこともある。例えば原子力は非常に効率的にエネルギーを生み出すが、兵器に転用されたり、もし事故が発生すれば甚大な被害を与えることになる。ところがスミス博士のこの発明はマイナス面が全く見当たらないのだ。まさにこの発明は誰もが幸せになれる発明に思えた。
「スミス博士、では、成功を祝し乾杯といきましょう」
「うむ、それでは、乾杯!」
「あっと、博士。その前に……」
「そうだった。このビールとピザを早速、装置に入れるとするか」
博士はビールとビザを装置に入れスイッチを押した。低い唸り声のような作動音が数秒間続いた後「チン!」という音と共に、見た目や味は全く変わりはないがカロリーがゼロとなったビールとビザが出て来た。二人は太ることを気にせずビールとピザを心ゆくまで堪能した。
スミス博士とピーターは早々に、この装置の商品化に着手した。家庭でも使いやすいように電子レンジ大のサイズにする事で家電量販店で飛ぶように売れた。値段は少々高めだったが製造が間に合わず予約待ちが数ヶ月になる程だった。
街ではこんな会話がいたる所で聞こえてきた。
「ねえ、ダーリン。今日のディナー、何にする?」
「そうだなあ、フライドチキンに、サーロインステーキ、ミートローフ、それからデザートに山盛りのチョコレートアイスも忘れないでくれよ」
「そんなに食べるの?」
「ああ、かまわないさ。だって、我が家にはあの装置があるじゃないか」
「そうだったわね!」
人々は太ることを心配せずに好きな物を好きなだけ毎日食べ続けた。
「は、博士。大変です」
「ん、なんだねピーター君。また嬉しい悲鳴かね」
「違うんです博士。あの装置が大量に返品されているらしいです」
「ば、ばかな。何故?」
「あの装置を使って、人々が毎日好きな物を好きなだけ食べ続けた結果、すべての食べ物に飽きてしまったと言うのです」
「そ、そんな……」
「それに、食費にお金が掛かり過ぎ破産する人も出てきているようです。博士を訴えるという人もいるようです」
それは無理もない事かもしれない。スーパーマーケットに行って陳列棚を覗いてみてもレストランのメニューをくまなく探してみても大体食べた事のある物ばかりだ。毎日、いろいろな食べ物を好きなだけ食べ続ければ、やがて飽きてしまうのだ。スミス博士の発明品はあっという間にガラクタと化した。
偉大な発明家であったエジソンには申し訳ないが、どんなにすばらしい発明も負の側面が伴うようだ。スミス博士の発明もまた然りであった。
スミス博士は返品され山積みになった発明品の前に呆然と立っていた。そして、おもむろに金属バットを握りしめ、苦労して開発した世紀の発明品に向かって金属バットを振り下ろした。
おわり