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第一話 ボーイミーツホール

 市立諏訪原小学校六年二組。霧ヶ窪トオルは自分の住むこの世界が好きになれなかった。


 出来るならばここから消えてしまいたい。


 でも、消えたいけれど実際に消えようと思ったことはなかった。

 そんな事をしたらニュースになるってことは分かっていたし、何より母親を悲しませることになる。

 トオルはぶっきらぼうだが心の優しい少年だったのだ。


 今日も彼は小学生らしく学校で授業を受けている。

 勉強は好きではない。だが嫌いでもない。成績も悪くない。

 でもそれが何になるのかと、友人から羨ましがられるたびにトオルは思うのだった。


 こつり。肘に消しゴムが当たり、床に落ちた。

 消しゴムは左足のすぐそばに転がってそこで止まった。

 難なく拾える所だ。彼はかがんで手を伸ばし、消しゴムを拾って起き上がった。


 確かに拾ったはずだった。だが、開いた手の中に消しゴムはなかった。

 そのかわり、彼は開いた自分の手のひらに奇妙なものを見つけた。

 左の手のひらに直径2cmくらいの黒い点のようなものがある。


「ホクロ……いや、穴?」


 それはとても奇妙な、まったくもって信じられないことだったが、消しゴムはトオルの左手の穴に吸い込まれてしまったようだった。


 そこからの授業はまったく耳に入らなかった。早く終われ……と念じ続ける。

 就業ベルが鳴った途端にトオルはトイレに向かって走り出した。クラスメイトの中にはそんな彼を見て笑う者もいたが、お構いなしだ。

 トオルはトイレに入ると個室の鍵をかけて左手の観察を始めた。


 ちょうど手のひらの真ん中あたりに空いた直径1cmほどの小さな穴。

 手の甲を見てみたがこっちはなんともなかった。

 痛みとか出血とかは全くない。ただ、穴が開いているだけである。


 トオルはおもむろにトイレットペーパーを手に取ると、コヨリを作って手のひらの穴に通し始めた。

 スルスル……。面白いようにペーパーは穴の中に吸い込まれていった。


 始業ベルが鳴ったがもはや授業どころではなかった。トイレットペーパーはいくらでも穴に吸い込まれていく。

 次のベルが鳴る頃にはトオルの足元には数本のペーパーの芯が転がっていた。

 この穴は底なしなんだろうか。


「初めて授業サボっちゃったな……」


 先生にはお腹が痛くなって保健室で休んでいたと言っておいた。ベタない言い訳だが、幸いその日は保健室の先生がいなかったので怪しまれることはなかった。


 左手には包帯が巻いてある。理由は、腹痛の薬の瓶を割ってしまったから。

 もちろんそれは表向きの理由で、本当の理由はむやみに物を吸い込んでしまわないためだった。


 色々と試した結果、分かったのだ。

 この穴が、穴自体の大きさより大きなものまでも取り入れることが出来るということが……。


 その後の授業もずっと上の空だった。頭の中は穴のことでいっぱいだった。

 昨日の夕食に何を食べたのかとか、そういうことは絶対に思い出せないほど、彼の頭は混乱していたのだった。


 ◇


「と、言うわけでみんなも登下校の際には十分に気をつけるように」


 ホームルームの締めくくりに先生が言った言葉がそれだった。

 周りのみんながザワついているその中で、トオルだけ話題の内容を知らない。

 何に気をつけるんだ? みんな、何の話をしてるんだ?


 何の話をしてるのかみんなに聞けばすぐ分かっただろうが、今のトオルは聞く気にはならなかった。早く、帰りたい。


 キーンコーンカーンコーン。終了の鐘が鳴ると同時にトオルは教室を飛び出した。

 が、いきなり誰かに後ろから襟を引っ張られた。


 Tシャツの襟が首にめり込み、勢いが付いていたためトオルの下半身は前に投げ出される。その後尻から落下。尾てい骨をしたたか廊下に打ち付けた。


「あんた掃除当番でしょう」


 こういうヤツがクラスに一人は必ずいるんだろうか。やたらと掃除当番に熱意を燃やす女子。もしくは学級委員。

 大西ヨシコはそのどちらにも当てはまっていた。掃除に熱意を燃やす女子学級委員だった。


「尻が痛い。確実に割れた」

「バカ言ってないでさっさと机運びなさいよ」


 この女はもうちょっと気の利いた突っ込みが出来ないんだろうか。

 しぶしぶトオルは机を運び始めた。机が重い。置き勉をしている山田が憎い。


「ハイ」


 あらかた掃除が終わった後、ドサっとゴミの詰まったビニール袋を手渡された。


「何だよこれは」

「あんたサボって帰ろうとしたからバツよ。このゴミ焼却炉まで持って行っといて」

「は? そんなバツ勝手に作るなよ」

「そのゴミ、明日まだ捨ててなかったらアンタの机の上にブチまけるからね」


 そう言い残して、彼女は帰っていった。トオルには言い返すスキも与えずに。


 面倒なことに焼却炉まではかなり歩かなければならない。それゆえゴミ運びは皆が敬遠するのだ。


「くそ面倒くさい……」


 そのとき彼は自分の左手に巻かれた包帯に気が付いた。ほんの少しの間だったけど、コイツのことを忘れていた。

 シュルシュルと包帯をほどくと例の穴が姿を現す。

 左手の穴をゴミ袋にあてがうと、ゴミ袋はバキバキと形を変えながら穴に吸い込まれていった。


「自分の体内にゴミを入れるみたいで、あんまりいい気分じゃないな」


 そう思ったのはすでにゴミ袋が全部穴に吸い込まれていった後だった。

 入れてしまったものはしょうがない。今のところ出す方法があるのかさえ分からないのだから。

ずいぶん前に未完になってた拙作のリメイクです。感想いただけると幸いです。

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