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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

匂蕃茉莉

作者: 今室綾花

 夕刻、ふと庭の隅を見ると小さな花の木を見つけた。


「あれ?」


 俺の腰の高さの木に、白と紫の小さな花が咲いている。

 一つの木に色の違う花が咲くなんて……


「ねえ、この花……」


匂蕃茉莉においばんまつり」と言うんだよ。茉莉花の一種だ。この花を見た時、何故だかお前の顔が浮かんで……思わず買ってしまったんだ」


「え? 俺?」



 驚いて振り返る。

 オレンジの夕日の逆光で彼の表情はよく分からないけれど、ポリ。と人差し指で頬を掻いた。

 それは、本気で照れている時に彼がする仕草だ。


 プレゼントなんて誕生日にしか貰った事はないし、庭に植えているバラの花すら直接手渡された事はない。

 朝、いつもキッチンカウンターに無造作に切り花を置いて、


「綺麗だったから寝室にでも飾っておけ」


 面倒くさそうに言いながら玄関へ向かう彼の後ろ姿を見ていると、ポリ。と、頬を掻く。

 耳を真っ赤にして。

 俺の指に刺さらないようにとバラの棘を全部取ってくれている。


 そこまですれば手渡せばいいのに絶対手渡そうとはしない。




 彼との出会いは3年前、祖父が経営していたフランチャイズのコンビニだった。

 本社の人間で、前担当者と交代したと言って店に来たのだ。

 それから毎朝、彼はコンビニに来た。

 缶コーヒーとタバコを買って、ボソっと「お疲れ」と言って店を出て行く。

 俺の顔をチラリと見ても無表情のまま。


 そんな彼の表情を崩したくて天気の話題を振るが、

「ああ」

 と、相槌ひとつで店を出て行く。



 コンビニやスーパーを運営している大会社の人間だから、きっと有名大学出の堅物サラリーマンなのだろう。と解釈していた。


 ある日、寝坊してバタバタと出勤し、いつもの天気の話題を振らなかった俺に一瞬表情を変えて無言で店を出て行った。


 そして仮眠の為に夕方帰宅途中、スコールのような雨が降り始めた。


 天気予報を見ていなかったから傘を持っていなかったと走り始めた時、彼の車が目の前に止まった。


「乗れ」

 と、車の中へ入れてくれ、

「ほら」

 新品のタオルを手渡された。


「すみません。でも、タイミングいいですね。タオルなんて」


「雨が降るって予報だったのに傘も持たずに出勤していただろ?」


「朝? 何でそれを知ってるんですか?」


「あ、いや……」



 この男が一瞬ストーカーのように思え、身構えると、

「今日は少し早めに駐車場について……君と……天気の話をしてみようと思ったんだ。なのに君は天気の話題を振ってこなくて……思い返したら、傘を持っていなかったから天気予報見てなかったのかと思って……」


「……」


「夕方には雨が降るって言っていたから……タオルを買って……」


 顔を真っ赤にして、下を向いて、頬をポリポリ掻きながらポツンポツンと話している。

 堅物サラリーマンの真っ赤な顔を見ていると可笑しくて、可愛くて、俺は声を上げて笑った。


「わ、笑うこと無いだろ? たまには……話してみたいと思ったんだ」


「そうですか。すみません」


 まだ笑う俺を真っ赤な顔をして見ると、

「これから仮眠か? また、深夜に出るんだろ?」


「はい。まずは飯作って……」


「料理するのか?」


「はい。俺、得意……」



 ぎゅるるるるる……と、彼の腹の音が車の中に響いた。



「あ……」



 更に真っ赤になった彼はぷい。と外を向き、俺はまた声を上げて笑った。



「一緒に食べませんか? 作りますよ」


「い……いいのか?」



 驚いて俺を見た彼に笑い、

「はい。じゃ、そこの角曲がって……」





 それから彼との交流が始まった。


 時間が合えば食事に誘われ、俺もたまに家に招いたりと交流が続き、いつの間にか恋人同士として過ごしていた。


 祖父が突然の心筋梗塞で亡くなり、俺が相続したコンビニは、交通の便がいいと本社直営にするよう彼が尽力してくれた。


 おかげで経営は本社に任せる事が出来て今は彼と一緒に住んでいる。


 両親を早くに亡くしていて祖父も亡くなり、天涯孤独になった俺にプロポーズをしてくれたのだ。

 ベッドの上では饒舌に愛の言葉を囁くくせに、シラフの時は激しく無口で照れ屋なのだ。


 まあ、そんなギャップが楽しいし、そんな彼が好きだからいいんだけど……やはり手渡しをして欲しい。


 たまに、「いつ手渡すんだよ」と、バラの花にぼやいてはみるが、彼の頬を掻く仕草と真っ赤に茹であがった耳の色が好きだから何も言わない。


 そんな彼が、俺の顔が浮かんだから買ったと言い、少々眉をひそめて不安げに俺を見ていた。



 何故不安になる?



 何年一緒にいる?



 俺の気持ちが分からないのか?



 お前から貰うものなら、石ころひとつだって嬉しいのに。





「いつ買ってきた? 知らなかったよ」


 俺は笑いながら彼の身体に寄り添って手を握った。


「外回りしている時に見つけて、さっき、お前が買い物に行っている時に植えたんだ。この花は紫から白に色が変化していくんだってさ」


「へえぇ……。ねえ、これはプレゼントだよね?」



 俺は彼に抱きついて笑いながら顔を見上げた。



「プレゼント……?」


「違うの?」


「いや……お前に買ってきたんだ」


「それはプレゼントだろ?」


「まあ……そうとも言う」



 爆発するのではないかと思う程に赤く染まった彼の頬に手を添えた。



「素直に言えばいいのに。プレゼントだって。何で言えないの? ほら、言って?」


「ぷ……」


「プレゼント」


「ぷれ……、ぷ……、ぷ……」



 何でそこまで言えないのか不思議で、可笑しくて、



「そっか。プレゼントじゃないだ。なぁんだ。残念」



 わざと拗ねた顔をして身体から離れた俺の腕を彼が掴んだ。



「ぷ……プレゼントだ! お前にプレゼントだ!」



 怒鳴るように言った顔が超可愛いくて、


「大丈夫。プレゼントだってきちんと言えなくても、バラの花を手渡しできなくても、俺はこの花の色の様には気持ちは変わらないよ」



 ニヤリと笑って彼の身体に抱きついた。



「そんなのは分かってる。……俺も……お前と同じ気持ちだから」



 ふう。と息を吐きながら彼は俺を抱きしめた。



「よく言った。えらいぞ? はい。ご褒美」



 俺は彼の頬にキスをしてあげた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 読みやすかったし、ストーリー的にもおもしろかったです。
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