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授業中

今は古典の授業中。2ヶ月ほど前に高校の入学式で入学祝い品としてもらったシャーペンを手に持ちながら、重いまぶたを必死に開けようと奮闘している。私は古典の授業が苦痛で仕方ない。先生は何を言っているのかさっぱりだし、将来に特別役に立つようになるとは思えない。カ行変格活用なんか覚えて意味があるのか、なんてことを教科書を横目に見ながら思う。

古典の先生は身長は恐らく私より5cmほど低い150cm前後ほどの小柄な女性ではあるが、教室の隅までよく届く大きな声を毎回出している。

いつもはどんなに授業がつまらなく感じようと、寝てしまうことはなかった。しかし今日は前日に大好きな女性配信者のゲーム実況の生配信を、配信が終了した夜中の2時までの約2時間もの間しっかり見届けたため、眠気が容赦なく襲いかかってくる。

普段は毎朝6時に起きないと学校に間に合わないのだが、「夜更かしをしてまでも見たい」と思わせる魅力が彼女にはあった。顔出しはしておらず、どんな容貌をしているのかは分からない。

が、蜜を溶かしたような耳の奥まで染み込んできそうな甘くとろけるような声をしていることを踏まえれば、恐らくとても色気のある美人な大人の女性なのだろう。

そんな想像をすると思わず口角が上がってしまう。だめだ。今は授業中だ。抑えろ自分。

中学生の頃から動画配信サイトを見るのが好きだった私は、中学3年生の夏頃に出会った彼女のその声に一瞬で胸を掴まれ、そして高校受験の辛かった時期にとても支えられた。

ゲーム実況以外にも、料理配信(主にお菓子作り)やASMRなど様々なコンテンツを提供している。彼女のASMRを初めて聞いた時の衝撃は今後一生忘れることはないだろう。まるで自分のすぐ隣にいるような幸福感、そして頭に心地の良い声が響き渡り、身体全体がぞくぞくするようなあの感覚...。

その日から寝る前に彼女の「おやすみ」を聞かないと眠れなくなってしまった。

「─この『き』は...過去の助動詞.....であるから───して...──が...この─────」

だんだんと意識が遠くなってきた。

(寝ちゃだめ...寝るな...寝るな自分......)

先生は変わらずよく通る声をしているが、その声も徐々に途切れ途切れになってきた。

頑張ってノートに文字を写そうと黒板を見ようとするが、頭がなかなか上手く持ち上がってくれない。

幸い私の席は教室の一番窓際の列の後ろから数えて2つ目のところに位置する。

加えて、前の席に座っている野球部の男子は肩幅が広く身体が大きいため、上手く先生の死角になってくれる時がある。

(たまに身体を少し横に大きく動かさないと黒板が見えない時があり、そこは不便だがもうすぐで席替えがあるのでまあいいだろう)

シャーペンの先がノートに触れる。フラフラと動きジグザグにわけもわからない図形を書き出していく。意識が途絶えようとしたその瞬間、背中を何か細い棒の先のようなものでツンッとつつかれた。

「はっ」

思わずビクッと身体を震わせると同時に、意識が一気に背中に集中する。振り返ると同じクラスメイトの緒川(おがわ) 明莉(あかり)が、目にかかった重ための前髪の間から覗く綺麗な透き通った茶色の瞳で、こちらをじっと見つめながら私と同じシャーペンを持って座っている。

上嶋(うえしま)さん、当たってる...」

私の顔を覗き込むように少し身体を傾け、毛先が鎖骨あたりの長さでしっかり内巻きに整えられ、ツヤがかったサラサラの黒髪を揺らしながら消え入りそうな小さな声でポツっと言った。

すぐに黒板のほうに目を向けると先生が私のほうを鋭い目つきで見ていた。

(やばっ、どうしよう...!)

さっきまで寝そうになっていたうえに好きな女性配信者のことを考えうつつを抜かし、授業をまともに聞けていなかったのだ。当然自分がどこを当てられているのかさっぱりだ。

「えっとぉ...」

あたふたしていると再び後ろから背中をつつかれた。

「B」

「へっ?」

「B」

最初より少し声を大きくして緒川 明莉はそう言った。

「B、です」

私がそう答えると先生はにっこり微笑みながら言った。

「正解です。次は緒川さんに助けてもらわなくても答えられるように授業中は寝ないでくださいね」

「はい...」

クラスメイトの視線が私に集まる。

とたんに顔が熱くなるのを感じる。私の心臓の音が静かな教室内に大きく響き渡っているように思える。うっ、恥ずかしい...。

思わず顔を下に背けた。



キーンコーンカーンコーン......

授業終了のチャイムが鳴り響き、教室内がさっきとは打って変わって一斉に騒がしくなる。

「さっきはありがとう」

私は次の4限目の授業の用意をしている緒川 明莉にお礼を言った。

「.......」

しかし彼女は一瞬チラリとこちらを見ただけで、何も言わずにまた視線を机に落とした。


緒川明莉は高校に入ってから出会った。いつも休み時間は本を読んでいるか、次の授業の予習をしているのか教科書やノートを開いている。


「まーしろっ!」

背後から声をかけられ抱きつかれる。

わっ、と驚いて振り向くと中学からの友人であるサキがいた。

「もー、寝たらだめじゃん!」

私と同じくらいの腰あたりまである髪を揺らしながら身体をくっつけてくる。自分の腕はサキの両腕でしっかりホールドされている。

「ちょっとサキ暑い...ただでさえ湿気でじめじめしてるんだから~」

「えーだって茉白いい匂いするんだもん。......あれ?もしかしてシャンプー変えた!?」

「昨日変えたよ、私の好きなブランドのシャンプーが新作出して気になってさ。」

「やっぱり~新作めちゃくちゃいい匂いする!私この匂い大好きだなあ~」

サキが顔を近づける。

「ちょっ、近い近い!」

「えーなにがー?もっと匂いかがせてよ~」

「変態みたいなこと言わないっ!」


ガタッ


サキと話してると突然、緒川明莉は席を立ちスタスタと足早に教室から出て行った。

「...うるさかったかな」

「別によくない~?」

私が教室のドアのほうを見ながら不安げな顔をしているとにサキは軽い口調でそう言った。

「ていうか緒川さん何考えてるのかわかんないし....」

私の肩に顎を置きながらぽそっとそう呟いた。


実際のところ緒川明莉は物静かである。あまり人と話しているところを見たことがない。

私自身も今回の件を除けば、面と向かってしっかり話したことは入学式の日のあの1回しかない。

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