閑話:『先輩』からみた庄内毅 後編
新作投稿しました。末尾に詳細を書いているので、読んでいただけると喜びます。
庄内くんと交際し始めてから、彼が隠していたものが少しずつ見えてきた。
今は大学近くのレストランでランチを食べながら、彼の話を聞いている。
「PSGの矩形波って抜けがいいんです。それは前提なんですが、これからの時代はエンベロープなんです!」
「うんうん、そうだよね」
「日本ファルコムの『ザナドゥ』。あのBGM感動しちゃって。あれ、音の種類が三つしかないんですよ!FM変調を……」
この子は興奮すると一気にコンピュータオタクになる。
まぁ、しばらく相槌を打っていると落ち着くんだけど。
天才野球青年の隠れ趣味みたいで、私はけっこう面白いと思っている。
相槌を打ちながら庄内くんの『エンベロープ音源』談義を聞いていると、話題がようやく私の分かる方向に戻ってきた。
「先輩に買ってもらった服すごく気に入ってるんです!」
「うんうん、似合ってるよ。この後、原宿で服選びに行く?」
「ありがとうございます。ぜひ行きましょう!」
今の庄内くんは、見違えるくらいかっこいい。ピシッとしたジャケットでビジネスカジュアルに決めている。
さすがにパーカーとジャージで隣を歩かれるのは嫌で、私が厳選した服だ。
庄内くんの財布の中身と相談して、安くても清潔感のある服を選んだ。彼はバイトでかなり稼いでいるはずなのに、いつも金欠だ。
私はパソコンに全財産を注ぎ込んでいるんじゃないかと睨んでいる。
コンピュータの話になると目をキラキラさせて、子供みたいだと思う。けれど、ときどき『生きてる世界が違うな』と感じることもある。
「この前、岸原に会ってきたんですが、『お前がマトモな服を着てるなんて』って言われたんですよ。失礼ですよね」
今名前が出た岸原選手は、西武のスーパースターだ。新人王を確実視されるほど大活躍している。
そんな彼と庄内くんは焼肉に行ってきたらしい。
「親友の桑原くんとはまだご飯に行けてないの?」
「桑原はなかなか忙しいんですよ。なかなか予定が合わなくて」
庄内くんは巨人に入団した桑原くんとも仲がいいらしい。
この人も、私でも知っている選手だ。甲子園を沸かせたスーパースター。
この前、後楽園球場に桑原くんの試合を見に行った。
新人とは思えない投球で阪神打線を封じ込めている姿は凄かった。
そんな選手と親友だというのだから、庄内くんは意外と友達を作るのが上手いのかもしれない。
「そういえば来月からアメリカだよね。あっちで着る私服も今日買っちゃおうか!」
「ぜひ、そうさせてください。アメリカってどんなファッションが流行ってるんでしょう」
庄内くんは九月からアメリカの大学に行ってしまう。
遠距離恋愛になる。この恋路がうまくいくか不安もあるけど、きっと大丈夫だと思う。
理由はないのに、そう感じた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ロサンゼルスにある自宅には、夕方の光が窓の端を斜めに切っていた。
毅くんと付き合い始めた頃を思い出しながら、私は猫を探していた。
「クーバネティス、どこにいるの。クーバネティス!」
クーバネティス。
この舌を噛みそうな名前の子猫を、最近家族の一員として迎え入れたばかりだ。
突然、息子の大輝が猫を飼いたいと駄々をこねだしたのがきっかけだ。
毅くんに止めてもらおうとしたが、むしろなぜか彼も猫を飼いたいと駄々をこねる側に回ってしまった。
「あの人、年の半分くらいしか家にいないのに……誰が世話すると思ってるのかしら」
私の夫は全米が羨むスーパースターだ。完璧超人だと世間では思われている。
でも私は、外で言いふらさないだけで、そうじゃないところも知っている。
確かに優しいし、商才がある。
野球の上手さはわざわざ述べるまではないことだ。
まず明確な欠点は、ネーミングセンスがおかしいこと。
ウチのゴールデンレトリバーのUbuntu。これは毅くんが名前をつけたものだ。
新しく家族の一員になったKubernetes。この名前をつけたのも当然毅くんだ。
ペットの名前ならまだいいんだけど、子供にまで変な名前をつけようとするのはやめて欲しい。
例えば、今私の右足にしがみついて猫探しを妨害している大輝。毅くんは最初、大輝に『Fedora』という名前をつけようとしていた。
日本人夫婦の子供の名前としてはおかしいと思う。もちろん私が止めた。
歩きづらいなぁと思いながら足元の大輝を見下ろすと、少し泣きそうな顔になっている。
「ママー、クーバネティスどこー? お昼ご飯、食べてなくてかわいそう」
「今探してるわよ。心配なら、しがみつくのはやめなさい」
「やだー。ここがいいの」
息子に妨害されながらクーバネティスを探す。
毅くんによるとKubernetesとは、ギリシャ語で水先案内人を意味するらしい。
名前は立派だけど、あの子はだいたいこの広い家の中でいつも迷子になっている。最近ではハティに改名した方がいいかもしれないと思っている。
「あ、そういえば。あそこかしら」
温暖なロサンゼルスでも、冬には冷える日がある。まさに今日はそんな日だ。
だからきっと、暖かい場所にいるに違いない。
私は家中の部屋を探したけど、一つだけ行ってない部屋があった。
足にしがみつく大輝を引きずりながら、一階の外れの方にあるその部屋に行く。
思った通りドアが少しだけ空いていた。毅くんが締め忘れちゃったのかしら。
ここは毅くんの趣味の部屋で、どでかいスーパーコンピュータが部屋を埋め尽くしている。
その高さは人の身長くらいあり、筐体には『NEC SX-3』と書かれている。
「クーバネティス、出てきなさい」
「ニャッ!」
部屋のどこかから鳴き声が聞こえた。やはり、この部屋にいたようだ。
この部屋は冬なのに暖かい。きっとそれを知っててクーバネティスはここに隠れているんだと思う。
鳴き声を聞いた大輝が駆け出して行った。
この明らかに一般家庭にあるべきでないコンピュータを見ながら、私は思った。
コンピュータが大好きなのも毅くんの欠点の一つだ。
普段、お小遣いの使い道に干渉しない私だけど、毅くんがこのコンピュータを買ってきたときは初めての夫婦喧嘩になった。
いくら稼いでいるからといって1000万ドルするコンピュータを無断で買ってくるのはおかしいと思う。
そもそも、どこに置くのか。急遽、一階に部屋を増築することになった。
それに、このコンピュータのせいで家の電気代が10倍になったし。
今までのコンピュータでいいじゃない、と言った私に『よくぞ聞いてくれた』というキラキラした目つきで話しかけてきた毅くんの顔が今でも忘れられない。
『これはベクトル演算でね!画像処理が得意なんだ』
本当は怒るべきだと思うけど、彼の子供みたいな、キラキラした目に負けて許してしまった。
普通の夫婦なら大喧嘩になると思う。まあ、私も諦めているだけだけど。
「ママ、クーバネティス捕まえたよ!」
誇らしげに愛猫を掲げている大輝。腕の中のクーバネティスは、私に向かって助けを求める声で鳴いている。
この子は絶対にウザ絡みしてくる息子から逃げているのだと思う。私は息子から猫を受け取った。
安心したように私にムニャムニャ何かを話しかけてくるクーバネティス。
ちょうどその頃、玄関の方から物音がした。
クーバネティスを取り返そうと手を上げてジャンプしていた大輝が叫んで部屋から出て行ってしまう。
「パパ帰ってきた!」
小さな足音が廊下を駆けていく。私もその後に続いた。
玄関では私の夫が息子によじ登られていた。
少し困った顔をしている。
「おかえり、毅くん」
私は小さく微笑んだ。この騒がしさが、今の私の幸せだった。
カクヨムで恐縮なのですが、新作を投稿しました。かなり面白いと自負しているのでよければご覧ください。
新作も、この作品と同じ「お仕事モノ」です。
現代の建築知識を持つ主人公が、異世界で次々と持ち込まれるファンタジーならではの課題を解決していきます。
使うのは、剣でも魔法でもなく――「建築」の力です。
雰囲気としては、この作品にも比較的近い、主人公が頭脳で問題を解決するものとなっています。ぜひ読んでいただけると嬉しいです
『ドラゴンの通り道に高層ビルを建てるな』
https://kakuyomu.jp/works/2912051601621876078




