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灼熱の昭和にデータ野球で挑む  作者: メモ帳ぱんだ
番外編

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閑話:岸原くんの野球星人観察日記 後編

 岸原は自宅である高層マンションの一室に届いた新聞を読んでいた。


「仰天! 庄内毅、年俸126億円で一発サイン」


 紙面の見出しは庄内の契約更改の記事だった。

 岸原は思う。奴の年俸の端数だけで、自分の倍か。


 岸原は今季末、子供の頃から憧れていた巨人にFA移籍した。

 もっと高い年俸を提示した球団もあったが、それでも巨人は夢だった。

 何より、憧れのユニフォームを着られることが嬉しかった。年俸にも十分満足している。


 もちろん、メジャーに挑戦したい気持ちもあった。

 もし妻と小さな子どもがいなければ、選手会が要望している海外FA制度の開始を待っていたかもしれない。


 庄内の影響で、多くのアマチュア選手が米国のドラフト資格を得ようとする動きが広まり、日本からの人材流出が問題になっていた。

 すでに何人も海を渡り、そのうちの一人はメジャーで年俸数億円を稼いでいる。


 こうした動きが、正規の手段でメジャーに挑戦できない現状への不満を高め、海外FA制度創設の機運につながっている。

 来年には制度ができるのでは、という噂もある。


 その背景にあるのは、アメリカ球界の急激な年俸高騰だ。

 十年前までは日米間の平均年俸にそれほど差はなかった。

 それが今では十二倍にまで開いている。

 選手のストライキによって配分が増えたのもある。加えて、放映権や広告費の高騰も大きいだろう。


 それにしても、庄内は何にそんなに金を使っているのだろうか。

 昨オフ、アメリカのテレビ企画で共演したことを思い出す。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 バブルが弾け、テレビ局に潤沢な予算があったわけではないはずだが、俺の初めての海外でのテレビ出演はとにかく豪華だった。

 日本側は年俸1億円級の選手が3人、長者番付上位の芸能人、そして局の看板女子アナという豪華キャストだった。


 ロサンゼルスの空港で待っている俺たちの前に、奴は作り笑顔を浮かべながら現れた。

 集まる現地の群衆に向かって、一人一人にサイン済みのカードを配り続ける庄内の姿は大学時代から全く変わっていなかった。


 アメリカでの庄内は、喋らなければモデルか何かにしか見えなかった。

 服はファストファッションのものだが、着こなしが見事だ。間違いなく嫁のコーディネートだろう。腕には安物の腕時計。


 彼に案内されロケバスに乗り込む。庄内はボロいグレーのアコードでロケバスの前を走っていた。

 金はあるはずなのに、なぜあんな車に乗っているのか。あまり活躍できていない若手でも、もう少しマシな車に乗っている。


 案内された家は郊外にある広い屋敷だった。二十人近い撮影隊を入れても余裕のある応接室。

 アメリカの家の広さには驚かされる。


 番組の企画は単純だった。

 奴は二刀流で知られている。彼と日本代表チームが投打で対決するという内容だ。


 投手としての庄内は突出しているわけではない。最速が155キロと速いのは確かだが、それ以上の武器は乏しい。

 コントロールも酷い。三年目に野手登板でマウンドに上がった際、三者連続で打者に死球を直撃させ、退場処分になったという伝説まである。


 この企画を受けるにあたり、俺は条件を出した。庄内にストレートを使わせないことだ。オフの番組で怪我などしたくない。

 まずは奴の投球の番だ。俺に対しては全てインコースのシュート系の球だった。

 体を折りたたんで打ち返す。かつて苦手だったインコースを、今は柵の向こうへ運べる。

 打たれた庄内は、なぜか口元を緩めていた。まるで俺の成長を祝っているように。


 打撃対決は庄内の独壇場だった。

 テレビ局はどんな伝手を使ったのか、沢村賞投手を招聘していたが、軽々と打ち返されていた。

 この投手は自分がメジャーで通用するか試したかったようだが、相手が悪かった。

 庄内は初見の投手でも、時間さえあれば完全に解析してしまう。


 撮影が終わった後、庄内の拠点を見せてもらった。

 サンフランシスコ郊外にある、警備の厳重な五階建てのビル。外観は無機質で、いかにも庄内らしい効率重視のデザインだった。

 総面積は東京ドーム二個分だそうだ。どの階も異様に広く、無機質なオフィスがどこまでも続いている。


 五階建てながら、面積が馬鹿みたいに広い。会社の外周をバスが何台も走っている。

 その三階の一角に、庄内の分析チームが入っていた。

 ナ・リーグを中心に、メジャー選手のデータを分析しているらしい。

 最近は有償で若手投手のマネジメントもしており、そのための設備も整っていた。


 室内には本格的なマウンド。奥の巨大モニターでは投手のフォームを再現し、ボールの出どころまで可変できる。

 この装置は何億かかっているのか見当もつかない。桁が一つ違うかもしれない。

 絶対に選手の年収だけでは作れない装置だ。

 庄内の会社は利益が少ないと聞くが、こうした設備投資に経費を注ぎ込んで節税しているのかもしれない。


 奥のモニターには、中年の白人の顔が映っていた。

 これまで見せられてきた選手データとは明らかに違う。気になって庄内に声をかけた。


「あのモニターに映ってるのは誰や?」

「うちのGM。年俸交渉のために身辺調査をしてるんだよ。」


 年俸交渉を有利にするため、材料を探しているらしい。

「あいつは真面目で浮気はしていないんだよな……」と残念そうに呟いた。

 弱みを見つけてそれを材料に金を要求するのは、一般的には恐喝というのでは?と俺が思ったところで、横から庄内の嫁の声が飛んできた。


「他人のプライベートを探ってはいけないですよ」


 まるで子供への道徳の授業だった。

 傍若無人な庄内も嫁には勝てず、ペコペコ頭を下げて黙って説教を受けていた。


 その隙にフロアを見て回る。

 庄内のデスクには俺のスケジュールが置かれていて笑ってしまった。

 子供と遊園地に行く予定まで把握している。

 関係する書類は全部破って廃棄しておいた。


 こいつの異常な情報力の正体はこれか。

 携帯を契約した翌日には番号を教えていないのに電話がかかってきたり、俺の子供が欲しがっているものを誕生日にぴたりと送ってきたり。


 このフロアを株主が見たら怒るだろう。会社の経費で私的な情報網を構築している。

 全国的な通販事業の利益から見れば微々たるものだろうが、

 まぁ株のほとんどを庄内自身が握っていると聞くので、誰も文句は言えないのかもしれない。


 本社を見て確信した。

 この男がボロいアコードに乗り、安物の服を着ている理由が本当にわからない。

 護衛の車の方が明らかに高級だ。運転手を雇う金があるなら、まず車を買い替えろと言いたい。


 やはり庄内は常人には理解できない。

 嫁に説教されながら、調査資料を悲しそうにシュレッダーにかけるその姿を見て、改めてそう思った。

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