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閑話:炎の銭闘 FA編 後編

 球団事務所に数日後に呼ばれたので、ノコノコと足を運ぶ。

 GMはひどく疲れた顔をしていて、目の下には大きな隈。無言で契約案を差し出してきた。

 おお、なかなかの条件だ。年1.2億ドルという金額もそのままだった。


 さて、どの作戦が効いたんだろう。

 GMの帰宅時間に合わせてローカルCMをひたすら流したり、自宅周辺に俺の看板を立てまくったり、新聞インタビューで煽ったり。

 あとはチラシ配布をGMの地域にだけ集中させるよう依頼したり…他にも何個かやったが、どれかが刺さったらしい。


 とはいえ、ここで素直に引き下がるのもどうかと思う。

 出場条件に出来高が含まれているのは当然として、初年度だけは無条件で1.2億ドルをもらえるようにしたい。

 メディアに報じられるときも「年俸総額1.2億ドル」より、「単年1.2億ドル」の方が夢があるだろうし。


 ついでに、専属通訳の手配と警備スタッフの費用も球団持ちで頼んでみた。

 意外なことに、どれも即OKされた。

 チッ!もっとゴネておけばよかったか。


 自分から言い出した条件を全部呑まれてしまえば、もうサインしない理由はない。

 俺は渋々、契約書にサインするのであった。


 帰り際、球団事務所の駐車場に停めたアコードに目をやる。

 大学時代に買って以来ずっと乗っているが、いまだに壊れない。

 いい車ではあるが、そろそろ恥ずかしい。1億ドルプレイヤーの車にしては少しみすぼらしい。


 帰り道、いつもオイル交換をしているディーラーに立ち寄った。

 揉み手をしながら出てきた店長に、「一番高いセダンをくれ」と言って帰る。

 後日届けてくれるらしい。名前も住所も聞かれなかったが、大丈夫なんだろうか。


 レジェンドという車だそうだ。まさに俺にふさわしい名前じゃないか。

 オプションも片っ端から頼んでおいた。写真すら見ていないが、まあ前に進むならどんな車でも問題ない。


 サンフランシスコに残れると喜んでいた先輩に年俸を伝えると、目を丸くして驚いていた。

 年1.2億ドルはそんなに非常識な額だろうか。

 俺としてはもう少し吹っかけても良かったんだけどな。


 今オフは、家族で日本に帰ることにしている。

 年俸交渉がさっさと片付いて、本当に助かった。

 子どもも飛行機に耐えられる年齢になったし、それぞれの両親に初孫の顔を見せに行く。


 それからもうひとつ日本で大事な予定がある。

 今期は高校野球部の同窓会に、初めて出席する予定だ。

 これまでは毎年タイミングが合わない時期に開催しやがっていたので、いっそ俺が主催することにした。

 野球部の全OBに招待状を送りつけた。金欠な俺でも、数千万円程度のお小遣いはある。


 会場は帝国ホテル大阪の最大ホール。料理は食べ放題。

 今のところ、すでに400人ほどが出席の返事をくれている。

 ふふふ、楽しみだ。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 成田空港に着くと、とんでもない数の取材陣、そしてファンに囲まれた。


 うーん、これはひどい。ボディガードが交通整理してくれているが、もはや多勢に無勢。

 ファンの皆さんには、来月に東京ドームを貸し切って行う予定の握手会で我慢してもらおう。

 今回は爪切りを50個買って来てくれたら握手する権利があるが、そうでなくても安い入場券で俺のカラオケライブを聴くことができる。


 取材陣にはきちんと対応しておくか。マスコミを敵にすると後々面倒だからな。


 まずは、どこかのテレビのバラエティ番組の記者。主要誌の記者の顔はある程度覚えてきたので、なんとなく判断がつく。


「庄内選手、スポーツ史上初の百億円プレーヤーになったご感想を!」


「はい、僕自身はどんな金額でも受け入れるつもりでしたが、提示額にはビックリしましたね。」


 次はスポーツ紙の記者だ。まだこの時代は、スポーツ紙を読む人がそこそこいるので無碍にできない。


「他球団からのオファーはなかったんですか?」


「その辺りは内緒で。ただ、サンフランシスコが大好きなので残留を第一に考えていました」


 続いて、真面目そうなメガネの女性が質問してくる。リストにない顔だな……。


「Showzonが日本展開を発表しましたが、特定商取引法上の懸念点について、どう解決しますか?」


「その辺りは、現在担当省庁と協議させていただいています」


 経済誌の記者か。Showzonはアメリカ以外にも、日本に進出予定だ。


 そのあたりで、子供がぐずりだしたので、記者に断って脱出する。空港を出るのに1時間ほどかかり、最終的には職員用通路を使ってタクシー乗り場まで移動した。


 ……日本に来ると、やっぱりなかなか面倒だなぁ。


 先輩の実家に挨拶へ向かっていると、上空からヘリコプターがタクシーを追跡してくる。


 …俺は逃亡中の指名手配犯か何かなんだろうか。

 この時代のメディアは、ほんと無茶苦茶やってくる。


 先輩のご両親に一通り挨拶したあと、新しく建てた自宅に初めて足を踏み入れる。

 自宅というよりも、ビルというのが相応しいかもしれない。バブル崩壊後に安くなっていた都心の土地に、会社名義で中層ビルを建てた。

 その最上階が自宅になっており、専用エレベーターで移動できる。作っておきながら、入るのはこれが初めてだ。


「すごい、景色がすごくいいね!」


 先輩が歓声を上げて喜んでいる。

 子供はベッドでトランポリンを始め、犬たちもそれに参加し始めた。


 ここはShowzonの日本本社でもある。12階建てなので、景色は抜群だ。

 引退後は、この無駄に景色のいいこの場所でゆったりと過ごす予定だ。


 俺は自宅に着いたばかりだが、すぐに移動を始めた。

 今日は人と会う約束がある。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 銀座の高級寿司屋に入ると、店内の客が一斉にこちらを見てきた。

 でも歓声を上げるような無粋な真似はない。さすが高い寿司屋だけある。


 奥の個室で待っていると、一人の男がやってきた。岸原だ。

 今季末にFAで巨人に移籍することが決まっている。子供の頃からの悲願が叶った巨人入りってわけだ。


「すまん、待たせたな」


 彼は以前の思い詰めた感じはなく、どこか楽しそうな顔をしていた。

 会うのは5年ぶりくらいだろうか。俺がオフシーズンに日本へ戻らないことが増えてから、しばらく会っていなかった。


 開口一番、岸原は文句を言ってきた。


「毎年毎年、年賀状で球団事務所にシャブをするなって送ってくるのはなんやねん」


 おかげで職員にシャブ疑惑をかけられて迷惑だったらしい。

 仕方ないじゃん、住所知らねーんだから。

 まだ、彼は「NO シャブ NO ライフ」状態にはなってないらしい。シャブはやめておけよ。


 彼はFAで移籍したのに、来季の年俸は2.5億円しかないらしい。かわいそうに。

 寿司くらいは奢ってやることにした。そう伝えると、少し複雑そうな顔をされた。

 球団のスター選手になったから奢られたことがなかったらしい。


 ちなみにこの食事は、桑原にも声をかけたんだが、用事があるらしく断られてしまった。

 これで5回連続でスケジュールが合わないことになる。彼は意外に忙しい男だ。


 注文を取りに来たので、それぞれオーダーする。

 岸原はおまかせを頼んだ。

 俺は少し考えて、いつものやつを。


「コーラとカリフォルニアロールのエビアボカド巻で」


 俺の注文を聞いた岸原と大将が、同時に微妙な顔をした。

 なんと、この店にはアボカドはないらしい。


 アメリカの寿司屋にしか行ったことないから、てっきりどこでもあると思ってた。

 ……本場って、案外レベル低いんだな。仕方ない、サーモンで我慢しておいてやろう。


 日本球界も、なんだかんだ楽しそうだよなぁ。

 俺の推し球団、オリックスは黄金期。

「頑張ろう神戸」をスローガンに、勝ちに勝ちまくってる。

 この前はウチの同級生を通じて選手全員のサインを貰った。


 だからこそ、岸原にはぜひオリックスに来てほしかった。

 その良さを熱弁していると、岸原は呆れたように肩をすくめた。


「日本球界蹴ったくせに……」


 100億円もらえるなら、パ・リーグでも良かったんだけどな…。

 そう呟いた瞬間、頭を叩かれた。

 ……ひどい。母さんにだってぶたれたことないのに。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 今日は大阪の帝国ホテルで同窓会がある。

 野球部OB全員と、当時の先生を呼んである。

 誰が来ているのかは、正直知らない。準備はすべてスタッフに丸投げした。


 大きな会場が、すでに相当数の人で埋まっていた。


 おぉ、理事長じゃないか。PC-9801を何台も買ってくれた恩人だ。

 まだ死んでなかったのか。これはうれしいサプライズだ。

 冥土の土産にと、インスタントカメラでツーショットを撮ってサインを書いてやる。


 理事長の後ろで、期待顔で待っていた監督をスルーして、当時のチームメイトたちと交流していく。


 残念ながら、飛鳥台高校は往年の圧倒的な強さを少しずつ失ってきている。

 奈良の他校も強くなっているから、毎年甲子園に行けるほどではない。

 それでも、あの圧倒的な自由な校風は今も残ってくれているようだ。


 長髪の選手も多い。

 去年のセンバツでは、金髪ロングの選手がいて、思わず笑ってしまった。


 最終的には、俺のサイン会のような雰囲気になっていたが、久々にチームメイトに会えて良かった。

 甲子園常連校でも、野球で生活できている選手は少ない。

 俺の世代では、もう二人だけになってしまった。


 それでも、必死に野球に打ち込んだ経験は、きっと今もどこかで生きているはずだ。

 スポーツは仲間を作り、人間性を育み、そして何より楽しい。

 子供の頃は人にあまり興味がなかった俺も、野球を通じて素晴らしい人間性を手に入れることができた。


 先輩たち、同期、そして俺に憧れて入ってくれた後輩たちに、

 大型契約を祝われながら、勝利のコーラで乾杯した。

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― 新着の感想 ―
え!通販押さえたの?もう日本の野球支配しちゃいなよ!だなあ。奥様はママでもチャンピオン達成ジタンかな?
面白かったー MLB激闘編、10年早いWBC開催交渉編からのWBC初代チャンピオン編も見たいっす。
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