第49話 日米大学野球
俺は今、ミシガン州に来ている。日米大学野球の日本代表としてだ。
試合が行われるのは、バトルクリークという小さな町。観光名所と呼べるようなものは特にないが、「ケロッグ社の本社がある場所」と言えば、アメリカ人にはなんとなく伝わる…かもしれない。
この町ではかつて、医学博士のケロッグが「健康食品」と称して売り出したコーンフレークが人気を博し、全米に広がったという経緯がある。つまり、バトルクリークはシリアルの聖地というわけだ。
当然のように、ホテルの朝食にもコーンフレークが出てきた。というか、それ以外のメニューはリンゴしかなかった。
チームメイトたちは「いただきます」と手を合わせ、律儀に食べていたが、ふと思う。
コーンフレークって、一体なにに感謝すればいいんだろうな。食材の原型がこれほど想像しづらい食べ物も珍しい。日本の名言として「コーンフレークからは生産者さんの顔が浮かばない。浮かんでくるのは腕を組んだ虎の顔だけ」という言葉もある。ちなみに文中の虎は、ケロッグのイメージキャラクターだ。
初戦は明日の予定だったが、天気が怪しくて、開幕戦は中止になる可能性が高いらしい。
つまり、俺はヒマだ。
そこで、知り合いの記者と観光がてら昼飯に出かけることにした。ホテルに引きこもっていても、まともなメシは期待できないだろうという判断だ。朝がシリアルだったんだから、昼にランチブルズが出てきても、もはや驚かない。
ランチブルズってのは、クラッカーやチーズ、ハムなんかが雑に詰め込まれたアメリカ版の携帯おやつだ。味はそこまで悪くないけど、昼飯に弁当並みのクオリティを期待する日本人にとっては、なかなかのカルチャーショックになる。
昼飯に付き合ってくれるのは、以前、西海岸まで呼び出したことがある雑誌記者だ。今回はニューヨークから比較的近い五大湖地域ということで、気軽に声をかけることができた――アメリカ基準の「近い」なので、実際には青森から大阪くらいの距離を車で走破させたことになる。
さすがに長距離運転に疲れたのか、彼は恨めしそうな顔をこちらに向けていたが、文句があるなら俺の要求を受け入れた会社に言ってほしい。日米大学野球の代表チームに帯同できているのも、俺のおかげなんだから。
それに、俺の独占インタビュー記事が載った号で雑誌の売上が伸びたらしいし、十分win-winの関係だと思う。
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移動手段は確保できたが、このあたりの街を観光するのは、あまり現実的ではない。特にこの地域――ミシガン州では、日本人に対する感情が極めて悪い。
この州の主要産業は車両製造で、なかでもデトロイトはその中心地だった。かつて「モーターシティ」と呼ばれたこの街は、日本車の進出によって雇用が激減し、いまやゴーストタウンのような姿を晒している。
街中では、信号待ちの日本車に石が投げつけられたり、アジア系住民が襲撃される事件も珍しくないという。まるで、この国の影の部分が凝縮されたような場所だ。
昼はステーキハウスでTボーンステーキをご馳走になった。さすが本場アメリカ、肉の迫力も脂のノリも桁違いだ。胃にずっしりと残る満足感を抱えたまま、近くのスーパーに寄って、チームメイトへの差し入れを買うことにした。
広瀬先輩へのお土産は、真剣に10分ほど悩んで選んだ。センスが問われるので適当にはできない。一方、研究室の先輩たちに対してはそこまで神経質になる必要もない。なので、棚の右端から順番に目についた菓子をカゴに無造作に放り込んでいった。
買い物をしていると、やたらと真っ赤でド派手なスティック状の飴を見つけた。この飴は激マズ菓子として有名だ。知り合いの記者によれば、「これを好きな日本人を見たことがない」とのこと。
逆に、そこが良い。安価だし、インパクトもある。野球部への土産は、これで統一することにした。カゴの中に、飴を大量に放り込む。
一度だけ食べたことがあるが、この味はなかなか忘れられない。人工的なイチゴフレーバーに、タイヤの切れ端を混ぜたような風味が広がる。きっと、みんな喜んでくれるに違いない。
ホテルに戻ると、ロビーではチームメイトたちが集まって雑談していた。話題は、さっきの昼食について。
どうやら俺の予想は的中したようで、内容はかなりひどかったらしい。ホテルでは基本的に昼食の提供がなく、現地スタッフに頼んで適当に手配してもらった結果が、それだったという。
空き箱を見せてもらうと、どうみてもお菓子にしか見えない箱だった。日本なら小学生のおやつ扱いされるような品が、アメリカでは堂々と昼食として出てくる。この文化の違いには、笑ってしまう。
そんな中、俺がスーパーで買い込んできたホットドッグは想像以上に喜ばれた。みんなかなり腹を空かせていたようで、袋を開けた瞬間から一気に手が伸び、気がつけば完売状態。ほんの思いつきで買ってきたつもりだったが、結果的に俺がこの日のまともな昼飯担当になっていた。
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一戦目の打席に立つ。
相手のリッキーは、150キロ超のストレートを武器にする、南カリフォルニア大学(USC)のエース格だ。制球も安定しており、PAC10(パックテン)リーグの中でも特に完成度の高い投手とされている。
俺はUCLAからPAC10の試合の録画データを送ってもらっているので、一方的にだが彼のことをよく知っている。
PAC10は金属バットの使用により極端な「打高投低」の環境にある。リーグ全体の平均防御率は4.5前後と高い。
一見すると、彼の防御率は3.15と「リーグ平均より少し上」程度の印象を受けるかもしれない。
しかし、セイバーメトリクス的な観点から見ると、彼は明らかにリーグ屈指の実力者だ。たとえばK-BB%――奪三振率と与四球率の差分をパーセンテージで表したこの指標で見ると、リッキーはリーグ3位にランクインしている。これは投手本来の能力、特に「相手打者を支配する力」や「無駄な出塁を防ぐ制球力」をダイレクトに反映する数字だ。
意外なことに、伝統的に重視されてきた「防御率」は野手の守備力や運に大きく左右されるため、データ分析の観点からはそれほど信頼性の高い指標ではないとされる。
けれど、彼にははっきりとした弱点がある。短気で、感情がすぐに顔やプレーに出るタイプだ。そして、初めて対戦する強打者に対しては、必ずといっていいほど初球に内角高めのストレートを投げ込み、威圧してくる。
二回表、俺の初打席。打順は4番。
読みどおり、初球は内角寄りのストレートだった。それを振り抜いた瞬間、手応えは完璧だった。鋭い打球はそのまま左中間スタンドへと吸い込まれていく。
俺はバットをくるりと回転させて軽く放り投げ、確信歩きでゆっくりとダイヤモンドを一周する。ベースを回っていると、背後からグラブをマウンドに叩きつける音が響いてきた。
アメリカの野球文化において、今の行為は「挑発」と受け取られる。不文律に反する行動――すなわち、確信歩き、バットフリップ、悠長なラン――は、しばしば報復死球という形で制裁される対象になる。でも俺は日本人だし、わざわざアメリカの文化に合わせる必要はない。
癖になってんだ、確信歩きするの。
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案の定、次の打席では胴体めがけて報復球が飛んできた。俺はそれをサッとかわし、ユニフォームにかすらせることでデッドボールの判定をもらい、一塁へと歩いた。
そのまま間髪入れずに二盗、そして三盗を決める。盗塁のたびに、マウンド上の投手に満面の笑みを向けるのも忘れなかった。こういう場面で冷静さを失いやすいタイプは、こちらにとっては格好の餌だ。
ブチギレてコントロールを乱したリッキーは、続く打者に簡単に四球を出してしまう。俺は6番打者のタイムリーでホームに戻ると、観客席に向かってド派手なガッツポーズを決めた。
冷静さを保つ事ができなかったリッキーはその後も制球が定まらず、連打を浴びて、5回途中でとうとうマウンドから引き摺り下ろされることになる。
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初戦は相手先発の謎の乱調に助けられて勝利したが、続く3戦は落とした。
結局、日本代表は2勝3敗でこのカードを終えることになる。
この時代、日米大学野球では基本的に日本が負け越すのが通例だった。球速、パワー、投手層――実力差はまだまだ歴然としていると実感した。
けれど、それでも多くの収穫があった。アメリカ大学野球の一流投手たちを相手に、十分に渡り合えたと思う。もちろん、全員の投手について事前に分析できていたわけではないし、慣れない球威に押し込まれる場面も多かった。
それでも打率3割5分越え、本塁打2本。数字としては悪くない。
試合後には、何人かのスカウトらしき人物に声をかけられた。名刺も数枚受け取ったが、その場に通訳がいなかったため、会話の内容は2割くらいしか理解できなかった。たぶん悪い話ではなかったと思う。
それにしても、英語が本当に聞き取れない。広瀬先輩に心配されるのも無理はない。
バットさえあれば大学生活は何とかなる気もするけれど、卒業に必要な単位を取るためにも、そろそろ本格的に英語の勉強に取り組むべきかもしれない。
なろうで遅延投稿してますが、カクヨムでは完結していたりします。
そっちで読んでもらえると僕に広告費が…。いえ、何でも無いです




