第42話 日常
野球部に入部届を出した翌日、俺は再び駒場キャンパスに足を踏み入れた。
大学生ってのは、単位を取るためにまずは履修登録ってやつをしなきゃいけない。
卒業するつもりは全然ないけど、まあ一応、必修くらいは取っておこうかと思ってる。成績不振で週刊誌に書き立てられるのは嫌だしな。
履修登録は、専用の用紙に記入して出すんだけど、提出期限は4月下旬らしい。
それまでは「仮登録」って形で、好きな授業を手当たり次第に受けていいことになっている。
正直、大学生活にはあんまり期待してなかったけど──
それでも、友達くらいはできたらいいな、とは思っていた。
高校時代は、野球部内ですら、なぜか腫れ物扱いされてた気がするし。
そう思って、シラバスをめくりながら、いくつかの授業に目星をつけて教室に向かう。
教室に入った瞬間、空気が一変した。
どよめき。女の子たちの小さな歓声。何人かは俺を指差して、明らかにヒソヒソやっている。
あれ、昨日はこんな雰囲気じゃなかったんだけど……。
どうやら、一夜にして「庄内が東大に入学した」という情報が広まってしまったらしい。
居心地の悪さを感じながら空席を探す。
あの男子学生、理系っぽくて落ち着いてそうだ。話が合いそうだったので、声をかけて横に座ろうとした──その瞬間だった。
俺の周囲に、女の子たちがワッと集まってきて、キャイキャイ騒ぎ始めた。
当然、隣の彼に声をかけるタイミングなんて完全に失われた。
ポカンとしていると、しばらくして仰天した教授が慌てて割って入り、場を収めてくれた。
……大学でも、友達を作るのは簡単じゃなさそうだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
そういや──俺と仲良くしてくれた2年上の江崎先輩、元気にしてるかな。
名前を思い出すのにちょっと時間がかかったけど、あの人、たしか明治大学に進学したはずだ。
ってことは、来週の明大戦で再会できるかもしれない。
明大の監督はなかなかの個性的な人物らしい。
部員をぶん殴りまくってるって話を聞いたことがある。いわゆる鉄拳制裁ってやつ。
一方で、部員の就職には徹底的に面倒見がよく、慕われているのだとか。
俺が江崎先輩からホームランを打ったら、先輩はその場でぶん殴られる……かも。
ちょっと楽しみ。
この春季リーグの優勝に命を懸けているらしい。
万年最下位の東大相手に星を落としたら、江崎先輩にも何かしらの制裁はあるだろうな。
正直、勝敗はどうでも良かったが、そう考えると燃えてきた。
俺の初見殺しアンダースローを披露してでも、勝ちを狙いに行ってもいいかもしれない。
その日の授業はというと、まあ散々だった。俺の存在に慣れてもらうまでずっとこんな感じかな。
昼休みに学食に行こうと、構内を出た瞬間、記者たちに囲まれた。普通に校内に入って来るのか。高校と違って大学はオープンだもんな。
今までは、学校や地域がどれだけ守ってくれていたか、思い知る。
そんなことを思いながら、俺はインタビューに応じるのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
夕方、俺はテニス部の入部案内を片手に、オリエンテーション会場へと向かった。
すでに先輩たちや新入生が会場の中にいて、昨日声をかけてくれたあの先輩の姿もあった。
「あっ! 庄内くん〜!」
俺の姿を見つけると、先輩は嬉しそうに駆け寄ってくる。
「聞いたよー! 庄内くんって、野球ですっごく有名なんだってね? びっくりしちゃった!」
彼女は目をキラキラさせながら話す。その表情だけで、こっちまでちょっと緩んでしまう。
「テニス部の入部のことなんですけど……」
俺が話し出したところで、別の先輩が寄ってきて、いきなり手を握ってきた。
「庄内くん、ファンです! 会えて嬉しいです!」
さらに野次馬がどんどん周りに集まってくる。
……あーもうめちゃくちゃだよ。
その後もしばらくワチャワチャしてから、ようやく落ち着いて話ができた。
昨日、俺に声をかけてくれた彼女の名前は、広瀬彩香先輩。テニス部の2年生だ。
ブレーブスの帽子に気づいたのに、俺の名前は知らなかったってのは知識がアンバランスでちょっと不思議に思っていたんだけど、
話を聞けば、親が阪急グループの関連会社に勤めていて、何度か試合を観に行ったことがあるらしい。
阪急って関西の会社ってイメージだけど、意外と東京にも進出してる。
たとえば、阪急が持っている宝塚歌劇団を東京に持ってきた「東京宝塚劇場」とかが有名だろうか。映画を作ってる東宝と言えば、ピンとくる人も多いかもしれない。
結局、俺は広瀬先輩に事情を説明して、テニス部への入部を辞退させてもらった。
その代わりといってはなんだが──来週の神宮球場での試合に、広瀬先輩とその友達を招待しておいた。
友達の子がめちゃくちゃテンション上がってたので、多分二人で来てくれると思う。
……俺の「先輩お近づき作戦」、第一歩ってとこかな。
◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日、講義に備えて飲み物を買おうと立ち寄ったコンビニで、俺は思わず立ち尽くしてしまった。
スポーツ紙の一面に、デカデカと見出しが載っていた。
《庄内毅、東京大学進学! 六大学に殴り込み》
これは……。かなり不味いかもしれない。
実際、レジに新聞を持って行ったとき、店員のバイトくんから声をかけられてしまった。
よくまあ、短時間でここまで調べたもんだ。記事には、大学の同期や日ハムの首脳陣のコメントまで載っている。
来週末の明大戦の4番スタメンで出る事も書いてある。
俺も記事を見て初めて知ったけど。4番なんだ。
駒場キャンパスの門の前には人だかりができていた。群衆は俺を見ると駆け寄ってくる。
これは、しばらく騒がれるな……。天を仰ぎながら、俺は静かに溜息をついた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
六大学リーグの試合は、基本的に明治神宮球場で行われる。
東大の試合なんて、普段は閑古鳥が鳴いてるって話だったけど──今日ばかりは違った。球場は超満員だった。
もし俺が応援団に話を通して最前列の席を確保していなかったら、広瀬先輩たちは入れなかったかもしれない。
先輩が笑顔で手を振ってくれていたので、俺も手を振り返す。
隣にいた先輩の友達は、俺の顔写真を貼った団扇を両手に持って、全力応援してくれていた。
……できれば、それはやめてほしい。
今日の対戦相手は明治大学。そして先発は──江崎先輩だった。
江崎先輩は高校の2つ上の先輩で、当時はエースとしてチーム内に君臨していた。実は俺と非常に仲がいい。寮内で一緒にボードゲームをしていた仲だ。
今はチーム内で準エースの立ち位置らしい。
三年生ながら明大で二番手、なかなか凄い。プロも夢じゃない、少なくとも社会人には行けるだろう。
試合前、挨拶に行った。
高校時代は長髪だった先輩が、今は坊主になっていたので、それをネタに散々イジって挑発しておいた。
これで、敬遠なしの真っ向勝負にしてくれる……はずだ。
俺の大学野球がいよいよ始まる。
まぁ、すぐ東大辞める予定だけど。
カクヨムで新連載始めました。
もしよかったら読んでくれると嬉しいです!
異世界でゆるふわテロリスト 〜もし異世界人のエンジニアがマルクス・エンゲルスの『共産党宣言』を読んだら〜
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