第30話 奈良県民の意地
国体。俺はそのために、橿原の県立球場に来ていた。
国体と秋季大会は一部日程が被っていて、秋季の県大会は順調に勝ち上がって1位通過。ただ、決勝と国体1回戦が完全にバッティングしていたせいで、初戦は不在。
それでも、チームは打線の爆発で勝ってくれた。相手は甲子園ベスト4のチームだったけど、うちの打撃が火を吹いた。やっぱり、この夏の敗退は事故だった気がする。
俺が出場するのは2回戦から。対戦相手は、夏の全国優勝校・茨城県立取手四高校。誰でも知ってるレベルの名将が率いる公立の強豪。
会場は県立橿原球場。秋季大会の会場と一部被ってるから、よく知った球場ではある。
でも、なんで俺が、県大会に出て疲れているのにも関わらず、誰も本気を出していない国体に呼ばれてるのか。
その背景には、「国体とは何か」っていう、少し面倒な話がある。
国体は都道府県の持ち回りで開催される、年に一度の全国規模のスポーツ大会。表向きの目的は、スポーツの全国的普及。実際、国体のために建てられたスポーツ施設は各地にある。
豪華な箱モノが、人口減少に苦しむ地方にもポツンとある。それが国体の遺産とも言える。でも、そのおかげで地方の子どもたちがちゃんとした設備でスポーツをできるようになったのも事実だ。
ただ、問題はもうひとつ。国体には「開催県が優勝しないといけない」みたいな、暗黙の了解がある。これが曲者。
もちろん、箱物を建てただけでスポーツは強くならない。
開催県に突然“スポーツに強い県職員”が現れては、翌年には別の開催県に転勤する。
開催県を渡り歩くスポーツ選手がいるのだ。
いわゆる“プロ国体er”ってやつだ。形ばかりの強化策、税金の無駄なんだよなぁ。
で、俺の出場理由はというと、どうやら校長宛に奈良県から「協力要請」が来たらしい。県知事からわざわざ激励の電話まであったとか。断りきれなかったようだ。
ということで、俺は休む間もなく再び橿原のグラウンドに立っていた。ポジションはレフト。セカンドには三年の先輩が入ってる。守備力は間違いない。
相手のエースは、すでに早稲田大の推薦が決まってるらしい。
応援席には、うちの生徒たちが大勢来てくれていた。チャリで15分だし、まあ来やすいんだろう。手を振っておいた。クラスメイトがこれくらい応援してくれたらなって思いつつ。
初回、ランナー二塁で俺に打順が回ってきた。
打ってやろうと気合を入れた瞬間、キャッチャーが立った。敬遠だ。
しかも、やたらと遠くにミットを構えてる。いや、そんなに外さなくてもよくない?って距離。
なぜ、そんなに遠くで敬遠するのか。時間稼ぎかな?
観客が盛り上がってるから、打たせてくれてもいいのに。
でもそのあと、四番の大迫先輩がホームラン。見事すぎる。
ホームで迎えに行って、背中を叩いてベンチに戻ったら、先輩が話しかけてきた。
「予想通りやな。二球目、インハイの直球だったわ。」
「キャッチャー、バッティングは良いけど、リードはちょっと偏ってますね。変化球の選び方に癖が出てる。」
俺はコーラを飲みながら、試合前に立てた分析と実際の展開の擦り合わせをしていた。今日くらいの気温がちょうどいい。
そのあとも、うちの打線は止まらなかった。
タイムがかかり、相手は内野陣をマウンドに集めて相談。伝令も出てきたけど、2回裏でスコアは0-6。
甲子園優勝校が、2回戦敗退のうちにここまで打ち込まれてる状況に、向こうは混乱してるはずだ。
でもこれは“相性”の問題だ。
この時代、高校野球の配球はほぼ捕手任せ。勘と経験でリードしているつもりでも、データ的に見るとワンパターンになることが多い。
実際、取手四の配球もそうだった。
外角低めのストライク→ボールになる変化球→インコースで仕留めにくる。この単純な流れ。本人たちは球を散らしているつもりでも、確率で見ると7割以上読めてしまう。
リードは本来、チーム全体の仕事だ。
勘じゃなくて、xwOBAやCSAAといった指標を用いて、相手打者にどんな球が有効かを導き出す。それを基に作戦を練る。現代野球はそれが当たり前だ。
令和のプロ野球では、開幕前の無双が開幕と同時に沈黙する、なんてことは普通にある。でも、それは打てなくなったんじゃなく、対策されたから打てないのだ。
取手四のリードはこの時代からしても古かった。
取手四は投手交代で流れを変えようとしてきた。でも、根本原因がエースにあるわけではない。流れは止まらなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日、決勝の相手はPF学園だった。
ここまで対戦成績は全敗。だけど、復讐の準備は完了している。策はバッチリだ。
というか、日程おかしくないか?県大会決勝と国体初戦が被って、次の日に国体準決勝、次の日に国体決勝。鬼か。
うちのエースもPFの投手も、連投なんだけど。
まぁ、奈良県民(仮)として国体を盛り上げるために頑張るか。
会場の橿原県営球場は超満員だった。見たことないくらい客が入ってる。
PFは全国区の人気校だし、うちは奈良南部代表って感じで応援も来る。
試合は予想通りの打ち合いになった。
でも今日は桑原がいない。
投手のレベルが拮抗すれば、打力で勝る俺たちが有利だ。
試合は5回表、俺にようやく勝負の機会が回ってきた。
これまで勝負を避けられてたけど、次の打者の大迫先輩が絶好調のおかげで避ける意味もなくなったらしい。
スコアは7-5でうちがリード。思ったより打ち崩せてない。
ランナーは1・2塁。
マウンドにはPFの三年生サウスポー。桑原が出てきた後にちょいちょい投げてた選手だ。
本来ならエースになるはずだったのに、化け物のせいでずっと控え。なんか気の毒だ。
キャッチャーは桑原の女房役。リードがうまい。
正直、桑原を攻略できない一因はこの捕手のせいでもある。
もう卒業なんだから、リードのコツを残さず出て行ってくれよ、ほんと。
初球、内角高めにギリギリの球が来た。思わずのけぞる。
うわ、内角攻め。えげつない。
ちょっとムッとしながらバッターボックスに戻ったそのとき、来た球は内角低めのスライダー。
それをぶっ叩いた。
バットを丁寧に置いて、一塁へ。
途中、ピッチャーを見ると、何かをブツブツ呟いている。
「はいはい、化け物で悪うございましたね」
って気持ちで小さく観客に手を振ってベースを回った。
ベンチに戻ると、先輩たちにボコボコに祝福される。
打った瞬間、ピッチャーの心が折れる音が聞こえた気がした。
もう続投は厳しいだろう。マウンドに伝令が走ってる。
――そして9回裏。
俺はレフトの守備についていた。
前の回に打ったヒットのおかげで、外野席から声援が飛ぶ。
帽子を軽く振って応えながら、ポジションへ。
てか、この球場の外野席が開放されてるの初めて見た。
普段は観客が少なくて、内野席だけで済むからな。これは新鮮だった。
スコアは12-6。
相手の応援団にはどこか諦めムードが漂っていた。
マウンドには三年の坂田先輩。
今まで強豪相手に炎上してばっかりだったけど、今日は有終の美を見せてくれるといいな。
一人目、左中間へのフライ。俺の足がなければ落ちてた。
二人目は塁に出し、続く打者はゲッツー。あっさり試合終了。
大歓声の中、ベンチで先輩たちとハイタッチを交わす。
国体は、正直タイトルとしての格は高くない。
でも、“全国一位”には変わりない。
ベンチで笑ってる三年生たちを見て、この夏、甲子園の砂を集めていた背中を思い出した。
あのときの悔しさが、少しだけ溶けていく気がした。




