表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/57

第1話 終わり

 少し薄暗い部屋、俺は3台のモニターを前に、明日の予告先発投手の映像を眺めていた。

 一次所見は既に専用端末で提出済みだ。それでも、やっぱり気になる。

 間違いがないか、見落としはないか、最後にもう一度だけ確認したくなる。


 映像は三方向──センター後方、バッター視点、そして一塁側高角度──に切り替えながら、投球動作を繰り返す。


「このスライダー……。やはり、落ち方が縦寄りだな」


 自分の声が静かな部屋に微かに響く。

 回転軸の傾きと、縦方向の沈み。見慣れないと見分けがつかないかもしれない。俺は気づいた事をノートに書く。

 この投手がスライダーを投げるとき、右肩の高さがわずかに変わる。

 角度にすればほんの数度、動作にして数ミリの違い。それでも、こういう癖は今のプロ野球では致命的な弱点になる。


 一軍に上がってきたばかりの若手だ。動きも整っていて、正面から見ただけではまず分からない。

 だが、斜めからのアングルで数球重ねて見れば、投げ分けの差異が浮かび上がってくる。

 それに気づくかどうかが、勝敗を分けることもある。


 専用アプリが導入されたのは、去年の春だった。

 今では選手一人ひとりにスイング分析や配球傾向が届く。映像はその日のうちにアップされ、翌朝にはスマホで復習できる。

 便利な時代だ。だが、それで全てが分かるわけではない。


「配球の裏にあるクセってのは、数字に出ないんだよな」


 映像室に選手がふらっと顔を出したときに、そう言ったことがある。

 俺はよく若手にアドバイスを求められる。

「牽制のタイミングが読めないんです」とか、「カーブの時だけ呼吸が浅くなる気がします」とか。

 いい傾向だ。みんな貪欲に吸収しようとしている。

 でも最後に判断するのは、自分の目と感覚だ。

 それは、どれだけ技術が進んでも変わらない。


 現役時代、ひたすら塁に出ることだけを考えていた。

 高校の頃の連投の影響による肩の故障で、大学で内野手に転向した。肩の怪我の影響でお世辞にも送球が良いとは言えない。

 それでも、走塁と観察力を武器に一軍に定着し、一度だけ盗塁王も獲ることができた。


 大学に進んだのは、ドラフト漏れがきっかけだったが、結果的にはそこでスポーツ医学や統計分析を学べたのが大きかった。

 怪我を抱えながらもキャリアを長く続けられたのは、その知識とセルフケアのおかげだと思っている。


 首脳陣が俺がベンチでいつも書いている野球ノートを見て、引退後に分析担当として声をかけてくれた。

 グラウンドに立つことはなくなったが、こうして野球に関わり続けられるのは幸せだ。

 自分の見てきたもの、積み重ねたことが、少しでもチームの勝利に役立てばいい。


 時計を見ると、もう午前1時近い。

 最後に報告用の要点をまとめて、端末をロッカーに戻す。

 ウインドブレーカーを羽織り、ビルの自動ドアをくぐると、冷えた夜風が頬を打った。


 帰り道、スマホの通知が震えた。

 《○○、MLBで2戦連続の本塁打。今季15号》

 ふっと笑みが漏れる。あいつ、また打ったか。


 大学時代の同期。プロ入り後も比べられたスラッガーだ。

 俺も大学リーグでは本塁打王を取ったことがある。でもプロに入ってからは、自然とヒット狙いに切り替えた。

 走塁を生かせと言われ、バットを短く持ち、細かい打球を狙うようになった。

 それが正解だったとは思う。思うけれど──


「もっと、野球がしたかったな」


 そう呟いた瞬間、耳元で破裂音のような轟音が鳴った。

 前方から光が迫る。

 視界が、真っ白に染まった。


 そして、衝撃。

 それが何だったのかを考える暇もなく、意識は深い深い闇に落ちていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ