浮気した旦那が離婚をチラつかせてきたので、もちろん私は受け入れます
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「おお、エルマ様。本日もお会いできて光栄です」
「私もお会いできて光栄ですわ」
エルマ・ラーフォルトを慕う者は多い。
ラーフォルト家に嫁ぎ、貴族との交流を率先してこなす女性。
艶々した黒髪と黄色の瞳。
貴族と接することがよくあるので、身だしなみには気を使っている。
綺麗なドレスに髪は整えられており、彼女が結婚をしていることを残念がる男性もいた。
今日も彼女はパーティで色んな貴族をその話術で喜ばせ、楽しい時間を提供している。
男性の話をよく聞き、女性の愚痴に付き合う。
そういうことを続けている間に、いつの間にか彼女は無くてはならない存在となっていた。
同じようにパーティに出ている夫のズルト・ラーフォルト。
顔立ちこそ端正であるが、女性に鼻の下を伸ばす醜い男。
身長はやや高めだろう、だがあまり体を鍛えていないので、どうしても逞しさが感じられない。
しかしそんなズルトであるが、他の男性陣は彼を羨ましがっている。
それはエルマと結婚したことだ。
結婚生活はすでに6年目。
貴族男性たちがエルマとの結婚を望んでいたが、だが両家の話し合いの結果、エルマはズルトと婚姻関係となった。
そんなエルマは今日もため息をつく
またズルトが女性に声をかけ、気安く肩を抱いている。
伴侶がいるというのに、それも同じ場にいてそんなことをするものなのだろうか。
普通の夫婦なら喧嘩をするところだろうが……ズルトはとある理由から、エルマに対して優位に立っていると考えていた。
パーティが終わり、馬車で帰宅する二人。
その中でエルマは窓から外を眺めるばかり。
その様子にズルトがニヤリと笑い、エルマの肩に手を回す。
「どうしたんだ、機嫌を損ねたのか」
「いいえ、別に」
「そんなに拗ねるな。俺と離婚はしたくないだろ?」
「それは……」
よく離婚をチラつかせてくるズルトであったが、最近のエルマはどちらでもいいと考え始めていた。
人の弱みを握り、そして自分の好き勝手にする。
元から愛情は無かったので、結婚生活に終止符を打つのも悪くないかも。
そんなエルマの思案を知らず、ズルトは笑う。
「嫌だろ。そうだろ? だってお前は俺と別れたら、家がどうしようもなくなるからな」
エルマの実家が没落の危機にあり、それを救ったのがズルトの家。
今も援助を続けており、それを停止すると脅しているというわけだ。
卑劣で性格の悪い男。
良いのは顔だけ。
エルマは呆れ果てているが、だがまだ離婚を踏み切れない段階にいた。
(この人はまだ調子に乗っているだけ。いずれ改心するようなことがあれば、それでいい。終止符を打つとしても、この人が何かをやらかした場合だけ。そうでなければ、これからも夫婦関係を続けよう)
離婚となれば、流石に世間体が悪い。
そこまで気にはしていないが、だが極力離婚は避けたいとも考えていたエルマ。
だがズルトの性格の悪い言葉を聞く度、それもどうでもいいかとも感じ始めていた。
そしてある日のこと、ズルトはとうとうやらかしてしまう。
それは彼が浮気をしていたことだ。
上手くやったつもりだったようだが相手も伴侶を持つ女性で、旦那から告発され、彼の愚行が明るみに出てしまった。
ズルトの自室でエルマは腕を組み、彼を見下ろす。
ズルトは開き直っているのか、不貞腐れたような顔で視線を逸らしている。
「それで、何か言い訳は?」
「無い」
「そうですか。それでこれからどうするおつもりで?」
いつもより語気を強めるエルマに対し、ズルトは腹を立てたのか彼女を睨みつける。
「おい、なんだその態度は。旦那の浮気の一つや二つ、許すのが常識だろ」
「そんな常識聞いたことありませんが。ではあなたは、私が浮気してもヘラヘラ笑って許してくれるのですか?」
「男と女は違う! 俺はいい。だがお前は駄目だ」
話にならないとエルマは嘆息する。
ズルトは彼女の態度が気に入らないらしく、また離婚をチラつかせてくる。
「いいのか、離婚するぞ? それで困るのはお前なんだからな」
「そうでしょうか」
「そうに決まってるだろ。それが嫌なら、浮気を許せ――」
「別に嫌じゃありませんけど。離婚しましょうか」
「……は?」
エルマの信じれない返答に、ズルトは唖然とする。
彼の情けない表情を見て、エルマは吹き出してしまう。
「ははは。だからいいですよ。離婚しましょう」
「いや……いやいやいやいや。良くないだろ。困るだろ、お前」
「だから困らないと言っているのです。浮気するようなクソ野郎と婚姻関係を続けるより、離婚した方が清々しますし。それにその方が幸せになれるでしょうしね」
「な、ななな……」
怒髪天を衝くズルト。
自分と別れた方が幸せになれる?
この女は何を言ってるんだと、眉を吊り上げる。
「そこまで言うなら離婚してやる! 後悔するんじゃないぞ!」
「分かりました。ああ、こちらの書類にサインをしていただいてよろしいですか?」
浮気をした時点で、ほぼ離婚を決めていたエルマ。
離婚するに当たり、書類をすでに作成していたのである。
「何があっても復縁は迫らない……今後ラーフォルト家を助けることはない……なんだこれは!?」
「書いているままの意味ですよ」
これから先、面倒なことが起きないようにといくつかのルールを記載していたエルマ。
ズルトはそれを見て、バカにするようにフンと鼻で笑う。
「復縁を迫るとしたらそっちだろう。それにラーフォルト家を助けない? バカにするな! お前の助けなど、これから一生必要無い!」
「ではサインをお願いします」
エルマを睨み、書類をひったくるようにして手に取るズルト。
高ぶった感情のままサインをし、投げつけるようにしてエルマに返す。
「これにて離婚成立。さっさとここから出ていけ!」
「言われなくてもそうします。それでは」
ズルトに頭を下げ、すぐに身支度を始めるエルマ。
(離婚を踏みとどまっていたのがバカみたいだわ。これならもっと早くに離婚すれば良かった)
バカ旦那の行動に呆れ、変な笑い声を出すエルマ。
そして彼女は、清々しい気分で実家へと戻るのであった。
「姉さん。どうかしたの?」
実家に戻ると、出迎えてくれたのはエルマの弟フィン。
彼は黒髪の美青年で、年齢は20歳だ。
姉の帰還に驚きつつ、だが喜びの笑みを浮かべる。
「離婚してきたのよ」
「そう……まぁいずれそうなるとは思ってたけど。あんな人だったからね」
「あなたもそう思う?」
「俺だけじゃなくて、家族全員そう思ってたよ」
笑い合うエルマとフィン。
まさか家族全員が離婚を予測していたとは。
エルマが実家に戻ったことは、すぐに貴族間で話題になった。
まず一番に上がったのはバカなやつ、 とエルマを手放したズルトへの蔑む声。
そして次に上がったのは――これでエルマはフリーだ!
という男性たちの声であった。
エルマと離婚し、自由となったズルトはそれからも女遊びを欠かさない。
伴侶がいないとなると歯止めが利かなくなり、欲望のままに行動をしていた。
だがある異変に気付き、彼は真っ青な顔をすることとなる。
一方エルマは、実家でのんびりとした生活を送っていた。
日々男性から届く求愛の手紙。
彼女を狙う男性は多く、エルマは送られてきた手紙全てに目を通していた。
「モテるんだね、姉さんは」
「嬉しいことに、好意を抱いてくれる方はいるようね」
「再婚の予定は?」
「まだ未定。再婚のことは考えてもいないわ」
姉弟でそんな会話を交わしていると、屋敷の入り口付近が騒がしいことに気づく二人。
何ごとかと玄関の方へ向かい、騒ぎの正体を確認することに。
「ああ、エルマ!」
「ズルト様……どうしましたか?」
屋敷までやって来ていたのはズルト。
彼は必死な表情で叫んでいたが、エルマの登場に笑顔を浮かべる。
「じ、実はラーフォルト家が危ないんだ! 流通が途絶え、さらには他の貴族から縁を切られ始めている。それも全て……エルマの所為というじゃないか!」
「私の所為? まさか。あなたの所為ですわよね?」
ズルトの目が丸くなる。
自分がしでかしたことにまだ気づいていないようだ。
「俺の所為? 何を言ってる。こちらとの取引を中止した者も、他の貴族たちも言っていたぞ。エルマと離婚したから、こちらから手を引くと」
「だからあなたの所為じゃありませんか。私と離婚したのはあなた。いつも離婚をチラつかせてきましたよね。私はそれに賛同しただけですから」
「ううっ……」
エルマは人望があり、彼女を慕っている者も多い。
そんなエルマがいるからこそ、ラーフォルト家と取引をしている業者もあり、それら全てが撤退をしてしまったのだ。
まさかの出来事にパニック状態に陥っていたズルト。
話を聞き、助けを乞うためにエルマに会いに来たのだ。
「お、俺が悪かった……だから助けてくれないか?」
「離婚の書類にサインしたのをお忘れですか?」
「……ああ!!」
ラーフォルト家を手助けしない旨を記載されていたことを思い出し、ズルトの顔から血の気が引いていく。
(なんてことだ……まさかこんなことが起こるとは思ってもみなかった。あんなサイン、するべきじゃなかったんだ)
後悔してももう遅い。
約束は約束。
丁重にサインまでしてしまっているので、どうすることもできない。
しかしズルトは諦めるようなことはせず、エルマに懇願する。
「なあエルマ。俺たちは元夫婦だ。助け合いも必要だろ?」
「確かに、助け合いは必要ですわね」
「だろ? じゃあ俺を助けて――」
「助け合いは必要ですが、あなたは何をどうして助けてくれるのですか? 力も無い、コネも無い、これから没落していくだけのあなたが」
「え、あ……」
核心を突かれたような言葉に、ぐうの音も出ないズルト。
焦り、苛立ち、余裕を失っていく。
そしていつものように、癇癪を起す。
「俺が助けろと言えば助ければいいんだ!」
「お断りします」
「お前……それが元旦那に対する態度か!」
「それが元妻に対する態度ですか? 私たちはもう他人なのですよ。助けてもらう立場で、よくそんな言葉使いを」
「た、頼むから助けてくれ! お前が言ってくれれば、全て丸く収まるんだから!」
今にも泣きそうなズルトの顔を見て、フィンが含み笑いをする。
そして正しいことを話すかのようにして、彼に言う。
「他人は助けないけど、また夫婦になれば助けてくれるんじゃないかな」
「あ! そうだ、再婚しよう! またやり直せば、全部上手くいくじゃないか!」
「何故あなたのようなバカと再婚しなければいけませんの? それにそのことも書類に記載されていましたよね。復縁は迫らないと」
「あああああああああああああああああ!!」
またサインしたことを思い出し、自分がしでかしたことに叫ぶズルト。
こうなることを理解していたフィンは、姉の後ろで声を殺し、酸欠になりそうなほどに笑っている。
「頼む……頼むから何とかしてくれ」
「自分で何とかしてください。こうならないために書類にサインしてもらったのですから」
「だがこのままじゃ、ラーフォルト家が!」
「ええ。終わりでしょうね」
「だろ、だから助けて――」
「嫌です。お引き取りを」
「嘘だろ……俺たち、こんなことで終わりなのか?」
「もうとっくに終わっていましたから、私たち。」
ズルトは膝をつき、涙を流しながらエルマに頭を下げる。
「お願いだ……これまでのことは全て謝る。だから助けてくれぇ……」
「残念ですが、私に謝っても仕方ないのです。あなたが失ったのは私だけではありません。信用も失ったのです。大事なことにも気づかず、欲望に忠実に行動した。全てあなたの責任でしょう」
「ううう……うわぁああああああああああああああああああ」
大泣きし、地面に顔を埋めるズルト。
だが全ては遅すぎた。
エルマが迷っている間に改心していれば、こんなことにはならなかったのに……
それからラーフォルト家は破産し、ズルトは地獄のような日々を送っている。
それに対し、エルマは穏やかでありながら幸せな人生を謳歌していた。
家は弟と共に自力で立て直し、毎日のように愛の告白をされ、充実した日々。
ズルトと違い、愛情を向けてくれる家族が傍にいる。
「このまま結婚しないのもいいかもね」
「それは駄目でしょ。姉さんを求めている人は数多くいる。本当に幸せにしてくれる人は現れるはずだから」
「そうかしら……そうだといいわね。次はちゃんとした男性を見つけないとね」
「あれほどのクズでバカはそうそういないでしょ」
「それもそうね」
姉弟で笑い、そして未来に想いを馳せる。
(自分はどんな方と再婚するのだろう。はたまた、再婚をすることは無いのだろうか。どちらにしても私は幸せに生きていける。だって自分を想ってくれている人が、周りにはいるのだから)
今日も彼女を訪ねてくる男性がいるだろう。
そしてエルマはまだ知らない。
真の運命の出会いはもうすぐそこまで来ていることに……
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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