04.違いが分かるボッチ vs 分からせられる王女(1)
「へえ、結構いいな」
3人部屋にボッチで案内されてから、約4時間後。
太一は部屋に設置された鏡の前でくるくる回っていた。
彼が着ているのは、学生服ではなく、黒っぽいの異世界風の服だ。
部屋に案内してくれたメイドさんが、彼の職業を聞いて持ってきてくれたのだ。
この世界では職業ごとに服が違うらしく、「狩猟師」である彼は、森に紛れそうな暗めの服が定番のようだ。
「地味だけど、ちょっと闇の実力者っぽいな」
ちなみに、廊下からは、
「きゃー! かわいい!」
「見て! このマント、広がるの!」
「すげえ! 本物の皮だ!」
「これが俺の必殺ポーズだ!」
といった楽しげな声が聞こえてくる。
どうやらクラスメイトたちは部屋を出て衣装を見せ合っているらしい。
「ふん、子どもだな」
太一は目を伏せながら独り言ちた。
「決めポーズなど、過去に捨て去りし愚行だ」
やや中2的なツッコミを入れつつ、彼はテーブルの上にあるお菓子の皿を見た。
メイドさんが「お腹が空いたときのために」と、お茶のポットと一緒に置いていったものだ。
クッキーのようなものや、チョコレートのようなものなどが並べられている。
「……これ、食べられるのか?」
疑いの目でジッと見て、
「……ん?」
彼は思わず顔を近づけた。
お菓子たちが青白く光ったように見えたからだ。
何度も目をこすって確認するが、青白い光は消えない。
「これ、何かのスキルか?」
他に見る物はないかと窓を開けて外を見ると、そこは中庭らしき場所だった。
見事に整えられた庭園が広がっており、あちこちに黄色や赤、青などの光が見える。
「ええっと、鳥が青で、あそこにいる虫が黄色、あの赤いのは……蜂か?」
それらを観察すること、しばし。
太一は、この光が危険度を示していることに気が付いた。
「なるほど……狩猟師だから、見たものの危険度みたいなものが分かるんだ」
恐る恐る、お皿の上の青白くクッキーを1口食べると、
調理実習で作ったクッキーに近い粉っぽい感じはするものの、悪いものである感じはしない。
「大丈夫そうだな」
そして、ポッキーのようなお菓子もつまみながら、鏡の前でくるくると回ったり、弓を引くポーズを決めていた、そのとき。
コンコンコン。
ノックの音が聞こえ、ドアが開いた。
顔をのぞかせたのは、メイドさんだ。
「パーティのお時間です」
「…………はい」
ボソッと返事をしながら、太一はため息をついた。
どうやら王女様が歓迎パーティを開いてくれるらしく、それが夕食代わりになるらしい。
(バックレたいな……)
とは思うものの、さすがに初っ端の歓迎パーティを欠席するのもどうかという気がする。
(仕方ない、パッと食べてパッと帰ろう)
そんな計画を立てながら、太一は部屋を出て鍵をかけた。
話しかけたそうにしているメイドさんに対し、
下を向いて「話しかけないでオーラ」を出して牽制しながら歩く。
そして、赤絨毯がひかれた長い廊下を歩くことしばし。
太一は、花やリボンが飾られた広いパーティ会場に到着した。
見たことがないくらい長いテーブルが置かれており、すでに来ているクラスメイトたちが座っている。
テーブルの端の方の席に案内され、太一はホッと胸を撫でおろした。
この席ならば、こっそり部屋に戻っても目立たなさそうだ。
クラスメイトたちをチラリと見ると、みんなゲームのような衣装を身に付けており、楽しそうにおしゃべりしている。
どうやら、体育会系部活に所属している者たちは戦闘職で、文化部に所属している者たちは生産職や補助職になっているらしい。
ふむふむ、と思いながら、太一は置いてあった白ナプキンを手に取った。
端の方に施された刺繍を調べるフリをしながら、クラスメイトたちの話に耳をかたむける。
そして、しばらくそんな風に過ごしていると、
「お待たせいたしました」
バカンス王女が、颯爽とパーティ会場に入ってきた。
一瞬、太一と目が合うが、すっと目を逸らされる。
(……なんか目が合った気がする)
同じく目を逸らしながら思う太一の前に、料理が運ばれてきた。
料理は全体的に西洋風で、前菜の盛り合わせっぽい皿や、テーブルの真ん中にはこんがりと焼かれた大きな肉の塊が置かれる。
美味しそうな香りが周囲に漂う。
「わあ、豪華!」
「美味しそうだね!」
嬉しそうな声が聞こえてくる。
そんな中、太一は目の前の、金の古代ローマ風のコップに紫色の何かが注がれるのをながめた。
一応安全確認しておくかな、と凝視すると、食事や飲み物が青白く光り始める。
(ふむ、安全性に問題なし、って感じか)
まあ、多分毒見とか散々してるよな、と考える。
その時、少し離れた正面席に座っていた王女が立ち上がった。
ニコニコ笑いながら、大きな声を出す。
「それでは、乾杯いたしましょう! 皆様、コップの準備は良いですか?」
皆が一斉にコップを掲げる。
太一もコップを掲げながら目を上げて――
「……っ!!!!!」
思わず息を飲んだ。
目に映ったのは、毒々しいほど真っ赤な光を放つコップだ。
(あれ、絶対ヤバい! 絶対猛毒だ!?)
死ぬチャンス到来――! と、太一は立ち上がって叫んだ。
「ちょっと待った!!!!!」
『ちょっぴり勇気が出る』スキルの発動を感じながら、持っていたコップをテーブルに叩きつけ、目を丸くしたクラスメイトたちの反応も無視して、絨毯を蹴って走り出す。
そして、
「な、なんですの! あなた!」
驚愕の表情でタジタジとなっている王女のコップを奪い――
ゴクゴク
赤黒く発光する飲み物を一気に飲み干した!
「…………は?」
太一の行動に、会場中の人々の目が点になった。
今、何が起きたのか誰も理解できていない。
太一は飲み干したコップをテーブルに置くと、急にくらりと来て絨毯に倒れ込んだ。
「キャー!!!」
女子たちの悲鳴が会場に響き渡る。
王女が焦ったように倒れた太一を揺すった。
「ちょっと! 貴方、大丈夫ですの!?」
文官が太一の飲み干したコップを調べて青くなった。
「王女! このコップには毒が入っております!」
「え! じゃあ、この少年はわたくしを助けるために……」
薄れる意識の中で、走り寄ってくるクラスメイトたちと、焦り驚く王女の顔を見ながら、太一はつぶやいた。
「時は満ちた……終焉の鐘が鳴り響く……」
「え? 鐘? マズいですわ! 幻聴が!」
そして、その直後。
彼は「キャー!」という女性達の悲鳴を聞きながら、ゆっくりと意識を失った。