01.絶対に異世界に行きたくないボッチ vs 始末書を書きたくない神様
本日から投稿を始めます
どうぞよろしくお願いします!
「い、異世界とか、ぜ、絶対に嫌です!」
だだっ広い何もない白い空間に、上ずった声が響き渡る。
白髭の老人――神が、困ったような顔で髭を撫でた。
「しかし、もう召喚されてしまったしのう」
「な、なんと言われても嫌です! 無理に行けと言うなら、僕、ここで自害します!」
ボソボソと必死に抵抗しているのは、学生服を着たやや小柄な高校生だ。
声は小さいし、目も合わないが、決して譲らないという固い意思が見える。
老神は困った顔をした。
(こりゃどうしたもんかのう)
彼は、異世界召喚を担当する神だ。
といっても、送り込まれてきた被召喚者たちに説明をして、職業を1つ、召喚特典スキルを1つ選ばせて送り出すだけの簡単なお仕事である。
たまに行きたくないと嫌がる者もいるが、
「魔王を倒したら必ず元の世界の元の時間に返すぞい」
「剣と魔法の世界じゃ、職業とかスキルとかカッコいいぞい」
とか言うと、昨今のラノベブームもあって、ほとんどの者は折れてくれる。
(老後のワシにはちょうどいい仕事じゃの~)
しかし、稀に「行きません!」と頑固に言い張る者がいる。
特に今日の彼は、今までで一番手強く、何を言っても「嫌です」の一点張りで、一向に折れる様子がない。
被召喚者が固く拒んでしまうと、転移させることはできなくなる。
ここは何が何でも説得しなければと、神は色々言ってみることにした。
「今日本で流行りのラノベの世界じゃぞ?」
「い、嫌です」
「職業とスキルの選択次第では、チートや俺TUEEも可能じゃぞい」
「そういう中2的なアレは去年卒業しましたから!」
「むこうは可愛い女の子が多いぞい??」
「…………いえ、結構です」
最後、ちょっと間があったものの、全部拒否られてしまった。
取り付く島もないというやつだ。
(困ったのう。今日は早く帰って飲みに行く予定じゃったのに……)
それに、ここで説得できなかったら地球に返さざるを得なくなり、他の世界の予定を狂わせたとして始末書を書かされる。
この年で始末書はさすがに嫌だ。
(なんとかせにゃあかんのう)
*
一方、男子高校生・南田太一も困っていた。
(いやいやいや、クラスで異世界召喚とかムリに決まってるじゃん!)
太一はいわゆるボッチだ。
朝は特にしゃべる人もいないため、ホームルームの1分前に登校。
お昼は、暑くても寒くても非常階段でボッチ飯をして、帰りは誰とも口を聞かずに速攻帰宅。
学校にいる時は常にボッチと悟られないように気を配り、天敵は体育祭、文化祭、修学旅行などの学校イベント。
黙って座っていることが正義になる授業中だけが安住の時間だ。
だから、クラスで異世界召喚されたと知って、彼は思った。
クラスメイトたちと一緒に魔王討伐を目指すなんて、そんなのずっと運動会&修学旅行状態じゃないか!
それを3年とか、無理無理無理!
そんな、「みんなで協力して魔王を倒しましょう」のような、某少年誌の“友情・努力・勝利”的な展開は、考えただけで吐きそうだ。
(討伐後の打ち上げに呼ばれなかったら、別の意味で死ぬ!)
という訳で、普段大人しい彼も、神様に必死に言いつのった。
「3年間クラスメイトと一緒に魔王討伐を目指すとか絶対に無理ですって! クラスのSNSとか知らないし、誕生日に祝ってくれたのは家族とソシャゲのキャラだけだし!」
「いや、でも召喚されちゃったしのう」
神様が困った顔をする。
「行ってもらわないと、困るんじゃよね、ワシ」
「僕は困りませんから!」
「そう言わず」
「いや、何と言われようとも無理です!」
そしてすったもんだ言い合いが続き、
「ちょっとくらいなら融通を利かせるから、何があれば行ってくれるか言ってみい」
と言われ、太一は叫んだ。
「じゃあ、サクッとソロで魔王を倒せるくらいの強さになれるスキルをください!」
サクッと強くなれれば、みんなで訓練なんて体育祭の準備的なことをしなくてもいいし、ソロ魔王を倒せるなら、班行動よろしくのパーティを組まされて1人あぶれる、なんてことはない。
ソロで行ってソロで倒して速攻で日本に帰れる。
完璧だ! と思う反面、彼は思った。
まあ、そんなスキルないよな、と。
「……まあでもそんなぶっ壊れスキルなんて……」
「あるぞい」
「え! あるんですか?」
「ふむ、これじゃ」
神様がそう取り出したのは、1枚の札だった。
『覇王蘇生』
老人曰く、人のために命を落とすと、魔王を凌駕する強さで生き返るというスキルらしい。
「おおおお!!」
太一は目を見開いた。
正に自分が求めていたスキルだ!
しかも、寿命を削られるとかそういうのじゃないのがいい!
一瞬興奮するものの、彼はすぐに正気に戻った。
いや、でも僕、死ねるのか? と。
(僕は、おはようも返せない男だぞ? 人のために死ぬとかできるのか? あと痛いのもちょっと……)
そんな彼の心を見透かしたように、老人が微笑んだ。
「安心せい。このスキルを発動すると、ちょっぴり思い切りが良くなる特典付きじゃ。しかも死ぬときの無痛効果のおまけもあるぞい」
「じゃあ、臆病な僕でも」
「うむ、人のために死ぬことなど余裕じゃ!」
「な、ならそれで!」
太一は飛びついた。
どうせ行くことになるのなら、このスキルを持って行って、サクッと死んでサクッと帰ればいい!
神様がすかさず言った。
「よし、召喚特典スキルは決まったとして、職業はどうするのじゃ?」
そう言って見せられたものは5つだった。
あまたの職業のうち、適性があるものはこの5つらしい。
「狩猟師」
「裁縫師」
「薬師」
「織布師」
「写本画師」
(……なんかどれも地味だな)
どうせなら、暗殺者とか隠密みたいなカッコいいやつが良かったなと思いながら、太一が尋ねた。
「あの、この中で魔王をソロで倒せるとしたら、どれになりますか?」
「……まあ、狩猟師くらいじゃろうな。強力な弓も使えるし、隠密なんかも使えるからの」
なるほど、忍び寄って弓矢でサクッと倒せるわけか、と思いながら太一はうなずいた。
「分かりました。これにします」
という訳で、こうなった。
――――
職業:狩猟師
召喚特典スキル:覇王蘇生
(献身的な死を迎えると英雄の力を手に入れられる、ここぞという時に少しだけ思い切りが良くなる&死ぬとき痛くない)
――――
神様がボソッと「狩猟師は、普通、“命中率UP”とか付けるんじゃがの~」と言っていたが、そんなのは無視して彼は立ち上がった。
「じゃあ、僕、行きます」
「うむ、気を付けて」
そして、神様は不思議そうな顔をした。
「ところで、お主、コミュ障とか言っていたが、今みたいな感じでしゃべればいいんじゃないのかの?」
結構ペラペラしゃべっていたよね、と言いたげな老人に、彼は苦笑した。
「初対面は意外といけるんです。そこからの距離をどう詰めていいかが分からなくて」
「そういうもんかのう」
そう言いながら、老人は彼に手をかざした。
「それでは、行くがいい、勇者よ。汝の旅路に幸あらんことを!」
太一の体からぱあっと金色の光が発せられる。
そして、次の瞬間。
太一の姿はどこにもなかった。
本人は、中2病を卒業したつもりですが、はたから見るとまだ卒業できていません