「師匠、俺は女だと聞きましたが」一番目の弟子と、二番目の弟子
「ああ、あの子だよ」
ライファスが振り返り、おいでおいでと手招きする。
依頼者が訪ねることもよくあった。そういう場合は、師匠の指示を待つのが基本だ。ユキは呼ばれると自然と嬉しくなって、立ち上がると、駆けて向かう。
それを、ロイがそばにくるまでじーっと目で負いかけてきた。
(なんだろう?)
ユキはライファスの隣に立つ。するとロイがすぐに彼のほうへ視線を戻し、またしてもユキに指を指したうえでこう言った。
「師匠、俺は女だと聞きましたが」
彼のそばにいたユーファのほうから「ぶふっ」と笑う声が聞こえた。
ユキは、カチンときた。
(初対面でそういうこと、言う?)
デリカシーがない。それでいて、堂々人を指差すなんて、失礼だ。
十八歳の、綺麗な魔術師見習いの女性でも想像していたのだろうか。確かに魔術師学校にいた同級生の女の子たちは身長もあったし、ズボン姿であったとしても性別を間違えられないくらい女性らしさがある。
とはいえユキは、別にどちらに見られても問題ない。
ただ、彼の今の言い方や態度は好きになれないと思えた。まるで、自分の見かけや容姿のせいで、ライファスが文句を言われているような嫌な気持ちになる。
「ボクはこう見えても女だよ」
ユキはロイを睨みつけた。
(兄弟子だから仲良く、なんて師匠に言われても無理かも)
どうにも好きになれないそうにないタイプだ。
「『ボク』……?」
ロイが、理解不能そうに口にする。
「ああ、この子の癖なんだよ。孤児で、はじめは自分が女の子であることも分かっていなくてね、どうか理解してあげてほしい」
「なるほど。それでしたら」
ロイは興味がないふうだった。
いや、興味がないのだろう。話している間一度も視線を寄こされなくて、ユキはむかむかしてきた。
(いやっ、ボクのほうこそ、どうでもいいけどっ)
そもそも、今まで知らなかった兄弟子が、どうして訪問してきたのだろう。
「ユキ、彼は私の一番目の弟子のロイ君だ」
「えっ、じゃあ、もしかして……」
「ふふ、そうだよ。ユキが私の二番目の弟子だ」
ユキは何やら照れてしまった。
「お前のことを教えたら、少し手伝って欲しいとのことでね。仕事が終われば、依頼をこなしたという証明手続きをしてくれるそうだ。そうすれば『魔術師の証』が発行される」
「じゃあ魔術師になれるの!?」
ユキは、兄弟子とやらのロイをパッと見上げた。
「まぁ、その通りではある」
じっと見下ろし、それから間もなく腕を組んでロイが片眉を上げる。
「師匠から『二番目の弟子が学校を卒業する。依頼をこなした証明を取らせてほしいのでこの手紙の件、彼女に手伝わせてみないか』と返事があったから、ここへきた」
魔術師の証がもらえるのは、かなり魅力的だ。
「いけすかない男だけど、彼を手伝えば魔術師になれる……!」
「あはは、ユキちゃん声に出てるよ」
ユーファが、興味津々に見下ろしてきた。
「あ、ユキちゃんって呼んでもいいかな」
「うん。いいよ」
「師匠、こいつに敬語はまだ教えていないんですか?」
すかさず脇でロイがライファスにそう言った。その際、またしても指で差されて、ユキはカチンときた。
ユーファが「まぁまぁっ」と間に割って入る。
「僕のことは気軽にユーファって呼んで。そうか、ユキちゃんが子供にしか見えないのは元孤児でもあるせいなのか」
拾われて間もないと思われているのだろうか。
ユキは、違うと答えようとした。きちんと栄養のある食事ができるようになったのが師匠に拾われてからなので、たぶん成長期も他の子よりズレているのかも――。
だが、ユーファはお喋りみたいで、彼が話すほうが早かった。
「これから同じ仕事をこなすなら、魔術師としてはチームの魔法バランスを説明するのも大事だよ。覚えておくといいよ。こっちのロイが攻撃系で、僕は防御を担当しているよ。まぁ、とはいえ主に――」
「雑用だな」
「……うん、まぁ、たいはんはそっちやってるかも」
魔術師は大きな組織に所属していない場合、攻撃系と守り系、もしくは回復系を得意とするといった魔術師が組んで、パートナーとして行動するのが基本だ。
ユーファの話によると、ロイは優秀で魔法展開も早く、その準備のサポーターとしてもユーファが活躍しているそうだ。
「さっ、今度はユキちゃんのことを教えて」
「うん……ボクはユキ。魔法はあんまり使えない」
途端、ロイがバカにするように鼻で笑った。
ユキはそんな彼を素早く睨みつけた。
「野生の猫みたいなやつだな」
「なんだとっ?」
「こらこらロイ、ユキはもう野生ではないよ」
はははとライファスが空気を和ませる。
「今は、ユキ・セルベクという立派な名前もあるのだからね」
「師匠が名付け親なんですか?」
「そうだよ、私が名付けたんだ。この子を見つけたのは、白い雪が降る夜でね。それで『ユキ』と名付けたんだ」
ライファスが、すぐそこにいるユキを見つめてにっこりと微笑んだ。
けれど一瞬、彼の顔に悲しみがよぎった気がした。
(なんだろう……?)
まるで、何かを心配するような切ない目になった気がしたが、ユキがまじまじと見つめたら、ライファスの笑顔は元通りになっていた。気のせいかもしれない。
出会った時、とても寒い日だったのはユキも覚えている。
白い雪が降っていて、彼女は傷だらけだった。
当時の記憶を手繰り寄せると断片的な映像がよぎるばかりで、よくは覚えていない。気付いたらそこにいて、そうして『一緒に行こう』と立ち上がらせるため、手を引く師匠の姿があったのだ。
それが、ユキのくっきりとした記憶の始まりと言ってもいい。
「大魔術師様が名付け親かあ。いいなぁ」
「うん。ボクも、好き」
名前をつけた師匠が褒められているように感じて、ユーファの言葉が嬉しい。ユキは照れ隠しでライファスの袖をつまみ、彼の背にはにかむ表情を隠す。
(師匠の、助手になってみせる)
ずっと一緒にいるためには、その方法しかないとユキは考えていた。
魔法もろくに使えないのに『弟子』と名乗るのも、ライファス自身に迷惑をかけそうな気がして、いつだって心配していた。
助手なら、雑用や用心棒でも彼の役に立てる。
彼と一緒にいてもいい『助手』という肩書が、彼女にとって精一杯の希望だった。
「血は繋がっていないが、私はね、本当の親の気持ちなんだよ。学校を卒業して一番目の実績を作らせるとしたら、信頼している一番目の弟子であるお前にと思っていた」
「ということは、彼女の入学を決めた昨年から?」
「そうだよ」
ライファスの笑みを受けたロイが、まぁいいかという具合に息を吐く。
「分かりました。それでは、彼女を少し借ります。師匠も、例の用事でラスフィールドへ行かれるんですよね?」
「そうだね。だが、お前たちと一緒にあの船に乗るわけにはいかないんだ。西の地にいる、もう一人の大魔術師を迎えに行かねばならない」
ユキはこの国内のことしか知らないが、ライファスを含め、この国の大魔術師には大切な仕事がある。
数百年前に起こった聖獣戦争のあと、当時活躍した大魔術師たちが、神格の聖獣たちと約束事を交わした。
精霊や聖獣を守り、二度と過去の過ちを繰り返さないこと。そして人間界で生まれる種族も責任をもって聖獣界、精霊界へそれぞれ送り届けること――。
ラスフィールド、という単語をユキは幾度も耳にしていた。
そこにも聖獣界の扉をあけるための大魔法陣がある。
これからライファスは、予定している大魔術師たちと共に、強大な魔力を使って聖獣界の扉を開けるのだろう。
(場合によっては二人、もしくは数人くらいいればできるって、そうとうすごいよね)
神格の聖獣であるドラゴンの役割を、大魔術師といった人間たちが行っている状態なのだ。技術が進んだ魔法陣の力もあるとはライファスは説明していたが、さすが師匠である。
大魔術師になる条件には、そういった大事な役割をこなせるだけの魔術師であるのかどうか、も関わっているのだ。
「今日にでも行くが、そっちは準備できているのか?」
「もちろん! すぐにでもいけるよ!」
ユキは、ロイに即答した。
ロイが次の言葉を言おうとした状態で、顔を顰めていく。