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まさかの、兄弟子

          ◆◆◆


「ユキ、卒業おめでとう」

「ありがとうございます」


 円形状の部屋で、ユキは古い木製の椅子に腰かけていた。


 向かい側には、優しい表情を浮かべた師匠のライファスが座っている。目尻にも深い皺が見えるものの、背はぴんと伸びていて実に若々しいとユキは思う。


 ライファスは、知らない人はいない大魔術師だ。守りの魔法を極め、攻撃魔法にはない使い方で魔物すら撃退するほどの実力者である。


 これまで旅をして各地を転々としていたが、ここ三年は彼の出身学校と魔術師協会の本部がある王都に滞在していた。


 卒業式の終わった正午に卒業を祝う食事会があったのだが、それを辞退してユキは自宅に戻った。ライファスはそれを見越して、近くでケーキを買い、二人にしては贅沢で彩りある食事を用意して待っていてくれていた。


「ユキ・セルベク、か……うん、よく似合っているよ」


 食事を終え、改めて祝いの言葉を口に舌ライファスは、卒業証書をまたしても感動したように眺めた。


「いえ、師匠の苗字を借りるなんて、その、ボクにはもったいないくらいです。苗字って必要なんですね」

「ふふふ、懐かしいね。名字というものを知らなかった時は驚いたっけ」


 ユキは孤児だった。これまで苗字とは無縁で、昨年入学書類を仕上げた際にライファスに言われて『ユキ・セルベク』と書き込んだ。


「まさかあの名前がそのまま登録されてしまうなんて……」

「いいじゃないか。魔術師学校も卒業した、これでユキはセリスエレス王国のユキ・セルベクだ」

「ですが、ボクなんかが――」

「ユキ」


 優しいが、少しだけ強い声でライファスが言葉を遮った。


「血は繋がっていなくとも、私は可愛い娘だと思っているよ。これからもずっと『ユキ・セルベク』として、私のそばにいておくれ」


 ユキははにかんで、こくりとうなずいた。


「はい。師匠が、そうおっしゃってくださるのでしたら……あっ、そういえば卒業したらもらえる魔術師の証の首飾りって、一か月以内に魔術師としての仕事をこなさないともらえないって聞きましたっ、大問題です!」


 ハッと思い出して、ユキはテーブルに両手をついて立ち上がる。


「ああ、言うのをすっかり忘れていたよ」

「師匠、そんなのんきな、ボクが魔術師の塔に行ったって、仕事を断れるに決まってますっ」


 ユキはありありと想像して、悲鳴に近い声になった。


 魔術師の場合、各地にある魔術師の塔と呼ばれる建物で、求人情報を探しだして仕事を申し込める。しかし、実績があるのならまだしも、魔術師学校からの書面にて仕事内容に適していると判断された場合のみにしか、申請は受理されない。


 ユキは、卒業試験の開始前にそれをスキーザー校長たちから聞かされ、飛び上がったのを覚えている。


『ぜ、絶対ボクに仕事なんて見付かりっこないですよっ』

『どうにか頑張ってほしい』


 ――としか言われなかった。


「大丈夫だよ。何も、仕事を見つける場所は〝塔〟だけではない。実は、ちょうど私の教え子からある相談を受けていてね。ユキにぴったりの仕事だと思って、それを引き受けておいたんだ。場所も、今回私が仕事で赴く地でね」

「それって、魔力要らない?」


 ユキは着席すると、期待を込めた目でライファスを上目遣いに見つめた。


「ああ、要らないよ」

「ボクは器用なことは一つもできないし、ただの体力バカですよ?」

「大丈夫だよ。相談の内容はユキにうってつけの仕事だと思ってね。本当は私もみていてあげたかったのだけれど、師匠が初仕事につくのはご法度だからね。私は別件で用があって手が離せないから、そうだね、私からユキにはじめての頼み事ということになるかもしれないな」

「頼み事! 師匠からの!」


 ユキは喜色に頬を染めた。


(師匠の役に立てる!)


 これまでは用心棒として師匠を守ることが多かった。魔法薬の調合を補佐することはあっても、行く先々で魔術師として対応するのはずっとライファスだった。


 思えば、魔術師学校を卒業したら、依頼を師の代わりにこなしに行くことも可能となるのだ。


「ボクっ、頑張ります!」

「うんうん、頼もしいねぇ」

「町中の暴漢だってぼこぼこにしてきたし、最近師匠と薬草を調達しに行った森で熊も撃退しましたから! 一人のおつかいに出ても、しっかりやれる自信があります!」

「あはは、それって魔術師関係じゃないねぇ」


 ライファスはそう言ったが、褒めるみたいに「いい子、いい子」と頭を撫でられて、ユキはえへへと笑った。



 食卓の上の食器類を片付けた頃だった。


 ユキは、家の戸を叩く小さな音を聞いた。ライファスは誰か検討がついたようで、ユキを椅子に座らせたまま自分が向かう。


「師匠、俺です」

「待っていたよ」


 声を聞いて、ライファスがにこにこと扉を開ける。


 すると、そこには二人の男が立っていた。一人は黒髪黒目の青年で、驚くほど顔立ちが端正だったが、射抜くような眼差しに愛想のない顰め面が台無しにしている感じだ。全体的に衣装も黒い。


 もう一人の青年は、くすんだ少し巻き毛の茶髪と、明るいブラウンの目をしていた。表情からしても柔和そうな雰囲気だ。


 どちらも、一見すると騎士のような風貌だが、首からは【魔術師の証】――竜が絡み合った円状の首飾りを下げていた。


「師匠、ご無沙汰してます」

「大きくなったね、ロイ。あまりにも立派になったんで、見違えたよ」


 ライファスが嬉しそうに言うと、ロイト呼ばれた黒髪黒目の男がちょっと眉を顰める。


「あれから十年経っているんですよ? もう立派な大人です。師匠のほうは、あまりお変わりないようで安心しました」

「エルフの血のせいだろうね。百歳までは健康でいたいものだ」

「ぜひ、健康でいてください。あなたと同じ大魔術師に並んで見せますから」


 ロイは淡々と告げたが、愛想がないのは元々なのか、ライファスは「これは頼もしい」と嬉しそうに笑っていた。


(師匠って呼んだ! 彼が、教え子?)


 ユキは、驚いて椅子の上で固まってしまう。


(あっ、そういえば卒業試験の時に『教え子が』という話声を聞いたような……弟子? つまり、ボクの兄弟子なの!?)


 そんな話、ライファスから聞いていなかったから、びっくりした。


 大魔術師となると教え子がたくさんいるのは当たり前だ。そのためユキも尋ねることがなかったのだが、まさか『師匠』と呼ばせている相手が、自分以外にもいるというのはまったく頭になかった可能性だった。


「師匠がここに長らく滞在していることは知っていたのですが、文面だけのご挨拶ばかりで、申し訳ございませんでした」

「君の活躍や偉業は多く入ってきていたからね。忙しい合間に、手紙を書いて送ってくれてありがとう。とても楽しめたよ。それで、彼が例の相棒かな?」

「はい。手紙にも書いた『風の勲章』を持つユーファです」


 ロイが手で示す。


「あのっ、初めまして! 僕は『炎の勲章』を持つロイのパートナー、ユーファ・ウィルソンと申します! 偉大なライファス・セルベク大魔術師様に会えるなんて、光栄です!」


 ユーファと名乗った青年が、興奮したように言ってライファスの手を握った。


(すごい。どっちも勲章持ちなんだ)


 ユキは声もかけられず、活躍している魔術師たちの挨拶を「ほえぇ」と見ているしかなかった。


 魔術師は、その属性を極め、なおかつ実績も残した場合に『勲章』というものが与えられるとは学校で聞いた。どちらもまだ二十代半ばといった印象だが、それぞれ炎と風の魔法を認められているのだ。


「ところで」


 ロイがユーファを下げ、確認する。


「手紙で伝えていた件ですが……まさか、アレですか?」

「は?」


 彼の視線が向いた。目が合ったユキは『アレ』と指まで差されて、思わず戸口のほうまで聞こえるくらい大きな『は?』を言ってしまった。

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