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唯一の特技を披露します

 今、この国には大魔術師が十人いる。


 その一人であるライファス・セルベクは、もはや伝説とまでいわれていた。神格の聖獣の加護を失くした人間界が、魔界の浸食を受けた出来事があったのだが、高位の聖獣と精霊を召喚してなぎ払い、強大な魔物が人界に出て来られないようにゲートを閉じたとか――。


 その一件は、あの聖獣戦争以来、はじめて魔術師が神格に近い聖獣と高位精霊の加護を得たとして、有名だ。


「やれやれ。それでは、試験を始めよう」


 ため息交じりに言って振り返ってきた高齢の校長、ジン・スキーザーがユキへ微笑みを見せた。


「さあ、まずは皆さんに自己紹介をなさい」

「……ユキ・セルベクです」


 またしても会場にいる魔術師たちが、ざわざわと私語を上げる。


 セルベク、という苗字が気にくわないのだろう。弟子に同じ家名を与えるのはない。


「――やはり成人まで面倒をみるために引き取られただけでは」

「――魔術師として彼にみれていないのでは」

「――あのお方と血縁関係もないのに、憎たらしいですわ」


 静粛に、と今度は複数の教師が強めの声で言った。この学校にユキをバカにする大人はいない。


 教師たちはユキの努力を知っていた。


 魔術師というのは、才能も必要だ。しかし人々に貢献したいという想いがあってこその魔術師だと、彼女は、少し悲しそうな顔をした教師たちに励まされた。


 ここで学んだ基礎知識は、今後君の活動に役に立つだろう、と。


 だから大半の生徒にバカにされても、ユキは学んでこれた。


 バカにされるくらいならユキだって平気だ。けれど、学校に通ったことによって助ける人もいるんだなと知れて、感謝している。


(人間を、嫌いにならずに済めた)


 同じ人間なのに、どうしてかその気持ちを覚えた時には、ほっとした。


「今、一番得意な魔法はあるかね?」


 決まっている質問とはいえ、そう口にした際にスキーザー校長の笑顔がユキの身を案じるものに変わる。


 事前にやりとりの練習はしていた。それなのに、大勢の魔術師たちの反応を前にすると、笑われるだろうなと予期できて、事実を口にするのに時間がかかった。


「……ない、です」


 案の定、小さな笑い声が会場内に広がっていく。


(先生たちはみんな頑張ってくれた、その努力に応えられなかったボクが悪いだけ)


 ユキだって魔力は少しばかりは持っているらしい。スキーザー校長も含めて微々たる魔力があると気配を感じ取っていたのだが、何をやっても、引き出すことができなかったのだ。


 まるでフタでもされているみたいに、魔力の質も見極めきれなかった。


 ユキ自身が魔法もてんでだめだったせいで、とうとう守り専門なのか攻撃専門なのかも分からずじまいだ。


「ですが得意とすることはありますよね?」


 エリザが睨み付けて会場内を黙らせ、そう言った。戻ってきた彼女の視線は急かしているように見える。


(こんなことしても、認められないとは思うけど)


 とはいえこれが、ユキにとって唯一、卒業試験でお披露目ができることだった。他の魔法なんてしたら、卒業はできても、魔術師としては認定されない。


 ユキは、魔術師なりたいのだ。


 魔術師の資格を得たら、師匠の助手にだってなれる。これからだって、役に立っていける。


 会場に集まった大人たちの敵意ある視線なんて、はねのけてやる。ユキはぶすっとした表情のまま、練習通りの言葉を口にする。


「ボクは素手で、精霊を掴むことができます」


 途端、小馬鹿にするような笑いが会場内に起こった。


「身体のない精霊をどうやって掴むというのだ?」

「ははは、まったくだ。精霊を捕える時は、魔力を帯びた魔法具でしか触れることができないのだぞ」

「彼らに実体化でもお願いするのだろうかね」


 あちらこちらから嗤う声が聞こえてくる。


 精霊は微量な魔力の集合体なので、そのまま人体をすり抜けてしまう。実体化しても強い魔力に覆われている種の場合だと、人間の肉体が耐えられず皮膚が焼けただれてしまうこともある。それは聖獣も同じだ。


「皆様、どうかお静かに」


 スキーザー校長がそう穏やかな声で告げて、魔術で精霊を呼ぶ。


 彼の前に現れたのは、金緑色の淡い光の球体だ。すると会場から感嘆の吐息がもれる。


「光に属する精霊ね。いつ見ても綺麗だわ」

「彼は、数少ない光魔法の使い手だからな」

「一つ質問が!」


 ユキのほうへ向かっていた光の精霊が止まり、スキーザー校長と同じく、発言者へと顔を向ける。


「なんだね?」

「魔術師の誰もが視認できるクラスの光の精霊ですが、それは防衛のため魔法をまとっているからです。触れると攻撃魔法に転じます」

「ああ、それについては問題ありません。それこそがユキ・セルベクの、魔術師としての強みにもなりうるでしょう。そうだね、ユキ?」

「はい」


 ユキはちょっと心配になって光の精霊を見たのだが、光の精霊が『任せて!』『やってちょうだい』と言うように近付いてくる。


(みんなには、防衛魔法のせいで光の玉にしか見えてないんだろうけど)


 そっと手を持ち上げると、ユキは光の精霊を掴んだ。


 会場が静まり返った。ざわめきが上がる。


「ボクは実体のない精霊も、魔法でも直接触ることができます」


 ユキは、校長の〝友達〟である光の精霊を解放した。


 特異体質持ちかと、会場内で一気に私語がうるさくなる。魔力持ちの多い国だと、魔法関係の体質もいる。


 とはいえ、魔法に触れられるというのは聞いたことがない――そうだ。


 そこでスキーザー校長が、ユキとも打ち合わせた内容を魔術師たちへ発表する。


「魔力発動は苦手なのですが、この一年間で体質をいかして我が校であのような技ができるようにまで成長したのです。きわめて個性的な応用魔法ですが、ライファス・セルベク大魔術師の協力のもと、身につけたものでして……」


 続く説明の中、ユキはエリザに『こっちへ』と手招きされ、退場するため歩きだした。


 納得するような声が会場から上がっている。


 同時に、「それならセルベク大魔術師の〝使用人〟もつとまるだろう」と皮肉な声が上がって、会場に嫌な嗤いが起こるのもユキは聞いた。


 この国の魔術師学校は注目されている。


 そのため、発表されたのはたかがソレだけかという空気も強いのだろう。


「ふんっ、バカみたい」


 ユキは肩を怒らせたまま部隊の袖口に突入すると、思わず言った。エリザが肩を労うように撫でる。


「お疲れ様でした、ユキ」

「……先生にも、本当にお世話になりました」

「このあとの卒業祝いには――」

「もちろん、参加しません。校長先生にも、皆さんにも、お礼を伝えておいてくだい。いつか……顔が出せそうなら、自分の口でまた言います」


 そんな機会があるのなら。


 まだ卒業試験は終わっていない。エリザも忙しいだろう。ユキは、自分は大丈夫だからと優しく告げてエリザを舞台へと返す。


 袖口で待機していたクラスメイトたちが、ユキの周りに集まった。


「本当にお疲れ様」

「見ていてはらはらしたよ。ユキ、見ている魔術師をぶっ飛ばしに行くんじゃないかって」

「さすがにそんなことしないよ。師匠に迷惑がかかるもん」

「でも、このあとの卒業パーティー本当にいいの?」

「うん――みんな、今日までありがとう」


 ユキがピリヒリした空気を落として小さく笑い返すと、彼らはどこか照れ臭そうに笑った。


「そうやっていると、大人しい感じがして可愛いんだけど――うぐっ」

「おほほほ、彼の言葉に聞かないでよろしくってよ」

「君と、学友になれてよかったよ。また、どこかでね」

「ボクのほうこそ、気にしないで友達になってくれて、ありがと」


 ユキは握手を求められ、それぞれと強く手を握り合った。


「魔術師を目指す者同士なら、貢献したい気持ちだけで立派な魔術師の卵だよ! 当然さ。またどこかで会えると嬉しいよ」


 いい子たちにも出会えたなと思う。ユキは「バイバイ」と告げて、舞台袖を真っすぐ進んで裏口から外へ出た。


 一瞬、外に溢れた眩しさに、アイスブルーの目を細める。


「はぁ……生まれつき魔法も触れるってだけで、ボクは魔法に関しては無能だよ。悪かったね」


 会場では言えなかった反論を、小さな声で言ってやった。


 会場に溢れた中傷の言葉を思い出したら、友達になってくれた魔術師学校の学生たちの前では見せられなかった怒りが込み上げる。


「……なぁにが『差別のない学校を』だよ、あれで他の学校を経営している人もいっぱいいるとか、信じられない!」


 ローブを荒々しく脱ぎ取り、それを地面に投げつけようとして――ハッと我に返る。


 これは師匠からの借り物だ。生徒たちはローブの着用が義務付けられている。魔術師学校に通うのが心細いと告げたユキに、それならと彼は『ユキをいつでも想ってるよ』と言って彼のローブを貸してくれのだ。


「師匠……ありがとう……」


 ユキは古びたローブに、顔をぎゅっと押し付けた。


 がさつで、不器用だった。魔法発動の演習でも失敗ばかりしていたので、古いローブは一年前よりもさらに痛んでいる。


 そのローブはすりきれた古い布の匂いと、嗅ぎ慣れた薬草の匂いに交じって太陽と風の香りがした。毎日、帰るたび師匠が『おかえり』と笑顔で出迎えて、彼女のためにケアをしてくれていた。


「ようやく、一年が終わったんだ」


 言葉にしたら実感が込み上げて、ユキはローブを脇に抱えると足早にその場をあとにした。

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