プロローグ
その子供は、降り積もる雪の中、壁に背を持たれて座り込んでいる。
曲げた両足を抱き寄せ、自身の白い吐息で膝頭と指先を温める。そうすると、ふっと、白髪の男が雪をかきわけるようにして町のほうから駆けてくるのが見えた。
彼はひどく慌てた様子で、急いて視線を左右に走らせている。
(何か、さがしているのかな……?)
人のいなくなった夜の町だった。
大切な何かを探しているみたいに長身の身体に鞭を打っている姿が目を引き、子供は彼を見ていた。
すると、男が気付き、安堵の笑みを浮かべて駆け寄ってくる。
「もう、大丈夫だ」
男は、よかった、よかったと何度も泣きそうな顔で、安心感を確かめた。
「だあれ?」
子供は彼に尋ねた。迎えにきてくれた男を、子供は知らない。
そもそも迎えなんてくるはずがないと、これまで自分に言い聞かせきていた。彼は自分の知っている人ではない。それなのに――涙が溢れそうになった。
子供は、自分には祝福がないことを知っていた。
どうしてか、いつも忌まわしい呪いの言葉がどこへ行ってもついて回った。
本当はずっと、悲しくて寂しかった。
けれど、子供はすぐに男へ手を伸ばすこともできなかった。
知らない町で、急激に歳老いて死んでしまった〝友達〟を思い出した。
また独りぼっちで置いて行かれるなんて、耐えられなかった。
「心なんて理解したくない、そんなものはもう失くしてしまいたい」
「そう悲しいことを言わないで。私たちを理解しよとしてくれて、そして好きになってくれて、ありがとう」
男が手袋を外し、手を子供へと向けてきた。
男の大きな手で、雪の降る誰も人間のいない町の風景が、子供の目から遮ぎられた。
温かい魔法の光を感じて、そうして――祝福され、誕生する生命を祝うような響きを子供はひっそりと耳にしたような気がした。