お仕えしている皇家一の問題児と名高い第二皇女様の様子がおかしい 2
【追記】気分転換が更に続きました。下部ページにリンクを張っております。
気分転換の続き。
2と銘打っていますが、内容的には1の前半と後半の間の出来事です。前回の話を読んでいないと訳が分かりません。
1同様、書きたいシーンだけ書いた感じなのでサクサク進みます。
5分で考えた話を追加で5分考えた要素を足して膨らませたような感じになります。
また、この話で出てくる宗教的要素はすべて、実在の宗教とは関係ありません。
すべてフィクションになりますのでご注意ください。
第二皇女に言われて私は上司である侍女長を地下牢に押し込んだ。地下牢の番人は、まさか侍女長が放り込まれる日が来るとは、と言っていた。
「それほど驚く事ですか? あの方の事ですし……」
「ああ。俺は長いが、侍女長は確か第二皇女の乳母的人物だった人だ」
はあなるほど。それで今まではなんだかんだ、優しかったのか、と納得した。
第二皇女の母親は帝国内にぽっかりと存在する、独立国家である聖国の王女であった人物だ。この大陸の八割の人間が信仰している宗教の生誕の地で、聖地を所有する。
流石の歴代の皇帝も、信仰の対象である神がおわすといわれる聖地には手を出せないまま、帝国が拡大していった結果、現在聖国の周囲はすべて帝国の土地となった。歴代皇帝は信仰篤い人物が多いため、帝国以外の国々の人々も、巡礼のために入国する人間であれば、聖国までの道のりは比較的安全が保証されており、いつも聖国に行く人々であふれている。私も幼い頃一度聖国に赴いたが、国民の八割が聖職者のような人々で(職業としてではなく、人格としての話だ)、居心地の良い場所であった記憶がある。
私はお会いしたことはないが、第二皇女の母君もとても素晴らしい人格者であったらしい。そこから生まれた子である第二皇女があんなであるので……私は、「人は生まれてから人格が出来上がる」という聖書の言葉が真実であると確信した。親が人格者で子も人格者になるのであれば、第二皇女は聖人のような人物になっていたはずであるが、事実はこうなので。
それはさておき、その人格者であった母君は、第二皇女を産んだ直後に亡くなっている。よくある、出産による死だ。
その後は乳母によって育てられたと聞くので、侍女長とはそのころからの付き合いという事の筈。
まてよ。つまり第二皇女がああも危険人物になったのは侍女長のせいなのでは?
彼女が地下牢に入るのはある意味正しいのでは?
なんて事を思いながら、私は仕事に戻ったのであった。
◆
次の日も侍女長は地下牢のままだ。地下牢の番人曰く、侍女長は宮長を呼んでくれ、と必死だったらしい。
なので先程、呼んでいて、午後に地下牢に侍女長の様子を見に行くことになったと聞いた。
ちなみに宮長とは名前の通り、それぞれの宮の管理の責任者である。
皇族の方々が住まわれている離宮たちは、長はそれぞれの皇族であるが、それと別に管理の責任者が割り当てられている。それが宮長だ。
宮長は侍女長に呼び出されて地下牢に向かった頃、私は第二皇女に呼び出された。
「アシュリー・ゴールドバーグ! アシュリー・ゴールドバーグ!」
うっっっっっっっわ!!!!
なんで第二皇女私の名前知ってるんだ!?
あの人が使用人の名前を呼んでるところとか初めて聞いたんだが!
名前を記憶されているとか最、悪!
実家に咎が飛ぶのはどうだっていいが、この人に名前を憶えられているなんて嫌すぎる!
「はい。お呼びでしょうか第二皇女殿下」
もちろん私はそんな内面はおくびにも出さずに第二皇女の前に出た。
第二皇女は、皇族特有の形を変える瞳孔を中ぐらいの丸にして、私を見た。
「ついてきなさい。嫌がらせに向かうわ」
「はっ」
第二皇女はズンズン進んでいく。
第二皇女の後ろを歩いていた私は、ふと気が付いた。
……そういえば第二皇女、今日は髪の毛を括っていないな、と。
高貴な人物は髪の毛を伸ばす。その長い髪の毛を維持し、難しい結び方をする余裕がある事を表すためにだ。
第二皇女も、出かける予定がなくともいつも、侍女に凝った髪型にさせていた。
ちなみに化粧担当と並んで、侍女の中で最も嫌がられている職である。何せ髪型を気にいらなかったら、即第二皇女の折檻を受ける羽目になるので。
それほどこだわっていた髪型が、今日は頭の下でまとめているだけで、長い長い髪の毛がおろされている。
その毛先十センチほどが、先程から、床の上を引きずられていた。
(う~~~ん)
本当は放置していたかったが、これで後で毛先が埃にまみれていて「汚れたわ! お前のせいよ!」などと言われても困る。
少し悩んだ後、私は第二皇女に声をかけた。
「殿下。御髪が床に触れております。持ってもよろしいでしょうか?」
「……好きにしなさい」
よし許可取った。今日は険しい顔をしている割には機嫌が悪くないらしい。
私は第二皇女の引きずられている毛先を持ちあげる。
あ~綺麗に手入れされている髪の毛だ。毎日侍女仲間が死にそうになりながら必死に手入れをしているだけある。
さて。第二皇女は私を引き連れて何をするのかと思えば、宮長の執務室にやってきた。嫌がらせの相手、宮長か~。
「お前。そこの廊下の端から、宮長が戻ってくるまで見張っていなさい。見えたらすぐに教えなさい」
「畏まりました」
第二皇女は一人、宮長の執務室に入っていった。何をするか知らないが、命令なので私は命じられた廊下の端に移動する。
この廊下の端にある階段は妙な構造で、何度も折り返している空中階段のような作りだ。宮長の執務室に来るにはここが唯一の階段で、私たちも先程上がってきた階段である。下から上は良く見えないが、上から下の階はよくよく見える。
どれぐらい経っただろうか? 結構な時間が経過した後、遠くに宮長の姿が小さく見えた。
通りがかった使用人と話している。それがひと段落したようで、階段の最初の段に足をかけた。私は廊下から、執務室へ急いだ。
「第二皇女様。宮長が階段をのぼり始められました」
そう室内に声をかけたとき、あれ、と疑問を抱く。
嫌がらせと言っていたので、てっきり部屋の中はグチャグチャになっているかと思っていた。第二皇女は気まぐれでそういう事をする前科があった。侍女たちの部屋をぐちゃぐちゃにしたこともあれば、厨房を滅茶苦茶にした事もある。もちろん、宮長の執務室も何度か被害にあっている。
ところが、今のところ執務室内は綺麗だ。
私の声に振り返った第二皇女は、瞳の瞳孔を十字に走らせ、それをぐるぐると回していた。
「お前。このことを誰にも話すな」
「え」
「これをやる。口に出したら折檻するわ」
ぽいっと、投げられたのは、小さい革袋。開くと、中にはキラキラキラキラキラ金貨ッ!!!
「勿論でございますっ!」
このことというのは恐らく、第二皇女が執務室に暫く籠っていた事だろう。
頷いた次の瞬間、第二皇女は宮長の執務室の本棚を思い切り蹴とばした。
「第二皇女様ーーー!!!!」
予想出来る事であったものの、唐突な行動に反射的に声が出てしまった。
叱られるかと思ったが、第二皇女は私に何も言わなかった。
第二皇女は続けて、宮長の机の上に置いてある全ての本や書類を床に落とし、来客用のテーブルを倒し、椅子を蹴とばし、本棚の本をかたっぱしからすべて床に投げ捨てる。机の上に置かれていた羽ペンやインクも床に転がり、こぼれたインクは床に散乱した本を汚した。
執務室の中からふらふら後退し、私は暴力の被害が自分に及ばぬよう、廊下の端まで逃げる。
――と、そこに、階段をのぼり切った宮長が、ひどく焦った様子でこちらに走ってきた。
「何があった!?」
「だ、第二皇女様が……」
「宮長ッ! お前、わらわが訪ねたというのに部屋におらんではないかッ!!」
執務室内の第二皇女はいつの間にやら結んでいた髪の毛をほどいており、ぐしゃぐしゃにかきむしった頭を振っていた。
(機嫌が良いのは思い違いだった。いつも通り、情緒不安定!!!)
「殿下! なんということをっ」
「お前がわらわの望んだとおりにしないのが悪いッ! いつになったらホワイトタイガーの毛皮が届くのだ!」
「ですから、ホワイトタイガーは第三皇子殿下が仕留めたもので……」
「それを取ってくるのがお前の仕事であろうが!」
怒り故か、瞳の瞳孔は限りなく小さな点のようになっている。
第二皇女は引き出しをすべて引き出し、床に叩き落とした。
――こうして大暴れした第二皇女は、宮長が呼んだ男性使用人によって、執務室から追い出された。
「君。第二皇女殿下はいつこの執務室に入られた?」
宮長に問いかけられた私は、素直にそう答えた。
「先程です」
そうか、と宮長は納得されて、「不運であったな。下がって良い」と言われた。
私は頭を下げて、言われた通りに下がらせてもらった。
誰もいないところに移動してから、侍女の制服のスカートの下に隠していた、先程の革袋を取り出す。
(臨時収入! 最高!)
私はその金貨たちに頬ずりを心行くまでしてから、仕事に戻ったのだった。
◆
次に第二皇女に捕まったのは、さらに次の日のお八つを届けた後であった。
「アシュリー・ゴールドバーグ」
名前呼ばないでくれ~。
今すぐ記憶から消してくれ~。
そう思いながら「なんでしょう、第二皇女様」と声をかけると、私の方は向かずに、ぽい、と革袋を投げられた。この前投げられたものより大きい。が、軽い。中身はお金ではなさそうだ。
「そのゴミを、宰相に押し付けてきなさい」
ごみの配達か。今度は一体なんなんだ。
そう思いつつ、「畏まりました」と頭を下げる私に、第二皇女は寝転がって背を向けたまま、つい、と壁際を指さした。
「ゴミを捨てられたら、あれをやり……あげるわ」
指を追いかけると、そこには透明なガラスの花瓶があり、花が生けてある。確実に高いそれであるが、私の目線は、その花瓶の中に集中した。花瓶には水が入れられておらず、代わりに、金貨がたくさん詰まっている。
「あれをですか?」
「ええ。全部」
「必ずゴミを捨ててまいります!」
あの金貨! この前より多い金貨! 全部私の!
私はゴミの入った革袋を抱えて、部屋を出て、さっさと第二皇女宮を出ていった。通りすがった同僚にどこに行くのかと言われたので「第二皇女様にゴミを捨ててこいと言われた」と伝えると、必要のない雑用を押し付けられていると同情された。
私はあえて誤解は解かなかった。だって金貨をもらえるなんて知れたら、他の人間に仕事が取られるかもしれない。
(いやだっ! あの金貨は私のだ!!)
というわけで宰相閣下がいる区画に向かったが、お会いする予定もしていなかったので、当然止められた。
宰相閣下の下で働いているのであろう背の高い文官の男性は、怪訝そうな顔をして私を見下ろす。
「何用で宰相閣下の元に向かっている」
その表情には明らかな嫌悪が浮かんでいた。
それもそのはず。使用人たちはどこ所属が分かるように、制服の襟や胸元あたりに刺繍がされている。
第二皇女宮は、亡くなった第二皇女の母君の出身聖国に由来する、聖書に登場する神の使いである聖鳥が描かれている。
なのでこの文官殿には、私があの、傲慢で強欲で暴力的で我儘な第二皇女の管理下の人間であるという事が分かっているのだ。
「第二皇女様のご命令により、こちらの袋を宰相閣下にお届けするためにまいりました」
「去ね。宰相閣下の執務室は、ゴミ処理場ではない」
「存じておりますが、第二皇女様からのご命令です」
「知った事か! さっさと第二皇女宮に戻れ!」
そう命令し、話は終わりだと背を向けようとしてきた文官。普段であれば、私も大人しく従って、「届けました」なんて嘘をついたかもしれない。
――が。
(今回は、あの金貨がかかっている!)
一度受け取ってから、後で仕事をしてないと分かって折檻されるのはいいとして、お金を返せと言われたら大変だ。
私は。
必ず。
仕事を、果たす!
「では!!!! 私が!!!! 第二皇女殿下から!!!!! 折檻を受けたら!!!!! 貴方が責任を取って下さるのでしょうか!!!!!!!」
大きく息を吸い、腹の底からの大声を出した。それは広い宮殿の廊下を反響し、遠くではやまびこのようにこだましていた。
文官はギョッとして振り返った。
「き、貴様っ、何を!」
「ご命令を!!!! 果たそうとしている!!!! 私に!!!! 何の罪があるのですか!!!!」
「だ、黙れ! そのような大声を、この場所で出すなっ!」
「宰相閣下に!!!! お目通りを!!!!」
「どこからその大声が出ているんだ!?」
「むがっ」
文官が私の口を無理矢理塞いだ次の瞬間、低い、落ち着いた声が廊下に響いた。
「――何事であるか」
「さ、宰相閣下!」
「むがむがむが!」
宰相閣下は、私の口を手で押さえている文官を見て、眉を寄せた。
「女性にそのように手を出すとは感心しない」
「ち、違うのです。それは、この侍女が、大声を出すのでっ」
「ああ。私の執務室まで聞こえていた」
ほう。ここから執務室、確かそこそこ遠かったはず。つまり私の声はここからあそこまで聞こえるほど大きかったという事だ。
頑張った成果である。やったね。
「我が部下が失礼した。それで、第二皇女殿下からの届け物というのは、その革袋であるかな」
「はい。宰相閣下に届けるよう、仰せつかっております」
「確かに受け取った。殿下にも、そのようにお伝えしなさい、ゴールドバーグ嬢」
「ありがたく存じます」
宰相閣下と文官は去っていった。文官は立ち去る前に、おろおろしてから、私を見て「……口をふさいだのは、すまなかった」と謝罪をしていった。首を絞められたわけでもないので、どうでもよい。適当に「気にしておりません」と返事をした。
……それはそれとして、今、宰相閣下、私の名前呼ばなかったか? 何故知られているんだ。
ああでも、第二皇女宮でそれなりに長くいる人間は少ない。ゆえに把握されている可能性もあるな。
そう思いながら第二皇女宮に戻り届けたという事を言うと、第二皇女殿下は花瓶ごと金貨を下さった。
私はこの前と同じように人のいないところへ移動して(第二皇女宮に人が少ないために出来る事だ)、それから花瓶とワルツを踊った。
ああ~! お金最高!
◆
そんなことがあった後は、しばらく、何も問題は起こらなかった。相変わらず侍女長は地下牢から出れないけれど……まあそのうち、飽きて入れた事すら忘れて、侍女長をいつものように呼び出すだろう。侍女仲間一同、そんな事を思っていたのだが……。
突如、第二皇女宮に、皇帝陛下の私兵である近衛兵たちが乗り込んできた。
「動くなっ! これより監査を執り行う!」
乗り込んできたのは近衛兵たちだけでなく、文官たちも一緒だった。その文官が宰相閣下のところの人間である事に、私は気が付いた。この前私と争った文官がいたのだ。
文官は私を見ると気まずそうな顔を一瞬して、しかしすぐ仕事に戻っていった。
その日一日、第二皇女宮は大騒ぎであった。
休日の者まで呼び戻されて、第二皇女宮で働いている全ての人間が集められた。
私たちは近衛兵を連れた文官たちから、あれこれ質問された。とはいっても私たちが知っている事は少ない。
私を担当したのは、なんと驚いたことに宰相閣下であった。
「ふむ……知っている事は、本当に、以上かね」
「はい」
異変を感じた事は? と問われて、私は数日前から侍女長が地下牢に放り込まれている事を告げた。
後は、第二皇女が、ここ数日は髪の毛を豪奢に結んだりしない、なんて事ぐらいしか思い当たらなかった。
「先日、貴女が持ってきた革袋であるが。中身は把握していただろうか」
「いえ。ゴミと伺って……アッ」
ゴミと知っていて、それを伝えずに宰相閣下に渡したことを思い出して、私は頬が引き攣った。
「も、申し訳ありません。ゴミをお渡ししたのは第二皇女様からのご命令で、私には逆らう事など到底できず……」
床に両ひざをついて頭を下げる。これで罰せられたらたまらない。
そんな私を、宰相閣下は「席に戻りなさい。その事を咎める心算はない」と言ってくださった。
「ほ、ほんとうでございますか?」
「ああ。だから席に着きなさい」
念押ししておいたし、万が一後で罰せられたら「宰相閣下は咎めないとおっしゃったのに!」と騒ごう。そう心に決めて、席に戻る。
その後いくつか会話をしたが、特に問題もなく、私は解放された。
「あ」
解放された後に思い出したが、第二皇女が宮長の執務室に入って何かしていた事、言った方が良かっただろうか。いやでも、私が出た後、入れ違いで何人も文官たちが宰相閣下のいる部屋に入っており、今更戻って説明するのも面倒だった。
「まあいっか」
と、私は一人納得したのであった。
◆
――そして数日後、第二皇女宮に衝撃が走った。
「聞いたか、宮長と侍女長、それから経理の担当のやつらが、横領で死刑だって!」
「ええっ!?」
皆驚いた。
宮長も侍女長も、なんだかんだと気の良い優しい人たちであった。彼らがそんな犯罪を犯しているなんて、誰も思いもしなかったのだ。
「え、え、本当に?」
「うそ、侍女長そんな事してたの?」
「てか死刑って、本当に?」
「当たり前だろう! 第二皇女はあんなだが、皇族だぞ。皇族のために配分されているお金に手を付けたんだ、一族郎党死刑だろう!」
私たちはもたらされた情報を語り合い、「知ってた?」「いや全く」なんて話をした。
当事者であろう第二皇女は、侍女長たちが死刑になる事に興味もなさそうで、第二皇女宮の庭で、優雅に惰眠を貪っていた。
軽い化粧もない完全すっぴんの顔を晒して眠る第二皇女を遠目で見ながら、ふと、思う。
(……まさか第二皇女様が何かしたのかな?)
タイミング的にはありえるが……。
(いやいやいや。お金の流れなんて大して気にしない人だろう、あの人は)
お金なんていくらでも上から降ってくると思っているので、一部お金が消えていようが、あの人が気が付くはずはない。
そう思いながら、私は仕事に戻ったのだった。