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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

聖女候補として修道院に入れられた挙げ句、魔女として吊るされることになりました。

作者: れとると

18000字ほどの百合短編です。侯爵令嬢×元村娘。

ちょっとだけ重ため・くどめのお話かもしれません。

設定はふわっと、百合成分はふっくら程度、感情は重ため、ざまぁはハードです。

 ()()()はそりゃあ、侯爵の娘にしてはとってもおてんばだわ。


 でもだからって、成人前の貴族の娘を修道院に入れるこたぁないんじゃないの?


 どうもお国の命令らしくって。お父さまたちは反対?抵抗?はしていたみたいだけれども。


 あたしは結局無理やり、さらわれるように連れてこられてしまった。


 そんなこんなでこの新品ぴかぴかの修道院に入れられたのは、あたしだけじゃなかった。


 お友達ではないけれど、見覚えのあるご令嬢。どこぞの商家や騎士の娘。平民、そうですらない者。


 たくさんの子がひとところに集められて、暮らすことになった。


 お祈りを捧げたり、お掃除をしたり。お勉強をしたり。


 そうして、魔王を追い払う聖女様を目指すんですって。


 なんて無駄な所業。こんなことをしても聖女は現れないし、剣でも握った方がまだマシなのにね。


 誰かが聖女に選ばれれば、おうちに帰れるとは説明されたけど。どうかしら、あやしいものだわ。


 そうは言っても、あたしは真面目にやってるわよ。別にお祈りもお掃除も、苦じゃないもの。


 勉強はちょっと苦手だけれど、ダンスのレッスンよりずっと楽よ。


 ただここ、ご飯がおいしくないのはいただけないわ。


 固いパンと、具の無いスープしか出てこない。


 あたしはいいのよ。でもこんなんじゃみんな、飢えてしまう。


 だから。



「静かに。すぐ食べて。残してはダメよ」


「わぁ!」「すごい、こんなに」「おいしい!」「いただきます」



 あたしはちょっとしたいたずらをする。内緒のケーキパーティだ。


 あたしみたいな、実家が裕福な子はたびたび食べ物をこっそり送ってもらってる。


 けどため込んでおいたらすぐ見つかってしまうから、少しずつグループを分けてふるまうの。


 みんなにいきわたるようにするのは大変だけど、食べて喜んでもらえるとあたしはうれしい。



「ダッフィはいいの?」


「こら、ダフディル様でしょ」


「だって」



 年下の子たちがもめてる。あたしはそれがおかしくて。



「あたしはいいのよ。内緒で食べてないわけ、ないでしょ?」



 そう言って、少し声をひそめるのだ。


 するとみんなちょっと笑って、夢中で食べに戻る。


 今日のは乾燥させたあまーい果物がたっぷりはいった、ケーキ。


 きっとおいしいし、栄養もたっぷりだろう。


 みんな納得して、喜んで食べてくれて。


 あたしは、とてもうれしい。






 ここはちょっとおなかはすくけれど――――友達がいっぱいで、とっても素敵だ。






「ダフディル、なんであなたは食べないの?」



 そんなあたしの小さな嘘といたずらが、ある日友達にばれた。


 バレて、しまった。


 すごく気を付けていたのに。



「なんのこと? カレンデュラ」



 気づいたのは、赤毛の友達カレンデュラ。


 すごい子なのよ。目が時々、星のようにきらめくの。



「とぼけないで。さては、普段からパンも他の子にあげてるでしょう?

 こんなに痩せて……」


「大丈夫よカレンデュラ。あたしはちゃんと食べてるわ」


「…………そんな固い端っこの欠片だけを?」



 ……いい子ね、カレンデュラ。あたしのために、とっても怒ってくれている。


 ちょっと、いたずらしたくなってしまうわ。


 他の子に聞こえない隅っこで問い詰められたあたしは、そのかったいパンの欠片を口に放り込む。


 味のしないスープを含んで、ゆっくりゆっくり口の中でほぐした。


 噛めるようになってきたら、削ぐように少しずつ噛んで。


 暖かい汁と一緒に、味わって飲む。



「知ってる? カレンデュラ。おなかが空いているとね。

 こんな小さな欠片でも、食べるとおなかの底がふわふわして、胸がいっぱいになるの。

 こういうのを……しあわせ、っていうのよ」


「そんなのが幸せなわけ……!」



 ああ……どうしてそんなに、痛そうな顔をするの?


 あたしはいいのに。そんなに罪深い顔を、しないで?



「あたしは悪い子だから、みんなに食べ物をあげて、この幸せを独り占めしているの。

 悪いことをしているの。だからそんな、悲しそうな顔、しないで?

 あたしが悪いだけなんだから。カレンデュラに笑ってもらえないと、あたしはつらいわ」


「ッ! こんなの、間違ってる。私は、許せない……!」



 涙を堪えた顔をして、あたしの友達が小さく叫んだ。


 ああ、やめて頂戴。


 これはいけない。いけないわ。


 おなかがすいたり、どこか痛かったりする時の、お顔ではない。


 心が、痛いときの顔だ。


 そんなお顔を見せられると、あたし。


 胸が痛くて苦しくて、とても我慢できないの。


 ――――――――いたずらしたく、なってしまう。



「ダフディル……?」



 あたしはカレンデュラの頭を、そっと抱いた。



「ひどいお顔よ? カレンデュラ。きっと心が、痛いのね」


「そんな! それは私じゃなくて、ダフディルの方でしょ……!」


「あたしはいいの、痛くなんてないわ。なれっこなのよ」



 がさがさで雑草みたいに伸び放題の赤い髪を、できるだーけ優しく撫でる。


 ちょっと指にひっかかった。痛かったかもしれない。



「心の痛みはね、幸せでしか治らないの。

 あたしはいっぱい幸せだから、平気なの。

 あなたの幸せはなぁに? カレンデュラ」



 あたしの友達は、しばらく黙っていたけれど。



「しあ、わせ」


「そう。幸せ」



 すん、って鼻が鳴った。



「私の故郷は、田舎の村で」


「そう」


「…………優しい、お父さんと、お母さんなの」


「うん」


「弟も、生意気だけど、仲が、よくて」


「いいわね」


「やっと、家族が、できて」



 あとは、鼻を鳴らす音と、しゃくるような声だけ。


 「うちにかえりたい」って、聞こえた気もしたけど。


 あたしは聞こえないふりをして、黙って友達の頭を撫でた。



 ―――――――だってそのお願いは、叶わない。



 カレンデュラだって、きっとそんなことわかってる。


 それでもこの子は強く心をもって、前を向こうとしているのだわ。


 赤い瞳に浮かぶ、星空のようなきらめきが……とてもきれい。



「いい子ね、カレンデュラ」


「ダフディル……」



 カレンデュラの顔は、涙でぐしゃぐしゃだったけど……もう、心が痛いお顔じゃない。


 そっと撫でたほっぺは、こけて荒れてがさがさだけれども。


 もう大丈夫。これでいいのだ。これで……よかったのよ。






 次の日。カレンデュラは、いなくなっていた。




 ◇ ◇ ◇




 あたしはそりゃあ役に立つ方じゃあないし、頭だってよくないわ。


 だからって牢屋に入れられるようなことは、してないはずなのよ?


 地下牢なんて、ろくなもんじゃないわね。修道院の方がずっとマシだわ。


 カビだらけのパンらしきものと、泥水しかでないのは、まぁしょうがないわね。


 でもこうも鎖につながれて、一日中暗い牢の中だと、動けなくっていやぁね。


 食べ物をあげる友達も、もう一人しかいなくて……こんなんじゃあたし、太ってしまうわ。


 暇で暇でしょうがなくて、ため息が出てしまう。


 暇だと、どうしてこんなことになったのか……思い出してしまう。



 カレンデュラが、いなくなってから。


 〝大聖女〟が現れた、らしい。


 そうしてあたしたちは、全員牢屋に捕らえられた。


 世話をしてくれていた大人たちは、みんな殺されてしまった。


 あたしたちを捕まえた兵士らは、〝偽物〟聖女を全員処刑するのだと言っていた。


 家がない子や平民は、いつの間にかどこかに連れ去られていった。


 身分のある子は罪を着せられて、少しずつ処刑された、らしい。


 みんなみんな、いなくなって。


 詳しい事情をあたしに教えてくれた子も、一昨日連れていかれた。


 やっぱり、こんなことになっちゃった。


 ……うまくいかないわね。



 そんなこんなで、残っているのはあたしと、隣の牢にもう一人。


 たまにおしゃべりするけど、その子はおなかが空いたのか、最近あまり口を利かない。


 そうして暇してるあたしのところに、大きなお皿に乗せられた豪勢な食事が運ばれてきた。


 看守が扉を開けようとしたとき、がしゃん、と大きな音がした。



「おい、大人しくしろ!」



 隣の牢に向けられた、怒鳴り声。



「看守さん。あたし、おなかいっぱいで食べられないわ。隣の子にあげてちょうだい」


「…………これで最後かもしれないんだぜ?」



 いやぁね、誰が気を利かせたのかしら。最後の晩餐なんて、柄じゃないわ。



「あら、じゃあいつものカビパンをちょうだいな。あれを最後に食べたいわ」


「……………………待っていろ」



 お皿は隣に運ばれて行って、少ししたら。



「私のなんだから! 誰にもあげないんだから! ダッフィにだってあげないんだから!」



 そんな声とともに、がつがつとむさぼるようなお食事の音が聞こえた。


 ほどなくあたしにも、ちょっとだけ黒くないところのあるパンと、少しだけ澄んでる水が出されて。



「…………たんと食べてね、ティオラ」



 フルーツケーキを食べてた頃は、少し丸っこかった隣の友達に、声をかけて。


 返事はなかったけれど。あたしは満足してパンにかじりついた。


 固すぎて、歯が立たない。


 削るように、全部食べていく。



(…………おなかもすかせて、カビパンまで食べて。

 なのにどうして、あたしが最後まで残っちゃったのかしらね)



 頑丈な体がちょっと恨めしいわ。


 適当にぽっくり逝ってくれればいいのに、結局何もかも最後まで見ることになってしまった。


 ひもじい思いをしてでも我慢してたのに。やってられないわ。



 …………こんなことになるって、修道院に連れ去れた時からわかってた。


 お父さまは、侯爵なの。とてもえらいし、領地はすごい栄えてるの。


 でも一人娘のあたしが修道院に入れられるのを、とめられなかった。


 大変なことが起きているの、最初からわかってたわ。


 けど……どうすればよかったんだろう。


 何もしなければ、たぶん誰一人生き残らなかった。


 一人は助けられたけど、本当に、たった一人だけ。それに。


 助かった()()()はきっと、もっと辛い目に遭っている。


 いつもそう。あたしが誰かを助けると、その子はもっともっとひどい目に遭う。


 だからいたずらってことに、するのだけれど。


 本当に助かってほしい子は、いつだってあたしのいたずらを見破るの。


 うまく、いかないものね。





 あたしは次の日、牢から出された。


 隣の牢にティオラがいると思ったのだけど、誰もいなくて。


 あたしを連れ出した看守さんを見ると、首を振っていた。


 「喉を詰まらせて死んだ」って、言っていた気がしたけれど。


 …………そう。またあたしのいたずらは、失敗したのね。




 ◇ ◇ ◇




 目が光に慣れないうちに、高台に上げられた。処刑台というやつかしら。


 眩しくてよく見えないけれど……何か、人がたくさんいる。すごい数。


 王都もここまでじゃなかったし、豊穣のお祭りでもこんなにいなかった。


 それに加えて、少しずつ見えてきたたくさんのお顔が――――――――何か、とても痛そう。


 憎くて憎くて仕方がない、心が悲鳴を上げていそうな、そんな顔をしている。


 「魔女め!」とか「お前のせいで!」とか、そんな言葉がたくさん聞こえる。


 あたしがいるから、みんなはくるしいらしい。


 あたしが生きているから、みんなはとてもつらいらしい。


 そうね。魔女は嫌よね。憎いわよね。


 あたしがここで死ねば、みんなはよろこぶかしら。


 心の痛みは、晴れてくれるのかしら。


 …………きっと、違うわね。


 あたしがいなくなったら、次の誰かを憎むのよ。


 なんて苦しい生き方。なんて辛い人生。ああみんな、幸せを知らないのかしら。


 ――――そういえば。幸せを知らなかったカレンデュラ。あたしの友達。


 あの子はちゃんと、幸せを見つけられたかしら。


 おうちに帰してあげられなくて、ごめんね。


 助けてしまって、ごめんなさい。


 そんなことを考えていたら、あたしの首に縄が巻きつけられて。


 念入りに念入りに巻かれて、少し締められて。


 みんなが、しんと静まり返って。


 あたしは最後の息を。


 少しの言葉とともに、吐き出した。




「どうかあなたたちの明日が――――穏やかなもので、ありますように」




 ふっと足の下に、何もなくなったのを感じたのと。


 ごきり、という音がしたのは。


 たぶん同じくらいだったと思うわ。








































「――――――――痛くない? ダフディル」



 忘れられない声が聞こえて、あたしはがばっと起き上がった。


 意外に体は軽くて、痛みもなくて……何より、どこも縛られてない。


 暗くない。明かりがある、室内。少なくとも、処刑台ではないわね。



「……………………カレンデュラ?」



 声も、ちゃんと出た。目も、見えてて。


 意外に泣き虫な赤毛の、あたしの友達が。


 あたしの頭を、抱きしめた。



「よかった……! あなたは、蘇ってくれて……!!」


「よみがえる……?」



 そう言われて、無意識に撫でた首筋に……何かアザが、あるような気がして。


 一回死んだのに、あたしは生き返ったってことかしら?


 さすがにそこまで頑丈では、ないのだけれど。



「うん。話さなきゃいけないことが、たくさんあるの」


「そう? その話、長くなるかしら?」



 頭が離されたので、あたしはなんとなくカレンデュラの頬を撫でた。


 涙でしっとりしてて、あともちもちしてる。いいほっぺだ。



「ええ。よければ食事をしながら話しましょう、ダフディル」


「じゃあせっかくだから――――カビてないパンと、じゃりってしないスープがほしいわ。

 ちょっと贅沢かしら?」


「ううん。フルーツケーキだってあるわよ?」



 友達が泣き笑いで。


 あたしは何も食べてないのに、おなかの底がふわふわと暖かくなった。




 ◇ ◇ ◇




 すごい話を、たくさん聞いてしまったわ。



「確認だけど。この世界にはゲームのしなりお? 筋書き、があって」


「そう」


「ヒロイン? 主人公がいて」


「ええ」


「その子が王子様たちを独り占めにしようとして」


「そうね」


「ライバルになりそうな子を修道院に集めて、殺そうとした」


「……合ってるわ」



 ひどいはなしだわー。


 おそるべき色狂いね、そのヒロインって子。



「カレンデュラはその子と同じ転生者? で、筋書きを知ってる?」


「そう。転生者が他にいると思ったから、あいつはこんな暴挙に出たのよ……!

 学園が始まる前に、私を始末するために!」



 そう。転生者ってだけでもおおごとなのに。


 遠い世界に来て、こんなことまでして。


 あなたたちは本当に、大変ね。



「ところが始末する前に、あなたは〝大聖女〟になってしまった」


「…………ええ」



 聖女候補の名目でみんなを集めたから、きっと教会が監視していたでしょうね。


 なら聖女になってしまったカレンデュラは、殺せない。世界中が敵に回ってしまうもの。


 聖女は魔王を倒す者。魔王はもうとっくに復活しているし、やっと出てきた聖女を殺めてしまったら、きっと王国は攻め入られるわね。



「だから彼らは、あなたには聖女の試練を与えて引き離し、その後は国外に追放。

 あなたが王国に戻る前に、当初の目的通り残った子を処分した、と。

 最初からそうしなかったのは、どういう了見だったのかしらね?」


「連中の中にも、穏健派と過激派がいるのよ。

 穏健派は、私たちを筋書きから遠ざけておけばいいと思っていた。

 過激派は皆殺しのつもり。

 実際に聖女が出てしまって……過激派が動いた、みたい」


「穏健ね? 慈悲深いことだわ。

 修道院の連中。どう見ても、あたしたちが飢えて死ぬのを楽しみに待っているかのようだったけど」


「そう、かもしれないわね……」



 納得いかないみたいね、カレンデュラ。


 聖女になったせいでみんなが殺されたって、自分を責めているのかしら?


 ……それを言うなら、あたしのせいなのだけど。


 いやぁね。こんな話は、建設的?生産的?じゃあないわ。



「それで、話を戻すけど。

 王国に帰ってきたあなたは大聖女になって得た奇跡で、みんなをよみがえらせようとしたものの」


「ダフディルを含めて、六人しか応えてくれなかったわ」



 そう。あとのみんなは、もう眠りたかったのね。


 それにしても本当にすごい子だわ、カレンデュラ。


 人を蘇らせられる聖女だなんて。


 生き返らせられた方としても、びっくりよ。


 …………そのおかげで5人も助かったのなら。あたしはうまくやれたのかしらね。



「ところで。他の生き返った子たちは、今どうしてるの?」


「…………主に王宮に潜入してもらってる」


「ほほー。こないだまでただの小娘だった子らが、潜入ねー。

 蘇ったらみんな【聖女の奇跡(チート)】を授かったんですって?」


「私は復活以外何もできないけど、みんなはすごいわよ。

 ダフディルも、すごいことができるんじゃないかしら?」



 それはそうね。なんたって聖女の奇跡。魔王だって、きっと倒せちゃうわ。


 でもあたしはいやぁね。あんまり力なんて、持ちたくないものだわ。


 使命を果たした後に持て余し、破滅するに決まっているもの。



「すごくなくてもいいけど、最高に笑えるものだといいわぁ」


「なによそれ。あなたらしいけど」



 話がだいたい飲み込めたので、あたしは盛大にため息をついてから、ちょっと食事に戻る。


 柔らかいパンを一口、ちょっと冷めちゃった具沢山スープを一匙。


 美味しすぎるわね、これ。おなかがびっくりしちゃう。


 ゆっくりゆっくり噛んで、味わって飲み込んで。


 胸もおなかも、とっても暖かくなった。



「で」



 あたしは言葉を切って、ちょっとだけおなかの底に力を入れた。


 これからこの子が何をする気かは知らないけれど。


 これだけは、聞いておかなければならない。



「おうちには帰れたの? カレンデュラ」


「――――――――村は、なくなったわ」


「そう」



 ああ、やっぱり。


 あたしのかわいい友達が。


 心が痛い、お顔をしている。



「カレンデュラ。次の幸せを探しましょう。あなたは何がしたい?」


「ッ! 私に幸せになる資格なんて、ないわよ!

 私がいるから、みんなみんな死んで――――」



 ダメなのよ、それはダメなの、カレンデュラ。


 彼らの魂のために。


 どうか目を、逸らさないで。



「幸福は義務よ、カレンデュラ」



 あたしは願いを強く込めて、続きの言葉を紡いだ。



「…………え?」



 カレンデュラは呟いて、そのままちょっと黙った。


 びっくり顔がすてきね。


 ちょっといたずらしちゃおうかしら。


 …………ええ、そうしましょう。


 一度助けてしまったのなら。


 もう、二度も三度も変わらないわ。



「体の痛みは、いずれ治るか忘れるわ。死んでしまえば、消えてなくなる。

 でも心の痛みは、消えない。永劫残って、広がり続ける。他の人にも、広がり続ける。

 だから癒さなければならない。魂を治さなければならない。

 幸福は義務よ、カレンデュラ」


「ダフディル、何を言って……」


「心を痛めた咎人たちに与えられる義務――――罰とも、言うわね」


「罰――――――――」



 赤い瞳の中に。


 いつかのように、星が煌めいた。



「あなたはどんな罰を望むの? カレンデュラ」


「私は……………………同じ目に遭わせなければ、ならない」


「彼らに試練を与え、見届けるのね?」


「そうよ。そうしなければ、たくさんの痛みが、癒されないわ。

 私の罪を! この私が、許せないわ」



 あたしの友達のお顔から、痛みが消えていく。


 その下に――――幸福の萌芽を宿して。


 いいお顔。すてきなものが見れたわ。



「で。これからどうするの? カレンデュラ」


「王国を倒すわ」


「――――――――もっと具体的に」



 もう一口、スープをいただいてから。


 ――――――――()は匙を置いた。


 私がカレンデュラの赤い瞳を覗き込むと、彼女は目を泳がせながら考え出した。



「え、え? えっと。現政権を引きずり降ろして」


「その後、国のかじ取りは誰が代わりに?」


「それはまだ」


「お父さまは僻地が過ぎるし、北の魔王の押さえだものね。

 ジャスパー公爵閣下が手を挙げそうだから、先にお話しておくといいかもしれないわ」


「え、うん。うん?」


「排除しなければならない人は、決まってる?」


「えと、シディア第一王子がヒロインと組んでるはず……あとは国王と、王妃?」


「シディア王子は継承権を持っているけど、怪しい妾の子。

 この妾は姿をくらましていて、他国の間者の可能性が高いの。

 それもあって、ルブル王とネーブル妃は第二王子寄り。

 シディア自身も、父王暗殺を目論んだ疑いがある危険人物よ。

 彼が事態の中心であるなら、現王家を倒すのは術中にはまることになるわね」


「え、え? そうなの?」


「個人単位で、吊るし上げる相手を見繕った方がいいわ。

 王宮内は彼ら個人を頭として、国内に勢力を形成している。

 国ごと滅ぼしたいのでなければ、きちんと色分けして相手を見極めなければ。

 ケーキの切り分け方は、あらかじめ決めておかないともめるわよ?」


「あ、はい。わかりました」


「じゃ、あとはお手紙を書いてあげるから―――――――」



 ()()()は再び匙とカップを手に取って、美味しいスープの堪能に戻る。



「お父さまに相談してちょうだいな。がんばってね? カレンデュラ」


「……………………………………頭悪いフリしてるの? ダフディル」



 なんでしょう、そのじとっとした目は。かわいいじゃないの、我が友。



「あたしは侯爵の娘だから、()()()()の仕方を教わってるの。

 パン、もう一個もらってもいい?」



 あたしの友達が、何やら肩を竦めている。


 村娘だからしょーがないけど、無作法な子ね? 失礼しちゃうわ。



「好きなだけ食べて頂戴」


「そ。じゃあ遠慮なく」




 ◇ ◇ ◇




 あたしは縄を引き、丘を登る。


 彼方には、燃える王城が見えて。


 丘の上には。



「おかえり、ダフディル」


「ただいま、カレンデュラ」



 友達が首をながーくして待っていた。


 こちらの引き連れている者たちを見るためか、実際に少し首を伸ばしてる。



「リストから漏れはないわよ。確認してちょーだい」


「…………本当に一人で全員捕まえてくるのだから、すごいわね」


「そうでもないわ。()()のおかげよ」



 あたしが空中をついっと撫でると、縄が勝手に罪人たちを丘の上に引っ立てていく。


 口と目に布、手足に縄を打たれた彼らは、大人しく歩いていった。


 うちの二人だけが、カレンデュラの前へ。他は丘の上にひしめいている。


 しかし。吊るされて死んだあたしが、縄や布を操る力を授かるとはねー。


 笑えるわ。最っ高にブラック。



「他の子は?」


「クィンスはそろそろ来るわよ?

 マートルはあの通り大暴れだから、当分こっちに戻ってこない」



 あたしは派手に燃えてる王城を指さす。


 振り返ったカレンデュラは半笑いだ。



「ティオラたちは拠点に戻ったわ。興味ないって」


「ならさっさと済ませましょうか……その子の縄を、解いてあげて」



 あたしはカレンデュラの前に跪いた、女の口と目元の布を解く。


 彼女は辺りを見渡して。


 それからあたしの友達を見て。



「やってくれたわね!! カレンデュラ……いえ、転生者!!」



 とても覚えのある、顔つきをした。


 あたしの処刑を見ていた人々に……よく似ている。


 一方のカレンデュラは薄笑いで、何か楽しげだ。



「転生はお互い様でしょう。ヒロインのシレーネさん?」


「あんたはモブで! 私は主役なのよ!? お互い様じゃないわよ!!

 こんなことして、タダで済むと――――――――」


「思わないわよ」


「…………は?」



 燃える城を眺めるあたしの友達に、ヒロインちゃんが呆気に取られてる。



「私は――――私()許せない」



 カレンデュラが、天を仰ぐように両手を広げた。


 横から少し見えるその赤い瞳が、燃えてるみたいだ。



「ああなるかもって、心のどこかでわかってた。

 さっさと死んでおけばよかった!

 私が死んでいれば! みんな死なずに済んだんだ!!」


「…………なら、今ここで死になさいよ。

 みんなみんな、あんたがいるから死ぬのよ!

 シディアも、ゲーティアも、クバルも、みんなみんな!」



 ヒロインちゃんが妙なことを言うので、ついあたしはカレンデュラをじっと見た。


 彼女は深くため息を吐いて。



「…………このゲーム、攻略対象一人を選ぶと、残りは皆破滅して死ぬの。

 シレーネはそれを、回避しようとしたみたいね」


「そうよ! あんたさえ……あんたさえいなければ!!」



 それはヒロインちゃんがいなければいいんではないかしら……?


 でもどうやらカレンデュラは、そうは思わないみたい。



「わかったわ、シレーネ」



 カレンデュラがヒロインちゃんの肩に手を置いて、噛むように語り掛けてる。


 あたしは……何も言わない。



「私は、()()()()()()()



 だって。


 あれは心の痛い、お顔じゃない。



「あなたと一緒に死ぬわ、シレーネ」



 とても――――――――しあわせなお顔だ。


 罰を与える者を。


 邪魔しては、ならないわ。



「ぃ、いやよ、一人で死になさいよ……ぇ、ちょっと、なにこれ!?」



 ヒロインちゃんが立って、隣に跪いてる男に近づく。


 彼女の縄は解かれていて、その手が男の首にゆっくりと伸びる。



「私は八つの試練を受けた。

 お前たちに受けさせられた。

 最初の試練で、私は」


「ちょっとなんでこれ止まんないの!?

 止めてよ、シディアが! 私の王子様が!」


「村で待っていてくれた、私の幼馴染を手にかけた。

 そう。そうやって、ゆっくりと首を絞めたの」


「ぁぁ……どうして、なんで……あんた! あんたが何か!」



 おや、あたしをご指名かね? ヒロインちゃん。


 だが残念。あたしはなーんもいたずらしてない。



「あたし? あたしは何もしてない。

 縄は()()()もの。

 首を絞めようとしているのは、あなたよ?」


「ぇ、じゃあ」



 彼女が友達の方を向くけど、そっちでもないんだなー、これが。



「カレンデュラには、何の力もないわよ。

 不思議ね? あなたがなぜか、恋人の首を絞めようとしているの。

 その子にあなたがさせたように。

 自業自得と言えばいいのかしらね?」


「あぁぁぁぁあぁ……あああああああああああああ!」



 ヒロインちゃんがよく嘆いて、必死に抵抗している。


 ま、種を明かすと――――カレンデュラ曰く。これは筋書き、というやつらしいのよね。


 この丘で、ヒロインがシディア王子の首を絞め、彼を罰し、殺す。


 「罪を償う」ってのが、キーワードなんだそうな。


 それで始まるエンディング?なんだって。こわいこわい。



「やめて、やめて……シディア、シディアぁ。私は、まだ……あなたを!」



 ヒロインちゃんの抵抗むなしく、少しずつ男の首に、指が当てられて。


 彼女のお顔に…………心の痛みが、滲んでいる。


 とても。


 罪深い、お顔だ。


 …………これは。罰を受ける者の、顔ではない。



「――――――――よくないわね」



 あたしはそう言って、宙を指で撫でた。


 シディア王子の口と目元を覆っていた布が、はらりと落ちる。



「…………シレーネ?」


「シディア!? 逃げて!」



 ヒロインちゃんは抵抗を続けている。


 王子は…………やはり、身動ぎもしないわね。



「ダフディル!? 何を!」


「ダメよ、カレンデュラ。罰とは幸福。

 それが結果、死をもたらすとしても」



 あたしはかわいい友達の赤い瞳をじっと見て、告げる。



「魂を癒す、最高の幸福でなければならないの。

 よかったわね? シディア王子。さっき言ってたあなたの望み。

 あなたの愛する女が、叶えてくれるわよ?」


「望みってどういうことよ!? シディアが死んじゃう!

 逃げて! あなたに死なれたら、私……!」



 半狂乱のヒロインちゃんの両手が、ついに王子の首にしっかりとかかった。


 シディア王子は、彼女を見て。



「よかった。俺は、父さんを殺さなくて、済むんだな」



 笑った。



「…………ぇ?」



 意外な言葉に気が抜けたのか、ヒロインちゃんの抵抗が緩み、王子の首が締まり始める。


 首を絞められているシディアは。



「母は俺を呪った! 父さんを殺すための道具にした!

 優しくしてくれた、俺の父さんを殺す道具に!

 あいつを殺しても、呪いは止まらなかった!

 誰も俺を止めてくれなかった!

 やったぞ、俺の勝ちだ亡霊め! ひゅぎ――――」



 どうやってか、己の願いの成就を吐き出した。



「――――あぃ、ガッ!――――と。シレーネ!」



 如何なる執念によるものなのか。彼はそう、言い切って。


 ごきり、と聞き覚えのある音が鳴って。


 シディア王子の体は。


 柔らかくなって、崩れ落ちた。



「シディ、ア?」



 倒れた王子のそばに、ヒロインちゃんが膝をつく。


 さて…………カレンデュラは呆然としちゃって、まだ難しそうだし。


 あたしがこの子に(しあわせ)を、与えなくては。


 あたしが近づくと。


 彼女は生気の抜けたような、顔を上げた。


 ダメじゃないの。そんなお顔をしていちゃあ。いけない子ね。



「やり遂げたわね。シレーネ?だったかしら」


「やり……………なに?」


「あなたがその男を、破滅から救ったのよ」


「ちが、わた、殺!」


「違わないわよ。もっとそのお顔を、よく見てあげなさい?」



 震えながら、シレーネが視線を落とした。



「笑って、るの? シディ、ア」



 彼女の目は、男の死に顔から離れなくなって。


 その手が彼の髪に、伸びて。



「あなた、そんなに笑顔が、素敵だったのね。

 いつも、仏頂面、で。つら、そうで」



 彼女は愛しい男の頭を膝に乗せ、ゆっくりと撫で始めた。



「シディア――――――――」



 …………ん。良いわね。


 あたしはカレンデュラに歩み寄って、そっと笑いかける。



「ど? これが、罰というものよ。

 良い顔でしょ? 二人とも」


「そうね…………あなたも、だけど。ダフディル」



 カレンデュラも、悪くないお顔ね。ちょっと引きつってるけど。



「彼女に与える罰は、あと七つあるのでしょう? カレンデュラ。

 しっかりしなさいな」


「ダフディル……」


「あなたもまた、しっかりと(しあわせ)を受けねば、ならないのだから」



 カレンデュラは二人を振り返って、じっとその姿を見始めた。


 赤い瞳に、その光景を焼き付けるように。


 死んだ恋人と、恋人を殺した女。確かにそれは、幸福の姿ではないわね。


 でもそのお顔は確かに、喜びに満ち溢れている。


 不思議でしょう? 人間というものはね。


 失われたときに。最も強く、幸福を自覚するの。


 だから罰を与えるときは。


 その者の望みと幸せの姿を、囁いてあげるのよ。



「さて。クィンスが来たら、残りの罰も与えましょうか」



 あたしは丘の上を見る。縄と布に縛られ、蠢く咎人たちを見る。



「二人の逢瀬を邪魔しても悪いし、スマートにいきたいわね」



 今日はたくさんの罰を、与えてあげなくては。


 ふふ。おなかの底が、とってもふわふわするわ。




 ◇ ◇ ◇




 あたしたちは咎人たちを罰し、シレーネを連れて拠点に戻った。


 しばらく経って。


 あたしの元に、報せが来た。



「公爵閣下が、小さな第二王子の後見についたそうよ。

 陛下は一線から退き、執政は公爵が宰相となってとる。

 あと」



 あたしはお父さまから送られてきた手紙を、友達に渡す。



「…………私たちが皆の魂を慰撫する旅は、認められた、と」


「好き勝手やると怒られるけどね? 予定通りに(ケーキ)をカットしてるなら、黙っててくれるわ」



 王宮にいた主犯格たちは皆、私たちの仲間・クィンスが磔にして罰を与えた。


 けどまだ、たくさんいる。


 娘を売った者たち。あるいはさらった者たち。


 シレーネにも残り七つの罰を与えながら、あたしたちは旅してまわるのだ。


 犠牲になったみんなの、魂を癒すために。


 で。処刑予定者は全部公爵閣下にお伝えしてあって。


 その枠から出なければ、あたしたちは好きにしていいってお墨付きをいただいたわけ。


 教会の裏書があるからって、すごい免状をもらってしまったわね。



「それは怖いわね。真面目にやりましょうか」



 カレンデュラが薄く、楽しそうに笑ってる。


 最初からとっても素敵だったけれど……いいお顔をするようになったわ。


 シレーネとシディアへの罰は、少しは良い刺激になったのかしらね。


 ……あら? どうしたのかしら。お顔が影に沈むよう。


 痛いわけではないようだけど、何を悩んでいるのかしら、カレンデュラ。



「…………もしも私が早々に、それこそ修道院に入る前に、死んでいたら。

 こんなことには、ならなかったのかしら」



 ああ、そういえば。シレーネに向かって、死んだほうがよかったとか言ってたわね。


 ――――イケない子ね、カレンデュラ。答えがわかっててそのように聞くのは、よくないわ。


 救いはねだるものではなくってよ? 悪い子ね。()が叱ってあげなくちゃ。



「そんな希望は、未来はないのよ。カレンデュラ」


「……どうして? ダフディル」


「シレーネは、破滅する男たちを救いたくて、その未来に関わる女たちを集めて殺そうとしたのではなくて?

 ならあなたがいなくても、あなた以外が皆死んで終わりよ。

 私たち、あなたに生き返らせてもらった六人は、そのまま棺桶の中ね」


「――――ごめんなさい、ありがとうダフディル。

 やっぱり、そうなるのよね……。

 でもどうしても。なんとかできなかったかって、そう思うのよ」



 ……いけないわね。その希望は毒。あなたを苦しめるだけの、甘い毒だわ。


 きちんと、その傷口から吸い出してあげなくては。



「不可能ね」


「どうして、そう言い切れるの?」


「シレーネに味方しているシディアを始めとした男たちは、みな大小の武装勢力とつながりを持っている。

 シディア王子なら、かなりの数の騎士を配下に加えていたり、ね。

 この国をまとめて滅ぼす力はなくても、その危うい拮抗を崩すことは容易なの。

 彼らはいつでも、内戦を引き起こすことができた」


「ッ。戦争になるのに比べたら、安い犠牲だったってこと?」


「犠牲を防ぐのは不可能だった、ということ」



 カレンデュラが、とても悔しそうなお顔をしている。


 わかってはいるのね。「もしも」を考えずにはおれないのね。


 その気持ち。とても…………とてもよく、わかるわ。


 でも。



「あなたが蘇らせた、六人の聖女。

 この力がどうしても必要だったのよ。

 奴らを犠牲なく一網打尽にするには、ね。

 あなたがまさに奇跡を起こしたから、今があるの」



 カレンデュラが蘇らせた私たち六人は、恐るべき権能を授かっているわ。


 たった一人で、万軍にも匹敵する。


 その気なら、我々だけでこの国を更地にできるのよ。


 恐ろしいわね。でもこの力が、未来を切り拓いてくれたのだわ。


 あなたが導いた良い結末なのよ? カレンデュラ。


 そんな難しいお顔をしないで、もっと笑ってちょうだいな。



「あなたはシレーネが築くはずだった、罪の山を未然に防いだのよ?」


「罪の山?」


「ええ。例えば、修道院に私たちを入れた勢力と、その後に処刑をした勢力は別でしょう?

 穏健派と過激派、だったかしら。

 その頂点は、シレーネに侍る別々の男だったでしょうけど。

 彼らは果たして、仲良しだったかしらね?」


「……シレーネがうまくやったとしても、その後に彼女を巡って血みどろの争いがおこると?」


「そうよ。あの強烈な色狂いを中心に、この世の地獄が現れたでしょう」


「ぞっとしないけど……容易に想像できるわね」


「あと当然だけど、娘を殺された親たちがみんな黙っていると思う?」


「それも想像が容易いわね。

 一度お会いしたダフディルのお父さま……ズイセン侯爵様なんて、その筆頭でしょう」



 う。城に乗り込む前、お父さまやお母さまとは、会ったのよね。


 私の無事を、とても喜ばれて。


 ちょっと……いえ、だいぶ恥ずかしかったわ。私はもう、いっぱしのレディだというのに。



「そうだけど……あまりその時のことを、思い出させないでちょうだい。

 正直、顔から火が出そうよ」


「愛されているのね。結構なことじゃないの」



 ……ちょっとカレンデュラの笑顔が寂しそうだわ。


 あまり家族のこと、この子の前ではお話したくないのよね。


 この子がかつて言ったこと、私ちゃあんと覚えてるわ。


 「やっと家族ができた」って、そう言ったのよ。


 転生者の、前世を覚えてるカレンデュラが、そう言ったのよ。


 この話題はよくないわ。話を変えましょう、話を。


 そういえば。この私にも、わからないことがあったわ。



「愛と言えば。

 私としてはむしろ、シレーネがどうやって男たちを篭絡したかが想像つかないわ。

 そんな美人さんじゃないわよね? それとも私、女の子の趣味が悪いのかしら」



 ヒロインちゃんは、別に聖女ではない。大きな力を持っているわけでは、ないはずだけど。


 なのに多くの男を手玉に取った。


 淑女の一人としては、その秘密にちょっと興味があるわね。



「あなたの趣味は分からないけど……そこは関係ないわよ。あの子はね、知っていたの」


「知っていた? 何を?」



 私が問い返すと、カレンデュラは長く長くため息を吐いた。



「ゲーム。この世界のシナリオ……筋書きには、当然に彼らの多くの秘密も含まれているの。

 どんなものを好むのか。どんな過去を抱えているのか。望みはなにか。

 彼らの質問にどんな返答をしたら最も喜ぶか? なんてのもね」


「それは恐るべき知恵ね。そんなことまで知られていたら、心を好きなようにされてしまうわ。

 あら? でもそれは、あなたもではなくて? カレンデュラ」


「だからあの女は、私を筋書きに関わるところにいさせたくなかったのよ。

 攻略対象には、一度も会ったことがないわ」



 なるほど、色狂いが徹底しているわねあの子。


 罪深い子だわ。これからも、いたずらのし甲斐がありそうね。



「その点で言えば。どうしてシディア王子の望みを、シレーネは知らなかったのかしら。

 私も、だけど。母親に呪われていたなんて設定、ゲームにはなかったし」


「さぁ? そもそもゲームとやらには、転生してきたあなたたちはいないんじゃないの?」


「ん……そうね。何もかも同じとは、言い難い、か」



 疑問が尽きたのか、カレンデュラが深くため息をついてる。


 何よ。悩み深い子ね。



「…………結局。今が最善。致し方なかった……そう納得するしか、ないのかしら」



 カレンデュラはなんでそう、毎度毎度いたずらし甲斐のあるお顔をするの?


 どうしてあなたは、そんなに自分の不明や未熟を呪うの?


 不思議だわ。とても……きれい。


 何度でも、助けてあげたくなってしまう。



「納得ではないわ。自覚よ、カレンデュラ」


「自覚?」



 私は大きく頷き、居住まいを正す。


 そうしてカレンデュラの……後ろ。彼女の向こう、遠い彼方に目を向けた。



「あなたが背負ってくれた、多くの罪の自覚。

 眠りにつくことを選んだ、あの子たちのためにも。その魂を癒すためにも。

 あなたの選択で潰えた罪や、それでも拭えなかった罪を。

 あなたの心を痛めているものを、きちんと自覚しなければならないの」



 それがどんなに理不尽で、目を覆いたくなるようなものでも。


 目をそらしては、ならないのよ。


 人の罪は、見ないふりができても。


 自分の罪は見ないと……自らその目に、飛び込んで来るから。


 より大きな、悲劇をもたらして。



「そうしなければ、私は罰を受けられず、魂が癒されないから?」


「そうよ。あの子たちの無念を思うでしょう? 幸せになってほしかったと、思うでしょう?」


「思うわ――――――――ああ、だから。幸福は、義務なのね。

 生きてる私が罪を償わねば、いなくなったみんなが報われない」



 ああ。また、いいお顔になった。


 あなたは何度でも、天に手を伸ばそうと立ち上がるのね。


 …………あら。なぜじっと見られてるのかしら。


 そんなに見つめられると何かいたずらを見つかったようで、居心地が悪いのだけど。



「――――――――あなたの罪は何なの? ダフディル」



 ……………………おっと。


 思ったより鋭いこと聞かれたわね。やるじゃないの大聖女様。



「なんのこと?」


「とぼけないで。あなたは幸福に執着している。まるで幸せに、飢えているかのよう。

 幸せになることが、何かの罰だというのなら。

 あなたの罪は、何なの? 何があなたの心を、傷つけているの?」


「――――――――内緒よ」


「…………ふざけないでくれる?」


「いやぁねカレンデュラ。私、怒られたくないもの。

 自分がやったいたずらなんて、明かさないんだから」


「……………………」



 困った、素直に聞いてくれそうにないわね。


 良い子になったけど、ちょっと悪い子になってきたわねカレンデュラ?


 そんなに悪い子になると……魔女になって、しまうのに。


 あるいは。


 なってくれると、いうのかしら。


 あなたも。


 私のように。



「教えてちょうだい、ダフディル。

 あなたを一度死なせてしまったのだって。

 蘇らせて、苦難の道を共に歩ませているのだって。

 私の大きな、罪なのよ」


「っ! カレン、デュラ」



 驚いて、私は息を呑んだ。


 さっきまで、自分の無力を嘆く子どものようだった、この子が。


 大きく翼を広げているかのように、見える。



「罪は罰しなければ、ならないわ。

 私はあなたの魂を、癒さなければならないの」



 カレンデュラ。


 あなたは。どこまで高く、立とうというのかしら。


 あなたのような聖女は、見たことがない。


 私は希望を抱いていいのかしら。


 この罪がすべて償われる日を、夢見ていいのかしら。


 …………ああ、いけない。


 心の痛いお顔に、なってしまう。


 幸せにならなければ、ならないのに。


 あなたを見ていると、助けられなかった多くの魂を。


 どうしても、思い出してしまう。


 罪濡れた、私の過去が。


 魂の底から、顔を出してくる。



「……………………歴史書の中には、ダフディルという名は何度も出てくるのよ」


「へ?」


「それは魔王が蘇るとき、これを鎮めるために呼び出される魂の名。

 どんな者でも助けたくなってしまう、とてもとても、愚かな女の名。

 何度でも蘇り、聖女を生み出す女。ダフディル」


「転生――――異世界じゃなくて、輪廻転生者!」


「そうよ」



 私はカレンデュラに答え、驚く彼女の前でそっと物思いにふける。



 私はね。初めはただ、無責任に人を励ますだけの馬鹿な女だったの。


 でもどういうわけか、私が助けになろうとした人が、みな不思議な力に目覚めた。


 私は……ただの偶然だと思う。彼女たちはただ、自ら苦難を乗り越えただけ。


 でもちょっとやりすぎたのかしら。たくさんの聖女の力で、魔王は倒されてしまった。


 そうしてどうも、私は魔王に呪われたらしいのよ。あるいは、人間に、かしら。


 結局。お前のせいで人生台無しだ!って、助けた子たちに滅茶苦茶怒られて。


 最後はキュッと首を絞められて、死んだわ。


 そうして時が経ち、魔王が復活したとき。


 私もまた生まれて、人生を歩むことになった。


 前のことは、みんなみんな覚えてて。


 私はまた愚かにも、人を助けて。


 助けた人が苦難を乗り越えて、聖女になって。魔王を倒して。


 私は……魔女め!って罵られながら吊るされて。


 そう。心の痛いお顔をしながら、聖女はみんな私を殺すのよ。


 そんなことを何度繰り返したか、もう覚えていないわ。



「ダフディル。あなたも転生者で……聖女、だったのね」



 カレンデュラのお声で、私は感傷の底から戻った。


 そうして弱く、首を振る。



「違うわよ? 何度も生まれ直しているけど、私は聖女だったことはない」


「え?」



 そうであれば。力があればと思ったことは、何度もあったけど。


 それが叶ったことは、一度もなかった。


 希望が持てる未来が訪れたことは、一度もなかった。


 私は笑顔で取り繕って、過去に蓋をする。



「聖女はね、不思議な道具で見つけられるの。

 私が聖女だったら、修道院に入る前からバレバレよ」


「そう、なの?」


「ええ。聖女になったあなたも、それで奴らにすぐ見つかったのよ。

 私自身は魂が特別なだけ。

 今生での私はズイセン侯爵の娘、ただのダフディルよ」



 まぁ今の私は、カレンデュラのおかげで聖女になっちゃったけどね?


 私以外に聖女を生み出せる子がいるなんて、ほんとびっくり。


 これまでこんな子は、一人もいなかった。


 特別な子……カレンデュラ。


 そうね、特別。


 ほんとは内緒に、したかったけれど。


 あなたには私の秘密を、教えてあげましょうか。


 知りたいと、そういうのなら。


 私がしてきた、いたずらを。


 私が積み重ねてきた、罪を。



「私の罪はね、カレンデュラ。

 人を助けられないこと。救えないことなの。

 どれだけ手を差し伸べても、みんな最後は心の痛みを抱いてしまう。

 みんなみんな、最後は罪に溺れてしまう。

 私は誰も彼も、救えない」



 どんなに助けても、最後は私を、あるいは世界を憎む。


 心の痛い、罪濡れたお顔になってしまう。


 私が何もしなければ、きっと穏やかに逝けたでしょうに。


 私はいつも、みんなの魂を傷つけてしまうのよ。


 私はそれが。


 とても、つらい。


 心がとても、痛くなる。



「あの子たちの、心の痛いお顔を見ると。

 私は――――――――」


「ダフディル」



 カレンデュラが……私の後ろを見ている。きっと背中の彼方を見ている。


 助けられなかったあの子たちの、私が癒さねばならない魂たちを、見ている。


 見て――――――――



「私は救われたわよ……あなたに、救われたの」



 涙をこらえるように、顔を上げて。


 きっとその心は。


 天井の向こうの、青い空を見ている。


 私は彼女から、目が離せなくなった。



「私の元に帰ってきてくれた、あなたたち六人に。

 私の魂は、救われたのよ」



 カレンデュラのお顔は、痛みがなくて。


 泣きそうなのに、喜びに満ちていて。


 産まれたばかりの、赤子のようで。


 穏やかに亡くなる、老人のようで。


 その顔は、心を痛めた罪濡れたものではなく。


 罪を罰であがなった、幸福溢れた顔でもなく。




 ああ。


 私は今、初めて。


 ――――――――真に救われた人を、見たのだ。




「ダフディル」


「なに、かしら」



 尊いお顔が、私を向いた。


 優しい赤い瞳が、じっと私を見ている。



「あなたにたくさん、幸せをあげないとね。

 あなたの魂が、あなたの背負うたくさんの罪が、癒されるように。

 いっぱい美味しいもの、食べさせてあげるわ」


「ッ。やめてちょうだい。ティオラみたいに、まぁるくなってしまうわ」


「いいわね。その方がきっと、可愛いわよ?」



 むむ。なによ、私の方がずっとお姉さんなのに。


 そうやって笑われると、何か胸の奥がむずむずするわ。


 おなかの底が、ふわふわして……暖かくて。


 お顔もとっても、熱くて。


 いやぁね、レディにこんな顔をさせて。カレンデュラったら、いけない子。


 …………しょうがないわね。


 悪い子には――――ちょっとおしおきを、してあげましょう。



「知ってる? カレンデュラ。幸せには、もう一つ別の名前があるの。

 おなかの底がふわふわするようなこの気持ちには、別の名前がついているのよ」


「…………何よそれ」


「愛、っていうの」



 私がじっと赤い瞳を見ながら言ったら、かわいい友達が固まった。


 私はそっと近づき。


 彼女の耳元で、囁く。



「あなたのそばにいると私、とても幸せなの」


「~~~~~~~~ッ!!!!」



 おっと、逃げられてしまったわ。


 やっぱり()()()は、うまくないわね。



「これからもよろしくね、あたしの聖女様」


「何よそれ誤魔化されないわよ何なのよ今のはダフディル!?」



 赤くなった顔が素敵で、とってもかわいらしいわね。カレンデュラ。


 ――――――――もっといたずらしたく、なってしまうわ。



試練(いたずら)(しあわせ)で人を聖なる存在へと導く、輪廻の魔女・ダフディル。


彼女の聖別を受け、()()の聖女が旅に出た。


多くの罪を背負い、幸福をばらまき、魂を癒す旅へ。


――――――――魔女の魂を、癒す旅へ。

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[一言] ヒロインの転生者ってなんでことごとくもともとのヒロインのなしたことなさないんや・・・。そして次のいたずらは口づけだな
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