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雨雲の涙  作者: 砂石一獄
3/3

後編 晴天と涙

「さっきの人、友坂先輩の知り合いですか?」

荷物を置いている最中、後輩が僕、友坂(ともさか) (ゆう)に問いかけてきた。彼女の真意が理解できないが、クラスメイトだと素直に答えることにした。

彼女は、「へー」と軽く返事をしながらも、視線を僕から離さなかった。どう反応するべきか分からず、戸惑いながらも持っていた荷物をソファの上に置いた。

窓の方を見やると、外は曇天に覆われていた。今日の天気予報は快晴だったはずだが、今にも雨が降り出しそうな気配があった。

「あの人とは、何か接点があるんですか?」

教科書と筆記用具を取り出している時、後輩は更に質問を詰めてきた。普段は朗らかな姿を見せる彼女だが、この時だけはどこか冷ややかな雰囲気を纏っている。

しかし、わざわざ嘘をつく理由もないため、誤魔化す事もせず「勉強を教えたりしてるよ」と答えた。

本当にそれだけですか、と後輩は問い詰める。

彼女の意図が読み取れない。本当に、天野(あまの) (めぐみ)とはそれだけの関係なのだ。

この前は単にが近いから一緒に帰っただけで、それ以降は何もない。

「ただの友達だよ。さあ、今日も活動を始めようか」

「……」後輩は何か言いたそうな表情を浮かべていた。しかし、それ以上は黙り込み、代わりに一つ小さなため息をついて定位置に戻る。

その彼女の様子が気になったが、見つからない答えに頭を悩ませたところでどうすることもできない。仕方なく己の作業に集中することにした。

後輩も文庫本を取り出して読書を始めていた。


彼女は今年の春頃、新入部員として入部してきた。当時はまだ先輩たちも部員として部活動をしており、とても賑やかな雰囲気が漂っていたのを鮮明に覚えている。

僕もその部活の雰囲気が好きで、このままずっと幸せな空気がずっと続くものだと思っていた。

しかし、先輩たちは秋になると部活を引退せざるを得なくなった。結局、残ったのが僕と後輩の二人だけだ、というわけだ。

僕はただ過去の思い出を求めて部活動を続けているだけだ。でも彼女はそうではないはず。いつでも退部はいつでも受け入れると言っているけれど、全くといって良いほどに彼女は部活を辞める気配は無かった。


「ねえ、先輩」

勉強に集中していると、ふと後輩が僕の方を見て声を掛けてきた。ペンを走らせていた手を止め、「どうしたの?」と返答する。僕の問いかけに彼女は答えず、ゆっくりと僕の所へと歩みを進めてきた。そして、僕が座っている机に手を乗せ、体重をかけた。

彼女の行動が理解できず、僕は戸惑いながらも彼女の表情を見る。すると、彼女の瞳が潤んで居るのが分かった。その様子に驚きを隠しきれず、言葉を失ってしまう。

「私は、先輩が好きです。だからこそ、この時間が安心できて、そして不安なんです」

……え?

彼女からの突然の告白に思考が一瞬停止した。後輩が、僕を、好きだと言った。

その予想していなかったSVOが彼女の口から発せられたことに、理解が追いつかなかった。

僕は黙って彼女の涙に潤む瞳を見続けることしか出来ない。彼女は僕からの返答を期待していなかったようで、そのまま言葉を続けた。

「何か思っていることがあるなら言葉にしてください……!……あの人は本当にただの友達ですか……?」

彼女の言葉は、徐々に語気を弱めていった。『あの人』というのは間違いなく天野のことだ。

本当に、天野はただの友達だ。特別な感情を抱いたことなど、一度も無い。

――本当に、そうだろうか?

ふと自分の中に渦巻くものがあった。気の迷いだ、とも思ったがなぜか僕はそれを無視することが出来ず、深く考え込む。

彼女が僕を頼ってくれた時、安心したような感覚は無かったか?この間一緒に帰った時、胸が躍るような感覚はしなかったか?彼女をただの友達だと言い切りたいのは、そこから先の関係に進むのが怖いからではないか?

一つ一つ、自分の思いを確かめるチェックリストを確認していく。いずれも答えは○だった。

僕は……。

突然雨音が窓を叩く音がして、外を見る。すると、曇天の空から激しく雨が降り注いでいた。

屋外で活動をしていた生徒は大雨に驚いて、急いで軒下へと避難しているのが見える。しかし、その中で一人だけ大雨から一歩も微動だにせず、その場に佇んでいる女子生徒がいた。

その姿には見覚えがある――。

刹那、頭の中で何かがスパークし部室内に置いていた傘を取り、「ごめん」と部室を後にした。後輩は、ただ一人告白の答えも聞かないまま、部室に取り残された。

「……先輩のバカ」

その呟きは、僕の耳には届かなかった。



『雨は涙を隠すからなんじゃないのかな』と友坂は言った。本当にその通りだと思う。

降り注ぐ大雨は私にとって、都合が良かった。収まることのない涙を、雨は隠してくれるから。

私の早とちりだったら良いな、と何度も自分にとって都合の良い想像が脳裏をよぎる。もし、あの後輩には既に他に彼氏がいて友坂に興味を持っていなかったら。もし、私が友坂の彼女だったら。

何度も何度も、答えの見つからない自問自答が続く。

その度に自分のことを惨めに思い、余計に悲しくなる。なんて自分は愚かな女なのだろう、と自嘲の笑みを零した。

ずっと大切に育ててきたはずの長い髪は、既に大雨に濡れぐしゃぐしゃになっていた。制服も洗濯に回さなければいけないほど濡れてしまっている。けど、今はそんなことはどうでも良くて、ただこの雨に涙を隠したかった。

そうして佇んでいると、ふと水が弾ける音がした。

「天野さん!!」

ずっと聞きたかったその声に思わず振り返ると、そこには傘を閉じたまま。全身を濡らした友坂がいた。呼吸は乱れ、肩が大きく上下する。



「……友坂くん」

彼女の目元は紅みを帯び、微かに瞳は潤んでいた。唇は震え、おさげに降ろした髪はぐしゃぐしゃに乱れている。彼女の気持ちは心のどこかで理解していたはずだったんだ。でも、今の関係が壊れてしまうことが怖かった。だからこそ、僕は逃げていたんだ。

でも、もう逃げないよ。


二人は激しく降りしきる雨の中、真っ直ぐにお互いの目を見つめ合う。

「僕はずっと今の関係が壊れることが怖かったんだ」

「……うん」

「今だって、本当は怖い。けど、勇気を出さなきゃ行けなかったんだ」

「……うん、私もだよ」

友坂は傘を開き、天野に丁寧にそれをかざした。その傘は彼女に降り注ぐ雨を受け止め、激しい雨音を立てながら、雨雫を遠ざけていく。

「僕は、天野さんが好きだ」

「私も、友坂君が好き」


雨は悲しみを連想させる。

だが、雨は常に降り注いでいるわけではなく、いつかは止むものなのだ。それと同じくして悲しみも、いつかは収まりを迎える。

たった、小さな勇気という名の日差しが、二人を照らしていた。


終わり

後輩「あの、私これから先気まずいんですけど。部活辞めようか友達誘おうか悩むなあ」


止まない、雨はない

ハゲに髪はない

もう少しプロット設定頑張ろうと思えた作品でした。以上。次はもっと上手くいくように頑張る。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  幼馴染ゆえにわからんもんもあるし、見た目パッとしない男の子が幼い時から機転が利くことをうまく描いているし、思春期に伴い変化する関係を受け入れるまでが短くまとまっていると感じました。 [気…
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