或る少女の旅⑥-寝たら死ぬぞ
「――図書館の、夢?そして病院の記憶――」
「――そういった記憶を呼び起こすというのは、私の魔術が与える効果から、大きく、とまでは行かずとも逸れていますし――」
「――う――あのセクハラの件は本当に申し訳なく――」
「――つまり、ずばりですよ。それは私の魔術の効きすぎが原因となっているだけの――」
「――ただの、うたかたの夢に過ぎないと私は推測するのですが」
***
私はいま、と或る病院に向かっている。
正門がどこか分からない程、裏門が大きいその病院はこの街の或る大学病院である。
この真冬に、風邪のこの身体に鞭うって歩くことになるので、さぞ辛かろうと思いきや、存外すんなりと身体は動いてくれた。
そもそも前提を間違えていたのだ。頭が働かずまるで思いもしなかったが――この体調不良はおそらく世間一般で定義する、風邪ではない。
「――但し一つ、心当たりがあります」
リーリスはそう言った。それは――私の夢と、この体調不良の起因を示唆するもの。
まあ相手は夢のプロフェッショナル、現代科学が知らないくらいのことは、彼女にとってはなんのことない雑学レベルである。
彼女が嘘をついていないという前提のもとならば、彼女の情報の信憑性はかなり高い。
――そもそもそれは、人間が通常見るタイプの夢でない。
別に夢と呼んでもかまわないが――科学的にも、いち夢魔的にも――夢と呼ぶものでない。
但し、魔法の視点から見れば、それは夢と呼ぶものであるのかもしれない。――海馬にさえ刻まれていない、なかった筈の過程。ありえない、誰も覚えていない、覚えてはいないその結果を――
――忘れられたその因果を、ほんのうたかたの夢として呼び起こす魔術。その魔術の話を――いつぞやか、聞いたことがある、と。
そうやってぺらぺら真面目に持論を語ったあと、そのほんの直後、リーリスは私の様子を見にやってきた森さんに驚いて、挨拶もなしに窓から逃げた。猫か?
そして結局リーリスの多種多様の犯行の動機も聞き逃した。もうやられっぱなしで頭が痛いので、責任能力なしで片付けてしまいたい。
森さんもまた、縛られた+痛い修理費のトラウマからか、奇声をあげて倒れた、ひどい。小音が居ればなんと突っ込むだろうか。
――そして本当に意味が分からない。初めの頃に見せたあの傍若無人ぶりは何処へ。
リーリス自身は夢魔の本能の暴走と言っていたが――いや、なるほど確かにベスもそう言っていた。
「リーリスのあのやつ……あそこまでこじれておったかの……?」
と。
なら仕方ない、とはならないが、リーリスが何か企みを持っているという結論にもなり得ない。とりあえず放置することにする。まあ、今日私に見せた姿がシラフなんだろう、なら問題もないだろう、多分そうだろう。うん。
ただやっぱり――
「……疲れる…………」
熱はまだあるらしい。
なんとも言えない感覚がまだある。
公園に入り、ブランコに座って休む。
小さな小さな街の公園。夕方にでもなれば、私より小さな子供が無邪気に、街を切り取ったようなこのちいさな空間で遊ぶのだろう。
駆け回る思考を落ち着かせてブランコに揺れる私。
ぼんやりして、真っ昼間、ひとり私はここにいる。
冬にしては、随分と陽気な日差しで、麗らかや……と言った感じ。気温の心配は不要であったかもしれない。
故か、一度脳内から乱雑な思考を振り払ってみれば――眠い。底の方にしまっていた眠気が襲ってきた。
ああ――確か日本以外だと危険なんだっけ?外でのうたたねは……
というか私でもさすがにどうかと思うけど……まさか魔法の…………いや……やることが……うん――このまま……
眠…………




