不思議な夢①-効率度外視構造の空間
――私の名前は、綾。
もう亡くなってしまった母がつけてくれた名前だ。
母は――おっちょこちょいだった。なんて、そういう印象だけを覚えている。母はどうやら複雑な事情を抱えていたらしく、女手ひとりで私を育ててくれていた。
正直、母のことはよく覚えていない。
だが――人形のように冷たくなっていた母の手の感触は今でも鮮明に覚えている。病院のクリーム色のベッドの上の、母のその寝顔は、覚えている。
***
……意識がはっきりとしてきて、はじめ視界に入ったのは本棚だった。
「………………う」
私は二人が座れる程の大きさのソファーの上で横になって寝ていた。心地の良い感触を覚える革が張られており、買おうとするなら随分と値が張りそうなものだなと思った。
身体を起こして周りを見渡す。
寝起きだからか身体の感覚は、はっきりとしない。
「………………?」
ソファーは何もない壁の方に向いていたので、私が後を見渡してみれば、そこには複数の本棚があった。
私が意識を覚ました場所は、どうやら図書館らしい。
深い青色をしているカーペットが張られている図書館の床に足をつける。靴下も無く裸足であったので、人に見られていたら無礼な女だとでも思われるだろうか。
――いや、そもそも。この図書館には、この空間にはそもそも、人の気配を感じない。
「……………………」
どころか窓さえなく、見える光は等間隔で壁に備わっている燭台の、ろうそくのぼんやりとした火だけ。それ故か上を見上げても天井は見えず、果ては見えそうにない。随分と――背が高いようだった。
見渡せる距離は――この空間は、狭い。私の学校のホームルーム教室一つ分程度の広さだろうか。
しかし――意味不明な構造をしている。壁をつたう階段がぐるりと囲んでいる中の空間が、今私がいる空間である。だからこんな狭さになるんだろう。
立ち上がり、歩いてみる。
「……………………」
静かだった。
やはり誰もいないらしい。
「……………………?」
歩いて、数秒。
間抜け。
出口がないことに今更気づいた。だが不思議と恐怖は無く――ならば本でも読めば良いかと思って、本棚を見てみることにした。
「……………………」
無数に並ぶ本の背を見ただけで、何故か、つまらないものばかりだろうと……なんとなく思った。いや――そうだろうと、確信を持っていた。何故ゆえだろう?不思議なことだ。
「…………………………」
本棚から目を離し、ただひとつ、この空間にあった木製のテーブルの上に、一冊の本があったことに気づいた。




