自称、姉妹百合の女⑩+③-芽生えた?
「……では…決まりと……」
と、リーリスが言った瞬間。
「……悪いなリーリス。その話は断ろう」
「……え?…………ねえ様?」
私が予想もしていなかった答えが、ベスの口から出てきた。
「ベス…………?」
「ま――吸血鬼の力など、この世界では時代遅れの産物。手放すことに後悔など無いし――そんなものは最早どうでもよいよ、わしにとっては」
さらにベスは、リーリスに向かって言う。
「それにな―――放っておけん娘が、一人いてな?」
ベスはこちら側を見て言う――
「ほっとけない娘――?どじっこの森さんですか?」
「綾ちゃん素面で言うとんの!?」
「え――私のことなんですか?」
「あーもう誰でも良いっ!だからまあリーリス。その気遣いには感謝するが――わしはここに残る!」
ベスは、そう高らかに告げる。
「ベス………………」
なぜ、ベスが残るのか。
そのわけを完全に推測する察しの良さなんてのは私にはないし、考えるつもりもない。私にとっては、どうでも――良いことだ。
「………………嬉しいです」
けれどその宣言は、私にとってこれ以上ないくらいに――嬉しい言葉だった。
それは、何故だろう。
兎にも角にも、嬉しかった。
「こ…………………………………………………………」
「…………っ!」
そうしたら……リーリスが拳を握りしめてそこに立ち尽くしていた。このエリザベス大好き露出狂、もしやベスを力ずくにでも――連れて行く気なのか――
今持っている唯一の武器は――ベスに血を分ける時に使ったナイフ!……夢魔相手の戦闘に、これで役に立つわけがない。これで人間以外を相手するには酷く荷が重――
「こンの………………泥棒猫――――――――!!!!!!」
すると、リーリス。
途端泣き出し走り出す。
向かっているのはベスの方でなく――ドアの方だ。
「ちょ――え?」
「ぶぇッ――――――――――!!」
リーリスの目の前に立っていた森さんをふっ飛ばし、ついでに麻雀の自動卓ひとつを薙ぎ倒し、脇目も振らずドアへ。森さんはくるくると回転壁にぶつかり止まる。ぐしゃりと音がしたのは気のせいにしておこう。
じゃらじゃらと麻雀牌の散らばる音がして、内蔵されていた牌はカーペットにばらばらと落ちた。
そしてリーリスは、外開きのドアを思い切り内に開き――逃げる様に出ていった。
窓から、ここより二階下の高さの道路でリーリスは狂ったような速さで走っていた。彼女と並走している――あの黄色の小さい車よりも、リーリスは早かった。
空を見上げれば――もう黄昏のオレンジ色でなく、暗めの青色が覆っていた。
私は外から――視線を、魑魅魍魎と化したこの部屋に移した。
ベスは呆気にとられて凍りついたようになっていて、小音は麻雀牌の後片付けに勤しんでいて、吹っ飛ばされた森さんは血だらけで横たわっている。
一同沈黙。
血が飛び散り、部屋はまるで殺人現場のような状態だ。
ここが人で賑わうような人気雀荘じゃなくて助かった。
人に見られたら即通報ものだ。
「…カーペットが赤くて良かったですね……血がしみになっても目立たない……」
「そ…そう……さな…………」
「絶対気にするとこそこやない――!」
「修理費…修理費が………………うう………」
森さんはうめいた、心から。
ひん曲がった、雀荘の錆だらけのドア。
基盤のようなものがはみ出した児童卓。
ついでに血だらけの壁と麻雀牌とカーペット。
あと壁は軽く凹んだ。
「ねえ小音……被害額はどのくらい?」
「………………ごにょごにょ額は行くやろうな…………」
……今月の小遣いの額については覚悟しよう。
どころか明日のご飯についても考えなくては……
なんかもう、私は半笑いだ。
笑うしかない。
「本当…ベスといると、退屈しませんね…………」
「………………すまん……うちの愚妹が…ほんとすまん………」
ベスが麻雀牌を片付けながら、そして頭を下げながらそう言った。
リーリス、ベスをねえ様と慕う夢魔。
嵐のような人……いや夢魔…だった………………。
予想以上に長くなりましたね…




